・ アニス&ラカンカ/アニス&ラカンカ
・ 豊田道倫/スカムSA
・ 加藤りま/Four Songs
・ Aerial Jungle/Tales of Acoustic Levitation
・ Sundrips/Just a Glimpse
・ Lunar Miasma/Gone
・ Stitched Vision/Fold
・ Octo Octa/Rough Rugged And Raw
・ Concessionaires/Mustang
・ Derek Rogers/Informal Meditations
・ Tom Carter/All Ahead Now
・ Motion Sickness of Time Travel/Nova Scotian Arms/Slow Architecture
・ Mannateas/Banished Hues
・ Police Academy 6/Police Academy 6
・ Super Minerals/Contacteer
・ Bear Bone, Lay Low/Smoked the Whole Thing
・ 1958-2009/III
・ Ken Seeno/Invisible Surfer On An Invisible Wave
・ Deep Magic/Sky Haze
・ Josephine/You Are Perfect Today
・ Ela Orleans/NEO PI-R
・ Voder Deth Squad/1
・ Pierrot Lunaire/Turning Back the Hands of Time
・ Indian Weapons/Trance
・ Haunted Houses/The Heaven of the Soul & the Heaven of the Moon
・ Buchikamashi/Dontoyare
・ Taiyoutou/World of Laughter
・ Golden Retriever/Emergent Layer
・ Hot & Cold/Conclusion/Introduction
・ Maria Minerva/Tallinn At Dawn
・ Cough Cool/Clausen
・ Russian Tsarlag/Classic Dog Control Booth
順不同です。
今年聴いた、あるいは聴き返したカセット・テープ作品ベスト30+2。
なので今年リリースされたものもあれば、そうでないものもあります。そこは適当に曖昧に。
そもそもクレジットがないものもありますし、とりあえず今年印象に残った作品ということで。
それと以上の作品はカセットで手に入れたものもあれば、なかには品切れのためbandcampやboomkatで購入したりだとか、経路はまちまちです。
詳細は興味ある方は各自お調べください。
ちなみに、以上挙げたものも含めて、カセット・リリースの作品をメインとしたレヴューを年明けからここで始める予定です。
誰もやりそうもないので。
カセットをボツボツと集め始めたのは2,3年ほど前からですが、今年に入り中古でパナソニックのカセット版ショックウェーヴを手に入れたことを機に、本格的に火が付いた感じでしょうか。
折からの円高の勢いもあり今年後半はしこたま購入しました。
どの作品も同じように聴こえるときもあれば、ひとつひとつの作品がとても個性的に聴こえるときもあります。
カセット作品の魅力とはなんでしょうか。
よくわかりませんが、おそらく、そこには音楽を探すことの楽しみがつまっているからでしょうか。
カセット作品は果てしなく存在するような気にさせられます。掘れば掘るほど深くて広い。
アタリもハズレもあります。けど時間が過ぎて聴き返すと、まったく異なる印象に感じられることもある。不思議ですね。
ここに挙げたのはほんと一例です。自分でもこれが果たしてベストなのかおぼつかない部分もあります。
けどそれがいいのでしょう。聴くことよりも集めることよりも、探すことがおそらく重要なのです。
探しては迷い、迷っては想定外のブツに突き当ったりと、なんというか、音楽との出会いがたくさんあるんですね。
