2014年10月12日日曜日

極私的2010年代考(仮)……Tennis『Young & Old』



イギリスの音楽誌UNCUTは2009年の最後の号で、アニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』やグリズリー・ベア『ヴェッカーティメスト』、ダーティー・プロジェクターズ『ビッテ・オルカ』の批評的成功と(一定の)商業的成功を例に挙げて、その年を「アメリカのラディカルなアンダーグラウンドのインディ・ロックがメインストリームを侵略した年」と伝えた。そうして2000年代が終わり、迎えた2010年代――。替わりにアメリカのインディ・シーンで台頭を見せたのは、50年代や60年代の音楽への愛情と憧憬も滲ませたヴィンテージ・ポップやレトロ・サウンドだった。ロネッツやシャンテルズといったガールズ・ポップ。ビーチ・ボーイズのサーフ・ロックやウェストコースト・サウンド。フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンド……。それらの引用や参照は2000年代から続くトレンドのひとつでもあったが、その傾向がより前面に表れ始めたのが、この2010年代の初頭のインディ・シーンの一風景といえる。

そして、2010年にデビューを飾ったこのテニスもまた、そうした流れを追い風に注目を集めたグループのひとつだろう。ネオアコやアノラックのタッチも含むトゥイーなギター・サウンド。女性ヴォーカルとヴィンテージ・オルガンのブリージンなハーモニー。あるいはシューゲイザー~リヴァーヴ・ポップともリンクするドリーミーなポップネス。それらの魅力は、例えばドラムスやベスト・コースト、またリアル・エステイトやビーチ・ハウスといった名前とも同時代性を共有するものであり、さらにローファイなガレージ・ポップやチルウェイヴ/グローファイ等のベッドルーム・ポップとも隣接しながら、今のアメリカのインディ・シーンを輪郭づけている特徴でもある。もっとも、本国メディアでは“throwback(先祖返り) sound”と評されることもあり、括られた当事者たちは思うところもあるようだが……ともあれ、彼らのような新たな世代が近年のインディ・シーンの稀に見る活況を促していることは間違いない。

 
現在は夫婦であるテニスのふたり、パトリック・ライリー(ギター、ベース)とアライナ・ムーア(ヴォーカル、ピアノ、キーボード)が出会ったのは、コロラド大学で哲学を専攻していた学生時代にさかのぼる。その後、紆余曲折をへて――詳しくは後述するように――意気投合したふたりは、互いの音楽の趣味もじつはよく知らないまま、バンドを始めることを決意。きっかけは、ふたりで訪れたフロリダのモンローのあるバーでの出来事で、そこのバーテンダーがかけたシュレルズ(※50年代の黒人女性コーラス・グループ)の“Baby It's You”に聴き惚れたパトリックは、唐突にバンドの話を始めたという。そしてその場で、音楽の構想から使いたい楽器のリスト(50年代のテレキャスター、60年代のフェンダーのギター&ベース・アンプ、イタリアのファルフィッサ社製のヴィンテージ・オルガン、8トラックのテープ・レコーダーetc)まで、すべてのアイディアが一気に湧き出したそうだ。

結成から間もなく2010年の夏に2枚のシングル『Baltimore』『South Carolina』を相次いでリリース(※前者はリアル・エステイトやジュリアン・リンチもリリースするニュージャージーの「Underwater Peoples」から)。それと前後してふたりは初ライヴを地元デンヴァーで行うと、その模様がNY TimesやPitchforkでレポートされるなど評判を呼び、それを受けて恒例の「Daytrotter」セッションの収録も行われた。そして秋を迎えて、ウェーヴスやヤックらを擁する名門「Fat Possum」と契約を交わすと、レーベル・メイトのウォークメンの前座を含む大規模なUS/EUツアーを敢行。その最中になる翌年の2011年の1月、ファースト・アルバムとなる『ケイプ・ドリー』がリリースされた。




