2012年5月27日日曜日

極私的2010年代考(仮)……UKからUSインディーへの応答:バンジョー・オブ・フリークアウト


ここ数年のアメリカのインディ・ロックの目覚しい活況と作品の充実ぶりについて、とりわけ本作を手にする音楽ファンにとってはあらためて記すまでもないだろう。なかでも昨年、多くのメディアで年間ベスト・アルバムに選出されたアニマル・コレクティヴの『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』を筆頭に、たとえばグリズリー・ベアやダーティ・プロジェクターズの新作が、その音楽的な評価とともにセールス的にも好成績を収めるなど幅広いリスナーの支持を集めた様子は、それが2000年代の最後の年というタイミングの妙とも相まって、この10年のアメリカの音楽シーンの変化を物語る象徴的な出来事として伝えられた。

UNCUT誌は昨年末号の記事で、冒頭に挙げたバンドのメンバーの証言を交えながら、2009年を「アメリカのラディカルなアンダーグラウンドのインディ・ロックがメインストリームを侵略した年」と報じている。また、そうした目に見える形の“成功”以外にも、アメリカ各地の郊外や都市の周辺を舞台にしたローカルなインディ・シーンが近年盛り上がりを見せているのはご存知の通り。ディアハンターやブラック・リップスを輩出したアトランタや、ウェーヴスやクリスマス・アイランドが注目を集めるサンディエゴ。そしてノー・エイジを始め、ヘルスやナイト・ジュエルらが集うロサンゼスルのアート・スペース「スメル」周辺のシーンなどが代表的だが、彼らは自らレーベルを運営したり、友人同士でバンドをシェアしたりスプリット盤を共同リリースしたりと、地元のコミュニティを拠点にグラス・ルーツ的な活動を積極的に展開している。そうした多様で多彩なレイヤーからなるアメリカのインディ・ロックは、もっとも2009年に限らずこの10年を通して話題が途絶えることなく、相変わらずホットなブルックリン界隈や、フリート・フォクシーズやボン・イヴェールに代表されるフォーク・ミュージックの台頭など、その「シーン」としての面白さを伝えるエピソードには事欠かない。

対して、イギリスのインディ・ロックは、そうしたアメリカの盛況ぶりと比べると、近年はどうしても魅力に欠けてしまうのが現状ではないだろうか。たとえばクラクソンズやフォールズといった一連のニュー・レイヴ~ニュー・エキセントリックの流れ。ケイジャン・ダンス・パーティが象徴したアンダー・エイジ・ムーヴメント。ライトスピード・チャンピオンやエミー・ザ・グレートのネオ・アコースティックや、ファック・ボタンズのバレアリックなサイケデリック・ノイズ。そしてジ・エックス・エックスやジェイミー・T、ミカチューといったニューカマーなど、個別に興味深いトピックはあるものの、それらはシーンというより「トレンド」に近く、アメリカのインディ・ロックのような“層の厚み”とは状況が異なる。むしろイギリスの2000年代は、それこそオアシスやレディオヘッドやU2といった大物バンドが依然と存在感を示し続けた10年だった、という印象が強い。

そんな最近のイギリスの新人アーティストで、アメリカのインディ・ロック・シーンに置かれてもまったく違和感のない存在――それがこのバンジョー・オア・フリークアウト(以下、BOF)のサウンドを聴いた第一印象だった。


ロンドンのカムデン在住の31歳、アレッシオ・ナタリジアによるソロ・ユニット。出身はアドリア海に面したイタリアの小都市ヴァストで、大学進学のために引っ越したトリノでディスコ・ドライヴというロック・バンドを結成し、レコードを出したりヨーロッパ・ツアーを経験したりした後、2年前にロンドンに移住し、BOFの結成に至ったという。
「BOFが生まれたのは、ロンドンはハックニーにあるアパートで、ガールフレンドを待っていたある晩の事だった。彼女は働いていて、僕はアパートにいた他の人達と話をしたくなかったので、ガールフレンドのPCを立ち上げて、音楽のソフトで色々遊び始めたんだ。僕は28歳になるまでラップトップなんで持ってなかったし、ましてや、コンピューターとかサンプラーで音楽を作ったり出来なかった。それで、この新しいアプローチが信じられないくらいエキサイティングだったんだよね。それからというもの、ぼくはレコーディングし続け、音楽をオンラインで発表するようになったってわけ。そしたら、興味を持ってくれた人々から、『ショーをやらないか?』って言われてね……。気づけば、これは僕がやりたいことじゃんか、ってね!」