それはほんとうに楽しいことです。それ以上のことで他に何がいりましょう。
そしてデッキに絡まってテープが切れてしまうことも、また一興。
個人的にはジン感覚に近いかもしれません。
最近はフルカラーで凝ったジャケも多いですが、モノクロコピーの簡素で不格好なものもなんだか愛らしい。
まあ、好きなように聴いたり集めたり探してください。
余裕があればCDの年間ベストも挙げたかったのですが、時間もなく面倒くさいのでやめました。
個人的には、豊田道倫&ザーメンズ/アンダーグラウンドパレスからAlfred Beach Sandal/One Day Calypso、そして麓健一『コロニー』まで一直線に今年を駆け抜けた感じです。
海外の作品ではNot Not Funや傘下の100% Silkからリリースされた作品を主に聴いていたみたいです。
そのあたりのことについては、Eternal Tapestry & Sun Araw/Night Gallery、Barn Owl/Lost in the Glare、Wooden Shjips/Westの国内盤に封入されたライナーノーツに詳しく書きました。ほんの導入部分にあたるような内容ですが、Not Not Funやその周りのUSアンダーグラウンド・シーンの動きと、そこに直結した近年のThrill Jockeyの傾向についてのレポートです。なお補講的な位置づけとしてThe Psychic Paramount/IIのライナーノーツにももろもろ何か書いています。
じつはこれらをまとめた形でより詳細な内容の原稿を書く予定だったのですが、諸事情で企画自体がなくなってしまいました。どこかでやれたらいいのですが……あとそれとは別に、近々どこかにBarn OwlとThe Psychic Paramountのインタヴュー記事が掲載される予定です。
Bjork/ Biophiliaも面白かった。それは別に書きましたのでそちらを。
それとsweet dreamsさんに声をかけていただき、「女性は歌うよ高らかに」という女性SSWを特集した小冊子に書かせてもらいました。とくに日本の女性SSWについて……福原希己恵、三村京子、Predawn、うつくしきひかり、加藤りま、平賀さち枝、mmmなどなど。
今年観たライヴの中から印象深かったものを挙げようかとも考えましたが、これもいろいろありすぎて選ぶのが面倒くさいのでパス。
ただ強いてひとつあげるとするなら、3月12日に下北沢440で観たマリアハトのプレ・レコ発。
あれはちょっと忘れがたい経験でした。
あの日、出演した各アーティストの演奏、店内のまわりの様子から、窓越しに見る外の風景まで、すべてがまぶたの裏に強烈に焼き付いています。
以上になりますでしょうか。ちなみに、スッパマイクロパンチョップのスッパさんのお誘いでhttp://6547.teacup.com/suppa/bbsにも参加しました。
Youtube縛りで10本+α。
とくにかしこまったベストというわけではありません。楽しく選ばせてもらいました。
(すっとずっと下の方へスクロールしてください)
来年もいい音楽、いい演奏に立ち会うことができたら最高かなと。
とりあえずこの年末年始は、Cloud Nothings/Attack on Memory 、Perfume Genius/Put Your Back N 2 It、
そしてmmm/ほーひを聴いて過ごしたいと思います。
ちなみにCloud Nothingsの新作は、スティーヴ・アルビニが手がけた音の感触と彼ら自身の発言から総合すると、
80年代のUSハードコアと90年代のDischordと00年代のエモを貫通する作品といえるのではないか、と。
これも日本盤のライナーノーツに詳しく書きました。
あとこれはまったくの余談ですが、OGRE YOU ASSHOLEの『homely』を、アンチJロックかアンチJポップなのか何なのかの御旗のようにして担ぐ論調は総じてどうなのかな、と思います。
「ロック」も「ポップ」も、「ポップ・ミュージック」さえももはやマジックワードに過ぎなく感じられる昨今ですが(そして「七針系」も……?)。
