2012年6月10日日曜日

シューゲイズ再興の端緒 : UKからの応対


「フラワーズ・オブ・ヘルというのは昔のブルーズの音楽からとったんだ。悲哀でタフなミュージシャンの生活(地獄、Hell)も、結果としてリスナーの楽しみになる(花、Flower)。PiLとは関係ないよ」

地獄に咲く花々、とでも訳すのだろうか。PiLのアルバム『フラワーズ・オブ・ロマンス』を連想させるバンド・ネームの由来について訊ねると、バンドのメイン・ソングライターであるグレッグ・ジャーヴィスはこう答えてくれた(※以下、すべての発言部分は彼による)。20世紀初頭のアメリカ南部で、孤独や疎外感を抱えた黒人労働者たちが自らの心の叫びとして歌い始めたことから生まれたブルーズ。もちろん彼ら、フラワーズ・オブ・ヘルの音楽はブルーズではない(そしてPiLとも似ても似つかない)。ましてや当時の黒人労働者たちの孤独や疎外感など、彼らの音楽とは無縁に等しい。しかし、表現の形こそ違え、同じ音楽家であるかぎり何より大切なのは、そこにどれだけ「美しい花」を咲かせることができるか――フラワーズ・オブ・ヘルのサウンドからは、そんな音楽に深く魅せられた表現者としての強い矜持が伝わってくるようだ。

セルフ・タイトルが冠された本作『フラワーズ・オブ・ヘル』は、スペースメン3からヨ・ラ・テンゴやブライト・アイズまでカタログに揃える「Earworm Records」から、昨年2006年の終わりにイギリスで発表された彼らのデビュー・アルバムになる。しかし、ご承知のとおり、彼らはいわゆる「新人バンド」というわけではない。前述のグレッグを始め、総勢10名に及ぶバンド・メンバーは、多くが「ミュージシャンとしての前歴」を持っている。

◎グレッグ・ジャーヴィス(ギター、ピアノ/90年代にモスクワでPragueというバンドで活動)
◎ラス・バーロウ(ギター、イーボウ、オルガン)
◎メル・ドレイジー(ヴァイオリン/クリエンテルでキーボード&ヴァイオリンを担当)
◎アビ・フライ(ヴィオラ/ブリティッシュ・シー・パワーやバット・フォー・ラッシュズのメンバーも兼ねる傍ら、ヤコブズ・ストーリーズという自身のグループを率いる)
◎スティーヴ・ヘッド(ギター、ベース、ハモンド、ピアノ/ジ・アーリー・イヤーズにツアー・メンバーとして参加)
◎トム・ホッジズ(バリトン・サックス、フルート、ギターetc/ティンダースティックスのツアーやレコーディングに参加)
◎グリ・ヒュンメルサンド(ドラム、パーカッション/ピーチ・ファズで活動後、現在はプラシラズでギターを担当)
◎オーウェン・ジェームス(トランペット、コルネット/元はジャズ&ブラス奏者)
◎バリー・ニューマン(ギター、ベース、ハーモニカ/写真家としても活躍)
◎ヒルド・ステファンソン(ハモンド/元タイニー・トゥー)

「このバンドのメンバーは自然発生的に集まったんだ。この半年間で、何人かのミュージシャンにいっしょに演奏したいって言われてて。そんな人たちと、それから自分自身いっしょに仕事をしたいと思ってたミュージシャンを集めたんだ。ロンドンは大きい街だけど、ライブ・シーンで活躍する人たちは大体お互い知ってるもの。フラワーズ・オブ・ヘルのメンバーのほとんどは他のグループにも所属しているから、フラワーズ・オブ・ヘルのライブがあるときは代わりのピンチヒッターにお願いするなんてこともちょくちょくで。 そのピンチヒッターたちがみんな上手いからバンドを抜けてほしくなくて、最終的に規模が倍に膨れ上がってしまったんだ。ピンチヒッターとして参加したミュージシャンがそのままメンバーになったというわけ」



