2012年3月7日水曜日

極私的2000年代考(仮)……ポートランドの、ほんの一例

あるときは天才シンガー・ソングライターをサポートする腕利きのドラマー。
またあるときはポップなチャームで魅了するエレクトロ・ユニットの片割れ。

音楽のみならず、映像やデザインもこなすDIYなマルチ・アーティストにして、ミッシー・エリオットやティンバランド、ジャスティン・ティンバーレイクやビヨンセがお気に入りで、かたや「最も影響を受けたアーティスト」はニルヴァーナと語るポップ・ミュージック愛好家――。

たとえばこうしたミュージシャンのプロフィールだけを聞かされたとして、はたしてあなたはどんな「サウンド」を想像するだろうか。おそらく容易にはそのイメージを掴むことはできないのではないか。
いや、じつはそのミュージシャンの正体こそ、このアルバムの制作者であり、しかしそう知らされたうえで実際にその「サウンド」に触れてみたところで、あなたはますます困惑してしまうかもしれない。


たとえば近年、アメリカに限らず汎アンダーグラウンドなレベルで活況を呈するアヴァン/フリーク・フォーク・シーン。その特筆すべきポイントはいくつかあるが、ひとつに、そこにかかわる個々のミュージシャンやバンドの多様な音楽的バックグラウンドを指摘することができる。

共にアニマル・コレクティヴの中核メンバーであり、かたやブラック・ダイスのエリック・コープランドと組んだテレストリアル・トーンズ名義で、かたやDJのスコット・ミューと組んだジェーン名義で、実験的なエレクトロニック・ミュージックを追求するエイヴィ・テアとパンダ・ベア。サンフランシスコのディスコ・ダブ・バンド、タッスルの元ベーシストであり、現在はデヴェンドラ・バンハートも関与するヴェティヴァーの活動に専念するアンディ・キャビック。プラグ・ラウンジ~コメッツ・オン・ファイアなどヘヴィ・サイケデリックなロック・バンドを渡り歩いてきたシックス・オルガンズ・オブ・アドミッタンスのベン・チャズニー。“メルヴィンズとソニック・ユースの中間的な音楽性”とも称されたシット・スパングルド・バナーを前身とするコレクティヴ、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マン。そのサンバーンドと並び“ポスト・ジャッキーO・マザーファッカー“との呼び声も高いウッデン・ワンド&ザ・ヴァニシング・ヴォイスにも参加しながら、サーストン・ムーアやJ・マスキスも虜にするコネチカットのエクスペリメンタル・ハードコア・トリオ、マジック・マーカーズを率いるピート・ノーラン……etc。他にも名前を挙げられるが、かようにアヴァン/フリーク・フォークの一部には、その背景や活動形態において、いわゆる「フォーク」に留まらず多岐の領域にまたがるケースが多く見られる。

で、そんなアヴァン/フリーク・フォークの面々と、ある意味で相似形の関係にあるといえるかもしれないのが、冒頭にそのプロフィールの一端を示した本稿の主役、Yacht(ヨット)ことJona Bechtoltである。デヴェンドラ・バンハートのバンドにドラム/パーカッションで参加し、また友人のKhaela Maricich嬢とエレポップ・デュオ、ザ・ブロウとして活動しながら(昨年オリンピアのK RecordsとドイツのTomlabから同時リリースされたアルバム『Paper Televisionn』の記憶も新しい)、Yachtを名乗りフリーフォームな創作を展開する自称「a Technological Multi Talent」。そのユニークなキャラクターとバックグラウンドは、まさに“アヴァンかつフリーク”と呼ぶのがふさわしい。


パンク・バンドをやるために13歳で家を飛び出し、兄と一緒にポートランドに移住(出身は同じオレゴン州のアストリア)。15歳のときに、その8歳上の兄と始めたバンドで全米をツアーで回るなど音楽活動に没頭した後、高卒の資格を得るも大学への進学を取りやめWebデザイン事務所で働き始める傍ら、「Yacht」を立ち上げたのが2002年。本人曰く「Yacht」とは、そもそもバンド/フリーランスのデザイン会社としてスタートしたプロジェクトだったという。

「Yachtっていう名前は『Young Americans Challenging High-Technology(ハイテクに挑戦するアメリカの若者たち)』の頭文字をとった略で、ポートランドの北にある子供たちのミーティングとかを提供していた、古いビルディングから取った名前なんだよ。多分アレは放課後に、マヌケな子供たちが集まるセンターみたいなものだったのかな。そのうちビルディングは寂れちゃって、白地に薄いグリーンで『Y.A.C.H.T.』って書いてある、大きい看板があってね。それがすごく気に入っちゃったんだ」


