2011年7月17日日曜日

極私的2010年代考(仮)……LAアンダーグラウンド~No Ageという起点

サブ・ポップと契約後、2008年にリリースされたセカンド・アルバム『ノウンズ』は、ピッチフォークを筆頭に多くの音楽メディアで年間ベスト・アルバムの上位に選出されるなど、彼らの評価を決定づける出世作となった。その前年、シングルやEPをコンパイルしたファースト・アルバム『ウィアード・リッパーズ』をファットキャットからリリースし、目敏いインディ・ロック・ファンの間ではすでに話題のバンドだったが、グラミーの「Best Recording Packaging」部門にノミネートされるというオマケまでついた『ノウンズ』の成功によって、彼らは文字通り、ワールドワイドな注目を集める存在へと飛躍を遂げたのだった。


一方、バンドの評価とともに、『ノウンズ』のブレイクによってクローズアップされたのが、彼らが拠点を置くアメリカ西海岸のインディ・コミュニティの存在だった。その象徴と言えるのが、彼らのホームであり、ロサンゼルスのダウンタウンに構えるDIYなアート・スペース「The Smell」。そして、ドラマーのディーン・スパントが運営するレーベル「Post Present Medium(PPM)」だろう。

ノー・エイジを筆頭に、ヘルス、エイブ・ヴィゴーダ、今年惜しくも解散したミカ・ミコ、バー、ガン・アウトフィット、ポカハウンテッド、ラッキー・ドラゴンズ、シルヴァー・ダガーズ……といった「The Smell」をホームとする顔ぶれは、「僕らのCBGBさ」と語るディーンの言葉通り、ロサンゼルスを中心としたアンダーグラウンド・ミュージック・シーンの社交場的なイメージを連想させるものだ。

また、近年のライヴ出演者リストには、フガジのジョー・ラリーを始め、ギャング・ギャング・ダンスやアリエル・ピンク、ピーナッツ・バター・ウルフがベタ惚れしストーンズ・スロウ傘下の「1984」と契約を交わしたナイト・ジュエルなど、錚々たる名前が並ぶ。かたや、PPMのカタログには、エイブ・ヴィゴーダやガン・アウトフィットら「The Smell」の常連組に加えて、ブラック・ダイスのエリック・コープランドやライアーズ(※ノー・エイジとのスプリット7インチを2008年にリリース)、さらにウェーヴスやベスト・コーストがラインナップ。同レーベルのDVD『New Video Works』には、ディアハンターやハイ・プレイセズ、シュシュ、ジャパンサー(ソニック・ユースのサーストン・ムーアと共演)、元ブラック・ダイスのヒシャムのソロ=ソフト・サークルの映像も収録されていて、そこにはローカリズムを越えて同時代性を共有したネットワークやコネクションの広がりをうかがわせる。

そうした彼らを取り巻くコミュニティの様相は、まさにバンド同士のインディペンデントな連帯を通して台頭を見せた、2000年代の後半以降のアメリカのインディ・シーンの「現場」を縮図的に伝えるものだろう。それとはどこか、たとえば80年代のオリジナル・ハードコアの発祥や、あるいは90年代にKやキル・ロック・スターズが発信地的な役割も果たしたオルタナティヴ・シーンの伝播を彷彿させるような、アメリカ西海岸特有の「磁場」のようなものなのかもしれない。

そしてもうひとつ、ノー・エイジや周辺のコミュニティがクローズアップされた背景に挙げられるのが、昨今のローファイやガレージ・ロック、あるいはシューゲーザー・サウンドの再評価だろうか。「ノー・ファイ」「シットゲイズ」といったサブジャンルも生んだこのシーンにおいて、彼らや先に名前を挙げたバンドのいくつかは、少なからずその界隈の象徴的な存在として評価を得ている。実際、ノー・エイジのサウンドは、前身のパンク/ハードコア・バンド=ワイヴス時代のスタイルをベースに、アンビエントやフリー・インプロまで横断する射程を誇るが、サイケデリックなファズ・ギターや、サンプル/ノイズ・ループを重ねた“音の壁”、そしてその粗削りな音像と、多分にそうしたシーンと比較される特徴を備えたものだ。それらは、たとえばアニマル・コレクティヴやダーティー・プロジェクターズに代表される、折衷主義的で、非西洋音楽的なアプローチも貪欲な同時代のニューヨークの動向とは対照的にも映る。

もっとも、こうした一種のトレンドは、彼らや彼らの周りに限ったものではない。その輪は、WoodsistやCaptured Tracks、Mexican SummerやFat Possumといった、PPMとも共通のカラーを持ったレーベルを介して、さらには所属バンドをシェアするような形で、地域性に関係なくアメリカのインディ・シーン全体に広がりを見せている。

