2011年5月3日火曜日

極私的2000年代考(仮)……NO MUSIC NO NOISE, NO NOISE NO MUSIC

「NOISE」の語源が、どこかの言語で「新しい(もの)」を意味する言葉だった、という話を前になにかで読んだか聞いた記憶がある。あらためて調べてみたが、真偽は定かではないので、たぶん記憶違いか、まったくのデマなんだろう。ちなみに、ネットで調べた浅知恵だが、一説には「船酔い」を意味するギリシャ語の「NAUSIA」が、ラテン語や古いフランス語をへて変形したものだといわれている、そうだ。

ともあれしかし、一方で、いわゆる広義の「ノイズ」が「新しい(もの)」として、2000年代以降、主にアメリカのインディ・ミュージック内で再浮上している、という現象があるのはご存知のとおりである。正確には、2000年代以降の「新しい(もの)」インディ・ミュージックには、さまざまな形で顕在化した「ノイズ」の影響を散見できる、と書くべきか。

それはたとえば、ノー・エイジやディアハンターを例に昨今注目を集めるニューゲイザーや、その中でもより過激でレフトフィールドな嗜好を指す「Shit-Gazer」「No-Fi」とも呼ばれる連中(イート・スカル、ブランク・ドッグス、インテリジェンス、『Shitgaze Anthems』なんてEPまでリリースするサイケデリック・ホースシットetc)。あるいは、サンO)))や、2000年代に入り復活を遂げたアースを筆頭とするドゥーム・メタル/ヘヴィ・ドローン~スラッジ。スターズ・オブ・ザ・リッドやウィンディ&カールを擁する90年代以降のクランキー周辺をへて、グロウイングやホワイト・レインボーetcにいたるアンビエント~ドローンの流れ(ディアハンターもこの流れを汲む)。さらにはボーズ・オブ・カナダやフェネズ、M83やギター等のmorr周辺まで含むアンビエントやエレクトロニカ以降のエレクトロニック・ミュージック。さらにはアンドリューWKも出入りするニューヨークのNo Fun界隈のエクスペリメンタル&エクストリームなノイズ・シーン(ウルフ・アイズ、ヘア・ポリス、サイティングスetc)。はたまたライトニング・ボルトやヘラといったポスト・ノーウェイヴ。マストドンやコンヴァージに代表されるポスト・メタル/カオティック・ハードコア。そしてもちろん、それこそアニマル・コレクティヴ(『フィールズ』の際にはシューゲイザーの影響も指摘された)やギャング・ギャング・ダンスから、ボルチモアのダン・ディーコンやポニーテール、ノー・エイジの盟友エイブ・ヴィゴーダらポスト・ジャンクまで、解釈の範囲を広げればきりがない。


あくまで大雑把な括りだが、それらのシーンやバンドの間で「ノイズ」は、ある種の触媒として各々の音楽スタイルと交わりその概念を敷衍され、援用や曲解、リヴァイヴァル(回顧)とリニューアル(更新)をへて現在にいたる。それはたとえば、フリーク・フォークにおいて「フォーク」もまた触媒に過ぎなかったのとニュアンスは近い。ジャンルや手法としての「ノイズ」は、その背後にメインストリームへのカウンター的な特異点としての役割や、ニルヴァーナやグランジ的な心象風景を映す“物語”を帯びていた80年代や90年代のそれとは異なり、いまやロック/ポピュラー・ミュージックにおいてありふれた選択肢でありクリシェに過ぎない(だから「すべてのノイズが、ある種の社会像や人物像、感情などに結びつけられてしまっている」と語るダーティー・プロジェクターズのデイヴ・ロングストレスの意見は過大評価だろう。そうした“ノイズの内面化”は90年代のグランジを通じてパターン化され形骸化した)。

しかしとりあえず“2000年代のノイズ”には、それが音楽表現として必ずしも「新しい(もの)」かどうかは別として、それぞれの方法論や美学を貫くかたちで「ノイズ」を拡張し極めるような過剰さと(シーンを跨ぐ)多様性があって、おもしろい。そしてそれは、2000年代も最初の10年が終わろうとしている現在まさに進行中の現象であるという点で、まぎれもなく「新しい(もの)」のである。

