2011年2月12日土曜日

極私的2000年代考(仮)……ダーティー・プロジェクターズという至宝

「フリーク・フォーク」と呼ばれる2000年代の新たなフォーク・ムーヴメント。それが単なる反動的なリヴァイヴァルではない証左の一つとして、彼らの一部に「ハードコア」と地続きの価値観や音楽背景を確認できる点については、これまでも繰り返し指摘してきたことだが――その最新のサンプルとして興味深いのが、ダーティー・プロジェクターズのニュー・アルバム『ライズ・アバヴ』である。

アニマル・コレクティヴやバトルスとシェアする2000年代のブルックリンを拠点に、フォークやブルースといった「大衆音楽」とアヴァンギャルド・ミュージックのあわいで独創的なサウンドを創り続けてきたダーティー・プロジェクターズ。そんな彼らが4作目となる最新作で試みたのは、あのブラック・フラッグが1981年に発表したUSハードコアの名盤『ダメージド』のカヴァー。それも、ただなぞるのではなく、昔聴いた「記憶」だけを頼り再構築するという、きわめてユニークなコンセプト・アルバムといえる。

しかし、かくして出来上がった音楽は、「ハードコア」の音楽的なパブリック・イメージからは最も遠く離れた場所から聴こえてくる、まるで異国に伝わる鄙びた哀歌か、祖国を追われたドロップアウターたちの賛美歌のような美しく悲喜劇的な調べ。その感動的なまでのコントラストにたまらなく惹かれてしまった。こんなにも物悲しくも壮麗で、はかない「蜂起の歌」を聴いたことがない。
かつて1980年代の「ハードコア」は、右傾化を強める当時のアメリカを糾弾する時代の声だった。ならば、その最も切実な声明足りえた『ダメージド』に感応し生まれた『ライズ・アバヴ』には、どんな(創った本人の思惑も超える)時代的な必然性が託されているのか。そしてそれは、活況にある現在のアメリカのインディ・シーンの地殻変動と、どうリンクし、あるいは一線を画するものなのか。以下、中心人物のデイヴ・ロングストレスに訊いた。


●そもそも今回の、ブラック・フラッグの『ダメージド』を記憶を元に再構築する――というアイデアは、どこから生まれたものなのでしょう? あのアルバムの何があなたを魅了したのか。

「実は、アイデアがどこから生まれたか、あんまりはっきりしてないんだけど。きっかけは、ある時両親の家に置きっぱなしにしておいた子供時代の古い荷物を整理してて……そこは僕が育った家なんだけど、両親が引越すことになったからさ。そしたら『ダメージド』のカセットケースが出てきたんだよ。でもそのケースには中身が入ってなくてさ。で、どんな音楽だったか無性に思い出したくなってきて。そんで、じゃあ思い出しながらアルバムを作ったら面白いんじゃないかと思ったんだ。たぶん次に自分がやりたいことを探していたっていうのもあったんだよね。だから僕が作ったのは、自分の記憶の中のあのアルバムであって、比較的ちゃんと憶えていたところもあるし、恐ろしいくらいに間違ってた部分もあるんだよね」

●当時『ダメージド』を聴いて、心を揺さぶられたり強烈に印象に残ったフレーズや曲はなんですか。

「“Depression”なんかは結構脳裏に焼きついて、わりとしっかり憶えてたから印象に残ってたんだと思うよ。あと“Six Pack”もそうだし、“Rise Above”も、“Spray Paint (The Wall)”も……この辺りはわりと鮮明に憶えてたね」

●そうした曲をいざ自分で歌ってみて、あのアルバムに関して何か発見するものはありましたか。

「レコーディングが終わってからオリジナルを改めて聴いてみたんだけど、すごく妙な感じだったね……うん、ホント変だった。すっかり忘れてた曲がいくつもあってさ……あ〜、何て言い表わせばいいのかわからないなあ、あの変な感じ。オリジナル、つまりすでに存在していたものを聴いているんだけど、誰かに自分の頭の中を読まれてるような感覚っていうか(笑)」

●へえ(笑)。ちなみに前作『The Getty Address』もイーグルスのドン・ヘンリーにインスピレーションを得て制作されたアルバムということでしたが、今回のような作品を創ることは、あなたにとってどのような意味があったのでしょうか。それは音楽的な、クリエイティヴな部分での関心からだったのか、それともパーソナルな、あるいは何か批評的な関心からだったのか。

