2012年9月25日火曜日

極私的2000年代考(仮)……トレイル・オブ・デッド、虚実入り交るバイオグラフィー


●今回のニュー・アルバム『ソース・タグス&コーズ』は、“初のメジャー・アルバム”というのとはまったく別の意味で、バンドにとって新たな歴史を切り開く重要な作品になったと思います。
「そうだなあ……ある程度の達成感はあるけど、でもこれが僕達からの最終声明ってわけでも何でもないし、より凄まじい作品はまだこれから作る予定だからね。つまり、今作は布石のようなもので、さらなる実験とさらなる暴走、つまり究極に向かうためのものなんだよ。前作から発展した結果としてこの作品を捉えるとするなら非常に満足してるんだけどね。うん……だから自分達はまだまだ成長段階にあると思ってるんだ。僕達は他の誰かの栄光にあやかって音楽を作ってるんじゃなくて、あくまで自分達なりの業績を残したいんだよ。ナポレオンとかアレキサンダー大王みたいなさ。大志を抱くのなら、そのくらいのことは考えなきゃいけないと思うんだ。『真の偉大な革新者は誰なのか』っていうことをね」

●あらためて今作で実現したかったテーマとは何だったのでしょう?
「このアルバムだけのために、っていうのはなかったな。究極に目指すところとしては、過去最高のバンドになるって目標があるんだけど(と冗談めかして)。でもサウンドに関しては山ほどコンセプトがあったんだ。今回のテーマは『多面的』であることで、僕達が1人1人違う個性を持ってるように、曲も多様であること。だから僕達の興味、情熱、それから僕達の心を動かすもの全てが反映されてるアルバムになってるんだ」

●具体的にはどんなものに心を動かされるのですか?
「つまり一言でいえば『アート』ってことになるかな。それと『ヒューマニティ』だね。それからこの作品は特にいろんな場所に行ったり旅をしたりっていう経験に影響されてると思う。“動いてる”感覚というか“旅をしてる”感じ。旅をしてる時の、静かに物思いにふけるような瞑想しているような感覚というかさ。あとは、これを作るまでに出会ったバンドとか、ライヴを観たバンドからも大きく影響を受けてるね。モグワイとかエレクトロニック・ミュージックとか。今回の僕達は、ありとあらゆる刺激に対してオープンであってよし、っていう許可を自分達に与えたんだ。そうすることによって、自分達の周りでどんなことが起こっているのか、自分達はどんな経験をしてどんな影響を受けているのかってことを、より正確にアルバムに反映させることができたと思うよ」

●今作は、これまでの2枚のアルバムの流れを汲みながら、さらに自分達の限界と可能性に挑戦したアルバムと言えると思いますが、一方で、インディとメジャー、アヴァンギャルドとポップ、あるいはロックンロールと「それ以外」とを隔てるさまざまな境界線を打ち破る、優れて批評的なアルバムだと思います。
「うん。僕達は、そういう境界線だとか概念だとかっていうのはすごく独善的で、ただただクソだと思ってるんだよね。僕達の音楽っていうのは純粋に、そして唯一、音楽のために、音楽というアートそのもののために存在してるんだ。そういう括りっていうのは退化した知識人達のためにのみ存在している用語であって、そんな人種に限って音楽がどんなものか何1つわかっちゃいないんだよ。何が大切なのかを見失ってるんだ。大切なのは作品のクオリティや、その音楽の優れている点、その音楽の美、そしてその音楽がいかに精錬されてるかってことなんだ。アーティストが成すべき仕事っていうのは、己の能力を最大限に活かして自分が作りたいものを作ることで、そこに自分が見出せる限りのあらゆる意味を見つけることなんだ。僕達のメジャー・レーベルに対する考え方だって、単純に銀行として捉えてるんだよ。つまりルネッサンス期のパトロンと同じことなんだよ。貴族がアーティストに金銭的援助をして芸術を創造するっていうさ。もちろんメジャー・レーベルは金を生み出す機械のようなものなわけだけど、その罪深さって要するにミケランジェロのパトロンだったメディチ家と同じことなんだ。つまり、メディチ家なくしてはダビデ像もこの世に存在してないしピエタ像もないっていう」

●ところで、あなた方がバンドを始めたのは、いわゆる「オルタナティヴ」と呼ばれたギター・ロックの大きなムーヴメントが生まれた時期だったわけですが、当時のそうした状況についてはどう見ていましたか。
「うーん、他のバンドが何やってるかなんて、それほど気にかけてないかったしなあ。その頃僕達が影響を受けてもいいなって思ったバンドって、当時一緒にツアーしたりライヴやったりしてたバンドだったんだけど、そのほとんどがイギリスのバンドだったんだよね。モグワイとかクリニック、スーパー・ファーリー・アニマルズ、それにプライマル・スクリームとかさ。実際、長い間アメリカの音楽シーンとはほとんど無関係だったって言ってもいいくらいなんだ。アメリカのシーンを知り始めたのって本当にここ最近なんだよ。アメリカっていうのはモノを知らない田舎者ばっかりいるとこだと思ってたからさ」

●現在のようなロックンロール・バンドを始める前は、メンバーの4人は地元テキサスの聖歌隊に入っていたそうですが、そこから自分達をロックンロールに引き寄せた、あるいは自分達でバンドを始めることに向かわせたきっかけは?
「きっかけもなにも、僕達はロックンロールを聴いて育ったんだから。ロックンロールっていうのは1つの表現手段なんだってことをその頃に理解したしね。つまり自分達を表現する最適な方法としてロックンロールがあったんだ。しかもロック・ミュージシャンっていうのは同時にアーティストでもあるってことだからね。ロックンロールにはそれだけ多面的な性格があると思うし、ヴィジュアルでも音楽でも何でもロックを通して表現することができる。しかもロックンロールこそが、今の、僕達が生きてる時代に最も適した表現方法だと思うんだ。実際にロックンロールの歴史っていうのがずっと続いてきてるわけだし、それはこれからも続いていくと思ってるから。70年代の音楽があって、その次はパンクがあって……聴いてきたもの全てに僕達は影響されてるって言っていいんじゃないかな。それと僕達の親ってめちゃくちゃ音楽の趣味がよかったんだよ。みんな音楽的には恵まれた環境で育ったね。それもロックに限ったことではなくて民族音楽とかクラシックとかジャズもそうだし、凄く豊かな音楽環境があって、僕達はその中で育って呼吸をしてきて、それで今に至ってるっていう。それから僕達は、何かを聴かないうちからそれを否定したりは絶対にしないんだ。いい音楽を聴きまくってそれを肯定することで忙しくって、否定してる暇なんてないんだよ!」

●音楽以外にも、映像や絵画、そしてマヤ文明に対する関心にはじまって考古学や人類学などさまざまな学問を含めた、広い意味でのアート全域に渡って各メンバーとも造詣が深いと聞きますが……。
「もちろん。いかなる表現方法もいかなるアートも密接に結びついてるものだからね。全ての表現のひらめきっていうのは同じ起点から発せられるもので、全てはミューズが司る、おんなじ源泉から湧いてくるものなんだよ。そのひらめきを一旦手にしたら、レコードを作ることだってできるし、壁画を描くことだってできるし、神殿を建てることだってできる。何だってやれるんだ」


(2002/06)

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