2015年8月27日木曜日

USアンダーグラウンド白書 : Life Coach


本作『アルファウェイヴズ』は、トランズ・アムやファッキング・チャンプスでの活動で知られるギタリストのフィル・マンレイと、マーズ・ヴォルタや、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのザック・デ・ラ・ロッチャとのワン・デイ・アズ・ア・ライオンでドラムを叩いたジョン・セオドアが結成したプロジェクト、ライフ・コーチのデビュー・アルバムになる。ライフ・コーチというプロジェクト名は、フィルがリスペクトするジャズ・ドラマー、トニー・ウィリアムス(※マイルス・デイヴィスの「黄金クインテット」のメンバーだった)のアルバム『Life Time』にちなんで付けられたもので、そもそもは2年前のフィルのソロ・アルバムに冠せられたタイトルだった。なお、本作の海外でのリリースは、そのフィルの『Life Coach』もリリースした〈Thrill Jockey〉からとなる。


まずはフィルの経歴を簡単に整理する。

フィルにとって音楽キャリアの出発点となったのが、現在も〈Thrill Jockey〉の看板バンドとして活動を続けるトランズ・アムだ。80年代の終わりにワシントンDC近郊で結成され、90年代半ばのデビューからすでに20年近くがたつ。活動を始めた当初は、マイナー・スレットやガヴァメント・イシューらを輩出した土地柄かハードコア・バンドとして鳴らしたが、トータスのジョン・マッケンタイアがプロデュースした『Trans Am ‎』をへてリリースされたセカンド『Surrender To The Night ‎』('97)やサード『The Surveillance』('98)の頃には、後の代名詞となるプログレ~クラウト・ロックとニュー・ウェイヴとハード・ロックがミックスされたようなサウンドを確立。近年では、2007年の8枚目『Sex Change』が!!!やバトルスとも比せられる評価を得るなど、いわゆるポスト・ロックのオリジネイターとしても



一方、フィルはトランズ・アムと並行して、90年代初頭にオハイオの大学時代のルーム・メイトらと結成したゴールデンを始動。後にメイク・アップやウィアード・ウォーで活動するアレックス・ミノフを始めUSインディ・シーンの手練を揃え、フィッシュやメルヴィンズの影響を受けたディープなサイケデリック・ロックで評判を得る。さらに、2000年代の後半には、トランズ・アムとは合体名義(TransChamps /The Fucking Am)でアルバムをレコーディングするなどかねてより交流のあったサンフランシスコのインストゥルメンタル・メタル・バンド、ファッキング・チャンプスに代替メンバーとして加入。他にも、ブルックリン・シーンの重鎮オネイダのツアーにサポート・ギタリストとして帯同したり、〈Kranky〉や〈100% Silk〉からリリースするサンフランシスコのエレクトロニック・アーティスト、ジョナス・ラインハルトことジェシー・ライナーのバンド・メンバーを務めるなど、その活動は広範囲に及ぶ。

加えて、近年のフィルの活動でとくに注目すべきは、そのプロデューサー/エンジニアとしての仕事ぶりだろう。フィルがこれまで手がけたアーティストは、バーン・オウル、ウッデン・シップス、ムーン・デュオ、ミ・アミ、デート・パルムス、フレッシュ&オンリーズなど多数。中にはバーン・オウル『Lost In The Glare』やウッデン・シップス『West』といったキャリアを代表する作品も含まれており、その確かな手腕もさることながら、それらアーティストの顔ぶれからは、昨今の活況を呈するUSアンダーグラウンド・シーンにおいてフィルが支持を集め強い影響力を持ち続けていることが窺える。もっとも、現在のUSアンダーグラウンド・シーンにおいてデフォルトと化したクラウト・ロックのリヴァイヴァルは、さかのぼればトランズ・アムが促した部分もあったといえなくもない。バンド/ギタリストとしての活動しかり、その旺盛な創作ペースと様々な現場を渡り歩く多才ぶりは、なるほど評価と知名度を増すフィル個人の近況を物語るようだ。


そして、このライフ・コーチというプロジェクトにおいて鍵を握るのが、ジョン・セオドアの存在である。

冒頭でも触れたマーズ・ヴォルタやワン・デイ・アズ・ア・ライオンでの活動ぶりについては有名なところだろう。とくにバンドのダイナモとしてオマー・ロドリゲス・ロペスと渡り合う存在感を見せた前者における功績については、いくら強調してもし過ぎることはない。ジョンのドラミングがあの強靭無比なグルーヴを支えていたことは、ジョン在籍時と脱退後の作品を聴き比べればおのずと明らかだろう。



