2012年11月21日水曜日
極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンド白書:Wooden Shjips
イリノイ州シカゴに拠点を置くレコード・レーベル「Thrill Jockey」。1992年に設立され、来年で20周年を迎えるアメリカの名門インディ・レーベルだが、「Thrill Jockey」といえば、やはりポスト・ロックや音響系を中心とした、90年代から続くイメージが今も強いかもしれない。
トータスやシー・アンド・ケイクを筆頭に、シカゴ・アンダーグラウンドやアイソトープ217等のジャズ・ミュージシャンも含めて総称された、いわゆる“シカゴ音響派”。オヴァルやマウス・オン・マーズといったエレクトロニック・ミュージック。あるいは、フリークウォーターやキャリフォンに代表されるオルタナ・カントリー~アメリカーナ。また、設立10周年を記念して制作されたDVD『Looking For A Thrill: An anthology of inspiration』には、所属アーティストの他に、サーストン・ムーアやイアン・マッケイ、ビョークをはじめ錚々たる顔ぶれのコメントが収録されていて、同レーベルの存在感の大きさをあらためて知ることができる。
そんな「Thrill Jockey」だが、近年はそのラインナップに新たな変化も窺える。従来の路線に加えて、サイケデリックやハードコア、クラウト・ロック、ノイズやブラック・メタルまで、エクストリームな趣向のアーティストを広く取り揃えるようになった。具体名を挙げれば、ホワイト・ヒルズ、スカル・デフェクツ、インボゴドム、ミ・アミ、ダブル・ダガー、サンキュー、KTL、リタジー……etc。たとえばハイ・プレイセズやフューチャー・アイランズといった、アニマル・コレクティヴ以降のポップ寄りのバンドも迎え入れる一方で、レーベルの展開としては、よりコアでエクスペリメンタルな方向へ振れたセレクトを見せている。
なかでも、今年に入り揃って新作をリリースしたエターナル・タペストリー、サン・アロウ(※エターナル・タペストリーとの共作)、バーン・オウルの3組は、そうした近年の「Thrill Jockey」のカラーを象徴する名前だろう。フリー・フォークを契機に、2000年代の終盤から続くアンダーグラウンド・シーンの氾濫と連動するように、「Thrill Jockey」は、それ以前/以後を繋ぐハブとしてジャンルを横断する多様性を示してきた。とりわけ名前を挙げた3組については、彼らの作品もリリースするLAのレーベル「Not Not Fun」を旗艦としたポスト・ノイズ・シーン、さらにはアメリカ西海岸を棲家とするサイケデリック・ミュージックのコミューンの存在も背景に指摘できるかもしれない。そしてこうした状況は、「Thrill Jockey」の例に限らず、2010年代にかけてさらに活性化の一途にあるといえる。
サンフランシスコを活動拠点とする4人組、ウッデン・シップス。彼らもまた、先の3組と並んで近年の「Thrill Jockey」を象徴するバンドであり、アメリカのアンダーグラウンド・シーンの活況を伝える名前のひとつだろう。3枚目のオリジナル・フル・アルバムである本作『ウェスト』は、「Thrill Jockey」からリリースされる初めての作品になる。
G/Voのエリック“リプリー”ジョンソンを中心にウッデン・シップスが結成されたのは2000年代の中頃。それとほぼ同時にリリースされた2006年のシングル『Dance, California』を皮切りに、バンド主宰の「Sick Thirst」をはじめ様々なレーベルをまたがり作品を発表してきた。そのディスコグラフィーは、自主制作のカセットやスプリット、コンピレーションを含めると、5年の間で20作品近いタイトルに及ぶ。
無名の状態ながら、初期のシングルがローリング・ストーン誌やイギリスのWIRE誌で取り上げられ注目を集める中、浮上のきっかけとなったのが、2007年に「Holy Mountain」からリリースされたファースト・アルバム『Wooden Shjips』。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやグル・グル、裸のラリーズまで引き合いに出し称賛された作品の評判に加えて、「Holy Mountain」という、USアンダーグラウンド・シーンの要衝を司る――シックス・オルガンズ・オブ・アドミッタンスをはじめ、オムやブルース・コントロールのドゥーム~サイケ・ロック、ジェイムス・フェラーロやヘックスラヴのドローン~アンビエント、水晶の舟といったジャパニーズ・サイケまで擁する――レーベルの後ろ盾が、彼らの出自を詳らかにし評価を正当に位置づけた点も大きいのだろう。