2012年5月25日金曜日

極私的2000年代考(仮)……カナディアン・インディーの一例


カナダの音楽シーンが世界中のインディー・ファンの熱視線を集めるようになって久しい。2000年代も今年で最初の10年が幕を閉じるが、この10年における彼の地の活況は、ニューヨークのそれに並ぶといっても過言ではない。ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーやニュー・ポルノグラファーズらがオルタナティヴな個性を示した90年代に対し、2000年代のカナダは、その層の厚さと多様な音楽性から、いまや“インディーズにおけるメインストリーム”と呼ぶにふさわしい存在感を示す。

なかでも、そんなカナダの“ブランド力”を牽引した顔役的バンドを挙げるとするなら、ブロークン・ソーシャル・シーンとアーケイド・ファイアの2組に異論はあるまい。かたや、KCアクシデンタルやドゥ・メイク・セイ・シンクといった前身にあたるバンドを通じて90年代と地続きに立ち、カナダのインディー・シーンの旗艦的レーベル=アーツ&クラフツと緊密な関係を築きながら、地元のさまざまなバンド(スターズ、メトリック、ファイストetc)のメンバーが相互に乗り入れるかたちで独創的なサウンドを展開するBSS。かたや、同じく大所帯からなるコレクティヴな編成を執り、デビュー以来、作品がグラミー賞やブリット・アウォードにノミネートされるなど国内外で高評価を得る一方、同世代はもちろんデヴィッド・ボウイやU2からも支持を集め、中心人物ウィン・バトラーの政治的な言動も含めてオピニオン・リーダー的な影響力も増すアーケイド・ファイア。共に、地元の音楽シーンに深くコミットする傍ら、アクティヴな活動でカナダ国内に留まらず存在感を示す両者は、2000年代のインディーズにカナダのイメージを決定づけた最たる象徴といえるだろう。

そして、このベル・オルケストルもまた、そんな両者と縁の深い、2000年代のカナディアン・インディーズを体現する存在にほかならない。


ベル・オルケストルが結成されたのは2003年。2005年にリリースされたデビュー・アルバム『Recording a Tape the Colour of the Light』の制作を機に、彼らは「バンド」として活動をスタートさせた。しかし、そもそものキャリアの原点は、中心人物のリチャード・リード・パリー(ベース/キーボードetc)とサラ・ニューフェルド(ヴァイオリン)、そしてステファン・シュナイダー(ドラムス/パーカッション)の3人が10年前に始めた、コンテンポラリー・ダンス作品のための音楽制作にさかのぼるという。

「リチャードとあたしは一緒に曲を作っていたの。とくに何のためということはなかったけど、そこにドラマーのステファンが加わって、コンテンポラリー・ダンス作品のための音楽を作ることになったの。ダンスの振付師がステファンを加えたんで、会ったこともないステファンと組んでやることになったのよ。だから、あれはまさに偶然に起きた不思議な出来事だったの。それからまた別のダンス・プロジェクトのコラボレーションをやったり、マリオネットのための音楽もいくつか手がけたの。そうしてコラボレーションをいろいろとやっていたんだけど、2003年にアルバム作りを始めたのよ。それまではレコーディングなんてしたことなくて、ヴィジュアルやアートとのコラボレーションをしていただけだったけど、これからはバンドとしてやって行こうと思ってアルバムを作ることにしたの。ダンスやシアターを抜きにして、音楽だけのパフォーマンスをやって行こうと思ったのよ」(サラ・ニューフェルド、以下同)

現在のベル・オルケストルは6人編成。リチャードとサラ、ステファンの3人に、ダンス音楽の制作にも参加していたピエトロ・アマト(フレンチ・ホルン/エレクトロニクス)とカーヴェイ・ナバティアン(トランペット/メロディカ)、そしてマイク・フェウアスタック(ラップ・スティール・ギター)を加えたラインナップとなる。

また、BSSやアーケイド・ファイアしかり、ニュー・ポルノグラファーズやウルフ・パレードといったカナダのインディー・バンドに特徴的なように、ベル・オルケストルの場合も、複数のバンドを掛け持つ多才なミュージシャンがメンバーに揃う。共にアーケイド・ファイアにおいて、マルチ・インスト奏者&ヴァイオリニストとして辣腕を振るうリチャードとサラ。地元モントリオールのポスト・パンク・バンド、The Luyasで活動するステファン。そのThe Luyasと平行して、Alien8に所属するインスト・ロック・バンド、Torngatのメンバーも兼ねるピエトロ。そして、オタワを拠点に90年代から活動するウッデン・スターズでギターを弾く傍ら、ソロ・ユニットのスネイルホースを始め、ジュリー・ドワロンやアーケイド・ファイアのジェレミー・ガラと共作も果たすマイク。いずれもカナディアン・インディーズの磁場に深く精通した実力派であり、こうしたメンバー各々のキャリアからもバンドの際立つ個性が窺い知れて興味深い。


そんな多才なキャリアを誇る彼らにとって、「ベル・オルケストル」たる音楽的な青写真を描く上でメンバー共通の“指標”となったバンドを挙げるとするなら、それはレイチェルズとトータスだという