「何て言うか……経験としては、とにかく作っていてたくさんの驚きがあった。まずざっくり曲の原型を作ったんだけど、もうびっくりするほどあっと言う間に出来ちゃったんだよ。1曲につき1週間とかそのくらいで、アコースティック・ギターだけでさ。それからバンドみんなでアレンジ全体をやって、それが去年の、大きなUSツアーが始まる直前だったんだよね。で、それまでの音楽は、ほとんど自分ひとりで作ったもので、ホント個人的に作って、バンドのアレンジを考えてっていう。でも今回はそれとは反対のやり方を試してみたかったんだ」

●資料には「僕のパンク・ロックに対しての観測結果のようなものになったと思う」というコメントもありますが。

「うん、そう。確かにそうだったと思う。いや確実にそうだった……」

●具体的にはどういう意味で?

「やっぱり、すごく作業が早かったとか、すごく剥き出しな感じがするところとかね。基本的なレコーディングは3日くらいで終わっちゃったからさ」

●では、サウンド的にはどんなアイデアをもってレコーディングに臨んだのでしょうか。「ハードコア」の特化されたイメージやスタイルを、フォークやゴスペル、ブルースなどが乱れ舞う、物悲しくも美しい「大衆音楽」へと解き放ったこの奔放なアプローチは、意図したものだったのか、それとも偶然に辿り着いたものなのか。

「今君が言ってくれた、解放っていう言葉はすごく好きだな。つまりハードコア・パンクって、今日その言葉が意味するところの枠内に閉じ込められていたっていうか、作られた伝統だったというか。それで……僕が言いたかったのは、パンク・ミュージックで肝心なのはスタイルなんかじゃなくて、感覚的なものなんだってことで。もちろんそれは自己表現でもあり、もしくは新しい何かを作るということでもあり。だから別に3コードだとか、アホらしい偽りの形式主義じゃなくてさ」

●一般的に「ハードコア」といえば怒りから生まれた表現・音楽とされていますが、同時に「ハードコア」には、社会や政治状況から弾き出されてしまった若者やティーンエイジャーのたちの悲しみや刹那的な感情がその底流にはあると僕は思っていて。

「ねえ、ちなみに日本でもハードコアってそういうものとして受け止められてたの?」

●そういう部分はあると思います。

「それってすごいよなあ。世界中で、そういった不満を抱えたキッズが、あるひとつの音楽に対して、同時に反応を示したってことだもんな。驚くべきことだよ、素晴らしい」

●『ライズ・アバヴ』は、そうしたハードコアの見逃されがちな本質を、ありがちなマッチョな形ではなく、リアルに映し出し再構築した音楽だと、個人的には深い感慨を覚えたのですが。。

「え~と、そう感じてくれたのは嬉しいね、それは僕にとっても大切なことだから。ひとつに、さっき君が言ってた怒りについてだけど、僕の場合、ティーンエイジャーだった頃にハードコアを聴いていて、あの音楽に呼応したのは怒りの部分ではなかったし、実際自分が受け取ったのも怒りの表現としてのそれではなかったんだ。僕が感じ取ったのは、一個人として立てという呼び掛けであったり、自分らしくあれっていうことだったり……うん、僕があの音楽から受け取ったのはそういうことで。だって別に、例えばクリエイティヴな人間だとか、想像豊かな人間、もしくは空想好きな人間、そういうやつが社会から疎外されることだって十分にあるわけだからさ」

●1980年代のハードコアの背景には、当時のレーガン政権に象徴される右傾化に向う社会・政治状況がありました。ハードコアとは純粋に音楽として以上に、そうした情勢に対するプロテスト、カウンター・カルチャー的な要素があったわけですが。そうした当時の情勢は、現在の9・11以降のアメリカとも重ねるところがあり、音楽のスタイルこそ違え、今の意識的なアーティストが「ハードコア的」なものへと向うのには必然性があるようにも感じます。そうした側面から今回のアルバムを捉えることができるのではないかと思うのですが、どうですか。

「当時のレーガン政権下の社会状況と今の状況の類似については、僕自身はまったく考えてなかったけどね。でも思うのは、カウンター・カルチャーって、その周りがある意味パズルみたいな仕掛けで取り巻かれていて、それが今解き明かされているというか……もしかしたら、そういう感じはあるかもしれないけど、う〜ん、どうなんだろう。だから『ライズ・アバヴ』にも、それを感じ取ったような、神秘的なメディテーション的側面があるかもしれない。でも今の時代において、カウンター・カルチャーにどういう存在の仕方が可能なのか、もしくはどういう立場を主張し得るのかは、僕にはちょっとわからないかも。カウンター・カルチャーが起こるための新たな地平が、どこから開けてくるんだろうかっていう。まあ、だから、これまでのカウンター・カルチャーの歴史を引き合いに出すことも、その一つの方法なのかもしれないよね」