そんなジョンとフィルの出会いは、前述のゴールデンの頃にさかのぼる。というのも、ジョンもまたゴールデンの元メンバーであり、つまりフィルとは大学の同窓生という関係だったわけだ。またゴールデン以外にも、ジョンはトランズ・アムのアルバムで叩いたり、The Fucking Am名義の作品に参加したりするなど、フィルとは20年来の友人であり音楽仲間だった。そうした縁もあり、その後もフィルがソロ・アルバム『Life Coach』に併せてライヴを行った際にジョンがサポート・ドラムを務めるという機会が何度かあったようで、その流れで今回のライフ・コーチの結成へと至ったらしい。なお、近年ではトゥールのメイナード・キーナンのサイド・プロジェクトであるプシファーやインキュバスのブランドン・ボイドのソロ・アルバムで叩いたり、そしてさらに来たるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのニュー・アルバムでもドラマーを務めるなど、その才能は相変わらず引く手あまたの状態だ。


ソロ・アルバム『Life Coach』は、曲作りや演奏からレコーディングまですべてフィルひとりでやり遂げた作品だった。ギター、ベース、シンセ、ドラムマシーンを駆使して組み上げられたサウンドは、フィルが愛聴したカンやクラフトワーク、クラスターといったクラウト・ロックからの影響、あるいはそれらの作品を手がけたコニー・プランクへのリスペクトが示された、DIYなサイケデリック・ミュージックだった。また、いくつかの曲で聴けるアコギの流麗なフィンガーピッキング・スタイルは、ブルーグラスやフォーク・ミュージックを聴いて育ったというフィルのルーツも窺わせた。


対して、本作『アルファウェイヴズ』では、ドラム・パートはもちろんすべてジョンが担当、しかもファースト・テイクのもののみが使われたという(※ジョンのドラムには一切何も手を加えることはなかったそうだ)。その他のギターやシンセなどのパートとドラムマシーンでフィルが曲作りした音源をジョンに送り、それにジョンがマリブに所有するガレージで録音したドラム・パートを加え、最終的にフィルが仕上げるというプロセスで制作は進められた。ちなみに、以前にフィルがアルバムのミックスを手がけたことがあるゴールデン・ヴォイドのイサイア・ミッチェルが、何曲かでリード・ギターとして参加している。


はたして、そのサウンドは、スタジオ・レコーディングとライヴ・レコーディングがミックスされたような奥行きある生々しい質感となった。タイトル・トラックの“Alphawaves”で聴ける、絡み合うフィルとイサイアのツイン・ギター&空間系のシンセと並走するタイトなドラムの相性の良さは、ジョンもまたハルモニアやクラウス・ディンガーをリスペクトするクラウト・ロックの熱心なリスナーであったことを窺わせるが、かたや“Into the Unknown”で叩く多彩でアヴァンギャルドなスタイルは、トータスやジューン・オブ・44周辺のポスト・ロック~ジャズ人脈が集結したヒム(HiM)でプレイしていたこともある経歴が反映されているようで興味深い。




ハード・ロックなギター・ソロが印象的な“Fireball”、さらにカンやアモン・デュールもかくやたるサイケデリックでブギーなバンド・アンサンブルを展開する“Mind’s Eye”は、フィルの表現力豊かなヴォーカルと相まって本作のハイライトと呼べるナンバーだろう。ちなみに、こうしたジョンのプリミティヴな身体感覚は、シュトックハウゼンのような現代音楽から、インドネシアのガムラン、北アフリカやヒンドゥーの民族音楽、メラネシアに伝わる聖歌、そしてもちろんフェラ・クティまで、国籍・時代・ジャンルを問わず聴取された音楽経験によって醸成されたものらしい。あるいは、ドゥーム/スラッジなギター・インストゥルメンタルで押し切る“Life Experience”、同じくドローニッシュなサウンド・エクスペリメント“Ohm”には、それこそバーン・オウルやエターナル・タペストリーらに代表される現在のUSアンダーグラウンド・シーンと共有するフィルの志向/嗜好を見て取ることができる。

