2011年12月28日水曜日

極私的2000年代考(仮)……USインディの肥沃場ボルチモアを伝えるサンプル

アメリカ東海岸に位置するメリーランド州ボルチモアは、近隣のワシントンDCやニューヨーク~ブルックリンにも引けを取らぬインディ・ロックの肥沃地として、近年とみに注目のスポットである。アニマル・コレクティヴのホームタウンとしても知られているが、ボルチモアが輩出した才能多き個性派アーティストの顔ぶれは、枚挙にいとまがない。

最も旬なところでは、最新作『ティーン・ドリーム』がNMEの2010年度ベスト・アルバムの3位に選ばれるなど称賛を得たビーチ・ハウス。昨年、ディアハンターやノー・エイジと合同ツアー「No Deachunter」を敢行して話題を呼んだダン・ディーコン。地元の「Monitor Records」傘下の「We Are Free」から傑作『Ice Cream Spiritual』をリリースしたポニーテイル。アニコレが主宰する「Paw Tracks」の姉妹レーベル「Carpark」が擁するレキシー・マウンテン・ボーイズやエクスタティック・サンシャイン、レッサー・ゴンザレス・アルヴァレスやWZT・ハーツといったシーンの顔役的なアーティストに、「Dischord」を代表する重鎮ラングフィッシュのVo.ダニエル・ヒッグスや元メンバーによるヒューマン・ベル。TV・オン・ザ・レディオのデイヴ・シーテックがプロデュースを手掛けたセレブレーション。「Ninja Tune」傘下の「Counter Records」所属のデス・セット。ちなみに、「Monitor」と「We Are Free」はバトルスやイェイセイヤーのデビュー作もリリースするなど、ボルチモアの音楽シーンは、2000年代以降のUSインディ・ロックの躍進を象徴するように活況を呈してきた。

そんな近年のボルチモア・シーンを代表するもう一組のバンドが、このサンキュー。2005年に結成されたトリオで、現在は同郷のフューチャー・アイランズやダブル・ダガー、ポニーテイル(元エクスタティック・サンシャイン)のダスティン・ウォングらと共に「Thrill Jockey」に在籍している。日本デビュー盤となる『ゴールデン・ウォーリー』は、通算3枚目のオリジナル・アルバムになる。

メンバー構成は、ギターのジェフリー・マッグラス、キーボードのマイケル・ボーユーカス、ドラムのエマニュエル・ニコライディス。ジェフリーとマイケルは、以前にそれぞれロ・モダと「Monitor」所属のモア・ドッグスというバンドで活動していた経歴をもつ。ちなみに、結成時のドラマーはエルク・KWという女性で、前作のセカンド・アルバム『Terrible Two』をレコーディング後にバンドを脱退。マイケルと同じモア・ドッグスの元メンバーで、バンドの初期にサポートを務めたこともあった友人のエマニュエルに声をかけて現体制に至った経緯がある。

ディスコグラフィーについて整理すると、ファースト・アルバムの『World City』がリリースされたのは2007年。レーベルは地元の「Wildfire Wildfire」。過去にはダン・ディーコンやダスティン・ウォングもリリースした新興レーベルで、サンキューは第2号アーティストだった。その『World City』をリリース直後、ダン・ディーコンの前座を務めたシカゴでのライヴを、以前からノー・エイジを通じて彼らに関心を寄せていた「Thrill Jockey」のオーナーのベッティーナ・リチャーズが目撃。同レーベルと契約に至り、翌年の2008年にセカンド・アルバム『Terrible Two』がリリースされた。ちなみに、両アルバムともレコーディング/エンジニアリングは、元ガヴァメント・イシュー~現在はチャンネルズを率いるDCハードコアの重要人物で、ポニーテイルやイェイセイヤーも手掛けたJ・ロビンズ。ミキシングは、ビーチ・ハウスやギャング・ギャング・ダンス、ヤー・ヤー・ヤーズ等の諸作で知られるクリス・コーディー。また、エマニュエルを迎えた現体制での初作品として、昨年EP『Pathetic Magic』がリリースされた。こちらはクリスとクレイグ・ボーウェン(グローイング、ジャッキー・O・マザーファッカーetc)が録音。新曲に加えてダン・ディーコンやラングフィッシュのG.アサ・オズボーンによるリミックスが収録されている。

