2011年3月23日水曜日

極私的2000年代考(仮)……フリー・フォークのミューズ

サマラ・ルベルスキー……といえば、個人的に目下の最大の関心事は、先頃リリースされたサーストン・ムーアの最新ソロ・アルバム『Trees Outside The Academy』への参加の件である。同作で彼女は、スティーヴ・シェリー(ソニック・ユース)と共にサーストンとアンサンブルを組む主要メンバーの一人として、収録された楽曲のほぼすべてにクレジットされている。SPIN誌のサーストンのインタヴューによれば、アルバムの方向性を決める早い段階から彼女の起用は構想に入っていたようで、これまでもショウでの共演などを通じてその演奏に接してきたサーストンにとって、サマラ・ルベルスキーというアーティストは欠くことのできない意中の存在であったという。ダイナソーJrのJ・マスキスやジョン・モロニー(サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マン)ら錚々たるゲスト・ミュージシャンが顔を揃えるなか、彼女はサーストンが爪弾くアコースティック・ギターにやさしく寄り添い、美しいヴァイオリンとコーラスを披露している。

サーストン・ムーアがここ数年、1990年代にも増してアクティヴにユニット活動や様々なプロジェクトを展開しているのはご存知のとおりである。それも、従来のフリー・ジャズや即興シーン界隈に留まらず、2000年代以降に登場した若い世代のミュージシャンとの頻繁な共演が目に付く。その模様は、日々更新される「Ecstatic Peace!」(サーストン主宰のレーベル)のHPでも報告されているが、なかでも、いわゆる「フリーク・フォーク」と呼ばれる周辺との交流が騒がしい。その最たる例は、ビョーク『ヴォルタ』にも参加したクリス・コルサーノ(サンバーンド、シックス・オルガンズ・オブ・アドミッタンスetc)、ジャンデックやノー・ネック・ブルース・バンド周りのメンバーと結成したグループ=ドリーム/アクション・ユニットだが、他にもステージでの共演・客演から作品のディストリビューションまで、それは多岐に亘る。

とりわけ、サーストンがキュレイターを務めた昨年12月のオール・トゥモローズ・パーティーズのラインナップが興味深い。ストゥージズとDKT MC5を筆頭に、サン・シティ・ガールズからジャッキー・O・マザーファッカー、ホワイト・アウトからウルフ・アイズ、メルヴィンズからディアフーフ、そしてソニック・ユースからマジック・マーカーズまで――。さらに上記のドリーム/アクション・ユニット関連のバンドも含む、その途方もないラインナップをあらためて眺めたとき、それが「フリーク・フォーク」も巻き込む2000年代後半のアンダーグラウンド・ミュージックをクロニカルに歴史化・体系化した縮図であることに気付かされる。

『Trees Outside The Academy』とは、そんな近年のサーストンの活動の集大成的な作品である、と言っていい。それは、そこに集ったミュージシャンの顔ぶれ(ハラランビデスのクリスティーナ・カーター、ガウンのアンドリュー・マクレガーも参加)や、何よりその、アヴァンギャルドを極め尽くした果てにクラシックなロックンロールやフォークを鳴らすような達観したサウンドが、雄弁に物語っている。そして、そんな作品に、サーストンが自身の右腕的存在として全幅の信頼を寄せて招聘した――この事実だけからも、サマラ・ルベルスキーがいかに特別なアーティストであるかが伝わってくるのではないだろうか(おそらくこれほど密な関係性でサーストンと創作を共有した女性アーティストは、キム・ゴードン以外で彼女が初めてではないか)。

たとえば、現在のサーストンならびに今回のソロ・アルバムにも強い影響を与えた「フリーク・フォーク」と呼ばれる潮流。その最大の特徴のひとつに、「ハードコア」との密接な関わりが挙げられる。前出のクリス・コルサーノ、ジャッキー・Oやジョン・モロニーをはじめとするサンバーンド周りのメンバー、シックス・オルガンズのベン・チャズニー、あるいはデヴェンドラ・バンハートやアクロン/ファミリーを世に送り出したシーンの元締め的存在である元スワンズのマイケル・ジラなど(さらにはサーストンも含め)、他にも多数挙げられるが、「フリーク・フォーク」の担い手とされるアーティストのルーツやバックグラウンドには「ハードコア」と直接的/間接的な接点を指摘できるケースが多い。つまり、彼らは「フォーク」を、懐古趣味や伝統回帰の表れではなく、「ハードコア」と地続きに結ばれたエクストリームでエクスペリメンタル(=フリーク)な音楽として対象化している、と見ることができる。その点が、1960年代のフォーク・リヴァイヴァルや、1990年代の「アンチ・フォーク」との大きな違いでもある。