フィル・マンレイとジョン・セオドア――両者がともに歩み、そこから枝分かれしてキャリアを積む過程でそれぞれに獲得した音楽的なルーツやバックグラウンドがまさに邂逅を遂げた成果こそが本作『アルファウェイヴズ』であり、ライフ・コーチの実像にほかならない。



アルバム完成後のインタヴューに答えたフィルによれば、ライフ・コーチとしての大々的なツアーは現時点で予定がなく、ひとまずは互いがそれぞれのプロジェクトに注力するという方向らしい。フィルはトランズ・アムのニュー・アルバムのレコーディングと、長年温めているというゴールデンの再始動に向けた調整。そしてジョンは、前述のクイーンズのアルバムに続き、マストドンのブレント・ヒンズとデリンジャー・エスケイプ・プランのベン・ワインマン、元ジェーンズ・アディクション/現在はナイン・インチ・ネイルズでベースを弾くエリック・アヴェリーと結成したジラフ・タン・オーケストラのデビュー・アルバムが控える。さらに、同じインタヴューに答えたジョンによれば、現在は活動を停止しているワン・デイ・アズ・ア・ライオンについても、フル・アルバムのリリースを含めて何らかの新たな動きを模索しているそうだ。
 

(2013/04)

2015年8月25日火曜日

告知⑰:Eskimeaux『O.K』

〈S&S〉の最新リリースになります。
ブルックリンの才媛SSW、エスキモーのデビュー・アルバム『O.K』
http://diskunion.net/rock/ct/detail/AWY150702-ES1


地元メディアでは“ブリックリンのサードウェイヴ”として注目を集めるアートスペース〈EPOCH〉が送り出す新人。



宅録の音源とは変わってバンド編成で録音されたアルバムは生ドラム&オーケストレーションが随所に活かされ、彼女がリスペクトするテーガン&サラにも通じるポップネスを。
同じブルックリン出身のワクサハッチーや、実際に交流もあるフランキー・コスモスなどのファンにもオススメしたいです。

余談ですが、しばらく進行が止まっていた、最近来日が決まり大騒ぎとなったバンドのZINEの制作も、ようやく動き出した模様です。
お楽しみに。

〈S&S〉のカタログはこちら→http://diskunion.net/rock/ct/list/0/0/72421

よろしくお願いします。

2015年8月14日金曜日

2015年8月のカセット・レヴュー(随時更新予定)

◎Earthly/Days
〈Noumenal Loom〉からアニコレ『サング・トング』への……といったらアゲすぎか。北カリフォルニアのデュオによる一本で、同レーベルを代表するGiant Clawらのような先鋭性やエキセントリックさはないけど、今様なポスト・インターネット周辺の感性で「ローファイ」やら「トライバル」やら「エレクトロニカ」をポップにアウトプットしてみたら、なんだかいい感じ?みたいな。ちょい懐かしいところではブルックリンのHigh Placesを思い出させたりも。

◎Philadelphia Collins/Derp Swervin'
Speedy Ortizのメンバーらによるニュー・プロジェクト。サウンドはご想像の通り。ガレージ、サイケ、ダウナーなファズ・ポップ。白眉は同じくSpeedy OrtizのEllen KempnerをゲストVo.に迎えた②。

◎Seventeen At This Time/Flaming Creatures
フランス/パリのグループ(デュオ?ソロ?)っぽいけど、詳細は不明。最近、2000年代リヴァイヴァル始まってる?って思うことが多くて、まあ、この一本が直接的にそうだって話ではないんですけど。ノワーリーでゴシック。紫煙巻くダーク・ポップ。

◎Michael Vallera/Distance
〈Opal Tapes〉のファンにはCoin名義でお馴染みのMichael Valleraによるプロジェクト。ディストピックなドローン/アンビエントという路線に変わりはなく、ただ、フィールド・レコーディングも馴染ませた音像の陰影/グラデーションにヒタヒタと忍び寄るモノリスティックなドラム・マシーンやビート。

◎Dream Suicides/Soft Feelings
アメリカ西海岸のドリーム・ポップ・プロジェクト。アートワークは一貫して女性のポートレート写真。美意識というのか、何かに取り憑かれているというのか。C86とチルウェイヴの間の、曖昧模糊とした手触り。

◎Varg/Under The Roman Lash
〈Ascetic House〉のアンビエント~インダスもの。自分の記憶が正しければ、もっとゴリゴリなノイズ系のイメージも強かった〈AH〉だけど、最近はこういうノリなのかしら。繋がりもある〈Posh Isolation〉や〈100% Silk〉とごっちゃになってるだけか。

