実に5年ぶり、6作目となるニュー・アルバム『ビーコンズ・オブ・アンセスターシップ』。ハードディスク・レコーディングと生演奏の理想的折衷を遂げた『スタンダーズ』をへて、ある種の集大成的な到達をみた前作『イッツ・オール・アラウンド・ユー』の円熟した気配を漂わせながらも、ここには、音楽を作り演奏することの楽しさや驚きに没頭するようなてらいのなさがある。それはたとえば、ブラック・ダイスやアンティバラス、さらにはJ・ディラやハードコアと一緒のレコード棚に収まってしまうような奔放さや間口の広さと、同時代性。そして、さまざまな楽器やビートが複雑に織りなす音のうねりや響きに陶然と呑み込まれていくような快楽性に満ちている。
『ビーコンズ・オブ・アンセスターシップ』は、トータスの新たな魅力を(リ)プレゼンスする快哉必至の一枚だ。
ジョン・マッケンタイアに訊く。
●5年ぶりの新作ということで、ファンにとってはまさに「待望の」という言葉がふさわしい作品ですし、作った当人にとってもそれなりの感慨や特別な達成感があると思うのですが。
「とにかくアルバムを完成させて、リリースできて嬉しいよ。これからツアーにも出られるし、新しい作品にも取りかかることができる。レコーディング中は、勢いにのるまでに時間がかかったし、完成までにものすごく時間がかかったんだ。だから、やっと完成できてホッとしてるよ」
●制作中は、「終わらないんじゃないか?」という思いもよぎったりしたのでしょうか?
「いつかは完成させられると思っていたけど、他のプロジェクトで忙しくなったり、なかなか集中できなかったんだ」
●この5年の間には、レア曲を集めたBOX『ア・ラザラス・タクソン』やボニー“プリンス”ビリーとコラボした作品もありましたが。そこから今回のアルバムの制作へと動き出すまでには、どういった流れがあったのでしょうか。
「新作は、『ア・ラザラス~』やボニー“プリンス”ビリーのプロジェクトとはあまり関連性はなかったよ。トータスとしての制作が久しぶりだったから、アイデアがたくさんたまっていたんだ。必ずしもそのアイデアは形になってなかったかもしれないけど、他のメンバーに聴かせて、そこから曲になるか試したかったんだ。そこから少し勢いにのれたと思うんだ。あと、2年前に2週間半くらいのツアーも行ったんだけど、その合間を縫って曲作りをしていたんだ。新曲がいくつか出来上がってから、ツアーで演奏し始めて、試すことができたんだ」
●『イッツ・オール・アラウンド・ユー』をリリースした際にもインタヴューさせてもらったのですが、前作のレコーディングでは、とくにコンセプトを決めることもせず、自然の流れに任せた結果、曲作りに重きを置いた作品に仕上がった、という話でした。対して、今回のレコーディングはどのような形で進められていったのでしょうか? 個人的に、事前に思い描いていたイメージやテーマみたいなものがあったのでしょうか?
「 決まったイメージに向けて曲作りはしていなかったんだ。そういう意味では、プロセスは前作に似ていたかもしれない。決まったテーマとかはなかったんだ」
●今回はヴァイブスを使わないという決め事もあったらしいですね?
「そう、でもそれは結構ゆるい決め事で、それが具体的なサウンドの方向性というわけじゃなかったんだ。今作の最終的なサウンドは、俺たちがそのときに反応して演奏したところから生まれたんだ」
●今回のアルバムを聴いた最初の印象というのが、「トータスの音楽を聴いていて、こんなにウキウキとした気分になるのは初めてだなー」というものだったんですが。これまでの作品にはない、気軽さや無防備な感じ、言い換えればポップでノリのよさみたいなものが今作にはあると思うんですけど。
「それは正しいかもしれないよ。今作のところどころには、他の作品にはない軽快さがあるかもしれない。過去の作品に比べて、俺たちのユーモア・センスも反映されてると思うんだ。みんなは、トータスのメンバーが全員コメディアンだということに気づいてないのさ(笑)。だから、過去の作品とフィーリングが違うと思うんだ。なぜ過去の作品がもっと『シリアス』なサウンドに仕上がったかは知らないんだけど、そこはあまり気にしてないよ(笑)」
●意識して、今回はもっとわかりやすくて聴きやすい作品を作ろうとしたわけじゃないですよね?