(2012/12・31)
2011年12月31日土曜日
2011年12月28日水曜日
極私的2000年代考(仮)……USインディの肥沃場ボルチモアを伝えるサンプル
アメリカ東海岸に位置するメリーランド州ボルチモアは、近隣のワシントンDCやニューヨーク~ブルックリンにも引けを取らぬインディ・ロックの肥沃地として、近年とみに注目のスポットである。アニマル・コレクティヴのホームタウンとしても知られているが、ボルチモアが輩出した才能多き個性派アーティストの顔ぶれは、枚挙にいとまがない。
最も旬なところでは、最新作『ティーン・ドリーム』がNMEの2010年度ベスト・アルバムの3位に選ばれるなど称賛を得たビーチ・ハウス。昨年、ディアハンターやノー・エイジと合同ツアー「No Deachunter」を敢行して話題を呼んだダン・ディーコン。地元の「Monitor Records」傘下の「We Are Free」から傑作『Ice Cream Spiritual』をリリースしたポニーテイル。アニコレが主宰する「Paw Tracks」の姉妹レーベル「Carpark」が擁するレキシー・マウンテン・ボーイズやエクスタティック・サンシャイン、レッサー・ゴンザレス・アルヴァレスやWZT・ハーツといったシーンの顔役的なアーティストに、「Dischord」を代表する重鎮ラングフィッシュのVo.ダニエル・ヒッグスや元メンバーによるヒューマン・ベル。TV・オン・ザ・レディオのデイヴ・シーテックがプロデュースを手掛けたセレブレーション。「Ninja Tune」傘下の「Counter Records」所属のデス・セット。ちなみに、「Monitor」と「We Are Free」はバトルスやイェイセイヤーのデビュー作もリリースするなど、ボルチモアの音楽シーンは、2000年代以降のUSインディ・ロックの躍進を象徴するように活況を呈してきた。
そんな近年のボルチモア・シーンを代表するもう一組のバンドが、このサンキュー。2005年に結成されたトリオで、現在は同郷のフューチャー・アイランズやダブル・ダガー、ポニーテイル(元エクスタティック・サンシャイン)のダスティン・ウォングらと共に「Thrill Jockey」に在籍している。日本デビュー盤となる『ゴールデン・ウォーリー』は、通算3枚目のオリジナル・アルバムになる。
メンバー構成は、ギターのジェフリー・マッグラス、キーボードのマイケル・ボーユーカス、ドラムのエマニュエル・ニコライディス。ジェフリーとマイケルは、以前にそれぞれロ・モダと「Monitor」所属のモア・ドッグスというバンドで活動していた経歴をもつ。ちなみに、結成時のドラマーはエルク・KWという女性で、前作のセカンド・アルバム『Terrible Two』をレコーディング後にバンドを脱退。マイケルと同じモア・ドッグスの元メンバーで、バンドの初期にサポートを務めたこともあった友人のエマニュエルに声をかけて現体制に至った経緯がある。
ディスコグラフィーについて整理すると、ファースト・アルバムの『World City』がリリースされたのは2007年。レーベルは地元の「Wildfire Wildfire」。過去にはダン・ディーコンやダスティン・ウォングもリリースした新興レーベルで、サンキューは第2号アーティストだった。その『World City』をリリース直後、ダン・ディーコンの前座を務めたシカゴでのライヴを、以前からノー・エイジを通じて彼らに関心を寄せていた「Thrill Jockey」のオーナーのベッティーナ・リチャーズが目撃。同レーベルと契約に至り、翌年の2008年にセカンド・アルバム『Terrible Two』がリリースされた。ちなみに、両アルバムともレコーディング/エンジニアリングは、元ガヴァメント・イシュー~現在はチャンネルズを率いるDCハードコアの重要人物で、ポニーテイルやイェイセイヤーも手掛けたJ・ロビンズ。ミキシングは、ビーチ・ハウスやギャング・ギャング・ダンス、ヤー・ヤー・ヤーズ等の諸作で知られるクリス・コーディー。また、エマニュエルを迎えた現体制での初作品として、昨年EP『Pathetic Magic』がリリースされた。こちらはクリスとクレイグ・ボーウェン(グローイング、ジャッキー・O・マザーファッカーetc)が録音。新曲に加えてダン・ディーコンやラングフィッシュのG.アサ・オズボーンによるリミックスが収録されている。