◎jimmy pop/Varsity Blues
ミシガンのドリーム・サイケ。宅録なのかバンドなのか。声の印象が少しブラッドフォード・コックスぽくもあるが、言われてみれば初期のアトラス・サウンドぽく……もないか。でもなあ、ウェーヴスやクラウド・ナッシングスも、こういうところから化けていったんだよなあ。

◎Moor Mother Goddess/Moor Mother Goddess
“blk girl blues, witch rap, coffee shop riot gurl songs, southern girl dittys, black ghost songs." と称する、DC発フィラデルフィア経由の女性トラックメイカー。ミクステ溢れた昨今、疎い自分にはどれを聴いてもあまり違いが判らないのだけど、何かしらのフックをきっかけにお気に入りの一本を選びたい。自分はコレを。http://www.fvckthemedia.com/issue58/moor-mother-goddess

◎Tallesen/inca
〈Software〉からのデビューで注目を集めたTallesen。総帥OPNの流れを汲むダウンテンポなニューエイジ・シンセ・ウェイヴを聴かせつつ、〈Bootleg Tapes〉からの今作では、カン『フロウ・モーション』のオンライン・アンダーグラウンド・ヴァージョン、とも呼びたい涼やかなトリップでゆらゆら、クラクラ。

◎RAMZI/Houti Kush
〈1080p〉が送る、この夏のマスト。オンライン・アンダーグラウンド特有のハイパー・コンテクストな位相に、より土着的なもの、有り体に言えば「トライバル」な感性が流入、いや染み出し始めているような手触りというか。聴き慣れているはずなのに、なんだか耳新しい。もしかしたら何かを思い出しているのかもしれないけど、ここには確かな“兆候”が感じられると思います。

◎CFCF/The Colours of Life
フリートウッド・マックとマニエル・ゲッチングを繋ぐ男。モントリオールのエレクトロ作家による新作の一本は〈1080p〉から。流麗なミニマリストぶりは健在ながら、AOR~ニューエイジ~エレクトロ“ニカ”なポップ寄りの作風が際立つ仕上がりは、(アルバム)名は体を表すというか。

◎Paradise 100/Northern Seoul
相変わらずリリースの絶えない〈100% Silk〉から。“ザ・インディ・ハウス”なド直球感。ベルギーからの刺客だが、にしてもタイトルは所謂「ノーザン・ソウル」なのか、それとも「北朝鮮」をパロっているのか、、



◎Paul Hares/MSC DTH
その昔に見た「世にも奇妙な~」というドラマで強烈な印象に残っているのが、あらすじは忘れてしまったけど、ビデオかテレビの中に男が引きずり込まれてしまうという話で。頭からビニール袋を被せられてグルグル巻きにされた男のラップ、オペラ。梱包前のスピーカーがぶおんぶおんと風を振動させる息苦しいビート、窒息しそうな音像。






2015年8月7日金曜日

極私的2010年代考(仮)……Fuck Buttons『Slow Focus』


ファック・ボタンズの名前を久しぶりに聞いたのは昨年の夏。映画監督のダニー・ボイルが総合演出をしたロンドン・オリンピックの開会式で、ポール・マッカートニーやアークティック・モンキーズのライヴ・パフォーマンスとともに、彼らの音楽が世界中に向けて流されたことは嬉しいサプライズだった。音楽監督を務めたアンダーワールドのリック・スミスが彼らのファンだったことから声がかかり、ローリング・ストーンズやデヴィッド・ボウイ、セックス・ピストルズ、クラッシュ、ニュー・オーダーら英国を代表するアーティストの楽曲に交じって、彼らの“Surf Solar”と“Olympians”のリミックスがスミスのコントリビュートしたセレモニーのサウンドトラックとして使用された。さらに、片割れのベンジャミン・ジョン・パワーのソロ・プロジェクト、ブランク・マスがロンドン交響楽団と録音した“Sundowner”も披露。

かねてより音楽の目利きには定評のあるボイルとはいえ、気鋭が揃う英国のインディー・シーンでもレフトフィールドに位置する彼らの起用は異例と言えるだろう。実際、あのような国際的行事の場で自分たちの音楽が流れるというのは、彼らにとって光栄ながらもシュールな体験だったようだ。ともあれ、内外に少なからぬ驚きを残したその光景は、リリースが久しく途絶えていた(※シガー・ロスのヨンシーのリミックス“Tornado”などあったが)彼らの存在をあらためてクローズアップさせる機会となったに違いない。

