サンO)))やオムなど具体的なバンドの名前を挙げ、それらのライヴを初めて観たときのことを「パブリック・エネミーを初めて聴いたときと同じ衝撃を受けた」とまで語っている。象徴的だったのは、彼らがキュレーターを務め、また再始動のステージとなった2007年12月のオール・トゥモローズ・パーティーズのラインナップ。そこには、ダモ鈴木やシルヴァー・アップルズに加えて、前記の2組やブラック・マウンテン、オーレン・アンバーチ、日本のボリス、さらにはディラン・カールソン率いるアースといった錚々たるメンツが並んでいた。そして実際、件の『サード』は、トリップホップ云々と騒がれた前の2枚のアルバムのビート/エディット感とは趣向を画し、そうした音楽と通底するノイジーでヘヴィ・メタリックなサウンド嗜好が随所に色濃く反映された内容だった。
といった経緯もあり、そのジェフが新たなバンド――ビークを立ち上げたというニュースを最初に聞いたときは、そうした音楽的関心がより前面に打ち出されたプロジェクトになるのではないか、とも予想された。今回、そのデビュー・アルバム『ビーク』をリリースするジェフ運営のレーベル「Invada」は、元エレクトリック・ウィザードのリズム隊が結成したラムシーズやゴンガ、先のATPにも出演したアタヴィストなど、それ系のアーティストを多数擁している(ちなみにUSでのリリースは、メルヴィンズやアイシスを擁するマイク・パットン主宰のイピキャック)。一方で、近年ジェフは、ホラーズ(09年『プライマリー・カラーズ』)やコーラル(05年『インヴィジブル・インヴェイジョン』)といった若手のギター・バンドのプロデュースを手掛けるなど――ダブ・ステップやグライムなどダンス・ミュージックのトレンドをよそに、その動向からは“ロック”への積極的な関心も窺えた。
はたして本作『ビーク』は、そうしたジェフの近況を残響として背後に留めながらも、しかし、また新たな音楽世界を提示した作品といえるだろう。ポーティスヘッドの過去とも現在とも微妙に距離を取りつつ、それでいてブリストル・サウンドの底流と密かにつながるような、深遠でユニークなサウンドをつくり上げてみせている。
グループのメンバー構成は3人。おそらくはサウンド・プロダクションを統括する立場のジェフを中心に、ベーシストのビリー・フラー、主にキーボードやエレクトロニック全般を担当するマルチ・インストゥルメンタリストのマット・ウィリアムスという布陣。ジェフ以外の2人の経歴を簡単に説明すると――ビリーは、「Invada」の第一号アーティストであるファズ・アゲインスト・ジャンクのメンバーで(※他にもマラカイやモールズ、あるいはスピリチュアライズドやマッシヴ・アタック周辺の人脈が結成したファイルズなど複数のバンドを兼任)、またポーティスヘッドやティナリウェンのサポート・メンバーも含むロバート・プラント&ザ・ストレンジ・センセーションの『マイティ・リアレンジャー』(05年)や、来るマッシヴ・アタックのニュー・アルバムへの参加でも知られるキーマン。そしてマットは、同じく「Invada」に所属するチーム・ブリックというバンドのメンバーとしても活動。両者ともブリストルの音楽シーンを拠点とするミュージシャンであり、ジェフとの関係は今回のビークを結成する以前からの間柄といえる。ちなみに、正式なグループの結成は今年2009年の1月とのこと。
彼らのマイスペースにも掲載されているプレスシートのバイオによれば、彼らは作曲やレコーディングのプロセスをコントロールする上で、ある厳格なルールを自ら設けているという。それは、一室で行われるライヴ・レコーディングを原則とし、オーヴァーダブやリペアは一切なし、アレンジメントにおいてのみエディットが許される、というもの。その狙いや理由はどういったものなのか、またそれはどのタイミングで取り決められたものなのか、詳細は定かではないが、ともかく実際にそうしたアプローチのもとアルバムは制作されたのだという。ちなみにすべての曲は、ポーティスヘッドも利用するブリストルのSOA(=STATE OF ART)STUDIOで行われた12日間のセッションで書き上げられた(エンジニアリングは、ポーティスヘッドの『サード』も手掛けたスチュアート・マシューズ)。
