2012年7月11日水曜日

極私的2000年代考(仮)……ジョーン・オブ・アークを総括する


ティム・キンセラこそ、トータスのジョン・マッケンタイアと比肩する90年代以降のシカゴ・シーン、ひいてはアメリカン・インディが生んだ最大の才能と信じて疑わない。その歩みは、「ハードコア」に出自をもつアメリカのインディ・ロックが、90年代から00年代へと数多の音楽的フェーズを潜り抜け変遷を遂げてきた軌跡と重なり合う。かたや、同じく80年代末のキャップン・ジャズから分派したプロミス・リングが、「ハードコア」を大衆化することでエモの潮流を築いたのに対し、ジョーン・オブ・アークを筆頭にソロ、アウルズ、フレンド/エネミー(サニー・デイ・リアル・エステイトやヘラのメンバーらとのコラボ・ユニット)、メイク・ビリーヴと様々な形態を通じ辿ったティムの20年に及ぶキャリアは、言うなれば「ハードコア」をオルタネイトし、脱中心化する音楽的指標となり続けた。その膨大な数のディスコグラフィーは、ルーツからアヴァンギャルドまで多岐に亘るエリアを侵食しながら、アメリカン・インディの大地に複雑に入り組んだ系統樹をつくり上げている。

「自分達の楽しみは自分達でつくり出すっていう精神で俺達は育ってきた」。そうティムが語るハードコア体験の内実は、ある種の矜持や「生理」として彼の活動すべての根幹を貫いている。ティムにとってあらゆる表現行為は、自身の皮膚感覚を反映したパーソナルなものであり、ゆえに現代においてそれは、必然的にポリティカルな性格を帯びざる得ないことをティムは隠さない。そのことは、今も彼が地元シカゴのローカルなコミュニティに根ざした活動にこだわり続ける姿勢、あるいはJOAやメイク・ビリーヴの新作と併せて発表された初監督映画『オーチャード・ヴェール』――荒廃した近未来のアメリカの郊外で暮らす家族の物語――が描くテーマからも窺える。アーティストとして、あるいはひとりの生活者として、現在のティムを満たすものとは何なのだろう。


●今回、メイク・ビリーヴとジョーン・オブ・アークの新作、さらに映画『Orchard Vale』とそのサウンドトラックと、あなたが携わるプロジェクトの作品が同時期にリリースされます。これは偶然の一致なのでしょうか。それとも、互いに関連付けることが可能なテーマみたいなものが、あなた自身の中にはあったりするのでしょうか。
「えーっと、どうなんだろう。時期的にはそれぞれバラバラに作ってあるんだけど……映画の撮影が終わったのが去年の夏ぐらいで、だいたい1年ぐらい前ってことで……ただまあ、映画とサントラに関して、いろいろ法的な手続きがあって、それが終わるまでずっと待ってる形で、その間、10月にメイク・ビリーヴのレコーディングをして、JOAのレコーディングが1月にあったっていう。だから、今回たまたまリリース時期が重なる結果になったけど、全部、同じ時期に作ったわけじゃないんだよ」

●できればすべての作品について話を伺いたいのですが……今回のインタヴューでは基本的にJOAの新作についてをメインに、現在のあなたの活動全般について包括的な話が伺えればと思います。それでまず、今回のJOAの新作を聴いた印象として、バンドとしての自由度がさらに増したというか、楽曲ごとに示されるサウンド・メイクのベクトルがいっそう多角化を遂げた感触を受けたのですが。
「ありがとう」