2009年のセカンド・アルバム『タロット・スポート』から件のオリンピックを挟み、最新作となるサード・アルバムの本作『スロウ・フォーカス』までの約4年間。シングル・カットを除けばリリースの音沙汰はなかったが、もちろん、その間も彼らは活動の手を休めていたわけではない。まず、リリースから約2年半も続く長丁場となった『タロット・スポート』のツアー。さらに、それと並行して彼らは個々に新たなプロジェクトを始動させる。かたや、パワーは前述のブランク・マス名義で、モグワイが主宰する〈Rock Action〉からデビュー・アルバム『Blanck Mass』をリリース。かたや、相方のアンドリュー・ハンは、女性ヴォーカリストのクレア・イングリスとマルチ・インストゥルメンタル奏者のマシュー・ド・プルフォードを迎えたユニット、ドーン・ハンガーを結成。昨年、デビュー・12インチ『Stumbling Room / Billowed Wind』を自主リリースした。また、外仕事ではファック・ボタンズとして手がけたシガー・ロスのヨンシーのリミックス“Tornado”がある。そして、日本のファンにとっては、念願の初来日となった2011年2月の「I'll Be Your Mirror」でのステージが記憶に新しい。ちなみに、本作『スロウ・フォーカス』の曲作りは、前作『タロット・スポート』のツアーから戻り次第始めて約一年半に及んだそうだが、オリンピックの開会式の頃にはすでに作業を終えていたという。


前の2枚のアルバムで注目されたことのひとつに、サポートを務めた制作陣の存在が挙げられる。2008年のファースト・アルバム『ストリート・ホーシング』では、モグワイのギタリストのジョン・カミングスと、モグワイが主宰する〈Rock Action〉所属のパート・チンプのティム・セダーがレコーディング・エンジニアを、さらにスティーヴ・アルビニ率いるシェラックのボブ・ウェストンがマスタリングを担当。そして、2009年の前作『タロット・スポート』では、以前にリミックスを依頼したアンドリュー・ウェザオールをプロデューサーに起用。幾重ものシンセ・ノイズ/ドローンとトライバルなリズム、ディストーション・ヴォイスが絡み合うエクスペリメンタルなサイケデリック・サウンドを展開した前者に対し、そこにバレアリックなダンス・ビートを持ち込み、一転してミニマルな躍動感とトランシーな陶酔感をもたらした後者と、いずれもそのサウンドからは、制作をサポートした人脈の音楽的なバックグラウンドを反映した志向が強く窺えた。つまり、グローイングや〈Kranky〉周辺のアンダーグラウンドなアンビエント・ドローン、イエロー・スワンズやプルリエントのインダストリアルとの共振やシューゲイザー・リヴァイヴァルの流れも意識させたノイズ・ミュージックと、それこそ当初「ニュー・エキセントリック」という泡沫的なコピーでフォールズやジーズ・ニュー・ピューリタンズらとカテゴライズもされた折衷主義的なダンス・ミュージックの結節点といえた彼らのサウンドを、まさにモグワイに象徴される90年代後半~2000年代以降のパンクやハードコアを出自としたポスト・ロック/インストゥルメンタル・ロックの系譜に位置付け、さらにウェザオールがDJやリミキサー、セイバーズ・オブ・パラダイス/トゥー・ローン・スウォーズメンの活動を通じて歩んだエレクトロニック~UKクラブ・ミュージックの文脈へと接続を試みた筋書きが、その2枚のアルバムのプロダクションやトラックメイクからは透けて見える。また、その制作陣の起用に表れたアルバムごとのサウンドのベクトルは、そもそもパンク/ハードコアの厳格なマナーを信条に培われたパワーと、〈Warp〉や〈Leaf〉のアーティストに耽溺していたハンの、それぞれ個々のルーツを再確認するようなアプローチを示していて興味深い。

