今から10年ぐらい前に東中野でコントーションズを観たことがある。といってもライヴではない。「No Wave Cinema 1978-87」と銘打たれた、つまりノー・ウェイヴ世代のニューヨークの映像作家の作品を集めたレトロスペクティヴ。ソニック・ユース『Death Valley ‘69』のPVや写真家としても有名なリチャード・カーン、ベス&スコット・Bやニック・ゼットのハードコアなアート/ポルノ・フィルムに混じって、それはあった。マイケル・マクラードが撮った『Contortions』。1978年にマクシズ・カンサス・シティで行われたコントーションズの初ライヴを記録した作品である。スーパー8フィルムによる毎秒6フレームの速さで撮影されたストップモーションのような映像。暗闇の中でストロボライトを浴びるように、白いスーツを着たジェームス・チャンスが痙攣しながらステージで踊り狂う姿がコマ送りで映し出される。わずか20分。監視モニターのように俯瞰で捉えるアングル。演奏の様子はほとんどわからない。サウンドトラックは別テープで録音されたもの。しかしながらそこには、同じくマクラードが撮ったティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスの『Alien Portrait』(またはポール・チンケルが撮ったエイト・アイド・スパイの『Eight-Eyed Spy at Hurrah』)に映るリディア・ランチのポートレイト同様、まぎれもない『No New York』の光景が投射されていたことを思い出す。あるいは、キャシー・アッカーが小説『血みどろ臓物ハイスクール』の中で描写した一節――「午前一時頃、ロック・クラブに入って行った。戦争の真っ只中のような騒ぎ/白人のリード・シンガーは自分をジェームス・ブラウンだと思っているらしかった/ジェームス・ブラウンが赤ッ首のブーツを這い上がった。赤ッ首は混乱し、ジェームスに飛び掛った。クラブの中では全員が殴り合いを始めた。オマワリのサイレンが聞こえた」――のように、そう幻視させるに足る想像力をかき立てる何かが、その粒子の粗いモノクロのフィルムの中でうごめくジェームスの残影にはあった、とでもしか言いようがない(と、まさかそれから何年後かに本物のコントーションズを日本で観れるなんて思いもしなかった自分はせいぜいそう納得するほかなかったわけだ)。
本作は、1991年にROIRからリリースされたジェームス・チャンス&ザ・コントーションズのライヴ・アルバム『Soul Exorcism』のリマスター盤である。収録された演奏は、その『Contortions』が撮影された初ライヴから約2年後の1980年6月にオランダのロッテルダムで行われたステージ。ジェームス以下のラインナップは、パトリック・ジオフロイス(スライド・ギター)、フレッド・ウェルズ(ギター)、ロレンツォ・ワイチ(トランペット)、アル・マクドウェル(ベース)、リッチー・ハリソン(ドラム)、アニヤ・フィリップス(バッキング・ヴォーカル)。メンバーの出入りが激しいジェームス周辺らしく、『No New York』(‘78)や『Buy』(‘79)の頃のオリジナルの(ジェームス・チャンス&)ザ・コントーションズとも『Off White』(‘79)の時のジェームス・ホワイト&ザ・ブラックスともバンド編成はすでに異なる。『Live Aux Bains Douches』や『Live In NY』といった同名義による同時期(1980年前後)のステージを収録した作品のクレジットを手掛かりにあえて位置付けるなら、中期ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズのライヴ・アルバム、ということになるのだろうか。ともあれ、ジェームス自ら「これはロッテルダムでのパフォーマンスを録音したものだが、そのソウルやエッセンスは1970年代後半や1980年代初頭のニューヨークのものである」とアートワークに記すように、本作は『Buy』や『Off White』と時代の空気を共有する初期のジェームス・チャンスを記録した作品といえるだろう。