●本人としては、今作に対してどんな手応えを感じていますか。
「どうなんだろう……今回のアルバムに関しては……というか、自分がこれまで作ってきたどのアルバムについても言えることなんだけど、今回のアルバムに関しては、とくに聴くのがつらい……というか、心情的につらすぎてね。ちょうど自分の人生で難しい時期に差しかかってた時期で、個人的にいろいろあって、今回のアルバムを作ったのも……もともと、JOAの新作については作る気がなかったんだよ。ただ、自分の人生を大きく揺るがすような出来事があって、自暴自棄でわけのわからない状態になってたから、何でもいいから何かしら集中できるものが必要だったんだよ。アルバムを作ることに集中することで、ギリギリの正気を保ってたっていうか、少しは気が紛れると思ったんだよ。その結果、今回のアルバムが完成したんであって、今の自分にはつらすぎて聴けないし、あえて聴いてみようとも思わないね」

●つらい時期っていうのは?
「まあ、どうでもいい個人的なことだよ…………人生には自分にはどうすることもできない問題っていうのがあるじゃないか。これが自分なりの、人生困ったときの対処法ってことなんだよ」

●具体的に何が起こったかについては話したくない?
「ああ、あんまり話す気になれないんだ」

●アルバムを作ったことで、気が楽になった部分もあったりするんでしょうか。
「たしかに、気持ちを吐き出したことで楽になった部分はあるけど……それまでずっと自分の中にわだかまってた感情とか、混乱とか、自分の身に降りかかったことをすべて吐き出すことで、楽になった部分はあるんだけど、ただ、個人的に、今回のアルバムを完成された一つの作品とはみてないんだ。そもそも人に聴かせるものとして考えてなかったっていうか……その日1日をやり過ごすのに精一杯で、気を紛らわすのに必死だったっていうか。そしたら、そんな俺を見るに見かねた友人達が、俺にヘッドフォンを被せて、マイクの前で歌わせたっていう……そうすることで、少しでも気が紛れるようにね」


●JOAの音作りに関しては、例えばメイク・ビリーヴの場合と違って、メンバー間の雰囲気や即興的なアイディアのやりとりが優先される、みたいなことを以前話してましたが、今回のレコーディングは、そのようなスタート地点から始まり、そしてどのような過程をへて、現在のアルバムの形に結実したのでしょうか。
「まあ、曲はたくさん書いてるんで。四六時中、家で曲を書いてデモを作ってて、そろそろレコーディングをする時期かなって思ったら、貯まった曲を披露してっていう感じで、コンピューターに入れといた65曲の新曲のうちから、気に入ったのを20曲選んで、それを弾き語りで聴かせて、そのあとスタジオに1週間入って、他のメンバーは自分の都合のいい日時を決めてスタジオに来てっていう具合にして作ってる。JOAに関してもメイク・ビリーヴに関しても、だいたいそんな感じで作業を進めていて、実務的というか、その日誰がスタジオに来れるかに合わせて作業の内容を決めているんだ。だから、アルバムに入ってる曲以外にも、レコーディング待ちの曲がたくさんあって、『今日はこいつとこいつがいるから、この曲をやろうかな』とか、それで一通り録り終わった後に『じゃあ、ついでにこの曲も』みたいな感じで……要はタイミングの問題だよね。基本的には自分ひとりで曲を作った後、各々のメンバーに集まってもらって、そこでバンドの形でもう一度レコーディングするっていう形を取ってるんだ」


●また、そうした自由度の高いレコーディングとは逆に、JOAの場合、録音後のポスト・プロダクションやアレンジメントが重要な鍵となってくると思うのですが、そのあたりのアイディアやコンセプトは? これまでとの違いはありましたか。
「アイディアとしては……結局、今回のアルバムをレコーディングしても、あんまり手を加えてないんだよ。オーヴァーダブもほとんど使ってないし、とにかく、その日誰がスタジオに来ることができて、その中で楽器をとっかえひっかえしながら片っ端からいろんなことを試した中で、1日の終わりに何ができるかって感じで、スタジオでその日何が起きてたのかが、そのまま音として記録していくって感じで進めていったんだ。そのあとアルバム作業が半分ぐらい終わったあたりから、だいたいの方向性が見えてきて、細かな曲順だとか、それに伴って全体的なバランスから曲の感じを変えていったりしながら作っていったんだ。そういう意味で、今回のアルバムはすごくリアルな記録になってるんだよ」

