2011年1月31日月曜日

極私的2000年代考(仮)……ブリストルは反転する

『ダミー』と『ポーティスヘッド』の2枚のアルバムが、パブリック・エネミーを聴いて人生が変わるほどの衝撃を受けたという元ジャズ・ギタリストのエイドリアン・アトリーと、マッシヴ・アタックが『ブルー・ラインズ』をレコーディングしたスタジオ「コーチ・ハウス」の雑用スタッフだったジェフ・バーロウの“ヒップホップへの情熱”が生んだ結晶だとするなら、ニュー・アルバム『サード』の“熱源”とははたして何なのだろう。

90年代のポーティスヘッドが、マッシヴ・アタックやトリッキーと通奏低音を鳴らすブリストルの正統者だったとするなら、00年代の終わりに再登場したポーティスヘッドとはいったい何者なのか。

ベス・ギボンズの凍てついた歌声は10年前とほとんど変わっていない。けれどもそのサウンドは、“トリップホップ”と呼ばれ、甘美なまでのメランコリーとエレガンスをたたえたあの頃とは相貌がだいぶ異なって聴こえる。


エイドリアンとジェフは一連の『サード』にまつわるいくつかのインタヴューの中で、今回のレコーディングに際し、俗に「ドローン/ドゥーム」と呼ばれるシーンのバンドや作品から音楽的なインスピレーションを受けたことを明かしている。パワー・アンビエントやスラッジ・コア等の様々な呼称やサブ・ジャンルをもつ「ドローン/ドゥーム」は、初期ブラック・サバスやブルー・チアー、あるいはラ・モンテ・ヤングを源流とするヘヴィネスとミニマリズムを極限まで推し進めた演奏スタイルを音楽的特徴とし、いわゆるハード・ロックやヘヴィ・メタルからアンビエントや音響派~ポスト・ロックにまで跨る、大雑把にいってノイズ・ロックの形態の一種。ふたりはMOJOやピッチフォークのインタヴューで、サンやOMのライヴを初めて見たときのことを振り返り「パブリック・エネミーを初めて聴いたときと同じ衝撃を受けた」と語っている。

また昨年、再結成一発目のライヴを行い、彼ら自身がキュレーターも務めたオール・トゥモローズ・パーティーズのラインナップには、エイフェックス・ツインやマッドリブ等のテクノ/ヒップホップ系、あるいはダモ鈴木やシルヴァー・アップルズに交じって、そのサンやOMを筆頭に、ふたりがフェイヴァリットに挙げるブラック・マウンテンや日本のボリス、サンにも参加するオーレン・アンバーチ(サンのグレッグ・アンダーソンとブリアル・チェンバー・トリオとしても活動)、ジェフが運営するレーベル「Invada」から作品をリリースするアタヴィスト、クリン・クラン、そしてカート・コバーンとも交流があったディラン・カールソン率いる“巨魁”アース(そもそもサンはアースのトリビュート・バンドとして結成された)など、必ずしも音楽性を一括りにはできないが、いわゆる「ドローン/ドゥーム」系のバンドが多く名を連ねていた。

思えばこのATPのラインナップが発表された時点で(あるいはふたりの中で構想された瞬間から)、『サード』の方向性は予告されていたものなのかもしれない。ジェフはMOJOの記事の中で「サンみたいになるつもりはないし、何時間もドローンを演奏しようとは思わない」と語り、あくまで自分たちと彼らとでは音楽的なポイントが異なることを前置きする。実際、『サード』と「ドローン/ドゥーム」系の間には必ずしも音楽的に直接的な関連性があるとは言い切れない。

しかし、例えば“マジック・ドアーズ”や“プラスティック”といった90年代に制作されたという楽曲とは対照的に(あるいはベスがウクレレの弾き語りで歌う“ディープ・ウォーター”は例外として)、シルヴァー・アップルズやクラウト・ロック/ジャーマン・エレクトロ周辺の反復とミニマリズムを落とし込んだ“ウィ・キャリー・オン”や“ナイロン・スマイル”、文字どおり銃砲のようにエレクトロ・ドラム&シンセが鳴り響くヘヴィな“マシン・ガン”、そしてサッドコア/スロウコア的な静謐さを装う序盤から一転、終盤に向けてフィードバック/ドローン・ノイズを吐き出しながら(ベスのフリーキーに舞う歌唱と相俟って)黙示録めいた混沌を創り出す“スモール”や“スレッズ”からは、過去2枚のアルバムとは一線を画する志向性やベクトルが窺える。

かつて“ナム”や“オーヴァー”、“オンリー・ユー”等で聴けた特徴的なスクラッチやあからさまなヒップホップのビート/トラックは意識的に封印され、感覚としては、そうしたエディット感やポップ・ミュージック的な洗練とは対極にあるプリミティヴでハードコアな「バンド」へとサウンドの構造やイメージを刷新した。

