2011年2月17日木曜日

極私的2000年代考(仮)……1994⇔2009

1994年のロックがどうだったのか、実のところリアルタイムで聴いていた作品が少ないので実感がない。記憶に残っているのは、マドンナの『ベッドタイム・ストーリーズ』とマライア・キャリーの『メリー・クリスマス』ぐらいか。

なのでここに取り上げた作品が、当時どんな意義を持っていたのか実はよくわからない。

けれど、ここに挙げた作品には、2000年代に参照され、2009年現在と繋がる示唆を含んだリアリティがある――と思い、ピックアップを始め集めた13枚のディスク。リリース年が曖昧なものもあるが、ご容赦を。


『Mesmerised』/EAR

先日、2年連続(!)の来日公演を行ったソニック・ブームが、スペースメン3解散後にスペクトラムと平行して始動させたプロジェクト。かたや、スピリチュアライズドを率いてルーツやロックの“正統”に根差したアシッド・サイケデリアの肉体性を追求する元相棒のジェイソン・ピアースに対して、ソニックはヴィンテージの電子楽器や子供用の言語学習機械まで操り、アブストラクトな電子音響とドローンの快楽性に耽溺してみせる。1950年代のロックンロールやブルースに音楽的素養の一端を持ちながらも、エレクトロニクスの響きにすべてを預けてしまったかのような“物質性”は、かつてのシルヴァー・アップルズやスーサイドに連なる彼岸の境地。ファースト・アルバムの本作には、ケヴィン・シールズやAMMのエディ・プレヴォー、ゴッドのケヴィン・マーティンなど錚々たる名前がクレジットされ、アンビエントでトリッピーな電子音響が全編を覆いつくす。作品を重ねるごとに瞑想的なミニマル志向を強めていく作風の深化は圧巻。


『Distance』/フライング・ソーサー・アタック 

マッシヴ・アタックやポーティスヘッドと同時代に活動しながら、いわゆる“ブリストル・サウンド”の一言では括られない異端性を示したFSA。ポップ・グループやその周辺から、前記の2組やトリッキーにいたる流れを彼の地の“本流”とするなら、ジザメリやマイブラないしスペースメン3とも共振するシューゲーズでアンビエントでサイケデリックなFSAはまさにブリストル・サウンドの“伏流”。そうした特異な立ち位置は、例えば彼らの作品がジム・オルークやロイヤル・トラックス、また日本のゴーストの作品と一緒にドラッグ・シティからリリースされていたことにも象徴的。初期のシングル等を収録した本作は、フォークmeetsドラムンベースとでもいうような後期の趣向とはまた違った来歴不明の混沌ぶりを呈していて興味深い。その禍々しい音響の波紋は、同時代のウィンディ&カールやスターズ・オブ・ザ・リッドらと同心円を描きながら、2000年代のディアハンターやグローイングにまで達している。


『Generation Star Wars』/アレック・エンパイア

アタリ・ティーンエイジ・ライオットに先駆けて発表されたファースト・ソロ・フル・アルバム。出世作のノイズン・ブレイクビーツ“SuEcide”を含むも、初期のエイフェックス・ツインにも通じるこの人のソロ・ワークス特有の内省的な実験性やアンビエント趣向が反映されたコンピ『Limited Editions 1990-94』に対し、BPMはまだ低めのブレイクビーツ主体ながらアタリのイメージに近いハードコアでアグレッシヴな要素が打ち出された内容に。アタリが活動を本格化させるに従い、アブストラクトやハード・ミニマルなどアプローチを振り分けたり、ゲームボーイの音源でアルバム一枚作ったりとアザーサイド的な性格を帯びていくソロだが、異様なテンションとペースで量産&発表された初期の作品群はどれも興味深い。


『All Lights Fucked on the Hairy Amp Drooling』/ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラー

当時カセットで33本のみ制作されたというファースト・アルバム。その4年後にKrankyから再発されたセカンド・アルバム『F#A#∞』を機に注目を集め、NMEが「今世紀最後のロック・バンド」と喧伝する事態にまで発展した周囲の喧騒をよそに、その黙示録的で“ゆるやかな暴動”は、ここにわずか3人のみで始められたという記録。現在は入手不可で当時の演奏を聴く術はないが、その音楽が描いたであろう“風景”や叙事的世界のありようは、現存の作品群からも想像することができる。1980年代のハードコア・パンクをルーツに生まれた混沌と調和が織りなす暗黒のオーケストラは、同時代の数多のポスト・ロックやインストゥルメンタル・ロックよりも苛烈でシリアスな先鋭性を誇り、スロウコアやサッドコアと呼ばれた音楽よりも深い闇と悲しみを湛えていた。結果的に最後の作品となった2002年の『ヤンキーU.X.O.』は、まさにアメリカと刺し違えるような覚悟に満ちたアルバムだった。


『Rings on the Awkward Shadow』/キャロライナー・レインボー・グレイス・ブロックス・ユーズド・イン・ザ・プレイスメント・オブ・ザ・パーソナリティ