“ノー・ウェイヴの渦巻に吸い上げられたマイルス・デイヴィス『オン・ザ・コーナー』”とも評されるサンキューのサウンド。たとえばジェフリーはラングフィッシュから多大な影響を受けたと語るが、そうしたハードコアの爆発力を源泉とした狂騒的なグルーヴの一方、なるほど「Thrill Jockey」が見初めたのも頷ける、ジャズやファンクからアヴァンギャルドやマス・ロックまで昇華した多彩極まるサウンド構築や音響造形もそこには窺える。その両極端な特性は、彼らの作品を手掛けてきたJ・ロビンズ/クリス・コーディー両氏の背景(の違い)にも象徴的だが、もっともダン・ディーコンやポニーテイルなど周りを見渡せば、それはボルチモアの同世代のアーティストに共通した在り方なのかもしれない。ちなみに、ジェフリーとマイケルはインタヴューで「『ホワイト・アルバム』か『ペット・サウンズ』か?」という質問に、前者派と即答している。そこには、むしろ後者が圧倒的な影響力を及ぼしている現在のUSインディ・シーンにおける、彼ら独自の「サイケデリック(・ミュージック)」観のようなものも垣間見えるが、ともあれ、スウェル・マップスやディス・ヒートといったポスト・パンク~レコメン系からドッグ・フェイスド・ハーマンズのようなアナーコ・パンクとも比せられる彼らのサウンドは、メンバー個々のリスナー経験の蓄積という以上に、彼の地ならではの「磁場」がもたらした部分が大きいのではないかと想像できる。
本作を手掛けたのは、前2作とは異なり、クリス・コーディーとクリス・ムーア(TV・オン・ザ・レディオ、ヤー・ヤー・ヤーズ、フォールズetc)という布陣。エマニュエルをドラマーに迎えた初のスタジオ・アルバムであり、レコーディングにはムーグやハーモニカ、ハープや60年代製のヴィンテージ・オルガンなど新たな楽器も導入された。当初は前ドラマーのエルクの不在を埋めるため試行錯誤が続いたようだが、バトルスやミ・アミ等とのツアーやライヴを通じて練り上げてきたというサウンドは、先行のEP『Pathetic Magic』が予告した通り目覚ましい成果を披露している。
痙攣的なギターとタイトなドラムがユニゾンしながら、渾然一体とアンサンブルをドリフトさせる“Pathetic Magic”。魔笛のようなキーボードに導かれ、アモン・デュールも思わす秘祭めいた禍々しいジャムを展開する“Strange All”。サンキューらしい分裂的でトラッシーな“Continental Divide”。対して、ノー・エイジのようにストレートな疾走感溢れる“1-2-3 Bad”。あるいは、イーノやクラスターを連想させる未来的なエレクトロニクスの響きが印象的な“Birth Reunion”、コノノNO.1とも比せられるアフロ~トライバルなビートを叩く“Can't/Can”のようなナンバーもある。ちなみに、マイケルは事前のインタヴューで「リベラーチェ(※50年代初頭、奇抜なコスチュームで一世を風靡したアメリカ人ピアニスト/エンターテナー)のようなサウンドにしたい」と本作について語っていた。またジェフリーによれば、エマニュエルの加入によってバンドはより緊密でインタラクティヴなプレイが可能になったという。そして、前作『Terrible Two』は全編インストゥルメンタルで、ヴォーカルも効果音程度のさえずりだったのに対して、本作では“Birth Reunion”や“Can't/Can”をはじめ随所で歌唱やコーラスとして“歌っている”点も大きな特徴だろう。
なお、日本盤ボーナストラックとして、EP『Pathetic Magic』収録のダン・ディーコンによるリミックス、未発表曲の“The Whale”をコンパイル。また本作のリリースと併せて前作『Terrible Two』のデジタル・リリースも予定されている。才能ひしめくボルチモア・シーンの真打ち、いや、2010年代のUSインディ・シーンを騒がす個性派の一角として、その動向に注目したい。
