カナダはトロント出身、元教師の経歴をもつベルリン経由~ニューヨークが誇る最強のトラッシュ・クイーン。2000年にKitty-Yoからデビュー・アルバム『The Teaches of Peaches』を発表。そして昨年、イギー・ポップやジョーン・ジェットが参加したセカンド・アルバム『Fatherfucker』をXLからリリース。フィッシャースプーナーのシンディ・グリーン、W.I.T.のマンディ・グリーン、チックス・オン・スピード、あるいは音楽性は異なるがキャスリーン・ハンナ率いるル・ティグラなんかと共にエレクトロクラッシュの女帝/ガールズ・イコンとして、音楽のみならずファッションやアート・シーンから引っ張りだこの注目を集めるピーチズことメリル・ニスカー嬢である。
しかし、実際に生で触れた彼女のパフォーマンスは、そうしたハイプ気味な風評を清々しいまでに裏切る、とても熱くて気合いに満ちたものだった。それはミュージシャンのライヴというよりは、まったく異質の、まるで見世物小屋のような空気を醸し出していたが……。
ステージ上に設けられたお立ち台状の舞台に飛び乗り、いきなり始まったのは、エア・ギター並みにアクション過剰なギター・ソロ。それが終わるや、ステージの袖から髭をたくわえたピンクの偽チンコを付けたモデル風美女が現れ、やっすいリズム・ボックスにのせて「Shake,Yer Dix,Shake Yer Dix~」とナニ(ピーチズ自身はマイクをナニに見立てて)を揺らしながら踊りだす――が、ここまではあくまで序章。
ひと通り気が済むと、今度はマイク・スタンドを投げ捨ててアンプによじ登り、イギーばりの空中ファック! ステージ上をてんやわんやに暴れまわり、黒ブラ+白の革ジャンにフライングVを構えて「ロックンロール!!」。再び出番の偽チン姉妹(今度はキャットウーマン風コスプレ)を従え、下着姿でB級ディスコのSM&ポルノ・ショウ。
そして宴も終盤、用意されたスクリーンにはイギー・ポップが例のジーンズ一丁で登場。『Fatherfucker』収録の共演曲“Kick It”になだれ込み、スクリーン越しにケツを蹴飛ばしたり噛み付いたりしながら罵り合うようなラップを繰り広げる(ちなみに去年のイギーの新作『スカル・リング』には逆に彼女が参加している)。もはや手におえない女王様は、偽チン姉妹の人間組木馬にまたがり、腰をジェイク、シェイク! かと思えばステージを降りて観客に突っ込み、水を吐きかけ、血糊まみれの顔でこれでもかと煽り倒す。挙げ句には「モット抱イテヨ、チクビ舐メテ……」と、オノ・ヨーコの“Kiss Kiss Kiss”をカタコトでカヴァー……と、まさに「芸人根性」という言葉がふさわしい、やりたい放題の独壇場であった。
この、ピーチズのステージを埋め尽くす「記号的」ともいえるパフォーマンスの身振り、アイテムの数々は、それだけ取り出してみるとまるでコントかパロディのようである。挙動のひとつひとつが大袈裟で、その動きはキッチュなフェイク趣味に彩られている。しかも音楽性にいたっては、はっきりいってどれも単調で、安上がりで、確信犯的とも思えるほどオリジナリティは乏しい。ライヴにおいて、その特性はなおさら強調されたかたちで露わになる。
おそらく彼女が試みているのは、そうした「ロック・スター」「ストリップ/SM嬢(Hustler的セックス・イメージ)」といった究極にカリカチュアされた性やフェティシズムのジンボルを擬態し、再度カリカチュアすることで可能な、彼女なりの「セクシャリティの対象化」なのだろう。つまり彼女は、セクシャリティにまつわるイメージやスタイルを引用して、それを自分自身の身体やパフォーマンスを媒介に編集してみせる。
それでいてたとえばマドンナと決定的に違うのは、ピーチズ自身はけっしてセクシャリティを纏うことがないという点だ。
その行為の目的が彼女のどんな考えに根差したもので、またそれは最終的にいかなる「答え」を導くものなのかわからない。が、少なくとも彼女はそうして自らの振る舞いを批評的にコントロールしていることはわかる(それにしてもエレクトロクラッシュ系の女性アーティストにセクシャリティやフェミニズムを表現の核に置いているケースが多いのはどうしてだろう?)。そう踏まえると、ビョークやマリリン・マンソンがなぜ彼女に関心を抱いたのか、あらためて興味深い。
ただ、ピーチズが面白いのは、そうした行為がが観念的ではなく、あくまで肉体的な表現に昇華している点だ。そして徹底したショーマンシップに貫かれているゆえ、だろう。
ピーチズを見ていて感じるのは、この「ステージと客席の間の垣根を取り払おう」とする野性的(芸人的?)なエナジーと、天性のトリックスターとでも呼びたい「人を惹きつける存在感」だ。つまり極めてコンセプチュアルな表現なのに、それがフィジカルな興奮やエモーションを伴うかたちで発露する、その成り立ち方が、あえて言うならとても「ロックンロール」なのである。そこが、彼女とその他大勢のエレクトロクラッシュ・ガールを決定的に隔てる、ひいてはアンダーグラウンドとポップ・カルチャーを横断する女性アーティストとして特異な存在感を誇る所以だ。