●例えば、あなた方もその一群に多々含まれる「フリーク・フォーク」の特徴の一つに、彼らの中には、当時のハードコアがそうだったように、自分達のスタイルや活動に政治的な意義やある種のプロテスト的な価値を見出しているアーティストが少なくない、という点が挙げられます。DIYな制作環境やグラス・ルーツ的なコミュニティなど、そうした彼らの行動自体が、今のアメリカの政策や音楽ビジネスに対する一つの抗議運動としての性格をもっているという。そうしたムードを身の回りに感じることはないですか。

「どうなんだろう……まず“フリーク・フォーク”っていう用語について言うと、もう最初から問題含みだったと思うんだよね。その用語を聞いて、自分がそこに属していると感じたアーティストってたぶん誰もいなかったと思うしさ。しかも今君が言ってたようなグラス・ルーツ的な価値観とか方法論が、フリーク・フォークとして括られるようなものと、どの程度まで通じ合うものなのかっていうのが、イマイチ判然としない気がするんだよね。つい先日もデヴェンドラ(・バンハート)に会って……ロッテルダムかどこか忘れたけど、まあとにかくそれはすごく楽しくて良かったんだけど。その話は置いておいて、それとは別にアメリカにはれっきとしたフォーク・アンダーグラウンドというものがあって、それは正真正銘のアンダーグラウンドで、個人的な意見を言わせてもらえば、結局のところそれはウェスト・コーストの音楽的伝統に行き着くんだと思ってて。だから例えばK Recordsみたいなレーベル、そんでフィル・イルヴラム(マイクロフォンズ)みたいな人物とか、リトル・ウィングスとか、たぶん君がさっき言ったことを実際にやっているのは、そういう人達なんじゃないかと思う。彼らはマジに、個人的な、アンチ・ビジネスな精神でフォーク・ミュージックをやってると思うから」

●で、あなた自身も、その姿勢に共感するということですか?

「当然」

●一方、モデスト・マウスやブライト・アイズの作品がビルボードの上位にチャート・インするなど、アメリカのインディ・シーンの活況がここ数年いわれています。あなた自身の感覚としてはいかがですか。アメリカの音楽産業、リスナーの音楽的な関心が変化を見せ始めていると感じますか。
「それはちょっとわからないなあ。僕がそれを語るのも何だなあと思うんだけど。だからホント感覚的にしか言えないけど、確かに、カルチャーが脱中心化しているっていうのはあるんじゃないかな。それはホント実際に、中心からどんどん離れていってるような気がする。それまでものすごく平面的で、スターがもてはやされるようなメインストリームが幅を利かせていたわけだけど、もっとそれぞれに特異で、パーソナルなものになっていて、それはすごく面白いと思う」

●ちなみに、あなた自身の音楽的な関心/ルーツとなると、どんなアーティストが挙げられますか。『ダメージド』のほかに感銘を受けたレコードなど?

「『ダメージド』以外……毎日、レコードを聴くたびに感銘を受けてるよ」

●(笑)そのなかでも特に、自分のルーツとなったようなバンドといえば?

「う〜ん……やっぱりビートルズ辺りになるのかも。あとビーチ・ボーイズとか、そんな感じだね」

●わかりました。では最後に、アルバムのタイトルについて。『ダメージド』ではなく『ライズ・アバヴ』にしたのはなぜですか。これはあなたが「ハードコア」というものに、今の時代にも訴えかけるようなポジティヴなメッセージを感じ取っている表れなのかな、と個人的には思ったのですが。

「うん、僕がやりたかったことってたぶん……自分の記憶の中の『ダメージド』、つまりあの音楽の内側で光を放っている部分、そのポジティヴィティ、そこで呼吸しているもの、そして希望、そういう部分を掴み取ることだったんだ。そういうものがあの、荒っぽくて、苦悩している外装を纏った音楽の内部に隠されていたから。あの光を少しでも手に入れたいと思った。だから、僕が作ったアルバムは、そういうものに対する憧れみたいなものだから、『ライズ・アバヴ』が良いタイトルなんじゃないかと思ったんだ」

●音楽をやるうえでもっとも大事にしていることは何ですか。

「大事なのは精神だよ」

(2008/01)

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