2012年5月15日火曜日

極私的2000年代考(仮)……4AD社長サイモン・ハリデーに訊く


「僕の名前はサイモンで、4ADを世界規模で経営している。拠点はロンドンだけど東京やフランスやドイツにもオフィスがあるし、特にニューヨークのオフィスは60人もの従業員を抱えてるんだ。アメリカは世界最大のマーケットだからね。だからロンドンから出発したレーベルだけど、すごくワールドワイドな視点で活動してるし、ワールドワイドな視点を持ちたいと思ってるんだ。基本的に僕がやってるのは、レーベルがちゃんと機能してるか見守ることで(笑)、つまり4ADにふさわしい音楽を選んで、それが正しい方法でプロモーションされるように目を光らせてるんだ。すごく単純な仕事だよ。日々の業務は結構複雑だけど、総体的に見るとすごくシンプルなことをやってるんだ。いい音楽を探してきてちゃんとプロモーションして、しかるべきリスナーたちにその音楽を届けて、リスナーたちとの間に絆を作るっていうね。実際にはなかなかそう単純に事は運んでくれないんだけど、本来はそうあるべきなんだ。4ADに関わるようになって2年近くになるけど、その前はワープ・レコードにいたんだよ。ロンドンとニューヨークで、6年間ね。4ADと似た美学を持ったレーベルで、オリジナルで革新的な音楽とセンスのいい、素晴らしいアートワークを追求する。実際ワープでの6年間は本当に楽しかったよ。最高に格好いいアクトとも契約できたし、日本でも大成功したしね。バトルスやプレフューズ73、エイフェックス・ツイン、スクエアプッシャー、フライング・ロータスは、日本でも大ヒットしただろ。そこが4ADとの違いで、4ADはここ8年ほどの間、日本で昔のような成功を収められずにいるんだ。かつてはコクトー・ツインズなんかが人気を集めてたけど、その後はたぶんTVオン・ザ・レディオの登場あたりまで、ほとんど大きなブレイクがなかったと言っていいと思う。そこで今力を入れてるのが、日本のマーケットに再びアピールできるようなアーティストと契約することで……というか、それって日本のマーケットだけの話じゃないんだよね。本当に素晴らしいアクトなら、世界中のどのマーケットにもアピールするはずだからさ。簡単にそうに聞こえるだろうけど、そこが肝心なところなんだ。すごくいいアクト、オリジナルなアクトって、どの国でも売れてるもんなんだよ。そういうわけで、日本は4ADの将来に向けての戦略の中心地になってるんだ」

●そもそもこの業界に入るきっかけは、ワープに入ったことだった? それともそれ以前にもどこかで勤めていた?
「その前にもいろいろやってたんだ。僕はマンチェスター出身なんだけど、もともとは地元のクラブのプロモーターをやってたんだよ。それって当時のマンチェスターでは、すごく危ない仕事だったんだけどね」

●(笑)。
「その後ロンドンに引っ越して、いくつかのプロモーション会社で働いて、それからトミー・ボーイに入って、ワープに移って、そしてさらに4ADに移ったんだ。そんなふうに、常にエキサイティングなレーベルで仕事しようとしてきたって感じだね。もうかれこれ20年になるよ。トミー・ボーイに入る前は、基本的に流通の仕事をやったり、プロモーション、ラジオ広告、プレス、ツアー・マネジャーの仕事をやったり、業界のありとあらゆる仕事に携わってたんだけど、すべて今の仕事にプラスになってると思う。今は最高経営責任者として、主にA&Rとしてアーティストと契約することを仕事にしてるわけだけど、これまでの現場経験のお陰で契約に至るまでの流れや仕組みを知り尽くしてるっていうのが、今の僕にとってすごく助けになってるんだ。たとえばマクドナルドも……僕は別にマクドナルドは好きでも何でもないけど(笑)、あそこのスタッフってすごくよく訓練されてるだろ」


●ええ。
「マクドナルドの店長は全員、自分で実際フライドポテトを揚げたりハンバーガーを焼いた経験があるんだよ。あの会社は従業員全員に、現場のプロセスを一通りすべて経験させるからね。音楽の世界でも、会社のトップになるのは並大抵のことじゃないしすごく時間がかかることだけど、だからこそそこに至るまでにいろんな仕事を経験することができるわけで、そこでの経験は必ずトップに立ったとき役に立つと思うし、実際そうであってほしいと思ってるんだ。ま、本当のところは部下に聞いてもらわないとわかんないけどね(笑)」

●ワープも4ADも確固とした美学を持っている、というお話でしたが、一般的なイメージとして両者のレーベルのカラーはちょっと違うと思うんです。どういったきっかけで、どういうところに惹かれて4ADに移ることにしたんでしょうか。
「4ADのほうが、自分も気に入ってるもっとビッグなアーティストと、契約できる可能性が高くなるってことだね。たとえばワープではグリズリー・ベアやバトルスといったバンドと契約したりしたけど、あれ以上のレベルのバンドになると、たぶんほかの大きなレーベルに持っていかれちゃってると思うんだよね。人気のあるバンドは世界規模で活躍したいと思うものだからさ。そういう意味で4ADはベガーズ・グループの傘下にあるし、世界中にしっかり組織展開してるから、ワープよりもたくさんの国でより多くレコードを売ることができると思ったんだ」