スペースの都合上、メンバー各々が参加する/参加してきたバンドについての紹介は割愛させてもらうが、ミュージシャンとしての多彩なバックグラウンド、加えてマルチ・インストゥルメンタリストとしての素養をメンバーの多くが備えていることは、フラワーズ・オブ・ヘルというバンドを定義する大きな特徴と言えるだろう。さまざまな楽器が奏でる音色が幾重にも織り成し、シンフォニックに響き合いながら紡がれるサウンドスケープ。そこには、交響楽にも通じる荘厳でクラシカルな美しさと、同時代的な(例えばブリティッシュ・シー・パワーやジ・アーリー・イヤーズ、クリエンテルらと共振する)ポスト・ロック~ネオ・シューゲイザーの系譜に立つ現在性が息づいている。

「ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1st、スペースメン3の『Playing With Fire』と『Recurring』、そしてスピリチュアライズドの『Laser Guided Melodies』が俺のお気に入りの4枚のアルバム。いつも感じてたことなんだけど、これらのアルバムのスタイルを使えば、もっといろんなバリエーションの音楽が探求できるはず。 でも残念なことにこのアルバムを創ったアーティストたちはみな違う音楽の道に進んだり、自身たちで創造したユニークで特別なスタイルを捨ててしまったりしたんだ。そこで気付いたことがある。自分が一番好きな種類の音楽をレコードで聴きたいと思ったら、自分自身で創るしかないと。いつもこれらのレコードとクラシック・ミュージック間の相似性に興味を持っていた。だから俺たちのアルバムのゴールは、ヴェルヴェットの1stと『Laser Guided Melodies』とクラシックをミックスさせた、先述の4枚のアルバムのどれも持ち合わせていない音楽だったんだ」

フラワーズ・オブ・ヘルのサウンドには、今から10年ほど前の90年代後半に、スピリチュアライズドやマーキュリー・レヴ、シックス・バイ・セヴンらを筆頭に「UKネオ・サイケデリア」などと呼ばれて注目を集めたバンドを彷彿とさせるところがある。文字どおりサイケデリックで夢幻的なトーンを帯びた音像と、奥行きや空間的広がりを意識させる音響処理。事実、グレッグの発言からも彼らが当時のバンドをひとつの音楽的指標としていることは明らかであり(そして「UKネオ・サイケデリア」たちが音楽的指標としたのが他ならぬヴェルヴェット・アンダーグラウンドだった)、なかでもグレッグが強いシンパシーを寄せるスピリチュアライズド、その中心人物であるジェイソン・ピアースの元相棒であり、かつて共にスペースメン3を率いたソニック・ブームakaスペクトラムがゲスト参加(6曲目「Through The F Hole」)していることは、本作品の最大のトピックの一つだろう。



「ソニックにデモをいくつか送って、彼のいるラグビーにその翌週に行くから会えないかと聞いたんだ。彼は俺のデモを気に入ってくれていて、家に招待してくれたんだ。 彼の家では音楽の話をしたり、レコードを聴いたり、演奏したりして仲良くなった。数週間後、彼にスペクトラムという彼のバンドにギターとして誘われたんだけど、要求された仕事量からするとフラワーズ・オブ・ヘルを辞めないといけなかったから、逆に誘ってみたんだ。ゲストとして俺たちとどうかって」

98年に「Rocket Girl」からリリースされたスペースメン3のトリビュート・アルバム『A Tribute To Spacemen 3』。モグワイやアラブ・ストラップ、ロウ、バード・ポンド、ピアノ・マジックなど、錚々たる顔ぶれの「スペースメン3の子供たち」が参加し、それぞれカヴァー曲を収録した作品だが、例えばその末席にフラワーズ・オブ・ヘルが名を連ねていたとしても、そのサウンドはまったく遜色のないものだ。そして、その「スペースメン3の子供たちが」が、98年時点におけるサイケデリック・ミュージックやポスト・ロック~インストゥルメンタル・ロックの最前線の一角を示すサンプルであったように、いわば「スメースメン3の孫」たるフラワーズ・オブ・ヘルのサウンドを、それから10年後の現在における同種の可能性を示すものだと見立てる視点は、おそらく間違っていない。

