2012年9月19日水曜日
極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンド白書:Eternal Tapestry & Sun Araw
LAのイーグルロックに拠点を置くレコード・レーベル「Not Not Fun(以下、NNF)」は、今のアメリカのアンダーグラウンド・シーンを語るうえで外せないレーベルのひとつだろう。
自身もミュージシャンである一組の男女、ブリット&アマンダ・ブラウンによって2000年代の半ばに設立されたNNFは、80年代のハードコア・シーン~ジン・カルチャーやライオット・ガールに影響を受けたDIYな活動/運営スタイルで知られ、手作りのアートワークが飾られた初期のCDRを皮切りに同レーベルの作品は、アナログやカセット・テープを中心に現在まで300点に迫るリリース数を誇る。先日もイギリスの音楽誌WIREで特集が組まれていたが、アメリカのみならずアンダーグラウンド・シーンに示すNNFの存在感の大きさは、そのカタログに並ぶアーティストのラインナップを見れば一目瞭然だ。ブリットやアマンダが関わるロブドアーやポカハウンテッド(※現在は解散。ちなみに元メンバーのベサニー・コセンティーノはベスト・コーストとして活動中)を筆頭に、ハイ・ウルフ、ウェット・ヘアー、サン・アロウ、エターナル・タペストリー、マジック・ランタン、ブランク・レルム、ダックテイルズ、US・ガールズ、そしてアマンダのソロ・プロジェクト=LA・ヴァンパイアズなど、現在のUSアンダーグラウンド・シーンの顔役クラスの名前が並ぶ。そこに浮かび上がるのは――大雑把にいって、フリー・フォークやアニマル・コレクティヴ後のエクスペリメンタル・ロックを入り口にアメリカの地下層へと広がるノイズやサイケデリック・ミュージックの新たな潮流であり、NNFはその水脈を束ねる要衝と呼ぶにふさわしい。あるいは、その水脈から枝分かれしてアメリカを縦断中の、シットゲイズと呼ばれるローファイなガレージ・ロックやチルウェイヴ/グローファイ等のシンセ・ポップとも共同戦線を張るインディ・ロック・シーンの旗艦的なレーベルとして、NNFのポジションは重要かつ興味深い。そこに集うアーティストたちは、たとえば同じLAでノー・エイジが運営するアート・スペース「The Smell」でも見られるように、メンバーをシェアしてバンドを複数立ち上げたり、また「Woodsist」や「Night People」等とレーベルを跨いで音源制作を行ったりとゆるやかに連帯しながら、人脈やローカリティの複雑に入り組んだコミュニティを形成している。最近ではディスコ~ダンス・ミュージック専門のサブ・レーベル「100% Silk」を新たにスタートさせるなど、NNFを基点とする音楽地図の模様は、実験主義が氾濫し多層化をきわめる2010年代のアンダーグラウンド・シーンの縮図といっていいものだろう。
そして、前記の通りNNFを代表するアーティストとして挙げられるのが、本作『ナイト・ギャラリー』で共演を果たしたエターナル・タペストリーとサン・アロウである。かたやグループと、かたやソロ・プロジェクトという違いはあるものの、両者とも多彩な人脈が交わるバックグラウンドと多作な創作活動を誇り、音楽的な趣向/アプローチも似通う部分が多い。そして、その経歴を辿ることはおのずと、NNFを介して拡張を続けるアンダーグラウンド・シーンの現在を紐解く作業にも等しいといえる。
エターナル・タペストリーは、創設メンバーのニック・バインドマンとディウェイ・マホッドの2人と、ニックの弟のジェドを中核としたポートランドのグループだ(結成は2005年)。しかしその形態は流動的で、いわゆるバンドというより一種のミュージシャン・コレクティヴと呼んだほうが正しいかもしれない。