●今の意見は仕事人としての意見だと思うんですが、いち音楽ファンとしての4ADとの関係は? 昔から所属アーティストの音楽を聴いていた?
「んー、何人かはね。一人残らずというわけじゃないよ。別に4ADの熱狂的ファンってわけじゃなかったからね。コクトー・ツインズは僕も大好きだったし、ディス・モータル・コイルなんかも大好きだったけど……あと、ピクシーズのシングルもよく聴いてたけど、でもクレイジーなファンってわけじゃなかったんだ。でもそれはワープも同じで、僕ってもともとはかなりポップな音楽が好きなんだよね。アデルやビヨンセ的な意味でのポップではなくて……でもビヨンセは僕も結構好きだけど」


●(笑)。
「でももっとトーキング・ヘッズとかニュー・オーダーとかビョークとか、ああいう感じのポップ・ミュージックが好きなんだ。だからもともとは結構コマーシャルなテイストをしてて、100%アンダーグラウンドな音楽っていうのは好きじゃないんだよ。だから……ごめん、話がそれちゃったね。つまり確かに4ADのファンではあったけれど、むしろあのレーベルの一定のアクトのファンだった、と言ったほうが正しい、と。僕はもともと、レーベル名でレコードを選ぶタイプじゃないんだよ。いつも強力なアイデンティティを持ったレーベルと仕事をしてる僕がこんなこと言うなんて、ある意味皮肉だし偽善的なんだけど、レーベルの前にアーティストのことを信じてるんだよね。レーベルはあくまで業界の一部で、ジャーナリストやプロモーターやプロデューサーにとっては意味のある存在だけど、レコード購買層の大半にとっては、アーティストの所属レーベルなんてどうでもいいことなんだ。ほとんどのリスナーは、レディオヘッドがXLと仕事するためにEMIを離れたなんて、知りもしなかったしね。普通のファンは、ビートルズの所属レーベルがパーロフォンだってことも知らなかったし。こんなこと言うと、自分の仕事を卑下してるみたいに聞こえるかもしれないけど、普通の人のほとんどは単に音楽が好きなだけで、レーベルのことなんてあまり気にしてないと思うんだ」

●でも実際、それが今のリアルなリスナー感覚ですよね。ポップなものが好きという話ですが、リスナーとして具体的にこれまでどんな音楽を聴いていたのか。
「それは簡単だよ。僕の音楽のテイストはすごく限られてるからさ(笑)。レーベルのボスというと、いろんな音楽を片っ端から聴いてる人がほとんどだけど、僕はそういうタイプじゃなくてすごく射程範囲が狭いんだ。最初に好きになったのは、エコー・アンド・ザ・バニーメンのファースト・アルバム『クロコダイルズ』で、歌詞も全部覚えてたくらいさ。で、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーと続いて、83年から84年くらいにかけて、ヒップホップとかR&Bとかアメリカの音楽にはまったんだ。アメリカのソウルとか、SOSバンドとかチェンジとか、アメリカのダンス・ミュージックにすっかり夢中になったんだよ。そういう時期が結構長く続いて、UKものはあまり聴かなくなったんだ。ラジオでかかるようなUKポップはもちろん聴いてたけど、いわゆるUKギター・バンドはほとんど聴いてなくて、主に聴いてたのはアメリカのバンドだったね。あと80年代後半にハウス/テクノ・ミュージックを聴き始めて、その後ニルヴァーナやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやザ・ヴァーヴの登場でギター・バンドが盛り返してきて……。そういえばその頃紙を取り出して、気に入ってるバンドとアルバムの名前を全部書き出してみたことがあったんだ、あくまでも当時の最新のバンドだよ。レッド・ツェッペリンとか過去のバンドじゃなくてね。そしたらトーキング・ヘッズ、プリンス、クラフトワークとかニュー・オーダー、ザ・ザ。ザ・ザの最初の3枚はすばらしかったから。そういった名前が出てきたんだけど、つまりすごくその……“普通”だったんだ(笑)。ホント、ごくごく普通の音楽ファンだったんだよ」

●リスナー経験の中で、人生を変えられた、アルバムやアーティストを敢えて挙げるとしたら?
「たくさんあるけど……たぶんクラフトワークのファーストかな。初めてクラフトワークにはまったときは“エレクトロニック・ミュージックでもこんなに感情を込められるなんてすごい”ってびっくりしたんだ。本当にエモーショナルだったからね。あとザ・ザの『ソウル・マイニング』は、それこそ何千回と聴いたよ。どの曲も全部自分のことを歌ってるみたいで、聴いた途端に“これって俺のことだ!”って(笑)」


●ええ。
「ファンが熱狂のあまり“あなたのあの曲、僕のことを歌ってるんでしょ”って勘違いしちゃって、アーティストのほうが“え、そういう意味の曲ですらないんだけど”って戸惑ってしまうっていう、あれと同じだよ」