「最初、リチャードと音楽についていろいろと話をしていたら、2人ともステレオラブやエイフェックス・ツインが大好きなことに気がついたの。そこから2人で一緒に曲作りを始めたのよ。あと、2人ともレイチェルズが大好きだったわね。レイチェルズが一番の共通項だったかしら。彼らはクラシックにすごい影響を受けていたけど、インディー・ロックの世界にもいたし、ポスト・ロックとも呼ばれていた。そして、あたしたちもまさにそういう風に形容されているから、彼らがあたしたちのお手本だったと言えるんじゃないかしら。あと、トータス。すごくユニークなインストゥルメンタルを生み出して素晴らしいアルバムを作っていたから、あたしたちにそのことを教えてくれた……。あたしたちがやりたいと興味を持っていたことを彼らは見事にやっていたのよ」

彼らのデビュー・アルバム『Recording a Tape~』は、なるほど、クラシックや室内楽にも通じる流麗で多彩なインストゥルメンテーションと、ポスト・ロック以降の精緻なサウンド・プロダクション、アグレッシヴで構築的なバンド・アンサンブルが黄金比で融合を見せたような作品だった。元GY!BEのエフリムらが運営するスタジオ「Hotel2Tango」でレコーディングされ、さまざまな音楽的意匠を昇華し壮大なサウンドスケープを描き出した同作品は、同時期に発表されたアーケイド・ファイア『フューネラル』やBSS『ブロークン・ソーシャル・シーン』と並んで、2000年代のカナディアン・インディーズを代表するクラシックスと呼ぶにふさわしい作品だろう。結果、同アルバムは翌2006年、カナダにおけるグラミー賞にあたるジュノー賞のベスト・インストゥルメンタル・アルバムにノミネートされるなど、各方面で高い評価を得た。

本作『As Seen Through Windows』は、その『Recording a Tape~』に続くセカンド・アルバムとなる。

本作を聴いて、前作と比較した上でまず何より耳を奪われるのは、そのドラムや低音の際立つサウンドの立体的な質感、メリハリの効いた音像の生々しさではないだろうか。バンド・アンサンブルはより緊密に練り上げられ、多彩な器楽演奏が織りなす優雅な音色のなかにも、リズム・セクションが生みだす躍動感やプリミティヴなトーンが印象的だ。

たとえば“Elephants”の、さながら象の嘶きのごときホルンの勇壮な響きと、アフリカの大草原を彷彿させる霊妙な音響のアトモスフィア。“The Gaze”のカーニヴァルのような狂騒感。エイフェックス・ツインのカヴァーという“Bucephalus Bouncing Bell”の、スティーヴ・ライヒを連想させるミニマルな打楽器の刻みとトライバルなドラム・ビート。あるいはタイトルからフランク・ロイド・ライトの建築を思わせる“Water/Light/Shifts”のノーブルな美しさ。ダンス・コラボレーション時代の曲を発展させた“Dark Lights”の、ジャジーで深い陰影をたたえた夜のムード。そして、ストリングスの厳かな調べで幕を開け、静から動へとダイナミックな構成を展開しながら、やがてすべての楽器が混沌とうねるようなオーケストレーションに至る最終曲“Air Lines/Land Lines”の壮大なクライマックス――。


本作のレコーディングは、シカゴに構えるトータスのジョン・マッケンタイアのスタジオ「SOMA」で行われた。サラが語るように、彼らにとってトータスは音楽的指標ともいうべき重要な存在であり、そのジョンとのコラボレーションが、本作のサウンド作りにおいて決定的な役割を果たしたという。

「ジョンは、素晴らしいアナログ・サウンドを作ることで有名だったから。温かみがあってクレイジーなすごく古いアナログ機材を山ほど持っているんで、それですごいものを作ってくれるの。このアルバムがああいうサウンドになったのは、彼に負うところが大きいわね。コンプレッションを思いっきりかけて、全てをザクザクした感じ(クランチー)にして歪ませたかったけど、まさにそうなったと思うわ。ジョンはそういう音作りがとても得意だったから、ドラムは強烈になったし、ディストーションも満載よ。彼は、あたしたちが想像した以上に、あたしたちが進みたかった方向にあたしたちをプッシュしてくれたのよ。彼がアートのレベルにまで引き上げてくれたの」

なお、彼らは本作のリリースにあたり、前作時のラフ・トレードからアーツ&クラフツへレーベルを移籍した。単なるレーベルという以上に、BSSをはじめクリエイティヴな才能が集い、活発な交流を繰り広げるコミュニティでもあるアーツ&クラフツの存在は、今後の彼らの活動において大きな支えとなるにはずだ。

「彼らはこのアルバムを本当に気に入ってくれているし、とても楽観的にとらえていて、大きな期待を抱いてくれている。自分たちを支持してくれる人達がバックにいると思えるのはうれしいことよ。このアルバムを信じてくれて、あたしたちが思っていた以上に出来るだけ大勢の人の耳に届けようとしてくれている。本当に素晴らしいアティチュードを持っている人たちよ」


レーベルのアナウンスによれば、目下、本作を引っ提げて行われているツアーでは、ヤー・ヤー・ヤーズのドラマーのブライアン・チェイスやアンティバラスのメンバーが参加するバンド、ザ・スウェイ・マシーナリーに名を連ねるマルチ・インスト奏者のコリン・ステットソンがサポートを務めている模様。現在モントリオールとニューヨークで生活しているというサラならではのコネクションでは?と想像されるが、ともあれ、アルバムの世界観をより華やかに演出する素晴らしいライヴ・パフォーマンスとなるにちがいない。ここ日本でも、その光景を目の当たりに出来る日が来ることを切に願う。


(2009/04)

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