すなわち、60年代や70年代のロックのリヴァイヴァリストではなく、フリー・フォーク以降のラディカルな実験音楽の一群として彼らはそのアルバムで認知を得た。同じ年には、13thフロア・エレヴェーターズのロキー・エリクソンと共演したNoise PopやSXSWに出演を果たし、また「Sub Pop」からシングル『Loose Lips / Start To Dreaming』もリリース。共感を寄せる同郷のハウリン・レインやシック・アルプス、スリーピー・サンらとともに、早くからアメリカのアンダーグラウンド・シーンで頭角を現していく。
「僕たちの音楽的な関心は、ギター・サウンドを幾重にも重ね、グルーヴを拡張させることで生み出される催眠的な効果にある」。そう語るリプリーにとって、自身の音楽体験をさかのぼりバンドの青写真となった作品は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』、より正しくはブートレグの『Sweet Sister Ray』だった。同作品は、ヴェルヴェッツ屈指のサイケデリック・ナンバーである“Sister Ray”を、ジョン・ケイル脱退以前/以後のヴァージョン違いで4曲収録した2枚組のレコード。リプリーは、それを友達の兄からカセットにダビングしてもらい、テープが擦り切れるまで繰り返し聴いていたという。リプリーいわく、それは「ロック・ミュージックの愛すべき要素――ディストーション、ローファイな録音の感触、絶え間ないビート――すべてを蒸留したような曲」だった。
そしてもう一枚、リプリーにとって初めて聴いた「ロックンロールのレコード」だったローリング・ストーンズの『刺青の男』。ブルースの愛好家であり、とくにマディ・ウォーターズやハウリン・ウルフといった50年代以降の電化ブルースに造詣が深いリプリーだが、『刺青の男』からは、ストーンズが古いブルースのレコードを聴くことでどのように演奏方法を習得したのか、そのプロセスを学んだという。実際、そうしてリプリーはハウリン・ウルフやチャック・ベリーのレコードを聴いてギター・プレイの参考にしたそうだ(※加えて、アモン・デュールやラ・デュッセルドルフなどクラウト・ロックにも傾倒したきっかけとして、ジュリアン・コープの名著『Krautrocksampler』を挙げている)。
その上で、リプリーはバンドの初期のコンセプトについて「聴き手を踊らせるような、プリミティヴで反復的(repetitive)な音楽を作ること」と語る。ロックンロールとはダンス・ミュージックであり、リズムの実験こそ最も重要である、と。バンドはライヴ・レコーディングを主体とし、即興演奏が比重を占めているが、曲作りはつねにリズム・パートから行われ、それを基にビルドアップしテクスチャーを練り上げていくスタイルが取られているという。
一方でユニークなのは、それほど明快なヴィジョンがありながら、そもそもバンドの結成にあたり彼らは、リプリーを除いて楽器の演奏については素人に近い集団だった、という点だ。リプリーによれば、むしろ「誰にでも音楽は作れる」という信念からそれは意図的に仕組まれたものらしい。アンディ・ウォーホルと共謀した初期のヴェルヴェット・アンダーグラウンドのコンセプトも彷彿させるが、つまりリプリーは、実践を通して習得される演奏に価値を見出し、それが真の表現(「true expression」)を生み出すと考えた。その意味で、ある時点までのバンドのディスコグラフィーは、彼らがアウトサイダーから音楽集団へと変貌を遂げていくドキュメントだといえるかもしれない(※結成当初は5人組だったが、現在のオリジナル・メンバーはリプリーとオルガンのナッシュ・ワーレンのみ)。
ニュー・アルバムの本作『ウェスト』だが、サウンドの全体像はこれまでの作品と大きくは変わらない。そもそも彼らは、変化というよりは深化を追求するタイプのバンドであり、当初からのコンセプト「聴き手を踊らせるような、プリミティヴで反復的な音楽」を愚直に煎じ詰めるような志向性は、本作においても従来の延長線上にあるといえる。ただ、過去の作品と大きく異なるのは、本作が本格的なスタジオで制作された初めてのアルバムであるということ。それまでは自前の練習スタジオでレコーディングからプロデュースまで自らこなしてきたが、今回は外部プロデューサーに、バーン・オウルの最新作『ロスト・イン・ザ・グレア』も手がけたトランズ・アムのフィル・マンレイを迎え、すべて一貫した工程のなかで執り行われた。そうした環境面の変化によるプロダクションの向上や作品としての完成度は、前作の『Dos』(’09)やシングル集『Vol.1』(’08)と比べて一聴瞭然だろう。バンドとしての精練とともにあった過去の作品群を「習作」とするなら、『ウェスト』は文字通り「本作」と呼ぶにふさわしい。