「キャロライナー」または「キャロライナー・レインボー」あるいはその下に続く無数の変名を引き摺りサイケデリック・コラージュのような奇想音楽を生み出し続けるサンフランシスコの異種。ビーフハートやレジデンツそして後期デストロイ・オール・モンスターズといった西海岸伝統の“狂気の遺産”を受け継ぐフリーフォーム&フリークアウトなサウンドは秘教奇祭の見本市のようなパフォーマンスと相まって禍々しいことこの上ない。縦軸に置くアメリカン・ルーツと、アヴァンギャルドからローファイ~ジャンクを結ぶ横軸を奇々怪々と絡ませ、音楽史の見取り図を読み替え書き換えるような荒唐無稽さは、同世代のサン・シティ・ガールズやカレント93と共有し、ボアダムスの海外進出とも通じる1990年代初頭の再評価をへて、2000年代のフリーク・フォークや初期のアニマル・コレクティヴにも連なるものだろう。リードシンガーのグラックスを中心とした不定形のユニットで、過去のメンバーには後にディアフーフに一時参加した者も。また「Boadrum」にもここの出身者が参加していた。


『Mir Shlufn Nisht』/ゴッド・イズ・マイ・コ・パイロット

1990年代のニューヨークはオルタナやグランジの波に取り残された感があったが、その中で存在感が光ったのがブロンド・レッドヘッドと、この夫婦デュオ。ニッティング・ファクトリー界隈のフリー/ジャズ・シーンを背景に、パンクもファンクもノイズも、北欧民謡やユダヤ音楽まで手当たり次第にごちゃ混ぜかき鳴らすサウンドは、トイ・アヴァンギャルドというかトラッシュ・ポップな代物。1980年代ノー・ウェイヴの残滓を1990年代的ローファイ感覚で蘇らせたような倒錯感。かたや、DNAの曲名を冠し、あの時代のエッジをギター・ロックに宿したブロンド・レッドヘッドの庇護者がソニック・ユースやフガジなら、かたや、彼らの盟友はジョン・ゾーンやジェド・フェアだったというのも好対照で象徴的。本作ではゾーンをプロデューサーに迎え、オリジナル曲にロシアやヘブライ民謡まで取り混ぜた異色中の異色作。元ドラマーのマイケル・エヴァンスは2007年の「Boadrum」に参加。ちゃんと“今”と繋がっている。


『Rusty』/ロダン

スクイレル・ベイトからバストロとスリント、そしてガスター・デル・ソルからトータスあるいはフォー・カーネーションへと至るポスト・ハードコア~ポスト・ロックの肥沃な源流=ルイヴィルが生んだもう一つの至宝。“スリントの正統なる後継者”とも評された彼らは、その猛り狂ったリフと鋼のようなドラムが織りなす軋んだ音像/アンサンブルに、激情と詩情のあわいを縫う「うた」を滴らせる。ヴォーカルの一人でベースのタラ・ジェイン・オニールは、当時エリック・トリップのジュリー・ドロワンと並ぶ1990年代のアメリカン・インディが生んだ最高の女性SSW。シェラックのボブ・ウェストンが録音した唯一のアルバムである本作を発表し解散後、ソノラ・パインをへてソロを始動させたタラを筆頭に、メンバーはジューン・オブ・44~シッピング・ニュース、レイチェルズなどへ分派。ヘルメットやドン・キャバレロにも比肩する現在のマス・ロック的なアイデアにも富む。


『Please Don’t Come Back from the Moon』/ハリー・プッシー

ハリー・プッシーは、マイアミが誇る極悪ノイズ・ギター+絶叫女性ドラマーからなる夫婦デュオ。“キャプテン・ビーフハートとノー・ウェイヴを架橋するフリー・ジャズ通過後のハードコア・ノイズ”とでもいうべきサウンドは、ジャームスや初期スロッビング・グリッスルから、ボアダムスやティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスまで引き合いに出して評価され、セバドーやサーストン・ムーアを始め当時のシーン内でカルト的な熱烈支持を得た。1990年代後半に解散済みだが、昨年EPや未発表音源を集めた『You'll Never~』がLoadからリリースされるなど、むしろ今こそジャストな音では。ライトニング・ボルトやサイティングスは無論、Siltbreezeのレーベル・メイト=イート・スカルやタイムス・ニュー・ヴァイキングといった最近のノーファイ/シットゲイズとも共振する混沌混濁の極みのウォール・オブ・ノイズ。2000年代に入ってからは、ドラムのアドリス・ホヨスはサーストンとジャムったりキムのアート展『Kim’s Bedroom』に参加したり。