ジャッキー・O・マザーファッカーやタンネルズでギターを弾くニック、ソロ・ユニットのプランクトン・ワットやジェドとのデュオ=ガーデン・サウンドとしても活動するディウェイをはじめ、メンバーの大半が複数のプロジェクトを掛け持ち、さらには客演やミキシング等の裏方(US・ガールズ、インカ・オレetc)も務めたりしている。各々のプロジェクトで音楽性も多岐にわたり、フリー・フォーク~サイケデリック・ロックからダブ、ドローン~ノイズ、ミニマルまで、つまり冒頭で記した近年のUSアンダーグラウンド・シーンの音楽潮流を網羅したかのような様相を呈している。
一言でいえばエターナル・タペストリーのサウンドとは、そうした幾重にも重なるレイヤーを凝縮したような代物であり、それは、そもそもノイ!やクラウト・ロック愛好家のニックとジャズ・ファンのディウェイが始めた、即興とアンビエントの実験が独自の発展を遂げてきた過程として今日の形がある。初期の作品では、メンバーの出入りを繰り返しながらも中核の3人によるジャムの記録という性格が強かったが、サックス/シンセのライアン・カーリルとベースのクラグ・リキンスが加入してメンバーが固定した2009年以降の作品では、サウンドに方向性とまとまりが増し、ホークウィンドやアモン・デュール的な重厚なグルーヴのサイケデリック・ロックを展開してみせる。目下の最新作は、本作のリリース元でもある「Thrill Jockey」から今年リリースされたアルバム『Beyond The 4 th Door』になる。
かたや、サン・アロウもまた、そうしたUSアンダーグラウンド・シーンの坩堝的現況の極めつけのようなアーティストだ。サン・アロウとはLAのロングビーチ在住のキャメロン・スタローンズによるソロ・ユニットなのだが、たとえばエターナル・タペストリーが音楽的なバックグラウンドの多岐に跨る個性が結集したコレクティヴなら、キャメロンの場合はその複雑系が一人の個性の中でモザイク状に凝縮されたような、とにかく多芸多才で多作を誇る。
キャメロンが関わるプロジェクトはサン・アロウの他に、ジャーマン・ロックを踏襲したストーナー・サイケを聴かせるマジック・ランタン、ダーク・アンビエントな音響デュオのスーパー・ミネラルズ、ブリットとアマンダも関わるサイケデリック・ガレージ・ソウル・バンドのヴァイブスなど(※一時期ポカハウンテッドにも参加)。客演等も含めればその活動範囲はさらに広がるが、加えてキャメロンは映像作家としての顔も持ち、作品のアートワークやPVまで手がける。サン・アロウとしての活動に限ってみても、作品単位で数多のアプローチがコラージュのように打ち出されていて、一概にその音楽性を括ることは難しい。曲作りは基本的にインプロヴィゼーション中心で、プロジェクト名の由来でもあるサン・ラのフリー/スピリチュアル・ジャズ、ダブやファンク等のアフロ・ミュージックやクラウト・ロックからの影響を強く滲ませるが、実態はとても混沌としている。マジック・ランタン用のデモ音源から生まれたファースト『The Phynx』(2008年)はサイケ・ドローンのようなリチュアルなムードも漂うが、続く『Beach Head』は本人いわくニール・ヤングの『ズマ』を意識した作品で、2009年の『Heavy Deeds』はフェラ・クティとスティーヴ・ライヒ『For Organs』のミュータント!?、とも。「Woodsist」からリリースされた『Off Duty』ではスライ&ザ・ファミリー・ストーンとジミヘンとダブを濃縮させ、最新の7インチ『Houston Abstros』ではティーンエイジ・ファン・クラブのカヴァーも披露している。レコーディングとは「引用・参照元をラッピングして新たなテリトリーを探すこと」とキャメロンが語るサン・アロウのサウンドは、無尽蔵で捉えがたく、作品を追うごとに濃度とトリップ感を増しながら、現代サイケデリック・ミュージックの最深部へと深化のベクトルを更新し続けているようだ。
