先日、サマーソニック07への出演と今回のニュー・アルバム『イン・アワー・ネイチャー』のプロモーションのため来日した際、ファースト・アルバム『ヴェニア』のブレイクを振り返り、そう淡々と語ったホセ・ゴンザレス。2004年にリリースされた『ヴェニア』は、インディ作品ながら、本国スウェーデンやイギリスでプラチナ・レコードに輝いたのをはじめ、日本を含む世界中で70万枚のセールスを記録。昨今、様々なかたちで男性シンガー・ソングライターの存在が注目を集めているとはいえ、派手なキャラクターでもなければ、本人も語るようにけっして大衆にアピールするタイプの音楽でもない。「無名のゼロの状態からコツコツとやってきた」という3年間(2003年のデビューEP『Crosses』から数えれば4年間)。たくさんの人たちが自分の音楽を聴いてくれたことは素直に嬉しい反面、その手応えが大きければ大きいほど、驚きや戸惑いも隠せない――というのも、いざ本人にしてみれば正直なところなのだろう。
実際、今回の『イン・アワー・ネイチャー』のレコーディングにあたっては、本人によれば多少のプレッシャーを感じていたところもあったらしく、またヨーロッパやアメリカを廻る長期のツアーが続き、落ち着いて曲作りに入る時間がなかなか取れなかったことで、スランプに近い変なストレスを溜め込んでしまう場面もあったそうだ。そうしたなか、ツアーがひと段落し、スウェーデンのイェーテボリにある自宅に戻りホセが本作の曲作りを本格的に始めたのは昨年の11月。その際、ホセがまず考えていたのは、「セカンドはファーストみたいにビッグになる必要はない」、そして「自分自身への過剰な期待を抑える」こと、だったという。
ともあれ、ひとたび曲を書き始めてからは、「自分のペースを取り戻してきたというか、他人が何と言ってこようが、今の自分にとってはこれが一番自然な曲なんだっていう感じの曲ができてきた」と自負するほど、充実したソングライティングの成果を残すことができたと語る本作。なかでも、アルバムのオープニングを飾る1曲目の「How Low」は、単なるリード曲に留まらず、作品全体の世界観を予告するイントロダクションとしてホセ自ら位置づける象徴的なナンバーだ。“How low are you willing to go”という一節で始まる、呟くような、しかし強い感情を滲ませたホセのヴォーカルと、ミステリアスで、どこか不吉な余韻を残すアコースティック・ギターの調べ。まるで黙示録を読み上げるように響くダークなニュアンスは、ホセの狙いどおり、これまでの彼の作風や楽曲とは異なる表情を作品に浮かび上がらせることに成功している。なお、4曲目「In Our Nature」等で魅惑的なバッキング・ヴォーカルを披露しているのは、同郷イェーテボリのバンドで、先日デビュー・アルバムを発表したリトル・ドラゴンの女性ヴォーカリスト、ユキミ・ナガノ。
「そう、アルバムの一番最初に“How Low”って言葉を持ってきたかったんだよ。“How Low”って、どこか陰を帯びた感じで、少しアグレッシヴな響きもあって……僕自身、そういう音楽が好きだったりもして、だから、今回のアルバムもそんな感じの雰囲気にしていきたかったんだよ。ダークで、責めてるような感じというか……そこに生まれる緊張感というか、どこか張り詰めた空気にしたかったんだ。僕の書いてる曲って、大半がメロウで優しいトーンなんだけど、そこに少しだけ陰を潜ませておきたかったというかね」
一方で、本作についてホセは「最初の5曲はすごくアグレッシヴで責めてる感じなんだけど、後半の5曲は外側よりも内側にベクトルが向いている」とも語り、つまりレコードのA面/B面のようにアルバムの前半部と後半部が対称的な構成になっている、という。なるほど、たとえば冒頭の「How Low」から、ブルージィなギターとパーカッションが情熱的に絡み合う3曲目「Killing For Love」へと至る流れのにじり寄るような緊迫感や躍動感と、たとえば8曲目「The Next」や9曲目「Fold」にあふれる南国的な浮遊感やオーガニックな叙情性は、ホセのソングライティングの「動」と「静」のコントラストを描き出しているともいえなくない。もっとも、実際に作品を聴けばわかるように、ホセが言うほど明瞭には前半部と後半部でサウンドのトーンが異なることはない。むしろ、並び合う曲同士が互いに響き合うように繊細なグラデーションを描きながら、アルバム全体のトーンや表情を陰影鮮やかに浮かび上がらせていく。“How low are you willing to go”と歌い幕を開けた世界が、“You're cycling trivialities”と歌う最終曲「Cycling Trivialities」の最後のフレーズへと再帰し円環を閉じるように締めくくられるストーリーテリングは、ありふれた「動/静」といったコントラストを超えて、奥深く感動的な余韻を作品を聴いたリスナーに残すものだ。