『Machine Cuisine』/シックス・フィンガー・サテライト

そのLoadから今年、11年ぶりの新作『Half Control』がリリースされた6FS。ファースト・アルバムはシェラックのボブ・ウェストンが録音と、1980年代末~90年代初頭のポスト・ハードコアを背景に登場した彼らだが、ギャング・オブ・フォーっぽい金属的なギターとファンク訛りの変拍子やシンセが特徴的だったそのサウンドは、同じサブ・ポップ所属のニルヴァーナやマッドハニーといったグランジ勢よりもタッチ&ゴー所属のブレイニアックやガールズ・アゲインスト・ボーイズなんかに感触は近い。1998年リリースの活動休止前の5th『Law Of Ruins』がジェームス・マーフィーのプロデュースだったことにも象徴的なように、ハードコアとニューウェイヴ/ディスコがクロスオーヴァーした折衷性はむしろ2000年代的で、ラプチャーやレス・サヴィ・ファブ辺りとの親和性は言わずもがな。ギター/シンセのフアン・マクリーンはDFAからソロ名義でデビューを果たすなど、近年密かな再評価の兆しあり。本作はシンセ・サウンドが彼ら独自の方向性を主張し始めた転機作のEP。


『Burritos,Inspiration Point,Fork Balloon Sports,Cards In The Spokes,~』/キャップンジャズ

1990年代のシカゴといえば、ジョン・マッケンタイアのトータス周辺と、ティム・キンセラのジョーン・オブ・アーク周辺。本作は、そのティムが創始メンバーの一人であり、後にJOAを始めプロミス・リングやオーウェンやオウルズなどファミリーツリーを広げていくシカゴのポスト・ハードコア/エモの源流とされるバンド唯一のオリジナル・アルバム。JOAのポスト・ロック的なアンサンブルともメイク・ビリーヴのつんのめったハードコアとも異なるファストで渇いたエモは、同時代~以降のメロコア勢とは一線を画す。2000年代を迎えて、エクスペリメンタルな音響工作と唄心溢れるソングライティングの間を揺れ動いていくティムの初期衝動的な原点がここにあり、音の手触りはアルビニ関連の諸作と皮膚感覚を共有。当時の音源はJade Treeからリリースされた編集盤でまとめて聴ける。


『Pass And Stow』/ラングシッシュ

フガジと並ぶディスコードの看板的バンド。ハードコアの切り立ったエッジと、ストーナーにも近いサイケデリックな陶酔と深いブルース感覚を併せ持ち、重く引き摺るようなギター・サウンドはグランジのハードロック回帰(サーストン・ムーアいわく「1977年以前のロック」)とも潜在的に同期する。そのポスト・ハードコアに示した特異な存在感は、メンバー各自が平行して展開したソロやユニットの多様性にも顕著。なかでもVoのダニエル・ヒッグスの諸作は、例えば同時代のデヴィッド・グラブスやパホあるいはボニー“プリンス”ビリー、そしてフリーク・フォークの一角とも通底する“ハードコア通過後のフォーク”のサンプルとして興味深い。そうしたダニエルの作家性は、本作でも印象的なその呪術的な歌唱にも見て取ることができる。ベースのショーンはジューン・オブ・44やソノラ・パインに参加するなどルイヴィル・シーンと交流も。


『Boo : Live in Europe 1』/ハーフ・ジャパニーズ

ダニエル・ジョンストンやキャルヴィン・ジョンソンだけじゃなく1990年代インディーズのDIYなピュアリズムやローファイ精神を象徴した奇跡の天然素材。といっても1970年代末から自室やガレージでヘタウマなアウトサイダー・ポップを作り貯めてきた、このシャッグスとタメはる愛すべきアマチュア兄弟は、カートにとってはダニエルやヴァセリンズと同じく羨望の対象であり、さらにはヴェルヴェッツのモー・タッカーからジョン・ゾーンやフレッド・フリスら前衛派の要人を巻き込み創造性を無垢なまま開花させた奇才の中の奇才だった。その壊れたポップ・センスや初期の荒々しいノイズの手法は、例えばウッズやWoodsist周辺の現在のローファイ勢にも通じる。兄のジャドは、ダニエルや盟友クレイマーと共演したりソニック・ユースのスティーヴとバンドを結成したり個人活動も。


『Unboxed』/フリー・キトゥン

1990年代で最も重要なムーヴメント、それは真にオルタナティヴでインディペンデントな“運動”だったライオット・ガールに他ならない。男性支配的だった80年代のハードコア/パンク・シーンを背景とした反性差別の声とDIY精神。その最大の果実はキャスリーン・ハンナのビキニ・キルやL7に間違いないが、彼女達のロールモデル的なアイコンの一人といえる存在だったのがキム・ゴードン。フリー・キトゥンはキムが元プッシー・ガロアのジュリー・カフリッツと始めたバンドで、これは初期のシングルやEPを集めたファースト・アルバム。時代背景をもろに反映したロウでダーティなガレージ・ロックはガロア寄り。セカンド・アルバムでボアダムスのヨシミやペイヴメントのマーク・アイボルトが本格的に関わるようになりポップさを増すが、去年の4作目『Inherit』では、キム&ジュリー+J・マスキスが客演という形を執り再びヘヴィなロックンロールに。


(2010/01)

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