次のアルバムまでに10年以上の歳月を要したポーティスヘッドとは対照的に、即断即決のごとく行動力と集中力で制作が進められたことが窺える本作『ビーク』。しかし、けっしてノリや勢いでつくられた作品ではない。それが、個々のバックグラウンドやキャリアを反映し、確かなヴィジョンの元に結実した作品であることは、そのサウンドを聴けば明らかだろうと思う。
まず、アルバムの冒頭を飾る“Backwell”や“I Know”に特徴的なのが、いわゆるクラウト・ロックからの影響/引用。とりわけノイ!あたりを想起させるビート~ループ的なサウンド、あるいはシルヴァー・アップルズやラ・モンテ・ヤングにも通じる催眠的なエレクトロニクスやミニマルなテクスチャーが印象的だ。それらはたとえば、ポーティスヘッドの『サード』でいえば “We Carry On”や“Nylon Smile”といったナンバーとの繋がりも感じさせるものだろう。マイスペースでレコーディング・セッションの様子が公開されている“Iron Acton”の、無機質なベース&電子音にのせて響くジェフの冷笑的なヴォーカルは、スーサイドのアラン・ヴェガを連想させなくもない。
一方、「カン(withダモ鈴木)×サンO)))」のような“Ham Green”、ドローニッシュなギターが呻く “Dundry Hill”、ジョイ・ディヴィジョン風のメタリックなポスト・パンク“Blagdon Lake”からは、前述したジェフのドゥームやノイズ・ロックへの関心を聴き取ることができる。ファズ・アゲインスト・ジャンクでサイケデリックなガレージ・ロックに興じるビリー、そしてチーム・ブリックでエクスペリメンタルなコンポーズを展開するマット両者の音楽的嗜好がより露わとなるのも、おそらくこのあたりのナンバーだろう。かたや、ブリーピーなエレクトロ・ノイズで押し切る“Barrow Gurney”など、ヘアー・ポリスやカルロス・ジフォーニといったニューヨークのNo Fun周辺にも通じる禍々しさだ。
他にも、アルバムでは異色の優美なギター・アンビエント~ポスト・ロック的なサウンドスケープを奏でる“Battery Point”、きっとベス・ギボンズが歌ったら最高にハマりそうなノワール調のバラード“The Cornubia”など、さまざまなアプローチの楽曲が並ぶ。ブリストルの音楽シーンを共通のバックグラウンドとし、そのキャリアや近況から互いに近しい音楽的嗜好を共有しながら、楽曲ごとに異なる世界観を、微妙な濃淡で一枚のアルバムに描き込んでいく。「今まで自分がいた環境とまったく違うところで曲をつくるのはいい経験だった」とはジェフの弁だが――たとえば、そもそもライヴをやることには消極的で(そこにはベスの意向が大きかったわけだが)、いわばスタジオ・プロジェクト的な性格も強かったポーティスヘッドに対して、今回のビークは彼にとって、その成り立ちやレコーディングのプロセスからして、初めてまっとうに「バンド」と呼べるものなのかもしれない。
現時点での今後の活動予定としては、本作がリリースされた直後の12月に、ドイツやフランスも回るUKツアーがアナウンスされている。そのなかには、10周年の記念開催となるATPでのライヴも組まれており(サンO)))やオムも出演)、そこが彼らにとっての大々的なお披露目の舞台となりそうだ。ちなみに、UKでは「Invada」から、12インチやTシャツを付録した本作のボックス・セットも限定でリリースされた。
そして先日、ポーティスヘッドがすでに次のアルバムの制作に着手していることが、ジェフの口から明かされた。現在はジャム・セッションを重ねている段階で、まだ曲は完成していないものの、ジェフいわく「シンセサイザーでたくさんのレイヤーを重ねた作品になるだろう」とのこと。12月にツアーが終わり次第、本格的なレコーディング作業に入り、順調に行けば2010年内にリリースされる予定だという。今回のビークのアルバム同様、ポーティスヘッドの、そしてブリストル・サウンドの“次の10年”に向けた新たな展望を示すだろうその完成を、期待して待ちたい。
(2009/10)
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