そんなエターナル・タペストリーとサン・アロウが本作『ナイト・ギャラリー』を共作するにいたったきっかけは、2007年にイーグルロックで行われたNNF主催のイヴェント「Neon Commune Fest」だった。そこで両者(※キャメロンはマジック・ランタンの一員として出演)は同日にライヴを行い、その後も一緒にLAでショウを行うなど意気投合。それからしばらくして昨年、SXSWに両者が出演した際、エターナル・タペストリーがラジオで生放送のスタジオ・セッションを企画し、そこにキャメロンを誘ったことが本作の始まりとなる。つまり本作は、そのスタジオ・セッションを記録したライヴ・アルバムということになる。
テキサス大学構内のTVスタジオで行われた、45分間ノンストップのセッション。全編インプロヴィゼーションで演奏された本作は、レーベルからの資料によれば「アメリカで50年代末~60年代に放映されたSFドラマ『トワイライト・ゾーン』をプロデュースしたロッド・サーリングが、70年代初頭に手がけたTV番組『四次元への招待(原題:Night Gallery)』へのオマージュ作品」ということらしい。そのコンセプトについて詳細は不明だが、ともあれ、本作は現在のUSアンダーグラウンド・シーンが誇る屈指のサイケデリック・ミュージックを堪能できる一枚といえるだろう。
ラインナップは、エターナル・タペストリーの通常編成(※ベースは最新作『Beyond The 4 th Door』にゲスト参加したヨニ・キフレが担当)に、キャメロンがキーボードとフルートという仕様。サウンドの全体的な印象は、コラボとはいえ構成のバランスからも見た通り、主導権はエターナル・タペストリー側にあるといった感じだろうか。クラウト・ロック直系の粘性強いジャムをベースに長尺のインストゥルメンテーションを展開する、深遠で茫洋たるサイケデリック・ミュージック。作品化にあたって4つのセクションに分ける編集がされているが、章立てのような起承転結はなく、しかし、全編を通して海洋がゆっくりと表情を変えるような音のうねりと満ち引きがある。幽玄なギター・サウンドとエレクトリック・ドローンのようなシンセの音響が導くM①から、ドラムのアタックが迫り出しフルートやヴォーカルも交えた怒涛の合奏へとなだれ込むM②。そして、凪のようなアンビエンスのなか独唱的なギター・ソロが棚引くM③をへて、その余韻を引き摺りながら、再び燃え盛るようなアンサンブルを聴かせるM④へ――。音楽的なバックグラウンドを共有する両者の相性はいうまでもなく抜群で、けっして新たなテリトリーを開拓するような作品ではないものの、それをはるかに凌駕する圧倒的な音像の深度がある。とりわけキャメロンが操作するエレクトロニクスのアプローチは、本作のサウンド・スケールをラ・モンテ・ヤングやテリー・ライリー等のミニマル・サイケデリアの領域にまで引き伸ばすことに成功しているといっていい。
なお、本作『ナイト・ギャラリー』は前記の通り、本国アメリカではシカゴの「Thrill Jockey」からリリースされる。近年はエターナル・タペストリーの最新作『Beyond The 4 th Door』を始め、アーボリタムやウッデン・シップス、あるいはKTLなど、従来の音響~ポスト・ロック的なイメージを超えて独自の審美眼からサイケデリック・ミュージックを供給する「Thrill Jockey」だが、本作はその象徴といえる作品だろう。また、この9月には、本作の両者と同じくNNFと縁の深いLAのデュオ、バーン・オウルの、「Thrill Jockey」からは2作目となるアルバム『Lost in the Glare』のリリースが控える。NNFから「Thrill Jockey」へ、という流れをUSアンダーグラウンド・シーンのひとつのブレイクスルーと見るなら、その先にはどんな展開が待っているのか。拡張を続けるノイズ~サイケデリック・ミュージックの行方を含め、2010年代の動向を注視したい。
(2011/06)
(※極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:Barn Owl インタビュー)
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