●(笑)。
「あとは……自分より前の時代だと、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』がたぶん、史上最高のアルバムじゃないかな。ヒット・シングル向きの曲も入ってるし、プロダクションも素晴らしいし、メッセージ性も高いし。実際レーベルは“政治的すぎる”という理由で、あのアルバムのリリースを12ヶ月間渋り続けたんだよね。今でもしょっちゅう聴いてるし、“人生を変えた”とまでは言えないかもしれないけど、でも僕にとってあのアルバムが目標というか、レーベル経営者として、あれと同じくらい素晴らしいアルバムを出そうと努力してるんだ。僕があのアルバムで受けたのと同じような感動を与えてくれるような、そんなアルバムを僕もリリースしたいと思ってるんだよ」

●レーベルの社長として、CDが売れなくなっているという音楽業界の状況を、どう捉えてますか?
「前向きに捉えてるよ。しかもその手本になってるのが日本だと思うんだ。日本ではほかの国より10年も長く不景気が続いてて、そのせいでイギリスとアメリカのレーベルは、日本でリリースするレコードに関してより注意深くなったんだよね。10~20年前の日本では何を出しても売れたけど、今はいいものじゃなきゃ売れないんだよ。だから逆に不景気のときこそ……つまり、今でもみんな音楽を買ってはいるんだよ。ライヴも行ってるし、フェスティヴァルにも行ってるし、いろんなCMで音楽が使われてもいるし……ただ不景気ということがあって、みんな良いと思うものだけを選ぶようになっているから、こっちもよりよい音楽をリリースしなきゃならなくなっている、ということなんだよ。怠けていられないし、最高のクオリティの最高のテイストの音楽を届けなきゃならないんだ。だから不景気のことはそんなに心配もしてないよ。大恐慌~第一次大戦のときみたいに、世界の終わりが来そうなくらい悲惨な状況というわけでもないからね。レコードを買う人はまだまだいるし、ただその数が減ってきてるのは事実だからこそよりよいものを提供しなきゃだめだってことなんだよ」

●CDが何で売れないかっていう話になると、若い人の趣味嗜好が変わったとか、違法ダウンロードのせいだとか、携帯電話で金を使うとか、そういった意見をよく耳にするんですが、ミュージシャン自身に聞くと「逆にいいんじゃないか」、「金儲け目的じゃなく純粋に良質な音楽を求める人たちが集まってきて、いい意味で淘汰されていくんじゃないか」と。そういう意味では今のあなたの意見もそれと通じる意見だなと思いました。
「うんうん。あと、違法ダウンロードの話だけど、実際最近は勢いが衰えてきてると思うんだ。ミュージシャン自身は一切違法ダウンロードを支持してないからさ。ミュージシャンはCDの売り上げでお金を稼いでるわけだからね。だからこの問題もそのうち落ち着くんじゃないかな。たとえばうちでディアハンターのアルバムを出したときも、リリースの5ヶ月前から音が世界中に流出してたんだよね」


●(笑)。
「ところがアルバムの売り上げ自体は、日本でもアメリカでも今までより良かったくらいなんだ。つまり違法ダウンロードしてる連中って、ダウンロードできようができまいがそもそもレコードを買わないんだと思う。聴くだけで、買うつもりはもともとないんだよ。レコード購買層と違法ダウンロード利用者層はリンクしてないってこと。だから大丈夫なんじゃないかな」

●最後に、4ADの社長としてこれからのレーベルの舵取りについて、どんなふうにしていきたいかを聞かせてください。
「ちょうど今、ザ・ナショナル、ボン・イヴァー、ブロンド・レッドヘッド、ザ・ビッグ・ピンクそれにディアハンターといった素晴らしいアーティストたちを4ADは抱えてるんだけど、僕としては彼らと同じくらい優秀なバンドがあと5~6アーティストほしい、と思ってるんだ。それこそスター軍団のレアル・マドリードかマンチェスター・ユナイテッドかっていうくらいにね」


●(笑)。
「つまりどの所属アーティストにも、自分たちのやってる音楽に関してはベストであってもらいたいんだ。ジャズだろうがヒップホップだろうがダンスだろうがロックだろうが、そのジャンルではピカイチの存在であってもらいたわけ。つまり、今でもじゅうぶんいいバンド・いい音楽をリリースしてはいるんだけど、あともう少し数が増えてほしいな、と。素晴らしいクオリティのアーティストが常時15~20人いて、4ADから何かリリースされるたびに“これは聴く価値があるだろう。自分の好みとは違ってても、オリジナルでスタイリッシュで良質な音楽が聴けるはずだ”と思ってもらえるような、そんなレーベルにしたいんだよ。そうやって世界最高のレーベルのひとつに成長してほしいと思ってるんだけど、そういうのって後から振り返ってみて初めてわかることなんだよね。“思い返せばこのレーベルってすごかったんだなあ”って(笑)。でもそういう素晴らしいレーベルを経営したいと思ってるんだ、今はまだ道半ばだけどね」



(2009/08)

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