何より「音」として圧倒的にダイナミズムが増した背景には、以前に比べてベスが積極的に曲作りにも参加するようになり(もちろんそれにはソロ・アルバムを作った経験が大きく反映されていることはいうまでもない)、グループ内のサウンド面におけるコミュニケーションがより密に有機的なものとなったことが挙げられるかもしれない。、が、ともあれ、ポーティスヘッドとはこんなにもアグレッシヴで荒々しい音を鳴らすバンドだったのか!?と、今回の『サード』を聴いて10年前にトリップホップ云々と騒がれていた頃とは隔世の感を受けることは間違いない。


先に挙げた「ドローン/ドゥーム」系のバンドの音楽や作品が、『サード』の制作に際し“指標”とは言わないまでも、ある種の“触媒”となり、何らかの過程において積極的なエフェクトを与えたであろうことはその「音」から容易に想像できる。そして仮に、この『サード』をサウンド的に特徴付ける傾向を“ノイズへのフェティシズム”とするなら、そうした志向性(嗜好性)はけっして「ドローン/ドゥーム」との出会いを契機に新たに発現したものではない、という。

ピッチフォークのインタヴューでエイドリアンは、ソニック・ユースやグレン・ブランカ、スワンズといったNYノー・ウェイヴ・シーンの熱烈なファンであることを明かし(ちなみにサーストンとブランカは前記のATPにも招待された)、彼らが鳴らす/鳴らした「ノイズ」とサンやOMの「ノイズ」は自分の中では地続きなものだと語っている。続けてジェフは、大好きだというジョン・カーペンター作品のサウンドトラック等に使われていた初期のシンセ音や歪んだエレクトロの質感に触れ、「例えばレコードを掛けたときの細かなノイズのような“奇妙で超俗的な”響きの音(=「Sonic Unconscious」とジェフはそれを形容する)が聴く人を安堵させることがある」と持論を説く。そして、ジェフにとって『ダミー』はそういう作品だった、という。


そうした『サード』にまつわるあれこれやエイドリアンとジェフのエピソードを踏まえた上で、ブリストルという音楽都市の風景をあらためて再考したとき、その存在がクローズアップされるグループがいる。同じく90年代初頭に登場し、しかしポーティスヘッドやマッシヴ・アタックらのさらに地下深くを通奏する異形のブリストル・サウンドを鳴らしたデュオ、フライング・ソーサー・アタックである。

70年代末~80年代のポップ・グループやその周辺(リップ・リグ&パニック、マキシマム・ジョイ、ピッグバグ……)から、あれこれへて90年代のマッシヴ・アタックやトリッキーやポーティスヘッドへと続く流れがブリストルの“本流”とするなら、フライング・ソーサー・アタック(あるいはムーンフラワーズやクレセントetc)はその奥底を脈打つ“伏流”の一筋といえる。
トリップホップ勢とは一線を画し(ダブやジャングルの磁場圏内にはいたが)、ジーザス&メリー・チェインやマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン辺りのシューゲイザー、あるいはスペースメン3~スペクトラム/EAR(ソニック・ブーム)のサイケデリック・ロック/ミュージックと共振する志向性を披露したフライング・ソーサー・アタックは、当時のブリストルでは極めてオルタナティヴな存在だった。

フィードバックを効かせたヘヴィ・サイケなハード・ロックとヒプノティックなエレクトロが、朴訥と爪弾かれるアコースティック・ギターとドラムン調の高速ビートが……あらゆる“余剰”を引き摺りながら渾然一体となり寄せては返すサウンドは、00年のアルバム『Mirror』を最後にグループ解散後、最初期のメンバーだったマット・エリオット率いるサード・アイ・ファウンデーションへと引き継がれる形でリチュアルな極みを見せることになるわけだが、とりわけ『Distance』(’94)など初期の作品群は、その来歴不明の禍々しさにおいて今聴き返してもなお刺激的だ。

そうした彼らの特異な立ち位置は、例えば当時(90年代後半)の作品が、ジム・オルークやロイヤル・トラックスや日本のゴーストの作品と並んでドラッグ・シティからリリースされていた事実にも象徴的なように思う。フライング・ソーサー・アタックというブリストルの地下水脈は、90年代中盤辺りから台頭し始めたスロウコア/サッドコア系の音響派~ポスト・ロック勢に影響を与えたのはいうまでもなく、数多の参照点が散りばめられたフォークであり「ノイズ」の新奇種として、00年代のオルタナティヴ(それこそバーチヴル・キャット・モーテルからバーニング・スター・コアやレリジアス・ナイヴズに至るまで)の大いなる水源となり共鳴する可能性を胚胎していた。