「僕は音楽に暴力性を求めていたし、観客に対して暴力的に作用してほしいと思ってた。ニューヨークでの初期のショウに来てたオーディエンスは、主にソーホーの芸術家タイプが多かったんだよ。自分たちがクールだと思って気取ってるような。何があっても微動だにせず突っ立ってた。だから、僕がフロアに飛び降りてオーディエンスを攻撃するようになったのは、彼らの反応の鈍さに腹が立ってたからなんだよね」
2005年の7月、オリジナル・メンバーのコントーションズ(すでに他界したジョージ・スコットを除く)を率いて来日公演を行ったジェームス・チャンスは、当時を振り返って話す。『No New York』の裏ジャケットを飾る目の下を腫らしたジェームスの顔写真が物語るように、初期のコントーションズのステージの「暴力性」を伝えるエピソードは枚挙に暇がない(有名なのはロック評論家のロバート・クリストゴーと交えた一戦か)。それから四半世紀。50歳を過ぎたジェームスが日本で客と乱闘騒ぎを起こすようなことはさすがになかったが(客席にダイヴを試みる場面もあったが)、オフステージのシャイでチャーミングな素顔とは一転、まるで呂律が回らぬ酔っ払いのような躁鬱っぷりで、サックスを吹き散らし喚き散らしながら時折周囲を威圧するようなステージでの振舞いは、マクラードのフィルムが活写した1978年の記憶をリアルにフラッシュバックさせるものだった。正直、オリジナル・コントーションズのすっかりレイドバックした(というか身に纏う空気がなんとなく……)演奏については、ほとんど何も覚えていない。ただ、酩酊したジェームス・ブラウンを思わすジェームス・チャンスの不気味な肢体だけが、強烈に脳裏に焼きついている。
『Live Aux Bains Douches』や『Live In NY』同様に、『Off White』までのコントーションズ(のオリジナル・メンバー)時代のナンバーと、『Sax Maniac』『Flaming Demonics』以降のナンバーを織り交ぜたセットリスト。定番のマイケル・ジャクソンのカヴァー“Don’t Stop Til~”で始まり、サックスとスライド・ギターが呪術的に絡み合う「ハイチのヴードゥーとフェラ・クティの混交」“I Danced With A Zonbie”、「“Demonic(悪魔のような?)”Period」と自称する“The Devil Made~”“Exorcise The Funk”と蛇行しながら、ジェームス・ブラウンのカヴァー“King Heroin”を挟み、“Contort Yourself”の癇癪的なファンク・ビ・バップで〆る。なかでも白眉は、おそらく本作でのみそのライヴ音源が聴ける“The Twitch”か。演奏、テンションともにジェームスとバンドの最高潮のパフォーマンスがここには記録されている。「イノヴェイターであることよりもエンターテイナーであることの方に誇りを持っている」と公言するジェームスだが、いわゆるノー・ウェイヴ時代のラディカルなパンクのアティチュードと、バンマス的な存在感も含めたある種のミュージシャンシップの洗練とが同居した絶頂期の成熟を、本作からは感じ取ることができるのではないだろうか。
「退屈に対してNO、画一性に対してNO、気取りに対してNO。何でもいいんだ。とにかくあらゆるムカつくことに対してNOを突きつけるってことだったと思う。あの頃の僕たちは、ただ自分たちのリアルな気持ちを表現したかっただけなんだ。検閲なしに。荒々しすぎるとか、暴力的すぎるとか、そんなこと誰にも言わせずにやってみせる覚悟だったよ」
そうジェームスが語るノー・ウェイヴの精神が、最後の火花を散らしたドキュメント。本作が幻視させるあの時代の熱狂は、しかしノスタルジーと呼ぶには、今なおあまりに生々しい。
追記:今回のリマスターに際して、1987年に録音されたデモ・セッション(ジェームス・ブラウンのカヴァー“I Don't Want~”を含む3曲)の音源が新たに収録されている。
追記:本作は、ロッテルダムでの公演の翌年、癌で他界したジェームスの最愛の人、アニヤ・フィリップスに捧げられている。
(2007/04)
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