2012年2月27日月曜日

極私的2000年代考(仮)……シューゲイズ再興の端緒 : ア・プレイス・トゥ・バリー・ストレンジャーズの場合

いわくつきのバンドである。

たとえば “ブルックリン/ニューヨークで最もラウドなバンド”。
たとえば“今まで聴いた中で最も耳を砕く(ear-shatteringly loud)ガレージ/シューゲーザー・バンド”……etc。

有名どころでサイティングスやヘアー・ポリス、あるいは「NO FUN FESTIVAL」に代表される先鋭的なノイズ・シーンが活発なその界隈において、ある種の“暴力性”で耳目を驚かすバンドは枚挙に暇がない。が、そんな猛者ぞろいのなかにあって、件の異名を授かる彼ら――ア・プレイス・トゥ・バリー・ストレンジャーズ(以下APTBS)とは、果たしてどんなバンドなんだろうか。


APTBSが結成されたのは5年前の2003年。その経緯は、地元ヴァージニア州のフレデリックスバーグで、90年代の中頃からスカイウェイヴというシューゲーザー・バンドを率いて活動していたオリヴァー・アッカーマン(Vo/ギター)が、バンドを解散してブルックリンへ渡ったことに端を発する。友達のバンドのライヴを見に行ったオリヴァーは、そこでバンドを始めるためメンバーを探していたティムとデイヴという2人の男と偶然知り合い、早速バンドを結成。オリヴァーは当初はドラマーという話だったが、ギタリストとして参加することになる。

が、ほどなく事情が変わり、デイヴがバンドを脱退。代わりに、オリヴァーの地元の友達で、コブラ・スパというバンドをやっていたジャスティンが加入することに。しかし、結局そのジャスティンも、挙句にティムまでも「ガールフレンドと一緒に引っ越す」という理由でバンドを辞めてしまう。で、その後、新たに知り合ったジェイ・スペース(ドラム)とジョノ・モフォ(ベース)を迎えてバンドを再編、APTBSは再スタートを切ることになる(ちなみに、どの時点で彼らがAPTBSと名乗るようになったのかは不明)。

そうした紆余曲折をへながら、バンドの体制を確立しライヴを重ねていった彼らは、次第にそのパフォーマンスが評判を呼び、ブルックリンのインディ・シーンで頭角を現し始めるようになる。そして、平行して自主制作でCDRのEPも発表(『Red』、『Blue』、『Green』と題された3枚のEPを2006年リリース)。ブライアン・ジョーンズタウン・マサカーやジーザス&メリー・チェーンと共演を果たすなど順調にステップアップを果たしていくなか、彼らはオースティンでのライヴを見て声を掛けてくれたボストンのレーベル「Killer Pimp」と契約を交わし、2007年8月、それまでの楽曲を集めた(実質的に結成から4年間の集大成的な作品となる)デビュー・アルバム『A Place To Bury Strangers』をリリースする。同アルバムはPitchforkを筆頭に様々なメディアで高い評価を受け、その名前はアメリカ中のインディ・ロック・ファンの間で広く知られるところとなる――。


その作品を聴けば、たとえ彼らのライヴを体験する機会がなくても、例の物騒な異名の所以となるところを実感することができるだろう。彼らみずから自分達のルーツに挙げるマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやジザメリ、ライドといったオリジナル・シューゲーザーからの直接的な影響はもちろん、スペースメン3~初期スピリチュアライズドにも通じるガレージとサイケデリックの融合、あるいはポスト・ハードコアやインダストリアルにも感触の似た無機質で金属的なノイズの響きは、たとえばシックス・フィンガー・サテライトやブレイニアックなどサブ・ポップ/タッチ&ゴー~スティーヴ・アルビニ周辺の90年代アメリカン・インディを連想させるオリヴィアの世代感覚的なバックボーンも窺わせる(それとはつまりニューヨークという系譜に即していえばスーサイドに源流を遡るものでもある)。