『ケイプ・ドリー』はまさに、前述した近年のUSインディ・シーンの音楽嗜好が凝縮された格好の作品といえたが、アルバムが話題を集めたのには他の理由もある。それは『ケイプ・ドリー』が“書かれた”背景であり、というのも先のシングル曲を含めてアルバムの収録曲は、パトリックとアライナがテニスを始める前にふたりで大西洋をセーリングした日々が綴られた、きわめてプライヴェートな記録だった。ふたりは身の回りのものを売り払ってボートを購入し、船上生活はじつに8か月近くに及んだという。いわば『ケイプ・ドリー』は当時の航海日誌のようなものであり、またふたりの間柄も手伝って、音楽とは別の部分でリスナーの関心を誘うものだったようだ。もっとも、実際は周囲が想像するようなロマンチックなものではなく、天候や波の状態によって常に不安に晒され、その日々は「危険で、手に負えない恐怖と隣り合わせだった」とアライアはインタヴューで語っている。例えばファンの間でラヴ・ソングとされている“ロング・ボート・パス”だが、これも実際は嵐の恐怖について書かれた曲で、「どこにも愛やロマンスはない」という。『ケイプ・ドリー』の楽曲は、あくまで個人的な体験とそれを通じた個人的な考察に根差した作品であり、セーリング用語やメタファーが散りばめられたドラマ性を持ちながらも、聞けば当初は世間に発表することも意図していなかったようなのだ。


さて、その『ケイプ・ドリー』に続くセカンド・アルバムとなる本作『ヤング・アンド・オールド』だが、まず前作との大きな違いとして、本作はドラマーを迎えたトリオ編成で制作されたアルバムになる。ドラマーを務めるのは、元モカシン/現在はTjutjunaというサイケデリック・ロック・バンドでも活動する地元デンヴァー・シーンのヴェテラン、ジェームス・バローネ(※Tjutjunaはテニスのシングル『South Carolina』もリリースした「Fire Talk」からアルバムをリリース)。そもそもジェームスは『ケイプ・ドリー』でサウンド・エンジニアを務める予定だったらしく、じつはレコーディングにもドラマーとして参加していたのだが、リリース後のアルバム・ツアーにサポート・メンバーとして帯同したのを機に正式加入を果たしたというのが経緯のようだ。そして今回の『ヤング・アンド・オールド』の楽曲は、そのツアーの間に曲作りが行われ、3人で試行錯誤を重ねながら練り上げられたものだという。

「私達は『ケイプ・ドリー』を何も意図せずに書いたの。そして10ヶ月もの間この10曲をプレイし続けて、ステージで毎晩自分達が何をプレイしたいのかがわかったの。私達は新しいアルバムをすぐに書きたいと思って、とても素早く書き上げることができた。自分達以外の人の為に曲を書き、それをプレイすることを目的として書いた曲が詰まった初めてのアルバムなの」。アライナがそう語る『ヤング・アンド・オールド』のレコーディングで彼らがサウンドに求めたのは、より感情的な深み(emotional depth)とヘヴィな質感。加えて、ライヴの空気を捉えたロックンロールのフィーリングだったという。実際に先のツアーでは、サウンドチェック時に考えついたアイディアがその場のライヴで試されたりと、プライヴェートで趣味的な作りだった『ケイプ・ドリー』とは対照的に、今回は実践的なプロセスを通じて曲の構想が練り上げられていったらしい。

そして、それらの実現に大きな功績を果たしたのが、本作のプロデュースを手がけたザ・ブラック・キーズのドラマー、パトリック・カーニーだろう。「一つのことをきちんとおこない、サウンド的にそれを拡大させたかった。ダーティーでブルージーなバックグラウンドを持った誰かとレコーディングをしたかったの。私達とは逆のサウンドを持っていて、私達の曲にエッジを与えられるような人とね。で、パトリック(カーニー)なら私達の曲を上手くハンドリング出来ると思ったの。実際にそうなったしね」。アライナが語るように、パトリック・カーニー=ザ・ブラック・キーズの音楽的背景が前記の彼らの狙いと合致していたのはいうまでもなく、加えて『ケイプ・ドリー』がセルフ・プロデュースだったのに対し、様々な場面でバンドに客観的なジャッジメントを下してくれる存在がいてくれたことが今回は特に大きかったようだ。レコーディングは昨年の夏にナッシュビルで9日間かけて行われ、そこではとにかくスタジオ内で起きること、体感したものを最優先に反映させようと心掛けていたという。