ポーティスヘッドとフライング・ソーサー・アタックの間に当時どのような交流があったのか否かについては知らない。しかし、現在のポーティスヘッドとFSAの間には、前者が参照し、後者が予告したアンダーグラウンドなロックの系譜を介することで見えてくる繋がりがあるように思える。『サード』を聴いて即座にFSAを連想する人はいないだろうが、例えばフライング・ソーサー・アタック(~サード・アイ・ファウンデーション)のコラージュか油彩の抽象画のように何層にも構築された音響世界と、『サード』の快楽性を廃したハードコアな音の感触やアンサンブルの歪みは、互いにある種の“重さ(ヘヴィネス)”を志向しているという点で両者を貫く通奏低音の存在を意識させるものだ(もっとも『サード』を覆う“重さ”は、多分に時代の影響によるものであることはジェフもインタヴューで語る通りだが)。そのヘヴィネスとは、いうまでもなく冒頭に挙げた「ドローン/ドゥーム」勢とも共振するものだろうし、そこには文字通り“奇妙で超俗的な”音への志向/嗜好で結ばれた相関性を指摘することができる。おそらくフライング・ソーサー・アタックが辿った軌跡と『サード』の“熱源”(にインスピレーションを提供したもの)は深い部分で通底していると見て間違いないだろう。
90年代終わりの活動休止以降も、各自ソロや客演(ゴールドフラップ、イソベル・キャンベル、マリアンヌ・フェイスフルetc)やプロデュース(コーラルetc)など継続的な活動を見せていた彼らだが、それでも次のアルバムを完成させるには結果的に10年の歳月を要したという事実は、3人にとってのポーティスヘッドという存在の困難さをあらためて物語ると同時に、その困難さを前にしてもなおふたたびポーティスヘッドとしての創作へと向わせるほどの強烈なモチヴェーションが3人の中で芽生えたことを意味する。エイドリアンとジェフにとってはそれが「ドローン/ドゥーム」だった、とすべてを結論付けてしまうのは早計に過ぎるとしても、そうした未知の音楽との遭遇が、ポーティスヘッドのサウンドに新たな回路を拓き、またそれはブリストルを伏流するオルタナティヴな音楽史を想起させる兆しとして、ヒップホップを遡るふたりの音楽的な原体験(=「ノイズ」)に根ざした志向/嗜好をフレームアップしレコーディングの着想へと導いたことは確かといえるだろう。はたして『サード』は、ポーティヘッドにとって、そしてブリストルの音楽史において、“失われた10年”を補完し、“次の10年”を予告する(今回が最後のアルバムという噂もあるみたいだけど)マイルストーンとなり得るのだろうか、否か。


最後に、これからのブリストルを牽引するだろう注目のニュー・アクトを紹介したい。アンドリュー・ハンとベンジャミン・ジョン・パワーによるデュオ、ファック・ボタンズ。先のポーティスヘッドがキュレーターを務めたATPにも出演を果たし、またそのATPが運営するレーベルから昨年デビューを飾った逸材である。
今年2月にリリースされたアルバム『Street Horrrsing』には、モグワイのジョン・カミングスやパート・チンプのティム・セダーがゲスト参加し、さらにはマスタリングをシェラックのボブ・ウェストンが担当――という脇を固めるメンツが物語るように、そのサウンドは恐ろしく凶暴で、かつ美しく官能的。メタリックなファズ・ギターの轟音とオルガンの繊細なメロディが、陰鬱なドローン・ノイズとバレアリックなビートが、ブリーピーに痙攣するシンセとシャーマニックなエコーとタイコが混濁しながらシンフォニーを奏でる壮観なサウンドスケープは、ハードコア経由ポスト・ロック~シューゲイザー・リヴァイヴァルからクラウト・ロック~音響エレクトロニカを圧縮、はたまたブラック・ダイスやサイキック・パラマウント辺りとも通底し得るジャンクかつ高等的なエレクスペリメンタリズムを内包し猛威を振るう。

そこに脈打つのは、ブリストルでもフライング・ソーサー・アタックに連なるアンダーグラウンドな伏流であり、あられもない“奇妙で超俗的な”音(=ノイズ)への憧憬であり、ポーティスヘッドの面々が彼らを自らのフェスに招聘したことには符合めいたものを感じずにはいられない。本国イギリスでは、例のオブザーヴァー紙が名付けるところの「ニュー・エキセントリック」の一角としてフォールズやジーズ・ニュー・ピューリタンズやライト・スピード・チャンピオンらと括られたりもしている彼らだが、はっきり言って頭2、3個分飛び抜けた存在だと思う。


(2008/07)

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