「いや、それは意識してないよ。今の俺たちの気持ちを曲作りに反映させただけ。今作の最終的なサウンドは、俺たちがそのときに反応して演奏したところから生まれたんだ」
●「反応」というのは、そのときに聴いている音楽への反応? または人生で起きていることへの反応?
「どちらかというと、曲のサウンドがどうあるべきかとか、どう自分のパートを演奏するべきか、どういう楽器を使うべきかということへの反応だよ」
●たとえば“NorthernSomething”や“Gigantes”のファンキーなビートやトライバルなムードを聴いて特に感じたのですが、これまでと今回のレコーディングを比べて、現場の雰囲気や何か違いを感じるようなところはありましたか?
「 特にそういうわけないよ。その2曲は、構築された曲だから、あまりバンドとしての生演奏はなかったんだ。でも仕上がりはとてもよかったし、一緒にバンドとして演奏してないのに、すごくエネルギッシュなサウンドになった。でも、全体的にレコーディング中のフィーリングは以前とはそんなに変わらなかったよ。"Gigantes"のアイデアはダン(ビットニー)が持ち込んで、ジョニー(ハーンドン)が"Northern Something"を持ち込んだんだ。ダンは、頭の中で曲が既に構築されていて、俺たちにどうやって演奏するべきかを教えてくれたんだ。ジョニーはコンピューターで作った"NorthernSomething"のデモを持ち込んで、それを曲の土台としてそのまま使ったんだ。そこに更にみんなで音を重ねていったんだよ」
●今作は、BUMPS(トータスのジョニーやダンと始めたユニット)のアイデアが使われていたり、また『スタンダーズ』での経験が音作りの出発点になっている、とも聞きましたが。
「BUMPSでの制作プロセスは、いつものトータスのプロセスと違ったんだ。シンプルでミニマルなアプローチだったんだけど、それは俺たちにとって新鮮でおもしろかった。“ジガンテス”のビートはBUMPSから生まれたんだよ。そのビートを使って、トータスで新しい曲を作りたいと思ったんだ。前作に比べて、新作は『スタンダーズ』にサウンドが近いかもしれないけど、それは別に意識的な決断ではないんだ。『スタンダーズ』の音響的な世界は、ディストーションやダーティなサウンドが主体になっていたけど、そこに戻ったと思うんだ」
●前作のスムースなサウンドへの反動もあった?
「どうだろう。潜在意識の中ではそうだったかもしれないね。このアルバムを作ったときは、もっとパンチが効いていて、アップテンポで、楽しい曲を作りたいと思っていたし、時には皮肉を込めた曲もあるんだ。アグレッシブだけど、うっとうしさを感じさせないサウンドでもあるんだ」
●今作は、どの曲からも作品の世界に入っていけるような間口の広さがあるように感じます。アルバムとしての構成やポスト・プロダクションの部分で意識していた点はなんですか。
「色々なタイプの曲を作って、同時進行で制作を進めていたんだ。だから、意識しなくても、ある程度一貫性が出てくるものなんだよ。音楽的にどの曲も方向性が違うから、それぞれの曲のアプローチや扱い方が違ってくる。それが作品に反映されてると思うし、二つの側面があるんだ。つまり、サウンドはバリエーションに富んでいるけど、一貫したテーマや音響的アイデアが作品の全体に流れているんだ。それぞれの楽曲の用途がバラバラなわけじゃなくて、一つの作品として制作を進めているわけだからね。古い曲も中にはあったけど、ミックスは同じ時期に行ったんだ。ミックスを同時期に行ったことも、作品全体に一貫性を与えたんだ」
●ミックスで一貫性を作り出したということですか。
「その逆だよ。多様性を作りだすことを意識していたんだけど、何をやっても最終的に一貫性が出ることは分かっていたんだ」
●今回のレコーディングでもっとも苦心された点、あるいはチャレンジングだった部分というと、なんになりますか? 前作ではとにかく編集作業が大変だった、と話していましたが。
「アルバムを85%か90%くらい完成させたときに、制作を一時的にストップしないといけなかった。4,5曲を最終的にアルバムで使いたいかどうか分からなくなったからなんだ。だから、リリース日を延期して、1週間半ほどスタジオをブッキングしないといけなかった。その決断をして良かったよ。そうすることで、この作品は更にいいものになったからね。疑問をもっていた曲を見直して、パーツを追加したり、大幅な変化を加えることができたんだ」
●一度アルバムをレーベルに提出して、「やっぱり待った!」と思ったわけですか?