“ノー・ウェイヴの渦巻に吸い上げられたマイルス・デイヴィス『オン・ザ・コーナー』”とも評されるサンキューのサウンド。たとえばジェフリーはラングフィッシュから多大な影響を受けたと語るが、そうしたハードコアの爆発力を源泉とした狂騒的なグルーヴの一方、なるほど「Thrill Jockey」が見初めたのも頷ける、ジャズやファンクからアヴァンギャルドやマス・ロックまで昇華した多彩極まるサウンド構築や音響造形もそこには窺える。その両極端な特性は、彼らの作品を手掛けてきたJ・ロビンズ/クリス・コーディー両氏の背景(の違い)にも象徴的だが、もっともダン・ディーコンやポニーテイルなど周りを見渡せば、それはボルチモアの同世代のアーティストに共通した在り方なのかもしれない。ちなみに、ジェフリーとマイケルはインタヴューで「『ホワイト・アルバム』か『ペット・サウンズ』か?」という質問に、前者派と即答している。そこには、むしろ後者が圧倒的な影響力を及ぼしている現在のUSインディ・シーンにおける、彼ら独自の「サイケデリック(・ミュージック)」観のようなものも垣間見えるが、ともあれ、スウェル・マップスやディス・ヒートといったポスト・パンク~レコメン系からドッグ・フェイスド・ハーマンズのようなアナーコ・パンクとも比せられる彼らのサウンドは、メンバー個々のリスナー経験の蓄積という以上に、彼の地ならではの「磁場」がもたらした部分が大きいのではないかと想像できる。

本作を手掛けたのは、前2作とは異なり、クリス・コーディーとクリス・ムーア(TV・オン・ザ・レディオ、ヤー・ヤー・ヤーズ、フォールズetc)という布陣。エマニュエルをドラマーに迎えた初のスタジオ・アルバムであり、レコーディングにはムーグやハーモニカ、ハープや60年代製のヴィンテージ・オルガンなど新たな楽器も導入された。当初は前ドラマーのエルクの不在を埋めるため試行錯誤が続いたようだが、バトルスやミ・アミ等とのツアーやライヴを通じて練り上げてきたというサウンドは、先行のEP『Pathetic Magic』が予告した通り目覚ましい成果を披露している。

痙攣的なギターとタイトなドラムがユニゾンしながら、渾然一体とアンサンブルをドリフトさせる“Pathetic Magic”。魔笛のようなキーボードに導かれ、アモン・デュールも思わす秘祭めいた禍々しいジャムを展開する“Strange All”。サンキューらしい分裂的でトラッシーな“Continental Divide”。対して、ノー・エイジのようにストレートな疾走感溢れる“1-2-3 Bad”。あるいは、イーノやクラスターを連想させる未来的なエレクトロニクスの響きが印象的な“Birth Reunion”、コノノNO.1とも比せられるアフロ~トライバルなビートを叩く“Can't/Can”のようなナンバーもある。ちなみに、マイケルは事前のインタヴューで「リベラーチェ(※50年代初頭、奇抜なコスチュームで一世を風靡したアメリカ人ピアニスト/エンターテナー)のようなサウンドにしたい」と本作について語っていた。またジェフリーによれば、エマニュエルの加入によってバンドはより緊密でインタラクティヴなプレイが可能になったという。そして、前作『Terrible Two』は全編インストゥルメンタルで、ヴォーカルも効果音程度のさえずりだったのに対して、本作では“Birth Reunion”や“Can't/Can”をはじめ随所で歌唱やコーラスとして“歌っている”点も大きな特徴だろう。

なお、日本盤ボーナストラックとして、EP『Pathetic Magic』収録のダン・ディーコンによるリミックス、未発表曲の“The Whale”をコンパイル。また本作のリリースと併せて前作『Terrible Two』のデジタル・リリースも予定されている。才能ひしめくボルチモア・シーンの真打ち、いや、2010年代のUSインディ・シーンを騒がす個性派の一角として、その動向に注目したい。

(2010/12)

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