文字どおり“耳を砕く”ようなノイズのカタルシスやフェティシズムが横溢する反面、たとえばM⑮「Sunbeam」のようにメロディアスなソングライティングやポップとしてのストラクチャーも随所に打ち出されていて、そこにはシューゲーザーの正統的な後継者という以前に、クリスタルズやフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドに心酔するオリヴァーの“ポップ・ミュージックへの憧憬”が垣間見えたりもして興味深い。俗に「ネオ・シューゲーザー」とも呼ばれる一種のリヴァイヴァリズムは、主に北欧圏で顕著な台頭を見せた欧州勢に対し、ニューヨークでも2000年代以降、アソビ・セクスやオン!エア!ライブラリ!、最近ならヴィヴィアン・ガールズやクリスタル・スティルズといったバンドも例に小規模ながら散見できる現象である。このAPTBSもまた、むろんそうした文脈のなかに位置付けることが可能であると同時に、その両義的なサウンドの志向性や放埓な創作精神のありようは、かつてなくエクスペリメンタルな音楽が前景化(たとえばノー・ウェイヴの再評価やフリーク・フォーク、あるいは冒頭の「NO FUN~」といった本来アンダーグラウンドなものがオーヴァーグラウンドへと浮上)した2000年代のニューヨークならでは育まれた産物といえるのではないだろうか。


ちなみに、オリヴァーは、APTBSのメンバーとしての他に、「Death By Audio」というハンドメイドのエフェクト・ペダル・メーカーの創設者としての肩書きをもつ。そもそもは理想のギター・サウンドを手に入れるため始めたペダルの自作が高じ、スカイウェイヴの解散前後の2002年に会社として起業して以来、今では多くの有名ミュージシャン(U2、ナイン・インチ・ネイルズ、ウィルコ、TV・オン・ザ・レディオ、ライトニング・ボルトetc)を顧客に抱えるブランドへと成長した「Death By Audio」。一方で、それはしかしAPTBSにとって、何よりあの凶暴なディストーションと重層的なリヴァーヴが効いた独自の音響空間を生みだすうえで欠くことのできない重要な創作のファクターとなっている。また、現在は同名のスタジオ兼アートスペースをブルックリン近くのウィリアムズバーグで運営していて、これまでサーストン・ムーアやトニー・コンラッド、ダーティー・プロジェクターズやグローイングetcが利用するなど、ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンにおけるユニークな交流の場となっている。


今回、国内盤化された本作『ア・プレイス・トゥ・バリー・ストレンジャーズ』は、同時期に「Rocket Girl」(エクスペリメンタル・オーディオ・リサーチ、ピアノ・マジックetc)から5曲追加した形でリリースされるUK盤に、さらにリミックス・トラックを3曲追加収録した特別仕様となっている(ちなみにアナログ盤は2000年代アヴァン・ロックの牙城「Important」から)。なお、ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブや盟友ホリー・ファック(コラボレーション作品の計画も伝えられている)とのツアーに続き、この夏にはNINのツアーのオープニング・アクトを務めるなど精力的な活動を展開している彼らは、現在、ギャング・ギャング・ダンスとレーベル・メイトでもあるロンドンのシアン・アリス・グループを伴いUSツアーを敢行中。さらに、本作がリリースされる頃にはMGMTとの大規模なヨーロッパ・ツアーが予定されている。そして、待望のニュー・アルバムについては、現時点ではまだ何も情報が伝えられてこないものの、新曲の制作は水面下で行われているようだ。ちなみに、アンディ・ウォレス(ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』、ソニック・ユース『ダーティ』etc)周辺のエンジニア、ジョン・マホニーを迎えてレコーディングされながら、その情報がメディアに漏れ、おまけに彼がガンズ・アンド・ローゼズの新作の制作に関わっていたことがリークされたことで事態が拗れ、お蔵入りとなってしまったという音源が存在するらしい……。


“ブルックリン/ニューヨークで最もラウドなバンド”“今まで聴いた中で最も耳を砕くガレージ/シューゲーザー・バンド”――その異名に違わぬ強烈なインパクトを刻んで余りある『ア・プレイス・トゥ・バリー・ストレンジャーズ』。今回のワールド・リリースを機に、その名前は世界中のインディ・ロック・シーンで存在感を増していくに違いない。あとは、その“耳を砕く”ような興奮とカタルシスを日本でも生で体験できる瞬間が来る日を熱望して待ちたい。
        
(2008/10)


極私的2000年代考(仮)……シューゲイズ再興の端緒 : アソビ・セクスの場合)

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