サード・アルバムの前作『ロスト・アンド・セーフ』がリリースされたのが2005年。純然たるオリジナル・アルバムとしては、じつに約5年ぶりの作品になる。
ちなみに、ファースト・アルバム『ソウト・フォー・フード』とセカンド・アルバム『ザ・レモン・オブ・ピンク』の間が3年。前々作と前作の間が2年。つまり、今回はこれまでで最長のインターバルとなるわけだが、もちろん、その間も彼らは活動を休んでいたわけではない。
前作を受けて2006年に行われた本格的なツアー、「バイオスフィア2(※アメリカのアリゾナ州に建設された、閉鎖空間に自然生態系を模擬して実験を行う施設)」のドキュメンタリーのために制作されたサウンドトラック。ミュージック・ビデオと未発表曲で構成されたDVD『Play All』(2007年)。
そしてザ・ナショナルのアーロン&ブライス・デスナー兄弟監修のコンピレーション・アルバム『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』に提供された、ホセ・ゴンザレスとの共演によるニック・ドレイクのカヴァー“チェロ・ソング”。また、フェスや現代アートのミュージアム等で披露された、音楽と映像によるインスタレーション。あるいは、自身の作品ではないが、既発の音源をプレフューズ73がリミックスしたEP『Prefuse 73 Reads the Books EP』など、むしろ、彼らにとってこの5年間は、これまででもっとも多忙で充実した時間を過ごしていた感が強い。
もっとも、そもそも彼らの場合、その音作りのプロセスを考えれば、アルバムのリリースにある程度のインターバルが空いてしまうのは仕方ないことかもしれない。
よく知られている通り、彼らのサウンドは、自身の演奏に加えて、さまざまなソースからサンプリングされた音源をベースに出来上がっている。いわく、ほとんどライフワークのように足繁く通う方々のリサイクル・ショップで手に入れた古い(家庭用)ビデオやレコードから採取され、さまざまなカテゴラリーに分類して管理された膨大な音源の「ライブラリー」。それらを聴き込み、その中から使えそうな部分を選び出し、切って取り出して並べながらシークエンスを編集し、そこにアコギやチェロやバンジョー等の演奏パートやヴォーカルを重ねて組み合わせることで、あの美しく精緻な音のレイヤーは生み出される。ひとつのトラックを作るのに最低でも3週間か1ヶ月。音源の収集からコンポーズまで含めた一連の作業は、彼らにとって「何物にも代えがたい楽しみ」であると同時に、「瞑想的な実習(Meditative Exercise)」のような体験でもあると語り、その複雑で手間暇のかかるプロセスゆえ、アルバムの制作の進行はどうしてもゆっくりとしたものにならざるをえないという。
前作からの5年における活動で、彼らがアルバムの制作より重要として優先的に取り組んできたというのが、前記の音楽と映像によるインスタレーションだったようだ。インタヴュー等の記事によれば、それは実際の演奏とサンプリング、そしてスクリーンに映し出される映像のシンクロニティ――彼らいわく「共感覚体験(Synesthetic Experience)」をライヴ・パフォーマンスで披露する、というものらしく、彼らにとってはサウンドトラックとミュージック・ビデオの中間に位置付けられた「作品」だったという。
彼らのライヴに関していえば、当初はメンバーのニック・ツァームトとポール・デ・ヨングに加えて、ニックの弟のマイク、セカンド『ザ・レモン・オブ・ピンク』に参加した女性ヴォーカリストのアン・ドーナーを迎えた4人編成でセットが組まれ、その際にも映像は演出的に使われていたが、その後、2人だけでツアーを回るようになり、それに伴いステージ上で映像が果たす役割が大きくなった結果、現在の形へと発展していったという経緯がある。昨年、マサチューセッツ現代美術館や、シンシナティで開催のフェスティヴァル「Music Now」でそれは披露され、大きな評判を呼んだそうだ。
もっとも、ポールはザ・ブックスの結成以前から自宅でサンプリングした映像や音源を使って演奏する趣味の持ち主で、ニックも大学でヴィジュアル・アートを学んでいたという経歴を考えれば、そもそも彼らは映像と音楽の構成力/編集感覚に優れたアーティストだといえる。その意味で、そうした試みも、彼らにとってはこれまでの活動やディスコグラフィーの延長線上にあるパフォーマンスの一環といえるのだろう。