果たして、その成果は実際に楽曲を聴けば明白である。キャッチーなメロディやアライナの美しいヴォーカル&ハーモニーはそのままに、厚みのあるベース・ラインとオーガニックな演奏を堪能できる先行シングルの“オリジンズ”や“ペティション”。フックの効いたドラム・ビートが「ダーティーでブルージー」な“マイ・ベター・セルフ”や“ハイ・ロード”。あるいはドゥー・ワップ調のリズムが新鮮な“ロビン”。そして、オープニングを飾る“イット・オール・フィールズ・ザ・セイム”――タメの効いたミッドテンポのサンシャイン・ポップから、ステレオラブも連想させるドリーミーなサイケデリック・ミュージックへと展開する――を聴けば、彼らがポップ・ソングの形態を使いながら、新たな領域へと音楽的な舵を切りだしたことがわかるはずだ。ちなみにパトリックは新たなバンドの方向性について 「モータウンを経験したスティーヴィー・ニックス」と語っていて、また別のインタヴューではアライナが、本作の制作でインスピレーションを受けたアーティストとして、そのフリートウッド・マックやトッド・ラングレン、キング・クリムゾンなど挙げている。また、今回のレコーディングではピアノやベース・ギターなど新たな楽器も使われていて、サウンドに音色豊かな奥行きを与えている。




さらに加えて、エンジニアリングと一部ミキシングを手がけたロジャー・モウテノットの起用も、本作の見逃せないポイントだろう。ロジャー・モウテノットといえば特に盟友ヨ・ラ・テンゴの諸作で知られるが、彼の音響処理に長けたモダン・サイケデリアのタッチは、テニス独得の浮遊感あふれるサウンドと最良の相性を見せている。ロジャーのプロダクションは、いわば『ケイプ・ドリー』と本作の橋渡し的な効果をもたらしているようだ。

そして歌われている歌詞の内容も、『ケイプ・ドリー』があくまで個人的な体験や関心が描かれたものだったのに対して、『ヤング・アンド・オールド』は「人々が信頼し、あるいは不信を感じているイデオロギーや社会的な枠組み」がベースになっているとパトリックは語る。本作のタイトルは、『アシーンの放浪』などの代表作で知られるアイルランドの詩人/劇作家W.B.イエイツ(William Butler Yeats)の詩『A Woman Young and Old』から取られていて、“セクシャリティの視点を通した女性の生涯”というそのテーマに関連してアライナは「私はそれぞれの曲が独立した形にはなってほしくなかった。全ての曲が一塊になってほしかったの。過去何年もの変化を見つめながら、ツアー中にたくさんの反芻をしたように感じたの。各々の曲は描写のように感じる。幼少期から女性期までに繋がるおぼろげな感覚を持ったような」と語っている。またアライナの歌声も、今回のレコーディングでは自分の中の“強さ”を表に出すことを意識していたと語り、歌入れの際も編集に頼らず、1曲1曲歌い通すことを心掛けていたという。


なお、今回の『ヤング・アンド・オールド』の日本盤には、初回盤特典として『ケイプ・ドリー』の全曲が収録されるのと別に、日本盤ボーナストラックとして2曲が追加収録されている。そのうちの1曲“ティアーズ・イン・ザ・タイピング・プール”はアライナがリスペクトするブロードキャストのカヴァーで、彼女はあるインタヴューで聞かれて「トリッシュ・キーナン(※ヴォーカリスト、昨年他界)は私の愛するソングライターのひとりだった。彼女の声、彼女のスタイル、話し方、彼女の歌詞が大好きなの。ブロードキャストの音楽は私にとってインスピレーションの源であり続けている」と答えている。



本国では今年1月に『ヤング・アンド・オールド』をリリースした後、バンドはふたたび大規模なUSツアーを敢行。現在もその途上にある。以前『ケイプ・ドリー』のツアーが彼らに新たなインスピレーションをもたらしたように、今回もそのような実り多き機会となるのか。気が早いかもしれないが、次回作への期待が高まる。

「僕たちは常に前進しようと考えている。常に次の曲へと手を伸ばしている。ちょっと遠く感じる時もあるけど、努力すればするほどより近くに寄ってくる。僕たちのゴールは、常に新しい曲に到着し続けることなんだ」(パトリック・ライリー)

(2012/03)

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