そもそも、アルゼンチンからの移民である両親のもと、スウェーデンで生まれ育ったホセは、そのルーツからして対照的な2つのカルチャーを受け継ぐパーソナリティの持ち主といえる。両親の影響から家ではアルゼンチンやブラジルなどのラテン音楽を聴いて育ち、一方、幼い頃からクラシック・ギターを習い、ビートルズやサイモン&ガーファンクルなんかを普通に聴いていたホセにとって、ことさら強調するまでもなく音楽面におけるそうした「2面性」は、なんら違和感なくごく自然に培われた作法ともいえる。影響を受けたアーティストには、エリオット・スミスやキャット・パワーなどシンガー・ソングライター系から、トータスやロウなどポスト・ロック系まで様々な名前が挙がり(個人的に、ニック・ドレイクやジョアン・ジルベルトの系譜を間違いなく継ぐその感性は、その南米音楽的なヴァイヴに抱かれたアトモスフェリックな歌世界といい、同時代ではデヴェンドラ・バンハートに比肩する才能と信じて疑わない)、またよく知られているように、過去にはハードコア・バンドで活動していた経歴を持つなど、その音楽的なバックグラウンドはきわめて広い。惹かれるのは、そうした多様なインスピレーションが彼の音楽の中で交じり合い、あるいは交じり合う狭間からまったく新たなフレーズや歌が産み落とされるような生々しさを、そこに感じることができるからだ。本作が、サウンド的には特別な変化を見せることなくこれまでの作品の延長にありながら、しかし新たなエモーションを呼び起こすような力強さにあふれているのは、そうしたホセの人間的/アーティストとしての懐の深さによるのではないだろうか。
ちなみに、アルバム・タイトルの「In Our Nature」の意味も含めた本作の歌詞のテーマについて、ホセは「人間の根源的な部分や、人間が人間であること、人間の行動パターンだとか本能、根源悪みたいなところまで含めて、それらを言葉にしようとした結果、こういう歌詞ができたんだと思う」と語り、『ヴェニア』よりもパーソナルな方向に陥らないよう、人間にとって普遍的なテーマを描くことを念頭に置いていたのだという。そうした背景には、『ヴェニア』の成功を受けて、以前よりもリスナーの存在を意識するようになったことも関係しているようだ。
「ファーストが愛の光と影について描いてるアルバムたら、今回はただパーソナルな愛だけじゃなく、それ以上のものがあるというか……愛と憎しみとか、そういう部分まで描いてる。あるいは、同じ愛でも、誰か特定の相手に向けた愛だけじゃなくて、思想や物事に対する愛なんかも含まれてるんだよ」
さらに、ホセによれば、今回の曲作りの間に読んでいたリチャード・ドーキンス著『神は妄想である――宗教との決別』から受けたインスピレーションが、本作の歌詞には大きな影響を与えているという。リチャード・ドーキンスといえば、他にも『利己的な遺伝子』等の著書で有名なイギリスの動物行動学者だが、ホセもまた大学時代には音楽と平行して生化学を学んでいたことで知られている。
「かつての錬金術が科学に取って代わられたように、そこから天文学や解剖学が生まれていったように、人々が宗教なんてものをでっち上げる前の時代には説明できなかったことを今では科学が説明してくれるようになってる。あるいは哲学が、考えても答えの出ない問題に取り組んでいたり、アートが宗教の代わりになって人々を繋げたり、人間の心に美しさや感動を与えてくれるようになっている。それまで宗教が支配していた役割を、今ではいろんな学問や芸術が肩代わりするようになっているんだよね。だから、今の世の中において、基本的には宗教って必要のないものだと思ってる。それを信じたがために悲劇を生む可能性のあるものも含まれているから。それまで宗教がすべて独占していた領域……生きることの意味や、人間としてどう生きるべきか、どうしたら今よりももっと良い人間になれるのかってことについて……それは宗教とは関係なしに、生きていく限り誰でも向き合っていく問題だと思うんだよ」
ホセは、デビューしてから今日までの4年間を、「まるで旅のようだった」と振り返る。文字通り、世界中を国から国へとツアーで周り、その行く先々でファンや様々な人たちとの出会いを果たしながら、ホセの音楽はゆっくりと、しかし確かな手応えとともにその輝きを増してきた。『イン・アワー・ネイチャー』を聴いていると、そんなホセが過ごしてきた濃密な「旅」の情景が目に浮かぶ。このアルバムが、より多くの人たちにとってホセ・ゴンザレスというアーティストと彼の音楽に出会うきっかけになればと、ファンの一人として心から思う。
追記:5曲目に収録された「Teardrop」は、マッシヴ・アタックのカヴァー。先日出演したサマーソニック07でも披露され、大きな喝采を浴びた。
(2007/08)
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