そして、本作の最大のトピックが、マスタリングを手がけたソニック・ブームの起用だろう。ソニック・ブーム及びスペースメン3は、同時代のループらとともにバンドの大きな影響源と指摘されるアーティストであり、実際、両者は以前にロンドンの「The Great Pop Supplement」からスプリット7インチ『Big City (Demo) / I Believe It』(’09)をリリースした経緯がある。何よりソニック・ブームとは、スペクトラム/E.A.R.名義でのシルヴァー・アップルズやケヴィン・シールズ(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)との交流や、近年のMGMTやパンダ・ベア(アニマル・コレクティヴ)のプロデュース・ワークが物語るように、いわばモダン・サイケデリアのルーツと現在を繋ぐ存在であり、さらにスペースメン3時代を紐解けば、そこにはストゥージズや13thフロア・エレヴェーターズへとさかのぼるガレージ・ロック~ストーナーの系譜も浮かび上がる(※加えてソニックは、リトル・リチャードやファッツ・ドミノのレコードに親しむ50年代の初期ロックンロール~ロカビリー、リズム&ブルースの愛好家でもある)。例えばM③の、まさにヴェルヴェッツの“Sister Ray”を連想させるサイケデリックな持続感や、「Sublime Frequencies」周辺の中近東~グローカルなヴァイヴも漂うM⑤。あるいは、スーサイドのロックンロール・ヴァージョンのようなM⑥、タイトルの通り天上に舞い上がるトリッピーなアンビエントを奏でるM⑦――。『ウェスト』からはそこかしこにソニック・ブームの反響を聴きとることができる。
また、今回の日本盤のボーナストラックには、そのソニック・ブームによるリミックスが収録されている。砂嵐のようなノイズを塗されたエレクトリックなサイケデリアは、E.A.R.の諸作も彷彿させて興味深い。さらにもう1曲、目を引くのは、同じくリミックスを提供したピーキング・ライツの名前。ピーキング・ライツは、サンフランシスコを拠点とする夫婦デュオで、前記の「Not Not Fun」や「Night People」からリリースされるサイケデリックなローファイ・ポップで注目を集める存在だ。ウッデン・シップスとは同郷の間柄であり、音楽的な親和性も高く、あらためて彼らとアンダーグラウンド・シーンの密接な関係を窺い知れる1曲といえるだろう(※ちなみに、リプリーはウッデン・シップスと別にムーン・デュオという男女デュオでも活動。こちらもソニック・ブームとはリミックスで縁あり)。
なお、レーベルからの資料によれば、本作のテーマは「アメリカ西部」。タイトルが示唆しているが、アメリカ西部に息づく神話、ロマン主義、そしてそれらが体現しているアメリカの理想主義についての考察が『ウェスト』ではなされているという。結成からのメンバーであるナッシュは、以前に「音楽を聴いていた場所ではなく、実際に音楽を演奏してきた場所が重要なんだ」と語り、バンドと西海岸のカルチャー/シーンとの深い関わりを認めていた。実際、彼らの作品には、彼の地が生み出してきた文学やラディカルなアートの遺産が、さまざまな形で引用され反映されているという。メンバーの多くがその場所で育った彼らにとって、本作はある意味、自身のルーツをたどる作品でもあるのかもしれない。
最後に、「Wooden Shjips」というバンド名の由来について。きっかけはリプリーと友達との会話で、「ヒッピー系のジャム・バンドにふさわしい名前を考えていた」時のこと。直接的には、地元の大御所ジェファーソン・エアプレインのナンバー“Wooden Ships”から取られたものだが、リプリーも友達もスウェーデン人の家系だったということで、それっぽいスペルに見せるジョークとして「i」の前に「j」を入れたそうだ。リプリーによれば「とくに意味はない」らしい。
(2011/08)
(※極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:Barn Owl インタビュー)
(※極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:Eternal Tapestry & Sun Araw)
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