●個人的に、JOAのサウンドは、04年の『Joan Of Arc, Dick Cheney,Mark Twain』を機に、その自由度やクリエイティヴィティを一気にスケールアップさせた印象があるのですが、例えばメイク・ビリーヴを始めたことで、逆にJOAでは自由に好き放題出来るという部分もあるのでしょうか。
「それはあるだろうね。メイク・ビリーヴの場合は、曲を書くんでも、きちんと段階を踏んでっていうのがあって、だから、いわゆるロック・バンドであるメイク・ビリーヴをやることで、自分の中でのロックンロールへの欲求が解消されたというか、JOAの場合は逆にロックじゃなくてもいいじゃんっていうか、もっといろんな音に手を出してもいいじゃないかっていう、そういう自由が生まれたよね」

●また、その際、作品の完成に向けてメンバーを束ねる共通認識、ヴィジョンのようなものも同時にあるのではないかと思うのですが、そのあたりは如何ですか?
「さっきも言ったように、JOAに関しては、実質的に空いているメンバーの中でやるっていう感じで、今週予定されてるライヴも3ピースでやる予定で、メンバーの都合もあるし渡航費諸々の経費を考えれば、そのほうが割に合ってるんだよ。とりあえず曲があればいいわけで、これから先ツアーを続けていく中でメンバーも徐々に途中参加してきて、最終的には7人ぐらいまでに膨れ上がることになるんじゃないかな……そっちのほうが理に叶ってるしね。JOAって、何しろメンバーの数が多いもんだから、臨機応援にやってかないと。だから、ヴィジョンとかバンドとしての体裁がどうこうってことよりも、今あるものでサクサクやってってる感じだね」


●一方、今作では“9/11 2”というタイトルの曲が目を引きます。例えば、今回同時リリースされる監督作品の『Orchard Vale』では、アメリカという現代社会の頽廃がモチーフとして描かれていますが、翻って今回のJOAのアルバムにおいても、そうしや作品のバックグラウンドとなるようなストーリーや政治的なメッセージのようなものがあるのでしょうか。
「いや、アルバムのほうは映画に比べてよりパーソナルなもので。映画のほうはアメリカのカルチャーや政治っていうテーマが背景にあるもので、もちろん、そこには個人的な視点も入ってるけど、そっちをメインにしてるわけじゃないんだよ。その反対に、アルバムのほうは完全にパーソナルなもので、政治やカルチャーに対する視点はほんの少し見え隠れする程度のもので、何より自分が今まで作った中で一番パーソナルな内容になってることはたしかだよ。ここまで自分の情念を露にしたことはないってくらい、感情がもろに剥き出しになったアルバムになってる」

●“9/11 2”っていうタイトルは政治的なタイトルとも受け取れますが、これもパーソナルな曲だったりするんですか。
「ああ、そうだね。9/11 そのものよりも、あの事件の衝撃について……あの事件と同じくらいの衝撃が自分の身にも起こったわけで……ある日を境に、突然、自分のこれまでの日常や人生が一転してっしまったっていう。その日の朝まで、あんなことになるとは微塵に思ってなくて、それが、なんで、あの日を境に突然、すべてが一転してしまったんだろうっていう………………だから、あれはラヴ・ソングなんだよ。失恋について歌った曲で、失恋のショックについて歌った曲なんだ」

●“If There Was a Time #1”という意味深なタイトルの曲もありますが。
「まあ、あの曲についても……っていうか、今回のアルバムに入ってる曲すべてが失恋について歌ってるんだよ(笑)。この半年間、それ以外に何も考えられない状態でね。……“If There Was a Time #1”は、今回のアルバムの中に入ってる曲の中でも、一番抽象的な曲だと思うんだ。で……日本語の歌詞でどれだけニュアンスが伝わるかわからないけど、言葉遊びをしていて、最終的には何を歌ってるのかっていうと……要するに、自分は完全に混乱していて……で、混乱したまんまの状態で、時間とは何か、空間とは何かってことを問うてるわけだよね。その結果、時間も空間も実際には存在しないんじゃないかってところに救いを求めているというか……もしも時間も空間も存在しなければ、何もなかったのと同じなわけであってさ……っていう内容の曲なんだ」

