2017年1月13日金曜日

2017年1月のCS&DLレヴュー(週一更新)

m a l i b l u e : ( / just end it ✓✓✓
ヴェイパーウェイヴが悶々と抱えていたR&Bへの愛情。だったり憧憬。みたいなものが昨今のメインストリームやそこかしこに咲き乱れるアフロ・アメリカンたちの音楽とどこかで出会う(出会い直す)可能性がない、ともいえない。そのとき、たとえばハイプ・ウィリアムスが残してきた一連の音楽はその来たるべきものの格好のシュミレーションとして改めて顧みられる機会が来るのだろうけど、はたして2017年はどう動くのか。いや、転ぶのか。

Angel Dust Dealers / Beverly Kills (Noumenal Loom)
アメドラの『スレンジャー・シングス』、もう少しどうにかならなかったものなんだろうか。というのが正直な感想。ストーリーやキャストはまあいいとしても、あのスティーヴン・キング映像作品的なセンスはどうしたってお目こぼしの出来ないシロモノだったように思うのだけど。あのクリーチャーの造形とかヒドかったなあ。ウィノナ・ライダーも演技が空回りしていたし。というあのドラマのサントラちっくな、SURVIVEというかヴァンゲリスというかタンジェリン・ドリームというかゴブリンというか、プログレサイケSci-Fiノリのシンセ・インストゥルメンタル。

SISTER GROTTO & YARROW / SONG FOR AN UNBORN SUN
ジュリア・ホルターもグライムスも、エンジェル・オルセンもワイズ・ブラッドも、みんなポップへと行ってしまった。もちろん良し悪しではなく。しかるべきタイミングだったのかもしれないし、生存のための抜き差しならない選択だったのかもしれないし。そしておそらくはグルーパーも……なんてことを考えながながら聴いたのは、その彼女をぐっとフォーク寄りに、今一度ほのぐらいアンビエント寄りへと舵を切り直したような音楽を連想させたから。弦のこすれる音、ヒスノイズ、近づいては遠ざかっていく、女の声。

Sigtryggur Berg Sigmarsson / Sad Vocal Manipulation..? Sorry, I'm New and Not Very Clear On This (Vitrine)
ドローンや具体音の混濁状態が続く緊張がふっと解け、耳なじみのいいシンセやポスト・クラシカル的な器楽が表面に踊りだす瞬間の、あのなんとも興ざめな感じ。サウンドアートや実験音楽の類が、さまざまな本音と建前を使い分けることで「次」へと進むことを選択する、いや、みずからに許可するその心理をおもんばかると、なんだか素面で音楽なんて聴けないなー、と自問してしまう。

YlangYlang / Life Without Structure (Crash Symbols)
去年起きた100%Silkの悲しい事故がまだ記憶に新しいところだけど、あの、数年前まではアンダーグラウンドで血気盛んに毒々しくも煌びやかな存在感を咲かせていたレディたちは、今頃何をしているのだろう。と考えだしたら途方に暮れてしまうほど隔世の感があるというか、めっきりあの喧騒が忘却の彼方に行ってしまったような感覚にとらわれる、2016年を振り返ったときのため息。久しぶりに名前を見つけた、モントリオールのあの娘。

Sad Hana / Information Overload (Vague Audio Tapes)
2016年における過小評価に甘んじた作品のなかの一枚、ケイト・テンペストのニュー・アルバムのようなキレには及ばぬものの、ICレコーダーを片手に湿った匂いのする街中を徘徊するような執拗さがこちとら肝。歌唱とポエトリーリーディングの境界線の上で沸々(鬱々?)と言葉を繰り続ける、フィラデルフィアの蝶の一刺し。

Raw Silver / Aqua Spells (Speaker Footage)
80年代ハードコアやスキンズの美学がニュー・インダストリアル以降のリニューアルされたミニマル・テクノやEBMと出会ったら、いや紛れ込んだら……とでもいった展開がいわゆるロウ・ハウスの一部に散見された代物だったとするならば、その先には、はたして。カウンターやアンタイ、大雑把に言えばそうしたパンク的なアティチュードやポージングがポップ音楽のラッパによってインディにおいてもアンダーグラウンドにおいてもその声がかき消されたかのごとく日照りにされた感もある2016年。なるほどパウエルの新譜が昨年におけるそのもっともかりやすく嘱望された“一矢”だったとしても、それってあまりにも先が暗いなー、という気がねえ。

mmph / Dear God (BEER ON THE RUG)
オンラインアンダーグラウンドの反対語は? フィジカルメインストリーム? いやよくわからないけど。少なくとも2016年のポップ音楽を見渡したとき、そこにはオンラインメインストリーム(オーヴァーグラウンド?)とでもいうべき傾向というのか潮流というのか、才能同士を結び合わせるネットワークが一気に顕在化したことは確か。フランク・オーシャン周りしかり、ボン・イヴェール周りしかり。では……というところで、数年前にアルカやOPNの台頭が私たちを興奮させたあの場所では、今、何が起きていて、いや、誰がいるのか。例のSimpsonwaveという名の退廃、爛熟、諦念……をへて、今一度、耳を擽り、引きつける音楽。



POORGRRRL / PITIPARTI (Parachute)
チチョリーナがトラップを始めたような? と思ったらレーベルはイタリアだけど彼女の拠点はマイアミだそう。しかし、ならばPCミュージックがトラップ的な意匠に触手を伸ばしたかのような……的な同時代性を感じなくもない。ノーネームを除けばシカゴ産のヒップホップ・ルネッサンスにはいまいちリアリティを感じない自分には、どちらに興味があるか聞かれれば俄然、トラップのエレクトロとビートとフロウが生み出す「サウンドスケープ」の方なので。