「詩と音楽というものはふたつの別個のアートだと思う。昔、世界中の国々で歌うことを通して音楽と詩が結びついた。太古の昔には、人の声が結い一音楽を奏でるものであったので、そこに言葉をのせて歌うというのはごく自然のことだった。今日では、私たちの周りには様々な楽器があり、詞と音楽を結び付ける必要がなくなった。歌を聴くとき、人間の耳は人間の声に集中してしまい、演奏はただの背景になってしまう。しかし人間の声を取り除いた瞬間から、演奏が前面に出てくる。あなたの耳は演奏に集中するはずだ。この機能は脳にも存在し、言葉が使われていなければ、あなたの心を昂ぶる感情の夢へといざなうだろう。もしもベートーベンが作品に歌詞をつけていたら、あの力強さは弱くなることはあっても、増すことはないだろう。彼はそのことに気付いていたと俺は確信している」


ヴェルヴェット・アンダーグラウンドからスペースメン3、そしてスピリチュアライズドからフラワーズ・オブ・ヘルへ――。あるいは、本作のプロデュースを務めたデス・イン・ヴェガスのティム・ホルムズに絡めて強引に導き出すなら、そこにスーサイドからシルヴァー・アップルス、そしてスペクトラムへと至る流れを含んだエレクトロニック・ミュージックの系譜を見通すことも可能だろう(もっともグレッグは、音楽面のみならず精神的な指標として、ジョー・ストラマーやボブ・ディラン、ニーナ・シモン、ジョニー・キャッシュ、エンニオ・モリコーネらの名前を挙げている)。

いずれにせよ、彼らのようなサウンドは、現在のイギリスの音楽シーンの動向に照らし合わせて見れば、限りなく「傍流」に位置する存在に違いない。ニュー・レイヴや、あらゆるリヴァイヴァリズムが横行する2000年代のイギリスのメインストリームと、彼らがやろうとしていることの間には明確な一線が引かれている。だからグレッグが、ブロークン・ソーシャル・シーンやアーケイド・ファイアを指し、「革新が奨励されるような土壌のミュージック・シーンがあるということは本当に素晴らしいことだと思う」とカナダのインディー・シーンに対して切実なシンパシーを寄せているという事実は、当然のことなのかもしれない。しかし、ブリティッシュ・シー・パワーをはじめとする「傍流」たちの変革を求める声がフラワーズ・オブ・ヘルの誕生を導いたように、グレッグが切望するような創造的なシーンは今のイギリスにも残されているし、そこにはメインストリームを覆す新たな胎動を感じることができるのではないだろうか。

「イギリス文化にとって、音楽とはファッションの一部であり、イギリス音楽産業が投資するバンドはファッショナブルなバンドだけ。そして、周知の通り流行のファッションはすぐに変わる。今の流行も数年後には消えているだろう。今から5年後にはカイザー・チーフスもブロック・パーティーも音楽を作り続けているとは思わない。でも、レコード会社の契約を取り付けるのが難しくなってきている昨今、ミュージシャンたちはファッショナブルな音楽でレコード会社と交渉することを諦め、本当にやりたい種類の音楽への道を進もうとする傾向にあることはいいことだ」

グレッグによれば、7月には早くも次のアルバムの制作に入る計画とのこと。また、それに先駆けて、ジーザス&ザ・メリー・チェイン“Darklands”のインスト・カヴァーを含むアナログEPが夏前に、そして秋には限定の7インチがリリースされる予定だという。

(2007/06)

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