「そう。12月中旬に、アルバムを完成させたと思っていたんだ。しばらく曲を聴いてから、やっぱり完成していないということに気づいたんだ」
●どの曲を作り直したんですか?
「"Gigantes"にはいくつかのパートを追加したし、曲を短くしたんだ。"Northern Something"も少し変えたんだよ。この曲は、アルバムに入れないところだったよ。土壇場でジョニーが"Penumbra"を持ってきたんだ。だから、あれはかなり新しい曲だったんだ。"Charter Oak"は全く違う方法でミックスして、それも重要な改善点だった。他にも1,2曲をミックスし直して、だいぶ良くなったよ」
●“インシャンゲチェンチー”は、あなたのパンクやハードコアのルーツを感じさせるナンバーですね。ちなみに、あの曲の冒頭で叫び声を上げているのは誰ですか。あの曲は、バストロの再結成を夢見ていたファンに向けたナンバーだと、勝手に解釈してるんですが。
「ハハハ。バストロを見たい人達っているの? 多分日本だけだろうね(笑)。あの曲は、いくつかのテイクを編集して繋ぎ合わせているんだ。曲の前半は、初めてあの曲を演奏したときの素材なんだ。曲の出だしでは演奏を失敗して、最初からやり直してるんだよ。俺たちは厳格な完璧主義者じゃないし、ユーモア・センスがあるところを見せたかったんだ(笑)。あの叫び声は、まだ誰も特定してくれてないからガックリしてるんだ(笑)。有名な叫び声なんだよ。映画でよく使用されるサンプルの叫び声なんだ。『Wilhelm Scream』と呼ばれている叫び声なんだけど、何百本もの映画で使用されているんだ。もともと、50年代の西部劇の映画で使用されて、サウンド・エディターが頻繁に使うようになったんだ。ユーチューブで調べると、今までこの叫び声が使われた映画の場面を編集して繋ぎ合わせた映像も上がってるよ(笑)。俺は確かダウンロードして使ったんだよ」
●この曲でパンクやハードコアのルーツに回帰してるわけではない?
「この曲を書いたときは、ディーヴォのようなニューウェイヴっぽい曲を書いたつもりだったんだけど(笑)。この曲の後半の高速の演奏は、確かにハードコアの要素は入ってるけどね」
●その“インシャン~”に象徴的ですが、今作は前作の統一感のある洗練された音とは対照的に、荒々しいノイズの響きや起伏の激しいビート、ライヴ録音を思わすクランチーな音の感触が印象的です。これも、前作の反動という部分があったりするのでしょうか。
「そうかもね。どのアーティストも、最近自分が作った作品を参照したり、それに対して反応するんだ。俺たちのこれまでの作品では間違いなくそういう傾向があるよ。これは6枚目のアルバムだけど、振り返ってみると、これまでの作品はその前にリリースした作品に対する何らかのコメントだったり、反動だったりするんだ。もちろんそれは必ずしも直接的な反動ではなく、間接的なものだったりもするんだ」
●前作の集大成的な手応えを受けて、そのリリース時のインタヴューでは「今回のアルバムの後、今までと違う方向に進んでいこうとしてるっていうのは、僕にもはっきりとわかるんだ」と話してくれましたが。どうでしょう、今作には、やはりこれまでの作品やトータスの音楽にはなかったものが提示されている、みたいな実感が強くあったりするのでしょうか。
「そのコメントは嬉しいよ。アメリカでこのアルバムのレビューが雑誌に掲載されるとき、『また同じサウンドの繰り返し』って書かれるだろうからね(笑)。でも、このアルバムは過去の作品と確実に違うと思うし、トータスの別の側面を見せられたと思うよ。このバンドの捉えられ方に対して、フラストレーションを感じることはあるし、それは俺たちの演奏や作曲に影響を及ぼすことがある。だから、トータスという枠から外れてみようという意図があったのかもしれない。今の俺たちのキャリアにおいて、枠から外れることは、とても健全なことだと思うんだ」
●そういう新しさや変化は、どういう結果もたらされたものなんでしょうか。
「今後のトータスは、更にラディカルになっていくことを望んでるよ。そうすれば、本当に言葉では説明できない音楽が生み出せると思う」
●トータスとして、まだ誰もやったことのない音楽を作り出せる、という希望はもってる?