 
ところで、先日、代官山UNITでシルヴァー・アップルズの来日公演が行われた。はじめに断っておくと、自分はそのライヴを見ていない(裏の渋谷O-NESTで美人レコード祭りby円盤ジャンボリーを見ていた。まあ、彼らの出演は深夜過ぎだったので、時間的に見れないこともなかったのだけど)。なので、ここでそのライヴの模様について伝えることはできないのだけど、そんな経緯もあって彼らのレコードを久しぶりに聴きながら、シルヴァー・アップルズをキーワードに、2009年の現在を象徴する何かについて書くことができるかもしれない、なんてことを漠然と考えた。
シルヴァー・アップルズが結成されたのは1967年。そもそもはジ・オーヴァーランド・ステージ・エレクトリック・バンドと名乗る5人組で、3人のギタリストにドラムにヴォーカルという編成だったのだが、当初ヴォーカル専任だったシメオンがオシレーター(発振器)を持ち込みバンドは揉めた末に瓦解、唯一人それに共感を示したドラマーのダニー・テイラーとシメオンが新たに始めたユニットがシルヴァー・アップルズだった。それからほどなく、シメオンは、9個のオシレーターと86個のコントロール部、プリ・アンプやラジオetcを組み立てた自作の電子楽器「シメオン・マシーン」を操り、対するダニーは、8個のスモール・タムと各2個のフロア・タムやバスドラ、カウペルetcで構成された大型のドラムセットを叩くというユニーク奇抜な演奏スタイルを整備。ファースト・アルバム『Silver Apples』とセカンド『Contact』が、1968年と69年に相次いでリリースされた(以降、30年近い活動休止期間をへて90年代末にシメオン主導で再始動。ニュー・アルバム『Beacon』や未発表曲集『The Garden』を発表。4年前にダニーが死去。先の来日公演はシメオンのソロ・アクトだった)。

現代音楽に電子音楽のやり方を持ち込んだとも言われたシルヴァー・アップルズは、後のエレクトロニック・ミュージックは当然、カンやノイ!、クラスターなどクラウト・ロック/ジャーマン・エレクトロから、PIL時代のジョン・ライドン、ステレオラブや以降のポスト・ロック、あるいはジ・オーブあたりのアンビエント~テクノ/ダンス・ミュージックにいたるまで、多大な影響を与えた。その再評価のきっかけともなった96年のトリビュート盤『Electronic Evocations』には、ウィンディ&カールやAMP、サード・アイ・ファウンデーションやフロウチャートなど、アンビエント・ドローンやポスト・ロック~ブリストル系など個性的な顔ぶれが名を連ねている。

なかでも、そんなシルヴァー・アップルズの衣鉢を継ぐ存在とも言えるのが、ソニック・ブームだろう。ご存知のとおり、現在はスピリチュアライズドを率いるジェイソン・ピアーズと組んでいたスペースメン3自体がそもそも強烈なアシッド・サイケデリアを誇るアクトだったが、解散後、音楽面でブルースやガレージ・ロック的な肉体性を引き継ぎ(さらにゴスペルやジャズなど多様なルーツ音楽との混交、オーケストラの編成etcをへて)具体表現としてのサイケデリアに向ったジェイソンに対し、ソニック・ブームは、スペクトラムやエクスペリメンタル・オーディオ・リサーチと名乗り、アナログ・シンセやヴィンテージ電子楽器から子供用の言語学習機械まで用いながら、アブストラクトで弛緩した電子音響~ドローンの快楽性に耽溺してみせた。

そこには、シルヴァー・アップルズ/シメオンから授かるエレクトロニック・ミュージックの薫陶はもちろん、いわゆるロック・バンド的な伝統性や楽曲形式を一切放棄するような達観したありようも窺える。もっとも、ニューオリンズで生まれ育ち、当然のようにリトル・リチャードやファッツ・ドミノのレコードに10代の頃から親しんだというシメオンと同様に、ソニック・ブームもまた、クラフトワークなど70年代のドイツ音楽と平行して、50年代の初期ロックンロールやロカビリー、リズム&ブルースを愛する音楽ルーツをもつ。昨年、スペクトラム・ミーツ・キャプテン・メンフィス名義でリリースされたアルバム『Indian Giver』では、アレサ・フランクリンやボブ・ディラン、ストーンズのバックを務めたこともある鍵盤奏者ジム・ディッキンソン(ちなみに彼の息子兄弟とジョン・スペンサーが組んだのがスペンサー・ディッキンソン)と共演を果たし、ファンを驚かせた。ともあれ、シルヴァー・アップルズとソニック・ブームは、過去にツアーで共演したりコラボ作『A Lake Of Teardrops』を発表したりと、近しい関係性にある。

かようにシルヴァー・アップルズが残した音楽的足跡の延長線上には、さまざまに枝分かれしその枝葉を広げる音楽フェーズの変遷を見て辿ることができる。さらにそこに、たとえばシメオンも当時から共感を寄せたスペースメン3のトリビュート盤(モグワイ、バード・ポンド、ロウetc)や、先頃リリースされたノイ!のトリビュート盤『ブラン・ノイ!』(LCDサウンドシステム、フォールズ、スクール・オブ・セヴン・ベルズetc)を接ぎ木して置けば、その系統樹をより俯瞰したかたちで捉えることも可能だろう。