さて、そんな最近ではすっかりニューヨークのナイト・クラブの名物キャラと化したと聞くピーチズだが、こちらもニューヨークのアンダーグラウンド・カルチャーのプリンセスといえるのが、リタ・アッカーマンだ。
地元ハンガリーのアート・スクールを卒業後、1990年代初頭からニューヨークで活動を始め、数々の個展を開催~作品を発表するなど、現代アート界を代表するドローイング・アーティストとして知られる彼女だが、じつは並行して音楽活動も行っているのは有名な話。
1997年にはサーストン・ムーアのプロデュースでソロ・レコード『When Sunny Expands』を発表(※1995年のサーストンのソロ・アルバム『サイキック・ハーツ』のアートワークは彼女が手がけた)、そして2000年にはボアダムスのヨシミらとユニット、EASTANBURIAを組んで12インチをリリースしている。
そんな彼女にとって、目下パーマネントな音楽活動といえるのが、エンジェル・ブラッドというバンドだ。
1999年にリタ・アッカーマンを中心に3人組のガールズ・バンドとして結成されたエンジェル・ブラッド。しかし、最近ではパフォーマンス・アートとしての性格を強めており、それに伴いサウンドも変化を見せている。ファースト・アルバム『Angel Blood』ではローファイなサイケデリック・フォークを、セカンド・アルバム『Masses Of The Daggers』ではブラック・メタルなハードコアを鳴らしていたが、今年リリースされたサード・アルバム『Labia Minora』では、まるでクラスとエンペラーとカレント93が結託したかのような、パンクでデスメタルでシャーマニックな世界へと実験性を深めた。そのサウンドが纏う異質なムードは、いわゆる純粋な聴取目的のための音楽作品というよりは、インスタレーションや、もしくは何か反社会的な儀式で流されるメディテーション・ミュージックのようである、と形容した方が趣は近いかもしれない。ちなみに現在はリタの旦那でノー・ネック・ブルース・バンドの一員であるデイヴィッド・ナスを含む男女混成の4人編成となっている(つまりフリー・フォークの流れと接続した)。
ニューヨークがロックンロールの新たな温床として再発見されてからしばらくたつが、このリタ・アッカーマンの周囲を追っていくと、またそれとはまったく異なるコミュニティに根差したシーンが浮かび上がることに気付く。
たとえば彼女と、バンドの初期メンバーでありデザイナーとしての顔を持つジェス・ホルツワース、現在も活動する女優/アーティストetcのリジー・ボウガツォス、彼女たちの友人であるクロエ・セヴィニーの4人は、一緒にアート展を開いたりパフォーマンスを行ったりと、ニューヨークのアンダーグラウンド・カルチャーを象徴するヒップスターたちである。
それにしても、「彼女たち」は多才である。二足三足のわらじは当たり前。リタ・アッカーマンは言うに及ばず、彼女たちの周りの女の子たち然り、ピーチズもまた過去に映像作家として映画祭を巡回したことがある。特にエレクトロクラッシュ系の女性アーティストは、衣装からアートワーク関連まですべて自ら手掛けるDIYなタイプが多い。
そんな生粋のパンク&アート・セレブにして、リタの親友でエンジェル・ブラッドのメンバーとしても活動するリジー・ボウガツォス率いるバンド、それがギャング・ギャング・ダンスだ。
昨年、100枚限定のEP『Revival Of The Shittest』で本格的に注目を集め(元ブラック・ダイスのヒシャム・バルーチャ編集『They Keep Me Smiling』にも参加)、この春にはソニック・ユースがキュレートしたオール・トゥモローズ・パーティーズにも参加した彼らが、待望のフル・アルバム『Gang Gang Dance』をリリース。音は、即興を主体としたアヴァンギャルド/サイケデリック・フォークといった感じだが、ツイン・ドラムの禍々しいポリリズムと祈祷のようなフリーキーなヴォーカルが木霊する、エンジェル・ブラッドとはまた違った異形のサウンド・アートである。
ニューヨークにはもう一組、ホワイト・マジックというクイクゾティックのミラが始めた異形のフォーク・ロック・グループがいるのだが、両者とも甲乙つけがたい魅力を放っている。この先、ニューヨークのインディ・シーンを代表する存在になるのでは?と勝手に期待しているのだが、どうだろうか(ちなみにリジーは自身曰く「アンチ・フェミニズム」らしい)。
(2004/09)
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