「それは間違いなくあるね」
●音楽を作ることの楽しさや、その原点に立ち返るような、そんな印象も作品から受けたのですが、いかがですか。
「時にはそう感じることもあったね(笑)。でもレコーディング・プロセスがあまりにも時間がかかって、長々と続いていたから、そういう状況の中でのびのびと演奏するのは難しかった。でも、最終的な作品が新鮮なサウンドに仕上がって、苦心をして作り込んだサウンドにならなくて良かったよ」
●最初の方で伺ったこととも重なるかと思いますが、今作には、例えばこれまでトータスの音楽を聴いたことがないリスナーも魅了するような、ある種の親しみやすさがあると思います。変な質問になりますが、若いリスナーやトータスを知らないような人たちにも、もっと気軽にリラックスした気分で自分たちの音楽を聴いてもらいたい、みたいに思うところってないですか。
「あまり意識して考えてることではないけど、若いリスナーがトータスに興味をもってくれることは嬉しいね。俺たちがトータスを結成した頃は、まだ生まれてもいないリスナーもいると思うんだ。10代になって俺たちの音楽に共感できるようになってくれるのは、嬉しいことだね。でもちょっと不思議だよね(笑)? 年を食った感じがするね(笑)」
●一部のロック・リスナーにとってトータスというバンドは、やはり「大物」というか特別な存在というか、どこかその作品に接する再に身構えて襟を正して聴いてしまうようなところが少なからずあると思うんですが。今作はそうした敷居の高さとは無縁というか、何も考えずに音だけに没頭して作品を楽しめるような身軽さがあって、そこが何より今作におけるトータスの新しさだと感じたのですが、どうですか。
「それは嬉しいね。そういう風に考えたことはなかったけど、納得できるよ」
●ちなみに、今作の日本盤のボーナス・トラックにはボアダムスのEYEによる“HighClass Slim Came Floatin’in”のリミックスが収録されているのですが、この経緯とは?
「正直言うと、まだあのリミックスを聴いてないんだ。間違いなくいい曲だとは思うよ(笑)。commmonsに、ボーナス・トラックは提供できないと最初に伝えてあって、彼らは納得してくれたんだ。でもやっぱりボーナス・トラックが必要だと言われて、提供できる曲がなかったんだ。iTunesのために作った曲があったけど、それは日本盤には入れたくなかった。そこで、(スリル・ジョッキーのオーナーの)ベティーナとアイデアを出し合って、もともとリミックスをボーナス・トラックにしたくないと思っていたんだけど、俺は『EYEのリミックスなら受け入れられるよ』と言ったんだ。運良く、EYEがリミックスを手掛けることができたんだ」
●今年で2000年代の最初の10年が終わります。トータスはこの10年の間に3枚のアルバムを発表されたわけですが、トータスにとってこの10年はどんな10年だったといえますか。
「個人的に、最近は時間の経過が早いと感じるようになったんだ(笑)。この10年間は、スタジオでレコーディングの仕事をしたり、たまにツアーに出ることの繰り返しだった。だからここ10年間は、とても安定していて一貫した生活を送っているから、時間が過ぎ去るのが早いと感じるんだよ。例えば、2年前に起きたと思ったことが、実は6年前の出来事だったりするんだ(笑)。だから、俺は気分転換になるような刺激が必要なのかもね。10年間くらい自分のスタジオを経営しているし、キミが言ったように10年の間に3枚のアルバムを作ったんだ。でも90年代だったら同じ期間で5枚のアルバムは作れていたと思う。でも文句はないし、素晴らしい10年間だったよ。今は新しい挑戦を求めてるのかもしれない」
●ありがとうございます。では最後に。来月(※6月中旬取材)には、今回の『ビーコンズ~』を引っ提げて行われるフジ・ロックでのステージが控えています。おそらく、そこで初めてトータスのライヴを観る、トータスの音楽を聴くという観客もいるかと思いますが、どんなライヴになりそうですか。
「新作の曲をたくさん演奏するつもりだよ。リハーサルをしてる最中だけど、今のところ、ライヴ用に上手く新曲をアレンジできてるよ。それに、今までのヒット曲も演奏するつもりさ。結構昔の曲や、『TNT』や『ミリオンズ・ナウ~』の曲も演奏するよ。フェスティバルに出演するときはエネルギッシュなライヴを見せたいし、ノリやすい演奏をすることを心がけてるよ。新作の曲はだいたい演奏できるけど、まだ“モニュメント・シックス~”をどうやって演奏するかが決まってないんだ。“ジガンテス”のハンマーダルシマーの音は、ダグがギターで演奏するんだ。ギターを一つの音符にオープン・チューニングで調律して演奏するんだ」
(2009/08)
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