●映画はもっと政治的なメッセージの込められたものだそうですが、映画の制作意図としては?
「それ集まった人間で何ができるかってところから、自分と、妻と、まわりにいる何人かの友達と、自分達の才能を出しあって1本の映画を作ろうってところから始まって……だから、この映画が最終的にどういったテーマのものになるのか、自分達自身にもわからなかったし、ただ仲間で協力して一緒に何かしてみたかったんだ。それでみんなでアイディアを出し合うところから始まって、このプロジェクトに参加できる俳優人を探してきて、全部の駒が出揃った上で、ここから何ができるかってことを考えていったんだよ」

●『BOO HUMAN』というタイトルの意味は?
「3つ意味があるんだけど……ひとつは英語の“ブー・フー”っていう、わんわん泣きわめくときの音で、泣きわめくしかできない人間ってことで、“ブー・フー・ヒューマン”、つまり、“ブー・ヒューマン”っていうね。それとふたつ目は、ブーイングのときの“ブー”って掛け声、つまり人間に対してダメ出しをしてるんだよ。みっつ目は、誰かを驚かすときにワッていうときの“ブー!”っていう音……つまり、目の前にいきなり何か現れたときの驚きを象徴してるんだよ」


●今秋には大統領選が控えています。例えば4年前の大統領選では、マイケル・スタイプやエディ・ヴェダーらが参加した「Vote For Change」に代表されるミュージシャン内の動きがありましたが、今またそうした機運がアメリカのロック・シーンで高まりつつあるような気配はあるのでしょうか。あなた自身の今のアメリカに対する現状認識は、どんな感じなのでしょう?
「個人的に、ジョージ・ブッシュが選挙で選ばれた事実はなかったと解釈してるんだ。つまり、こないだの選挙は歪められた真実であって……しかも、前々回の選挙も入れると、こと大統領選に関しては、二度も、事実が歪められたってことになるんだ。自分は大統領選ってもの自体に対して完全に不信感を抱いてるし、国を挙げての茶番劇を見てるような気分っていうかね」

●じゃあ、今度の選挙に関わるつもりもない感じ?
「そこまではわからないけどね。たしかにオバマ候補者の発言のいくつかに共感するところもあるし、これまで大統領選に立候補した人物の中で、一番共感できる人間であることはたしかだけど、オバマの発言や行動だけでこの国を変えていけるってことまでは思っていないんだ。どうなんだろう……自分でもわかんないけど、とりあえず、アメリカの政治によって、これまでさんざん裏切られて、失望させられてきたって歴史があるからね。そのせいで、もはや政治ってものに対して自ら関心を向けることをしなくなったというか、政治ってものに真っ向から立ち向かっていこうとなると、あまりにもインチキや許せないようなことがまかり通ってて、こっちの頭がどうにかなっちゃうから……。ただ、今はもう自分の人生だけで手一杯で、さっきも言ったように、人生が180度変わってしまったから……それまで暮らしてた場所を離れて、新しいアパートを見つけてっていう、自分の生活すべてが一変してしまったから、あんまり自分が生きていくこと以外に考える余裕がなかったんだよ」

●それって、奥さんと別れたってことですか?
「そう、そうだよ」

●でも、映画作りではパートナーだったんですよね?
「ああ、そうだけど」

●今でもこのプロジェクトに関しては一緒に活動しているんですか。
「一緒に映画を作って、そのあと彼女が俺の元からいなくなったんだ」

●今のアメリカ社会については率直にどう見てますか。 
「4、5年前の、共和党支持の戦争支持の風潮と比べると、いくらかマシな状況にある……と言っても、希望的観測っていうよりも、国民全員が今の政治に対して絶望しきってるってことなんだろうね。どうなんだろう……自分はもう、アメリカって国に対して期待することをやめちゃったんだよ。もちろん、自分は今この国に生きているんだけど、一国のことよりも、自分の人生の次に何が待ち構えてるかだけに集中するようになってるんだ」

