2012年8月11日土曜日

極私的2000年代考(仮)……2002年NY白書:Liarsの証言


●バンドを結成した経緯は?
「当時、僕(アンガス・アンドリュー)はLAのアート・スクールに通ってて、アーロンは近くのレコード屋で働いてたんだ。僕の方は音楽なんてほぼ素人だったんだけど、あいつは結構前からパンク・バンドとかやってて、で、何となく二人で曲を作り始めて、そしたらボコボコ曲ができてさ。それで僕が卒業してすぐNYに引っ越して、他に一緒にやれるやつらを探したっていう感じなんだ」

●「Liars」というバンド名はどういうきっかけで?
「みんなで考えて決めたんだけど、バンド名を決める前に、すでにそういうような感じの曲があって……っていうか何となく自分たちにしっくりくるんだよね。他にもいくつか候補は挙がったし、もっと長い名前にしようって案もあったんだけどブルーカラーな感じがよかったから、それもどうかなって感じで。それにバンドやってステージに立つっていうのはパフォーマンスなんだっていう、つまり『俺たちは嘘つきです』って言うことで、正直でいたいんだってことをちゃんと伝えたくて。今からやることは全部ありのままの俺たちで、別の人格をでっち上げたりってことじゃないよっていう……そんな感じ」

●アート・スクールに行ってたのってあなただけだったんですか。
「ああ、うん(笑)。あの、アーロンは学校の近所で働いててそれで知り合ったんだけど、何かさ、親に出てけとか言われて家から追い出されちゃって、じゃあ学校内の僕のアトリエに引っ越してきなよって言って、だからどの学生よりも学校にいる時間は長かったよ(笑)。学生じゃなかったけどね」

●事実上アート・スクールにいた、ということですね。
「そう。たぶん当時学校に通ってた人たちはあいつのことを学生だと思ってたはず(笑)。でも楽しかったよ。実際アトリエは僕が作業するスペースだったわけだから、朝やつを起こして『俺、作業始めるから』とか言って、そうするとアーロンは仕事に出掛けていくって感じで」

●ちなみに何を勉強してたんですか。
「最初は写真から入ったんだけど、だんだんヴィデオとかパフォーマンスをやるようになったんだよね。で、最後の方に音楽に辿りついたんだ」

●美術を学ばれたことは現在のバンドにどう反映されているんでしょう?
「僕がアートを学んで一番大きかったのは、あらゆる芸術というか、僕が好きな作品ってほとんどどれもが、技術的にどうのっていうところで勝負してない人たちが造ったものだってことがわかったんだ。ただ実験してるとかそういう人が好きだったりするんだよ。たとえば絵にしても、いわゆる『絵は描けません』って人が描いたものが好きだったり。だからそういうことがわかったし、それは音楽とも深く関係があると思うんだ。よくわかんないんだけど、でもそこら辺は完璧に繋がってると思う。やっぱりアートとしての音楽を作ろうとしてるんだよね。だから僕らの音楽って変なんだと思うし。音楽ってアートの一つの形態ではあるけど、現状ではあまりにも商品価値だったり商業主義ってものでガチガチに固められてて、いや、別にそれでもいいし、色んな音楽を知るためにはやっぱりそういう商業的な面を利用しなきゃいけないんだけど、でも僕たちは単に曲を作るというよりアートとしての音楽を作りたいと思ってて」

●NYで音楽をやることは自然な成り行きで? それとも自分たちのやりたいことがNYのシーンに合っていたから?
「実はオーストラリアからアメリカに来た時はNYに住んでたんだよ。で、何年かしてLAに引っ越したんだ。そんなわけでNYには元々馴染みがあったんだよね。最初にNYに住んでて、天気がよくて違うシーンがあるところに行きてえなあってなって思って、だからある意味NYの反動でLAに行った部分もあったんだけど、でもLAにいるうちにやっぱりNYに較べたらクリエイティヴな意味での競争が全くないって思って。まあだから学校が終わったらすぐNYに戻ろうって思ってたんだ。で、戻ったら色々タイミングよく事が運んだって感じでさ」