対して、約4年ぶりとなるニュー・アルバムの本作『スロウ・フォーカス』が前の2枚のアルバムと異なるのは、それが初のセルフ・プロデュース作品である点だろう。そのきっかけとしては、彼らが自前のスタジオを手に入れたこと。本作はそのロンドンの「Space Mountain Studio」で制作された最初の作品になる。そして、彼らのインタヴューによれば、そうしてスタジオに入り浸り日常的に作業を続ける中で、レコーディングやプロダクションに関する発想というものが、じつは自分たちの曲作りのプロセスには自ずと組み込まれたものであると気付いたことが今回のセルフ・プロデュースに至った理由なのだという。彼らの曲作りは、ライヴと同じく互いが向き合う形に機材をセッティングして行われ、制作された楽曲は実際にライヴで試してみてスタジオと作業を往復しながら完成形に仕上げていくやり方がとられているのだが、その過程ではこれまでも、テクスチャーや音のコンビネーション、リズム・ストラクチャーのアレンジなどポスト・プロダクションも見据えたやり取りが同時進行で行われてきたとハンは語る。いわく、彼らにとってプロデューサー的な思考とは曲作りにおける考察や熟慮の一環であり、今回のセルフ・プロデュースについては自然かつ論理的なネクスト・ステップとして受け止めているようだ。ちなみに、本作の曲作りは、2年半も続く長丁場となった前作『タロット・スポート』のツアーから戻り次第始めて、期間は約一年半に及んだそうだが、オリンピックの開会式の頃にはすでに作業を終えていたという。



セルフ・プロデュースを受けて特別に意識しすることもなく、コンポジションのアプローチ自体はこれまでのアルバムと同じだという。ただ、曲作りからレコーディング、ミックスまで一括して同じスタジオで作業が行われた成果か、よりダイレクトでアグレッシヴなサウンドに仕上がったと自負する。ボアダムス・ライクのパーカッシヴなドラム・ビートが強烈な“Brainfreeze”に続き、反復するSci-Fiなシンセのアルペジオが、まるでジョルジオ・モロダーが映画『トロン』のサウンドトラックを手がけたイメージにふさわしい“Year Of The Dog” (※近年、ジョン・カーペンターの80年代のSF映画のサウンドトラックがUKの〈Death Walts〉から再発され、コズミック~Nu Discoの文脈で再評価されている流れも想起させる)。そして、最近ヒップホップにハマっていると話していたハンの趣向が反映されたと思しき、“The Red Wing”のブレイクビーツやファットなボトム・プロダクションは、本作のトピックとなる彼らの新機軸といえるだろう。ボルチモア・ブレイクスやゲットー・ベースも連想させる“Prince's Prize”のコンシャスなビートも新鮮かもしれない。対して、アシッド・ハウスのベース・ラインや複雑なビート・プログラミングを呑み込む“Sentients”や“Stalker”の重層的なシンセ・サウンドからは、パワーがブランク・マス名義で披露するよりドローニッシュでインダストリアルなノイズの影響も見て取れる。“Hidden Xs”の10分を超えるスペクタクルは、彼らがモグワイとエイフェックス・ツインの私生児として音楽的な青写真を描いた、その現段階での完成形を見るようで圧巻だ。

彼らにとっては、前の2枚のアルバムとの違いよりも連続性の方が意識されているそうだが、一方で「これまでの作品にはなかった感情が表現されている」とも語っていて、パワーは本作を「malevolence(※悪意、悪心)」という言葉で形容している。なお、本作のマスタリングは、『ストリート・ホーシング』以来となるボブ・ウェストンが担当(※エンジニアリングはLCDサウンドシステムやビッグ・ピンク、イズ・トロピカルの諸作を手がけたジミー・ロバートソン)。なるほど、前作『タロット・スポート』の〈KOMPAKT〉勢にも通じるバレアリックなサウンドと比較すると本作はソリッドな音像が際立つが、この辺りの人選も、本作のどこかダークで攻撃的なムードと関係があるのかもしれない。

今秋、彼らは本作を引っ提げて、主要都市を回る大規模なUK/USツアーを敢行。なかでも、デムダイク・ステアやレイムと並び昨今のインダストリアル・テクノ/ダーク・アンビエントを代表する〈Tri Angle〉の気鋭、ハクサン・クロークことボビー・ケリックを連れ立った前半のツアーは、本作が示す現在のファック・ボタンズの音楽的なボジションを象徴する格好の機会となるに違いない。そして、前作のツアーでは本作の楽曲がすでに披露されていたと明かすように、今回のツアーでも次回作に向けた新たな楽曲がいち早く披露されることになるのではないだろうか。あとは日本のファンとして、初来日となった2年前の「I'll Be Your Mirror」でのステージ以来となる来日公演の実現を切に願うばかりである。

(2013/08)