あるいはまた、シルヴァー・アップルズを起点としてニューヨークの音楽史を紐解き直せば、そこには、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを起点としたそれ=通説とは異なる相貌の彼の地のアンダーグラウンド・ミュージックの軌跡が浮かび上がるはずだ。そしておそらくそれは、ラ・モンテ・ヤングやトニー・コンラッドのミニマル・ミュージック/現代音楽を背景に、ルー・リードの『メタル・マシーン・ミュージック』を挟んでNYパンクではなくスーサイドと直線で結び、イーノ&トーキング・ヘッズ(デヴィッド・バーン)の原始主義と音響実験(あるいはノー・ウェイヴでもグレン・ブランカのようなミニマリスト)をへて、たとえば80年代と90年代を跨いでノイズ/インダストリアルからサイケデリック/ドローンへと嗜好を変えたスワンズなど(そして日本から輸入されたボアダムス!)を参照点に含みながら、ブラック・ダイスや、現在のアニコレやギャング・ギャング・ダンスあたりのエレクトロニックなトライバル・ポップに辿り着くようなユニークな文脈を示すにちがいない。

そして結論を言えば、“2000年代のノイズ”が拠って立つところもこの道筋に連なるものではないか、という感覚である。むろん、上記のさまざまな“ノイズ”がシルヴァー・アップルズの直接的/間接的影響下にあるかどうか正確には定かではないし、むしろその多様性こそがいわば“2000年代性”を担保するものであるからして、それらを一括して論じることはできない。けれどたとえば、彼ら“2000年代のノイズ”のいつ果てることもなく続く轟音/微音との戯れ。ニューゲイザーの確信犯的な単調さ(=反復)。ドゥーム・メタルのミニマルな持続感。引き延ばされ、圧縮された電子音/ノイズのマテリアリスティックな感触。ストイック(ハードコア?)を通り越してスラップスティックなユーモアさえ感じさせる器楽演奏。あるいはリズムの覚醒感etc。“2000年代のノイズ”が帯びたそれらの属性には、さまざまなレベルに微分され、あるいは援用・変形されたシルヴァー・アップルズ的なるものの残滓を嗅ぎ取り散見することができなくもない(ちなみにシメオンは昨年シミアン・モバイル・ディスコのリミックスも手掛けた)。

もっともシルヴァー・アップルズは、いわゆるノイズ・ミュージックではない。しかし、シルヴァー・アップルズと“2000年代のノイズ”(というか”2009年現在のノイズ”)との間には、たとえば80年代や90年代の役割や意味を帯びたノイズとは違ってもっと、その「音」に対するエクストリームで快楽的な嗜好において同時代性のようなものがある。

言い換えれば、シルヴァー・アップルズの音楽はその登場から40年後の現在にも不思議なリアリティをもって響く。それは彼らの音楽が、気づけばロックやアヴァンギャルドやダンスもひっくるめた「古典」としてさまざまな参照点を含んでいるという以上に、その偉大さとは裏腹にそこに通底する天性の(天然に近い?)ポップさが、“2000年代のノイズ”の、ある種裏表のないわかりやすさ(つまり「音」への欲求だけがむき出しであるような)とおそらく重なるところがあるからだろう。“2000年代のノイズ”もまた、そんなシルヴァー・アップルズという果樹がその生長の過程でたわわに実らせた「新しい(もの)」果実のひとつにほかならない。


カリフォルニアの男女デュオ、ルーク・フィッシュベックとサラ・ラ・ラによるラッキー・ドラゴンズは、10年前の結成以来、音楽以外にもビデオ・プロジェクトや観客を巻き込んださまざまなアート・パフォーマンスを行いながら、これまで20作近いアルバムや諸作品を発表し続けている。ノー・エイジがホームとするアート・スペース「スメル」の顔馴染みでもある(ノー・エイジのディーンが主宰するレーベルPPMのDVDにも映像作品が収録されている)彼らのサウンドは、弦楽器や打楽器やリコーダーなどさまざまな生音に電子音を少々織り交ぜ継ぎ接ぎし、ループさせたりしながら朴訥とした歌唱を重ねるなんというか、トライバル・アヴァン・トイトロニカポップとでも言うべき奇天烈なローファイ調を奏でる代物。で、それはまったく「ノイズ」ではないのだけど、隙間だらけでミニマルな中毒性やフェティッシュな音との戯れがなんともシルヴァー・アップルズ的、なんである。目下の最新作『Dream Island Laughing Language』は、またそんな“2000年代のノイズ”を象徴する一枚。スティーヴ・ライヒやシュトックハウゼンあたりの影響も窺え、スケールは違うが来月に控えるバトルスのタイヨンダイの新作ソロとも意外や通じるところがあったりして、おもしろい。


(2009/09)

0 件のコメント:

コメントを投稿