●かつてはソニック・ユースやビッグ・ブラック、バットホール・サーファーズをリリースし、また最近ではスーサイドをディストリビュートするBLAST FIRSTからあなた方がデビューを飾ったという事実は、現在のバンドの音楽性やシーンでの立ち位置を考えると、とても象徴的かつ理想的に思えます。ご自身としてはいかがですか。
「うん、そうなんだよね。バンドやり始めて、そのうちいくつかレーベルが興味を持ち出してきて話に来たりしたんだけどさ。BLAST FIRSTの人と話した時、何もかもしっくりきたんだ、うん。これ以上に自分たちのやってることにぴったりのレーベルは想像つかないってくらいに思って。レーベルを詳しく知るにつれてさらにそれが明らかになってきてるしね。たとえばニック・ケイヴとかスーサイドなんかと会って話を聞いたりするとさ。長く関係を築いていけそうな気がするっていうか、たとえばもし僕たちが5作目のレコードで突然ヴァイオリンを弾いてクリスマス・ソングを作っても、レーベルはリリースしてくれるだろうなっていう(笑)。そういう自由だけは絶対に確保したかったからさ。その、自分たちがどんな方向に向かったとしても、後押しをしてくれるようなね」

●あえて伺いますが、『THEY THREW US ALL IN A TRENCH AND STUCK A MONUMENT ON TOP』(※直訳:やつらは俺たちを深い溝に放り込んで、その上に記念碑を突っ立てた)というアルバム・タイトルにはどんな意味が?
「あえて(笑)。じゃあまず、僕の解釈が必ずしもライヤーズ全体をまとめた〝僕たちの解釈〟だとは限らないってことを前提とさせてもらうけどね。タイトルが浮かんだ時に僕が思ってたのは、レコードが発売されると同時に確実にレッテルを貼られるだろうというか、何かしらのジャンル分けをされる……絶対にそうなるだろうなっていうのは感じてて。それに対してこっち側のてだては何もないし、それは確実に起こることで。だからある種の声明みたいな、自覚の表われみたいな。っていうか、まさにそれは現実となってるわけだしさ。ブルックリン、もしくはNYから一歩外に出た途端にノー・ウェイヴだとかエレクトロ・クラッシュだとか言われて、っていうかなんでそういうことを言うのか理解はできるよ。読者のためとか、わかんないけど相関図みたいな、文脈の中でバンドを語るっていうのは必要なんだと思うしさ。ただ、僕らは罠にはめられる気はないってことを伝えたかったんだよ。うん、でも僕たちの音楽がどのカテゴリーにも収まってないっていうのは次のレコードでわかると思うんだ」

●まさにそういうジャンル分けの話になりますが、実際にあなた方については、ギャング・オブ・フォーやポップ・グループ、ワイアーやディス・ヒートといったポスト・パンクを代表するバンドを引き合いに出して語られることが多いですよね。ただ、そこにはレッテルと同時に、ポジティヴな評価も含まれていると個人的には思うのですが。
「ちょっと待って、まず言わせてほしいんだけどね、もちろんそういう時代の音楽と較べられたりして最初は嬉しかったんだよ。ポスト・パンクってマジで面白い時代だったんだろうと思うし、自分たちと繋がりがあるような気もしたし。でも、僕らを含めた今の音楽と当時とを比較して音楽を語るその裏で、実際にバンドがやってることっていうのは、それぞれが自分なりの音楽を作ろうとしてるっていう創作活動であって。自分たちが受けてきた影響を混ぜ合わせて、で、ホント単純に他とは違うもの、それが新しいものでも何でもいいけど、何かを作ろうとしているってだけのことだと思うんだ。当時はヒップホップとかディスコとかパンクっていう影響があって、で、今の僕らの時代にはヒップホップの影響がものすごく強かったりして、でもちゃんとパンクもあったりとか、そういうのを全部ぐちゃぐちゃに練り合わせて、クリエイティヴな見地に立つというか何と言うか。だから音楽を作る上で、君が挙げたようなバンドのいくつかとは似たような姿勢で作ってるかもしれないけどね。でもこれさ、信じてもらえるかどうかわからないけど、ポップ・グループの場合なんか、初めてイギリスに行った時に『こいつらポップ・グループじゃん』『ポップ・グループそっくり』みたいに言われたんだけど、僕らは誰だよそれって感じでさ。名前さえ聞いたことなかったんだ。で、次の日CDを聴いてみたら『やばい、もうこの音やれない』って(笑)。でもそれを一つの証拠として捉えると、アプローチが似てたんじゃないか、同じような目的を持って作ってたんじゃないかっていうのは思うよね」