BOFの名前が広く認知されたきっかけは、昨年リリースされたブロック・パーティーのアルバム『インティマシー・リミックスト』。モグワイやノー・エイジ、ゴールド・パンダらとともに参加し、“Ion Square”のリミックスを披露した――というのが彼のバイオグラフィーを語る際の“通説”だろうが、それ以前から彼は、自身のブログ上に次々とアップされる音源が評判を呼び、耳が早いインディ・ファンの間では密かに知られた存在だった。そのブログは2008年に始まり、デモ・トラックやカヴァー曲、果ては自作のミックス・テープまで、発表された音源の内容は多岐にわたる。なかでもヴァラエティ豊富なカヴァー曲群は、その目利きの効いたセレクトもさることながら(レディオヘッド、バトルス、ヴァンパイア・ウィークエンド、ペイヴメント、ソニック・ユース、TV・オン・ザ・レディオ、ブリアル、スペースメン3、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ボブ・ディランetc)、BOFというアーティストの魅力を名刺代わりに伝える格好の“プロモ”として好評を博した。とくにアレッシオのお気に入りがカニエの“Love Lockdown”とロネッツの“Baby I Love You”のカヴァーらしく、BFOの音楽的な立ち位置を象徴する秀逸な出来栄えで、ファンの間でも人気が高い(※その後、カヴァー曲だけを集めたアルバム『Covers』が150枚限定で自主リリースされた)。

そうしたユニークな創作活動がアーティストや音楽関係者の目に留まり、前述のブロック・パーティーのリミックスの依頼を始め、BOFは昨年3枚の作品を発表しデビューを飾る。デビュー7インチ『Mr No』をロンドンの「No Pain No Pop」(ヘルス、ナイト・ジュエルetc)から、そして12インチ『Upside Down』と7インチ『Left It Alone』を同じくロンドンの「Half Machine」(ウッズ、リアル・エステイトetc)からリリース。ちなみに『Upside Down』は、ネオン・インディアンが所属するサンフランシスコの「Lefse」からもリリースされ、アメリカでも話題を呼んだ。また、秋にはファイアリー・ファーナセスとタイムス・ニュー・ヴァイキングのヨーロッパ・ツアーに同行し、メディアの露出も増えるなど、2009年はBOFにとって飛躍の年となった。


今回リリースされた『アップサイド・ダウン』は、その3枚の作品をコンパイルした日本限定盤。構成的には、①②が『Left It Alone』、③~⑦が『Upside Down』、そして⑧⑨が『Mr No』のそれぞれ収録曲になっている(②“Someone Great”はLCDサウンドシステムのカヴァー)。

スペースメン3やマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン等のサイケデリック・ミュージックからの影響が窺える⑤。コンガのアフロ・ビートが低音を飾るエスノなファズ・ポップ⑧。オーガニックなアコギのフレーズが印象的な③。70年代のジャマイカのレゲエ・バンド、コンゴスの曲からドラムを拝借した④や、古いアフリカ音楽からボンゴのループを作った⑥。あるいは、アラン・ビショップ(サン・シティ・ガールズ)のレーベル「Sublime Frequencies」のチベット音楽のコンピレーションCDから女性ヴォーカルをサンプリングしたという②や、ラップトップに溜まっていた最初期の曲を再レコーディングしたというメロディアスな“歌もの”①。

彼のマイスペースには、「影響を受けたアーティスト」として、たびたび引合いに出されるアーサー・ラッセルやカンと並んで、デニス・ウィルソンやローバート・ワイアット、ボブ・ディランやロイ・オビンソンから、J・ディラやブリアル、ディス・ヒートやジョー・ミークの名前が挙げられている。つまり、1960~70年代のサイケデリック・ロックと、ポップ/ルーツを踏まえたソングライティング、そしてアヴァンギャルドからディスコ~ダンス・ミュージックまで通過したマニエリスティックな音響造形の融合がBOFというアーティストの個性であり、そのリストは見事な自己分析というほかない。また、ループやサンプリングを多用したアプローチや、随所に顕著なワールド・ミュージック嗜好、さらには全編に溢れるユーフォリックなサイケデリック感覚は、それこそアニマル・コレクティヴ~パンダ・ベアやアトラス・サウンドを筆頭に、ネオン・インディオアンやウォッシュド・アウトのようなエレクトロニック・ミュージックから、イート・スカルやウェーヴスあたりのポップなローファイ・パンクまでと通じ合う、むしろ昨今のアメリカのインディ・ロックと同時代性を共有するものだろう。そうしたBOFの音楽性は、前述のカヴァー曲のセレクトやレーベル・メイトの顔ぶれとも密接にリンクしていておもしろい。


最後に、「バンジョー・オア・フリークアウト」というユニークなユニット名について、アレッシオ自身が語ったエピソードを紹介しよう。一見、何気ないエピソードのように見えて、案外BOFの性格や音楽性をまさに言い当てているようにも思えてくるから、不思議だ。

「昔、僕がイタリアに住んでた頃、親友とショウのブッキングをしてたんだ。ある晩、カリフォルニアから来たバンドをブッキングしたんだけど、彼らは最高に素晴らしかったんだ! 彼らの音楽は、ポストパンク、クラウトロック、フォークを合わせた変わった感じだった。メンバーには、バンジョー奏者もいてさ。30人くらいのオーディエンスの前で一通りプレイした後、アンコールでステージに戻ってきて、メンバーの1人が『so, you guys want banjo or freakout?(バンジョーがいいかい?それともフリークアウトしたい?)』って言ったんだよ。それがすごく可笑しく聞こえてさ」

追記:前述のBOFのブログからは、昨年末に公開されたクリスマス・カヴァー・アルバムをフリー・ダウンロードできる。
(http://banjoorfreakout.blogspot.com/)



(2010/01)


極私的2000年代考(仮)……回り始めたUKとUSの両輪)

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