その名前の由来となったエピソードからも窺えるように、Yachtについて語るうえで外せないのが、地元ポートランドのインディ・シーンの存在だ。近年、たとえば昨年リリースされた『Burn To Shine』(フガジのブレンダン・キャンディが監修を務めるDVDシリーズ)のポートランド編にも出演していたディセンバリスツやゴシップ、ザ・シンズといったバンドが顔役となり新たな注目を集めるポートランドの音楽シーンだが、一方、そうした裏側で地元レーベルやアーティスト間の交流を介して結ばれるパーソナルなコミュニティが、Yachtの重要なバックグラウンドとなっている。E*Rockやボビー・バードマン、パンサー、ザ・ブロウ(そもそもはKhaelaのソロ・ユニットだった)といったコラボレーターでもある友人ミュージシャン/バンド。その周りを取り巻く「State Rights Records」や「Slender Means Society」といった様々なレーベル同士によるレーベルの枠を越えた繋がり。そして、ジャッキーO・マザーファッカーとその分派的なユニット(ナッジ、ヴァレット、ワールドetc)を中心に広がるローカルなアヴァン/フリーク・フォーク・サークル……あるいはThe Portland Institute for Contemporary Art(PICA)などアートスクール等との交流も含め、ニューヨークや西海岸にも引けを取らないポートランドの豊かな音楽風景が、YachtことJona Bechtoltの創作に向かうモチヴェーションを絶えず刺激し続けてきたことはいうまでもない。

「ここの人はみんな協力的だし、シーンそのものがいろんな違うタイプの音楽で成り立っているからね。ライヴはものすごくラディカルだし、みんなでそれぞれの芸術を作り上げる手伝いをしている。アメリカでも僕の大好きな街だよ!」

本作『I Believe In You.Your Magic Is Real』は、『Super Warren MMIV』(2004)、『Mega 10”』(2005)に続く3枚目のアルバムとなる。

「僕は音をヴィジュアルとしてレイアウトしている」とも本人が語るとおり、まるでローファイなモーションピクチャーのようにガジェットな変幻自在をみせるサウンドは、きわめて視覚的で、もしくはそのゴツゴツした音の肌触りは造形的といってもいいかもしれない。アコースティック・ギターとドラムがトライバルに跳ねる“So Post All’ Em”で幕を開け、ニューウェイヴ、エレポップ/トイポップ、クラウトロック、ポリリズム、ヒップホップ、アヴァンギャルド、ハードコア……と多種多様なスタイルがこんがらがって入り乱れ、カットイン&カットアップを繰り返しながら展開するおもちゃ箱のようなポップ・ミュージック集。ここには、地元の先達スティーヴン・マルクマル~ペイヴメントや初期の頃のベックの無邪気な解体趣味もあれば、アニマル・コレクティヴやブルックリン周辺のサイケデリックな実験精神もあるし、あるいはワイ?などアンチコン一派やハー・スペース・ホリディなんかにも通じる越境的/横断的なポップ感覚もある。そんなウィアードで博覧強記の情報量を誇りながら、それでいてどこか垢抜けないハンドクラフト的な“ゆるさ”は、ポートランド産ならではの味なのかもしれない。これまでのアルバムやザ・ブロウからのフィードバックはもちろん、盟友ボビー・バードマンらのゲスト参加も含め、本作『I Believe In You.Your Magic Is Real』はまさに、ポートランドで育まれたYachtの音楽的なすべてが注ぎ込まれた――でも肩の力が抜けていて心地よくリラックスした――縮図的内容の作品といえるだろう。

本作を完成させた手応えを、「ようやく、本当に“ヨット”の気分だよね。入り江にある大きなパーティ・ボートって感じかな。友達たくさん乗せて!」と興奮と感慨交じりに話すYacht。ポートランドの慣れ親しんだ内海を飛び出し、いざポップ・ミュージックの大海へ。『I Believe In You.Your Magic Is Real』を携え、Yachtの本格的な航海がこれから始まる。

「アルバムを出した後は、ノンストップに近いツアーをする。まずは、5月にアメリカを回って、6月はヨーロッパ、7月か8月は日本!! このアルバムはオーストラリアでもリリースされるんだ。だから日本に行った後、そっちにも行けたらいいなあ。そしたら、秋にはまたアメリカに戻って・・・。その後は、多分しばらくは家に居ると思うよ。それで、またレコーディング、ツアーの繰り返し。僕はツアーがもの凄く好きなんだ」


(2007/03)

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