●ポスト・パンクの時代とライアーズの間に共通項があるとすれば、音楽を作る上でのアティチュードみたいなもの、ということでしょうか。
「そうかな。でもさ、たとえば僕たちのレコードを聴いて『こいつら絶対ギャング・オブ・フォーのレコード全部持ってるはず』みたいなことを思う人っているでしょ(笑)。もう、その時代のことなら何でも知ってるだろうお前ら、みたいなさ。でもそうじゃないっていうか、まあ今ここで僕は自分の知識の無さを暴露してるわけだけどね。だから共通してるものっていうか、今現在のブルックリンていう場所にしても、たまたまクリエイティヴな人間が集まってて、それぞれが別々の方向性を持って何かを突き詰めてみようとしてるんだ。みんながみんな一つのサウンドに向かってるんじゃなくてさ。だからシアトルのグランジみたいなものじゃないんだよ。今のブルックリンは、いかに他の人間がやってることから遠ざかって独自のものを作るかっていうことだから。だから今NYから出てきてるバンドにはどれ一つとして似通ったサウンドがないんだと思うよ。そういう観念的な部分でだったら今とポスト・パンクの時代は似てるのかもしれないっていう、そのくらいしか思いつかない。絵画と同レベルで、音楽は一つのアートの形態としてあるんだっていう感じなんだよね。しかもパンクがDIY的な自立精神を唱えてるものだとしたら、僕らも完璧にその流れに沿ってるわけだし。でもさ、そういう基本の部分は時が経つにつれて希薄になってしまうもので、たとえば誰かが僕にパンクの話を訊いてくる時に、それが今みたいなパンクの根っこの部分の話なのか、それともブリンク182の話をしてるのか、よくわからないっていうのがややこしいんだよ。それと確かにパンク、ポスト・パンクの精神みたいな部分には同意するけど、僕らは一つのイデオロギーだけにしがみついてるわけじゃないから。僕らの中にはそれこそたとえば地獄からパンクまでくらいの幅があって、かなりゆるいんだよね。自分の考えが変わるかもしれないっていう可能性に対しては柔軟でいたいんだ。しかも確かに当時は面白いものがたくさん出てきてたと思うけど、別にそういうのを隈なく聴いてるタイプでもないんだよね。もっと何て言うか、ミッシー・エリオット聴いたり。でももしそのポスト・パンクの時代にミッシー・エリオットが存在してたら、彼らもきっと聴いたと思うよ。で、それを自分のロックンロールの中に取り入れるとかさ。パンクっていう言葉は〝無制限〟とかって意味にしたらいいんじゃないかなあ、わかんないけど(笑)。今の、ものすごく南カリフォルニアっぽい発言じゃなかった?」

●(笑)。では、ライヤーズにとってルーツといえるバンド、影響を与えたバンドを挙げるとすると?
「たぶん僕たちにとってはソニック・ユースかな。ツアーも一緒に行ったんだけどね」

●どうでした?
「ヨーロッパとアメリカと一緒にツアーしたんだけど、とにかくいい経験だったし、勉強になったよ。彼らにしたらこういう言い方は嫌かもしれないし、僕もこれを認めるのはちょっとあれなんだけど、やっぱり親みたいな存在っていうの? まあ単純に年が離れてるっていうのもあるし、だからすごく色んなことを気がねなく相談できてしまうっていうか、アドバイスしてもらったりとか。あの人たちはもう全部ひと通り経験してきてるしね。でも自分たちの信念を貫いてて、妥協なんて絶対してこなかったと思うし、いつも音楽をアートとして追求してきた人たちだし、そういう意味で本当に尊敬してる。もし誰かの足跡を辿ることがあるとすれば、それはソニック・ユースだよ」

●NYの音楽史と自分たちとの繋がりを感じますか。
「それもまたさっきの話じゃないけどさ、そういう音楽史の中に位置付けてもらったりするのはありがたいことなんだけどね。でもここ数年で起こってることって、ブロンディとかトーキング・へッズみたいなものとは比較の対象になってないっていうか、歴史があまりに壮大すぎて。だから個人的な立場から言うと、そういうことを言われてもピンとこなくて、ラモーンズみたいなばかデカイ存在がいる歴史の一部に位置付けられるなんてっていう。だから繋がりを感じるかって訊かれたら、僕個人は感じない。でもNYはクリエイティヴな活動を育てる土壌なんだってことは言えると思う。それが音楽だろうが別のアートであろうがね。だからNYの他のバンドなんかを見てて僕が共感を覚えるとすれば、まずNYに住んでるだけで大変だしタフだし、でもここにいると、何かが自分の中に入ってくる時に、それを面白い方向に持っていこうとする力が生まれて、それが自分の中から面白い形で出てくるっていう、そういう感じがあるんだよ。で、それが他のやつらにも起きてるんだなっていうのは何となく感じるというか」