●次に何が待ってるかって、たとえばまた監督に挑戦してみたいとか?
「できればやってみたいね。この秋からまた大学に通う予定なんだよ。シカゴのアート・スクールで文章の創作について勉強する予定なんだ。これから何年かは学生生活を送ることになるはずだよ」

●例えば、あなたは以前、様々なプロジェクトで音楽活動をするというスタンス、ライフスタイルそのものが、現在のアメリカ文化に対するプロテストたり得ている、と話していましたが、そうした感覚は近年ますます強くなっている感じですか。
「まあ……自分と同い年ぐらいの年代の人間の中でも、ホームレスを別にすれば、自分は経済的には最下層に位置してるし、自分が日々の生活を送っていく上で、あるいはバンドとして活動を続けていく上でも、自分と同い年ぐらいの平均的アメリカ人とは、暮らし方から人生に対する見方から価値観まで、180度違ってるってことはたしかだろうけど……日常生活のほんの些細なことであっても、たとえば自分はテレビを持ってなかったりするんだけど、まわりの連中はみんなテレビの話題で盛り上がってて、それが自分にはゾンビが会話してる光景みたいにしか見えないんだよね。だからって、自分の生き方だとか人生が、他の人と比べて優ってるとも思わないけど、ただ、自分の生き方は一般的なアメリカ人とは違ってるんだ」

●どうであれ、そういう生き方しかできないってことですよね。
「そういうふうにしか生きられないし、そうすることが今の世の中に対する自分なりの抵抗でもあると思うし……あまりにも多くの人間が、本当の自分が望んでるのとは別の人生を送ってるようにしか思えないから」


●例えば、メジャー資本のレコード会社の傘下で活動すること自体が、ひいては石油産業や軍事産業に加担するという意味で現代社会の腐敗の構造に組み込まれざるを得ない、という見解もありますが、あなた自身の生活や活動にも、そうした現状認識が反映されている部分もあるのでしょうか。
「常に意識してるよ。それは日常的なことにおいても、自分がどこで金を使うかとかさ、どの店で何を買ってっていう、いつもそういうことについて意識してるよ」

●それでも、現代社会の腐敗構造に組み込まれざるを得ないことについて、どう対処していますか。
「自分でもわからないんだ。他のいろんな人間と同じで、自分も混乱して、どうしたらいいのかわからないんだよ」

●そうした状況に対して音楽に何かできることがあると思いますか。
「もちろん。音楽には、人々を変えて、人々の世界への関わり方を変える力があるって、心から信じてるし」

●自分の音楽を通して、それをどう表現していますか。
「もう単純に、愛だよね……ベタで申し訳ないけど(笑)、でも、実際そうなんだから仕方ない。愛と……慈悲の心と……それ以外には思いつかないよ」

●今作でJOAのアルバムとしては9枚目になります。過去には一時的にバンドを離れたこともありましたが、今のあなたにとってJOAはどんな場所だといえますか。
「何しろずっと長いこと一緒にやってるからねえ……ちょうど、前回の『Eventually All At Once』のときに、父親が死んでショックを受けてた時期で……病気とかじゃなくて、本当に突然の死だったんだ。その失意の中でJOAのアルバムを作って、父親の死を乗り越えたって出来事があって……それと同じことが今回のアルバムでもまた起こって、自分で自分を再び信じられるように、錯乱状態から少しでも抜け出せるように、必死でレコーディングしてっていう……自分にとっては、そういう場所なんじゃないかな。地に足がつけられる場所っていうか、自分が冷静になって物事について考えられる場所……そこで自分を自由に表現することで世界について知る、というか。だから、すごく自由だし、いろんな形で存在することができるっていう。自分は方向性を見失ったときに還ることのできる場所というかね」

