2011年2月7日月曜日

2011年の小ノート(仮)……“暗転”するアンダーグラウンド

昨年末号のWIRE()に掲載された記事。「HORROR」と題された同記事はかいつまんで言えば、昨今のアンダーグラウンドで顕著な“恐怖”表現、についての短いリポート。Not Not Fun()周辺のノイズ・シーンからSalemやoOoOOらウィッチ・ハウス()、さらにDemdike StareやMaster Suspiria Visionまで俎上に載せ、そこで指摘されるルチオ・フルチやアベル・フェララなどイタリアン・ホラー、またジョン・カーペンターやサム・ライミなどB級ホラーのサントラからの影響/引用について触れている。
(※最近のローファイやチルウェイヴが“ヒプノティズム”というなら、Demdike StareやMaster Suspiria Visionなんかはさしずめ“メスメリズム” といえるのでは。同じく“睡眠的”でも、前者が“脳の中の出来事……エスケーピズム?”というなら、後者は、なるほどWIRE誌が指摘するように、霊的催眠というか、オカルティズムも喚起する飛躍がそこにはあるというか……)

ここから論を広げていけば、おそらくそれは、『Dark Was The Night』()から『Dark As Night』()へ、という2009年と2010年のUSインディーを隔てる象徴的な転換点とも繋がる視点を導きうるだろうし、また、NMEが2010年のベスト・アルバムにThese New Puritansの『Hidden』 を選出した――あるいは、クラクソンズでもフォールズでもなくライアーズの『Sisterworld』(※ちなみにライアーズのセカンド・アルバムのタイトルは『魔女狩りの物語』である……)を評価した――背景にも迫ることができるように思う(そこには昨今のUSインディーに対する英メディアの屈託や牽制、忸怩たる思いのようなものが透けて見えて興味深い)。

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