1999年に開催された、その前身にあたるイヴェント「ボウリー・ウィークエンダー」から数えて、今年で10年の節目を迎えたオール・トゥモローズ・パーティーズ。そのATPの10年は、そのまま今年で幕を閉じる2000年代の最初の10年と重なる。そしてこの10年とは、インディ・ロック/インディ・シーンが、1990年代の隆盛と挫折をへて、ふたたび新たな台頭を見せた10年を意味する。
そのことは、同フェスの過去10年分の膨大な出演者リストを挙げるまでもなく、このドキュメンタリー『オール・トゥモローズ・パーティーズ』に登場するアーティストの顔ぶれを眺めれば、あるいはベル&セバスチャンから始まる歴代のキュレーターの名前を並べるだけでも一目瞭然だろう。
バンド/個人で過去3度キュレーターを務めたサーストン・ムーアは、かつてATPを「究極のミックス・テープ」と形容したが、なるほどそこには常に、この10年を彩ったインディ・シーンの重要なトピックが、世代もローカリティも横断する形で提示され続けてきた。
なかでも、そのサーストンがキュレーションした回(2006年12月UK)は、いわゆるフリーク・フォークを“基準点”に、プレ・パンクからポスト・パンク~ノー・ウェイヴ、そしてドゥーム/ドローン・メタル周辺のノイズ・ミュージックや「Ecstatic Peace!」に集う新世代のガレージ・ロックへと広がる2000年代のアンダーグラウンドの地図をクロニカルに再編集したような、極めてコンセプチュアルなものだった。そうした毎回個性的なラインナップに象徴されるATPの全容は、キュレーターの趣向によって偏りこそあれ、すなわちその時々のインディ・シーンの全景の「縮図」だったといっても過言ではない。
しかし何より、こうした極めて特殊な性格のフェスが、10年も存続し、しかも規模を拡大しながら確実に成功を収めているという事実こそ、この10年のインディ・シーンが積み上げてきたものの成果を雄弁に物語っている。プロモーターも不在で、特定のスポンサー企業からの資金的な援助もなく、アーティストとの信頼関係と音楽ファンからの支持を基盤に成り立ったその構図は、今まさに現象化している、アーティストやリスナー主導で進む音楽産業の解体と、それに伴うメジャーとインディの関係性の変容を図らずも予告するものだったと言えよう。
先日のUNCUTの年末号でも小さな特集が組まれていたが、今年2009年はアメリカのインディ・バンドの躍進が大きな注目を集めた年だった。
その代表とされるのが、アニマル・コレクティヴやグリズリー・ベア、あるいはダーティ・プロジェクターズといったニューヨークのバンドで、記事では今年彼らがリリースしたニュー・アルバムがナショナル・チャートで好位置につけたことがその象徴的な出来事として触れられている。
いうまでもなく、彼らに対する注目は今年に始まったものではないが、その作品の音楽的評価が従来からのファン層を超えて、よりマスなレベルまで広い支持を集めたという点で、それはなるほど特筆すべき現象だったのかもしれない。
もっとも、彼らのブレイク(?)に象徴されるインディ・シーンの台頭には、この10年をかけての“伏線”があった。印象的な出来事を挙げれば、たとえば2004年にリリースされたブライト・アイズのシングル2枚がビルボードの1位と2位を独占したことは、その大きな契機となったトピックだろうし、いずれも最新作が商業的な成功も収めたデス・キャブ・フォー・キューティやモデスト・マウス、ザ・シンズなど1990年代組の奮闘、あるいはブッシュの再選以降~昨年の大統領選に際して、ブライト・アイズのコナーとともに新世代のオピニオン・リーダー的な存在感も示したウィン・バトラー率いるアーケイド・ファイアを筆頭としたカナダのインディ勢の躍進など、そこには確かな予兆はあった。
ちなみにアニマル・コレクティヴのエイヴィ・テアはUNCUTの記事で「2000年代の中盤以降に決定的な何かが起こった」と語り、一方バトルスのタイヨンダイ・ブラクストンは別のインタヴューで「当時のニューヨークのアーティスト・コミュニティはブッシュ政権下の喪失感をさまざまな形で表現しようとしていた」と振り返る。そしてもちろん、さかのぼればストロークスの登場に端を発したニューヨーク・シーンの現在も続く活況も、この10年のインディ・バブルの背景にある大きな要因に挙げられるだろう。
また、近年深刻化する音楽ソフトのセールス不振、あるいはピッチフォークやマイスペースといった新たなメディアの台頭によって、メジャー・レーベルの支配力が相対的に弱体化したというのもある。クラップ・ユア・ハンズ・エイ・ヤーのブレイクスルーはその象徴的なケースだろうし、タイヨンダイや、UNCUTの記事でダーティ・プロジェクターズのデイヴ・ロングストレスも指摘するように、インターネットがアーティストに自分達の音楽を発信する機会の自由とフェアネスをもたらしたことはまちがいない。また、そうした送り手側の変化によって受け手側も自由になり、音楽聴取の選択肢が増えたこともあるのだろう、リスナーの音楽趣向が多様化し脱中心化した結果、この10年を通して2000年代のインディーズの音楽的冒険が促進された――という構図は、エイヴィも同記事内で見立てるところである。