●また、サウンド面・音楽的な見地から、過去9作品を通してJOAはどのような変遷を遂げてきたと自己分析できますか? 先ほども話したように、個人的には04年『Joan Of Arc, Dick Cheney,Mark Twain』、そして99年の『Live In Chicago 1999』を分岐点に創作の幅を広げ進化を遂げてきたような印象があるのですが。
「どうかな……昔に比べて今のほうが自分のアイディアに確信が持てるようになったって部分はあるけどね。いろんなアイディアを試すんだけど、前よりも気負いがなくなったというかさ。今のほうが昔に比べて賢くなってるし音楽についてよく知ってるんだけど、それでも、いまだに1曲1曲が戦いでありバトルだって気がするし、そこからどこに向かっていくのかっていう……最終的にどこに向かってるのかはわからないけど、ただ目の前の課題は一つ一つクリアにしていってるっていう、そんな感じで今まで来てるかな」

●ところで、唐突ですが、音楽的なキャリアの出発点としてハードコア/パンクを経験したことが、現在の自分の活動にフィードバックされていると実感する部分は何かありますか。というのも、あなたや、同郷シカゴで同世代のジョン・マッケンタイア率いるトータスをはじめ、ヘルメットやドン・キャバレロのメンバーが参加するバトルス、あるいはLCDサウンドシステムのジェームス・マーフィや、ジャッキーO・マザー・ファッカーやサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンといった実験的なジャム・バンドに至るまで、80年代末~90年代初頭のハードコア/パンク・シーンに音楽的なルーツをもつバンドやアーティストが、近年極めて独創的な音楽を生み出している状況について、個人的に興味深く見ているところがありまして。
「たしかに、若い頃にハードコアやパンクと出会ったことは、それまで自分の中にあった価値観や常識を一変させるような事件だったし……『ああ、人生にはこんな可能性もあるんだ』っていう、生き方っていうのは決して一つじゃないんだっていう、それこそ新たな世界が開けたような衝撃があったよね。若くて多感な時期にそういう衝撃に出会ったら、自分の人格を形成する上でのものすごく根っこの深いところにまで影響してくるもので、今でもハードコアやパンクのあのコミュニティに育ってなかったら、今の自分達はなかったと思ってるし、今でも……というか、いまだに自分はハードコアやパンクの精神に自分は生かされてると思うしね。ハードコア・コミュニティの、自分達の楽しみは自分達で作り出すっていう精神で、俺達は育ってきてるさ。それが若い人達にとっては、自分を表現する最初の一歩であり、自分を表現できる最初の場でもあったんだよ。大人になるにつれ、世の中ってそう単純じゃないもんだってことに気づき始めて……で、そうした微妙な、なんとも捉えがたいものを初めて自分なりに表現できたのがハードコア・バンドであって、あれはあれで、ある意味、すごく繊細な表現でもあったわけだよ(笑)。人生って、そんなに単純なもんじゃないし、可能性だって一つじゃないんだよっていう、それを最初の教えてくれたのがハードコアでありパンクだったんだよ」

●最後に、月並みな質問ですが、あなたを過剰といっていいほどのペースで創作に駆り立てるもの、あなたの創作活動の根幹を支えているものとは何だと言えますか。
「どうなんだろう、自分でもそれが何なのかわかんないままに活動を続けてて、自分のやってることに興味を持ってくれてる人もいてっていう……なんか、巨大なジグソーパズルでもやってるようなね。最終的にどういう絵が完成するのかはわかんないけど、一つ一つパズルのピースを埋めてってるっていう感じかな。それをやってないと、ソワソワして落ち着かないというか、そういう性分なんだよ(笑)」


(2008/06)



極私的2000年代考(仮)……ジョーン・オブ・アークというシカゴの重心)

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