さて、今回の4作目のニュー・アルバムとなる『ザ・ウェイ・アウト』。2~3年にわたった本作のレコーディングもこれまでと同様、その膨大な音源/映像のアーカイヴを掘り起こすことから始まり、なんでも前作のツアー時に方々で収集したテープ素材の類は4000本近くに達したそうだ。
なかでも、彼らが今回の素材として特別な関心を寄せたのが、①自助グループや催眠療法のカセット②子供が声を変調させて遊ぶおもちゃのレコーダー「Talkboy」で録音されたテープ(※映画『ホームアローン2』でマコーレ・カルキンが使っていた)。あるいは、前記のライヴ・パフォーマンス用に集めた③サマーキャンプの実習ビデオだったという。①に関連して、彼らは今作のテーマを「ニュー・エイジ」だとも語っている。そして②に関していえば、この5年の間に彼ら2人ともが子供を授かって父親になったことも、大きく影響しているようだ。
サウンドについては、事前のいくつかのインタヴューで、本作がこれまでのアルバムと比べて「more driven」なものになるだろうことが語られていた。その大きな要因のひとつとして彼らが挙げるのが、今回新たに導入されたローランドTR-808をはじめとするアナログ・シンセ。「賛美歌とユーロ・ディスコの融合」とニックが形容した“Beautiful People”は、本作における変化とその方向性を象徴する1曲だろう。他にも、エイフェックス・ツインやスクエアプッシャーからの影響を窺わすアシッドな“I Am Who I Am”、ダブステップにも通じるスモーキーなヴァイヴをたたえた“Chain of Missing Links”、タイトルからズバリな“The Story of Hip Hop”など、随所にビートの強調されたサウンド・メイクが際立つ。例の「Talkboy」が大活躍する“A Cold Freezin’ Night”も、トイポップ風のカートゥーン・ミュージックのようでおもしろい。
一方で、従来の“ザ・ブックスらしさ”は、まったく損なわれていない。
「こんにちは、そして新しい始まりへようこそ」という印象的なフレーズで幕を開ける“Group Autogenics 1”を筆頭に、ドゥルッティ・コラムの近作も連想させるフォークロアな“All You Need is A Wall”、スティーヴ・ライヒのミニマルなコンポジションを継いだ“Thity Incoming”など、いわゆるフォークトロニカやチェンバー・ミュージックといったジャンルとその関連性が指摘されてきた特徴は、本作においても彼らの音楽を形作る美観のひとつとなっている。あるいは、たとえばオーウェン・パレットやニコ・ミューリー、クロッグス等のアーティストに代表される「ポスト・クラシカル」と最近呼ばれるような新たな潮流にも位置付けられる作品として、本作はザ・ブックスの名前をあらためて広く知らせる契機となるのではないだろうか。
(※余談だが、本作が見せる、ある種のブラック・ミュージックの要素とサンプリング/コラージュ的なアプローチの折衷という側面は、フライング・ロータスの『コスモグランマ』にも通じる部分があるともいえそう)
以前、ある記事に掲載されたクロッグスとの対談の中で、これまで影響を受けた音楽について聞かれ、フォークやブルーグラスといったアメリカの伝統音楽――ヨーロッパの古典音楽やアフリカン・ミュージックなど非西欧音楽のアマルガムとして――と答えていたニック。対して、今回のアルバムは彼らにとって、「伝統的なポップやロックの『歴史』をさらに推し進めた形の音楽」だと、ポールはインタヴューで語っている。
本作をリリースした2か月後の9月には、映画監督のジム・ジャームッシュがキュレイターを務めるオール・トゥモローズ・パーティーズへの出演も控える。その後には、本作を引っ提げたツアーも予定されるかもしれない。そしてその道中では、また新たな音源や映像を求めてリサイクル・ショップを巡るだろう彼らの姿が思い浮かぶ。
その果てに彼らが、ふたたびどんな「歴史」を私達に見せてくれるのか、興味は尽きない。
(2010/06)
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