ともあれ、そうした背景が物語るようにUNCUTが伝えるインディの“成功”とは、すなわち各々のバンドがこの10年をかけて積み上げてきたものが象徴的なタイミングで結実を見たということであり、結果的にメジャー・レーベルとの駆け引きに翻弄された1990年代とは異なり、彼らがその創作や活動において文字通りインディペンデントでオルタナティヴなスタンスを曲げることなく、音楽シーン/音楽産業の中心で「自治権」を手に入れたことの証明にほかならない。ザ・ナショナルのデスナー兄弟が監修したオムニバス『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』は、その“成功”が2009年の瞬間最大風速ではなく、いわばシーンの“成熟”によって築かれたものであることをラインナップが物語る、まさに「インディの現在」を象徴する重要な作品だろう。
対して、同じく近年のインディ・シーンを印象付ける現象が、アメリカ各地に点在するローカルな音楽シーンの盛り上がりだろう。
ディアハンターやブラック・リップスを輩出したアトランタ。アニマル・コレクティヴの故郷であり、ダン・ディーコンやポニーテイルズといった奇才アクトを擁するボルティモア。ウェーヴスやクリスマス・アイランドなどローファイ・パンク・シーンが活気づくサンディエゴ。ピクチャープレーンを筆頭にコアなエレクトロニック・パンク・シーンが台頭中のデンヴァー。イート・スカルからホワイト・レインボーやヨットまで顔役数多のポートランド。そして、ノー・エイジを中心に、ヘルスやエイブ・ヴィゴーダ、ナイト・ジュエルなど2010年代の主要キャストが密集するロサンゼルスのアンダーグラウンド――。UNCUTの伝えるそれが、文字通りの“成功”としてよりグローバルな視点と意味合いを含んだものだとするなら、それら郊外や都市の周縁で見られる動向は、いずれもグラス・ルーツ的な性格を色濃く帯びたものだといえる。
彼らは、音楽シーン/音楽産業の中心で「自治権」を得るかわりに、たとえば地元のアート・スペースを創作の拠点にしたり、友人同士でレーベルを運営したりバンドを組んだり、あるいは互いのミックス・テープを交換するような感覚でスプリット7インチをリリースしたりと、ローカルなコミュニティに根ざした活動を積極的に展開している。
ノー・エイジのホーム「スメル」やDrのディーンが運営するレーベル「PPM」は有名だが、ほかにもピクチャープレーンの自宅兼アート・スペース「Rhinoceropolis」(※)(ダン・ディーコンやライトニング・ボルトなどライヴ出演者多数)、重鎮ウッズのジェレミーのレーベル「Woodsist」にはウェーヴスやリアル・エステイトやメイフェア・セットが所属し、そのリアル・エステイトにはダックテイルズ名義でも活動するマットや元タイタス・アンドロニカスがメンバーに連ね、一方、メイフェア・セットはブランク・ドッグスとダム・ダム・ガールズの合体バンドで、そのダム・ダム・ガールズのディー・ディーは最近スプリット『Four Way Split』を出した仲のクロコダイルズのブランドンとレーベル「Zoo Music」(※)を主宰。そして、ブランク・ドッグスが運営するレーベル「Captured Tracks」からはウッズが変名バンドで作品をリリースし、さらにブランク・ドッグスやブラック・リップスとともにロスの「In The Red」に所属するヴィヴィアン・ガールズ主宰のレーベル「Wild World」(※)からはテキサスの新鋭イエロー・フィーヴァーがデビュー……と、そこには密で波状網的に広がる関係性で結ばれた、もうひとつの2009年のインディの地図が浮かび上がる。
こうした光景もまた、UNCUTが伝える“成功”とは異なる形の「インディの現在」だろうし、この10年のインディ・シーンが育んできたものの豊かさや“成熟”を象徴する現象にちがいない。そこにありありと息づく彼らのDIYなマインドは、たとえばKやキル・ロック・スターズといったレーベルが今も伝える1980~90年代初頭のインディ・シーンのそれも彷彿させて、興味深い。
「音楽に対する一般の空気は、社会や政治で何が起きているか、世界やほかの国の状況がどういうものなのかということによって、少し変わってくるかもしれない。僕自身は、この次の10年間のどこかの時点で、少しずつペース・ダウンしてくるんじゃないかと予測してるんだ。でも、それが果たしてどういう意味合いを持っているのかは、誰にもわからないことだからさ」。最新のインタヴューで、じつはそんなふうにも語っていたタイヨンダイは、今の音楽シーンに溢れるというポスト・オバマのムードの反動として、「新しい保守的な在り方、保守的な音楽」がまた生まれてくるのではないか、と考えていることを明かす。それとはすなわち、この2000年代の活況を次の10年が受け継いでいけるか否か、という「インディの現在」に託された課題にもつながる問題意識であるだろう。その“答え”の行方を注視したい。
(2009/12)
※追記:Members of Dum Dum Girls, Woods, Crystal Stilts, and Blank Dogs Team Up to Form Zodiacs
http://pitchfork.com/news/41436-members-of-dum-dum-girls-woods-crystal-stilt-and-blank-dogs-team-up-to-form-zodiacs/
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