そうした背景を踏まえたとき、サマラ・ルベルスキーがかつて、1990年代にソノラ・パインに在籍していた事実は興味深い。ソノラ・パインとは、現在はソロとして活動する女性SSWのタラ・ジェイン・オニールが、元ラングフィッシュ(ボルチモアのハードコア・バンド。イアン・マッケイの「Dischord」所属)のシーン・メドウズと1990年代中頃にニューヨークで結成したバンド。そもそもタラは、ルイヴィルで“スリントの正統なる後継者”と謳われたロダンの元メンバーで、その延長上に誕生したソノラ・パインは、活動の拠点こそ違え、音楽的にもルイヴィルの(ポスト・)ハードコア・シーンの流れを汲むバンドだといえる(ちなみにシーンは後、同じく元ロダンのジェフ・ミューラーとその発展形ともいえるジューン・オブ・44を結成)。サマラ・ルベルスキーは、その結成直後にヴァイオリニストとして加入するわけだが、つまり彼女もまた、そのキャリアの出発点に、現在の「フリーク・フォーク」勢と共振するように「ハードコア」との密接な交わりを指摘できるのである。

サマラ・ルベルスキーは、ソノラ・パインとしての活動と前後して、ホール・オブ・フェイムというサイケデリック・ポスト・ロック・バンドを結成。その後、前出のジャッキー・Oやタワー・レコーディングスといった、現在の「フリーク・フォーク」隆盛の起点となったグループにマルチ奏者として客演を重ねながら(タワー・レコーディングスのマット・ヴァレンタインとエリカ・エルダーの最新作『Gettin’ Gone』にも参加。ちなみにタラもジャッキー・Oの前作『Flags Of The Sacred Harp』に参加している)、平行してソロ活動を1990年代の後半からスタートさせる。

今回、ニューヨークのレーベル「The Social Registry」からリリースされた彼女のソロ・アルバム3作品が揃って日本盤化される。本作『Spectacular Of Passages』は2005年に発表されたセカンド・アルバム(1997年にマット・ヴァレンタイン主宰の「Child Of Microtones」からリリースされたCDR『In The Valley』を含めれば3作目)。

そこから聴こえてくる歌とメロディは、「ハードコア」や「フリーク」という言葉からは程遠く、そのほのかなサイケデリアを湛えたトラディショナルでタイムレスな美しさは、ブリジット・セント・ジョンからリンダ・パーハックス、それにヴァシュティ・ヴァニアンのそれを彷彿させる。サマラが爪弾くギターやストリングスの優雅な旋律と、ハーモニウムやオルガン、フルートなど多様な楽器が奏でる幻想的なインストゥルメンテーション(タワー・レコーディングスのP.G.シックス、エスパーズのヘレナ・エスプヴォールらがゲスト参加)。あるいは、“Sister Silver”や“Broken Links”のコケティッシュなポップさは、ファイストやケレン・アンなんかにも通じる都会的な洗練をうかがわせる。
 
一聴するとサマラ・ルベルスキーの音楽は、その来歴や高踏的なバックグラウンドとは裏腹に、驚くほどピュアで衒いがない。しかし、ひとたび耳を凝らしたとき、そこから聴こえてくるのは、幾重にも複雑に音楽的記憶が堆積した深層から届く、えもいわれぬ豊穣な音の調べである。本作を聴いて、何かしら響くものを感じた方はぜひ、他の彼女のアルバムにも耳を傾けてもらいたい。


追記:本作は、前作『The Fleeting Skies』にもサポート・メンバーとして参加し、本作のリリース前年に亡くなったマーク・ムーア(キャット・パワーetc)に捧げられている。

(2007/11)

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