●昨年、何度かサーストン・ムーアに話を訊く機会に恵まれたのですが、彼はライヤーズやヤー・ヤー・ヤーズ、ブラック・ダイスやA.R.E.ウェポンズの名前を挙げながら、今のNYの状況がとにかく面白くなってきていると繰り返し話していました。実際そこに身を置いている立場としてはどうですか。
「それはサーストンの言う通りだと思う。今、かなり面白いことになってるし。色んなことが動き始めてるなっていうのは感じるよ」

●それは実感としてあるわけですね。
「うん、でも何か起きてるっていうのはアメリカ全体がそうだと思ってて、で、NYはその中心地になってるような感じかなあ。えーと、色んな変な感覚がうごめいてるっていうか、特に過去二年に関しては、NYは完璧に外部からの力にも煽られてるし、わかんないけどジュリアーニの政策とか、9.11のこととかもさ。それと、偶然の力も働いてると思うよ。ちょうどいいタイミングでいるべき人がいるべき場所に集まってるっていうさ。グランジみたいな時期よりも面白いっていうのは思うんだ。もちろんニルヴァーナとか、他にもすごいバンドはたくさんいたけど、あの時期を全体で捉えると、同質のサウンドを鳴らしてたように思うんだ。NYが最も優れてるのは、あらゆる方向へ伸びて境界線を超えようとする部分だし、お互いに違う音を鳴らそうとしてるっていうところなんだ」

●昨年はヤー・ヤー・ヤーズとツアーを回ったりオネイダとスプリット盤をリリースされたりしていましたが、NYのバンド同士の交流はありますか。
「あるっちゃあるんだけど、たぶん外部の人が想像してるほどじゃないと思うよ。だからどっかで集まったりっていう、いわゆるシーンみたいなものを想像してるとしたら違うかな。実際はその、知的な感じというか、たとえばブラック・ダイスの連中がライヴをやってるとしたら普通に観に行くけど、友達だからって楽屋に押しかけて遊んでるってことではなくて。観たらとっとと家に帰って自分のもんに取りかかるって感じなんだ」

●同じ今のNYでも、たとえばストロークスに例を見る盛り上がりと、あなた方や先ほど名前を挙げたバンドが属するシーンは、明らかに異質なもののような気がします。この「違い」とは何だと思いますか。
「どうだろう……確かに違うんだけど、深く関係してるとも思うよ。NYに注目が集まったのは明らかにストロークスがきっかけになったわけだしさ。しかもストロークスは、メジャー・レーベルと契約してこれだけ広まった経緯を考えたら、今んとこかなり自分たちの姿勢を守ってきてると言えるんじゃない? いい音楽を作りたいからって必ずしもインディ・レーベルにこだわる必要はないんだってことを証明したと思う。日本にもすぐに届くようなレーベルにいても自分が作りたい音楽を作れるんだっていう。でもNYサウンドってものがもしあるとしたら、僕も違いを感じるというか、まあホワイト・ストライプに関してはブルースだったりガレージだったり何でもいいけど、今NYで生まれてくるものには当てはまらないような気がするね」

●次のアルバムはどんな音になりそうですか。
「次にはもう取りかかってるよ。どうやって話したらいいかなあ……たとえばこの前のレコードは、聴いた人みんながここが好きって思う部分があって、その部分は何かが凄くうまくいってたわけなんだけど、だから今は自分たちにとって面白くするために、そういう成功した部分を取り除くっていう作業をしてて。たとえばベースラインなしで曲を作ろうとしてるんだけど。あとは、かっこいいドラム・ビートのおかげで曲がうまくいってるとしたら、そのビート無しで曲を作ってみるとか。過去にうまくいったことを使い回すんじゃなくてね。だから次は当然違う音ができ上がるんだけど、でも絶対僕らが作った音になるんだよ」

●伝え聞くところによると、元スリッツのアリ・アップとのプロジェクトを構想中とか。
「ああ、アーロンが何かやってる、手伝ってるとか何とか言ってたかな。僕は関わってないんだよね」




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