ともあれ、そうした今の状況が出来上がった起点のひとつとして、彼らの存在があったことは間違いないだろう。


さて、そんな彼らのサウンドが、さらなる発展の兆しを見せるきっかけとなったのが、昨年リリースされたEP『Losing Feeling』だった。とりわけ表題曲の“Losing Feeling”は象徴的だ。その曲で彼らは、サンプルやオーヴァーダブ等のコラージュ的な要素を大胆に導入し、より重層的なレイヤー・サウンドを構築することで、音響的な創意に富む美しいアンビエンスを作り上げている。あるいは、どこかキム・ヨーソイにも似た趣があるエレクトロニカ風“Aim At The Airport”。これらは『ノウンズ』に収録さの“Keechie”や“Impossible Bouquet”の発展形ともいえるナンバーだが、それでも“Losing Feeling“のように、演奏パートと音響構築がこれほど有機的なハーモニーを見せる展開はなかった。ディーンはインタヴューで、『Losing Feeling』の制作はソングライティングの部分でさまざまな「遊び」を試せた機会だったと語っていて、そのプロセスがバンドにとって実りの多いものだったことを窺わせる。パンク/ハードコアのマナーを損なうことなく、テクスチュアの深化を披露したそのアプローチは、彼らの新たな局面を予感させるものだった。


今回のサード・アルバム『エヴリシング・イン・ビトウィーン』は、いわばその『Losing Feeling』と地続きのセッションから生まれた作品である。実際、収録曲には『Losing Feeling』のレコーディング中に作られたものも何曲か含まれているという。さらに、今作のクレジットから明らかなのは、『ノウンズ』や『Losing Feeling』も手掛けたピート・ライマンと共同プロデュースした曲と、バンド自身でプロデュースした曲が、約半数ずつ収録されていること。そして、アルバムを聴いて興味深いのは、両者の楽曲が、サウンドのスタイル的に見事なコントラストをなしている点だろう。

大雑把にいえば、ピート・ライマンと共同プロデュースした曲(②③④⑤⑧⑨⑫)は、これまでの作品と比べて若干スロウでミディアム・テンポ気味ながら、彼らのいわゆる「王道」的なパンク~ガレージ・ロックを聴かせるナンバーである。対するバンド自身でプロデュースした曲(①⑥⑦⑩⑪⑬)は、美しいギター・アンビエンスや音響的なテクスチュアで魅せる、つまり『Losing Feeling』で発展のプロセスをへたアプローチのナンバーだ。プロデュースの住み分けなどレコーディングの詳細はわからないが、とりわけ耳を引くのは、やはり後者にあたる楽曲だろう。ジ・オーブを思わすトリッピーなチル・アウトとスラッジ風のギター・ノイズが交差する“Skinned”。チルウェイヴ/グローファイ的な文脈をとらえたレイジーなアンビエント・ポップ“Dusted”。そして、アルバム本編のオープニングとラストを飾る、まさに“Losing Feeling”の「ポスト・ロック的」=バンド・サウンドと音響的要素(エレクトロニクス、サウンド・エフェクト等)のアンサンブルを落とし込んだ “Life Prowler”“Chem Trails”。そういえば、ギタリストのランディー・ランドールはインタヴューで、そんな両ベクトルの楽曲に象徴されるバンドの2面性を物語るように、影響を受けたバンドとしてゴー・ビトウィーンズとディスコ・インフェルノの名前を挙げていた。ディスコ・インフェルノは90年代に活動したポスト・パンク・フォロワーのバンドだが、ランディーいわく、生演奏とサンプルを組み合わせてメロディアスなノイズを生み出すというそのスタイルは、なるほど、今作における音楽的な青写真のひとつを指摘するものといえるかもしれない。
もっとも、別のインタヴューに答えたディーンとランディーによれば、今回のレコーディングに際して、これまでの作品と違った特別な意図やコンセプトのようなものはなく、アルバムにはただ自分たちの演奏とそのときの自分たちの感情が反映されているだけだ、という。レコーディングの間に聴いていた音楽も、初期のハードコアやガスなどお気に入りのアンビエント~エレクトロニック・ミュージックで、これまでと変わらない。もしも今作のサウンドに何か変化を感じるとしたら、それは『ノウンズ』の曲作りを終えてから4年の間に起きた、自分たちの自然な成長――つまりタイトルにある通り“その間に起きたことすべて”――が反映された結果に過ぎない、と。


ただ、『Losing Feeling』の制作が、その4年の間における“自然な成長”を具体的な音楽的成果へと昇華させるうえで、『ノウンズ』から『エヴリシング・イン・ビトウィーン』へと繋ぐ橋渡し的な役割を果たしたことは間違いない。その意味で『Losing Feeling』は、今作に対するある種の習作として位置付けることも可能だろう。そして、その“自然な成長”を今後さらに加速させるだろう、最近バンドに起きた変化が、ツアー要員として加わった第3のメンバー、ウィリアム・カイ・ストラングランド・メンチャカの存在。ライヴでは彼が主にサウンド・エフェクト的な部分を担当することで、ディーンとランディーは演奏と歌に集中して専念できるようになった。


この秋には、ペイヴメントのサポート、そしてアルバムを引っ提げての大規模なヨーロッパ・ツアーが控えている。そうしたさまざまな経験を糧に、数年後またどんな“自然な成長”を見せてくれるのか、興味は尽きない。


(2010/08)

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