(2010/12)
最も旬なところでは、最新作『ティーン・ドリーム』がNMEの2010年度ベスト・アルバムの3位に選ばれるなど称賛を得たビーチ・ハウス。昨年、ディアハンターやノー・エイジと合同ツアー「No Deachunter」を敢行して話題を呼んだダン・ディーコン。地元の「Monitor Records」傘下の「We Are Free」から傑作『Ice Cream Spiritual』をリリースしたポニーテイル。アニコレが主宰する「Paw Tracks」の姉妹レーベル「Carpark」が擁するレキシー・マウンテン・ボーイズやエクスタティック・サンシャイン、レッサー・ゴンザレス・アルヴァレスやWZT・ハーツといったシーンの顔役的なアーティストに、「Dischord」を代表する重鎮ラングフィッシュのVo.ダニエル・ヒッグスや元メンバーによるヒューマン・ベル。TV・オン・ザ・レディオのデイヴ・シーテックがプロデュースを手掛けたセレブレーション。「Ninja Tune」傘下の「Counter Records」所属のデス・セット。ちなみに、「Monitor」と「We Are Free」はバトルスやイェイセイヤーのデビュー作もリリースするなど、ボルチモアの音楽シーンは、2000年代以降のUSインディ・ロックの躍進を象徴するように活況を呈してきた。
そんな近年のボルチモア・シーンを代表するもう一組のバンドが、このサンキュー。2005年に結成されたトリオで、現在は同郷のフューチャー・アイランズやダブル・ダガー、ポニーテイル(元エクスタティック・サンシャイン)のダスティン・ウォングらと共に「Thrill Jockey」に在籍している。日本デビュー盤となる『ゴールデン・ウォーリー』は、通算3枚目のオリジナル・アルバムになる。
メンバー構成は、ギターのジェフリー・マッグラス、キーボードのマイケル・ボーユーカス、ドラムのエマニュエル・ニコライディス。ジェフリーとマイケルは、以前にそれぞれロ・モダと「Monitor」所属のモア・ドッグスというバンドで活動していた経歴をもつ。ちなみに、結成時のドラマーはエルク・KWという女性で、前作のセカンド・アルバム『Terrible Two』をレコーディング後にバンドを脱退。マイケルと同じモア・ドッグスの元メンバーで、バンドの初期にサポートを務めたこともあった友人のエマニュエルに声をかけて現体制に至った経緯がある。
ディスコグラフィーについて整理すると、ファースト・アルバムの『World City』がリリースされたのは2007年。レーベルは地元の「Wildfire Wildfire」。過去にはダン・ディーコンやダスティン・ウォングもリリースした新興レーベルで、サンキューは第2号アーティストだった。その『World City』をリリース直後、ダン・ディーコンの前座を務めたシカゴでのライヴを、以前からノー・エイジを通じて彼らに関心を寄せていた「Thrill Jockey」のオーナーのベッティーナ・リチャーズが目撃。同レーベルと契約に至り、翌年の2008年にセカンド・アルバム『Terrible Two』がリリースされた。ちなみに、両アルバムともレコーディング/エンジニアリングは、元ガヴァメント・イシュー~現在はチャンネルズを率いるDCハードコアの重要人物で、ポニーテイルやイェイセイヤーも手掛けたJ・ロビンズ。ミキシングは、ビーチ・ハウスやギャング・ギャング・ダンス、ヤー・ヤー・ヤーズ等の諸作で知られるクリス・コーディー。また、エマニュエルを迎えた現体制での初作品として、昨年EP『Pathetic Magic』がリリースされた。こちらはクリスとクレイグ・ボーウェン(グローイング、ジャッキー・O・マザーファッカーetc)が録音。新曲に加えてダン・ディーコンやラングフィッシュのG.アサ・オズボーンによるリミックスが収録されている。
“ノー・ウェイヴの渦巻に吸い上げられたマイルス・デイヴィス『オン・ザ・コーナー』”とも評されるサンキューのサウンド。たとえばジェフリーはラングフィッシュから多大な影響を受けたと語るが、そうしたハードコアの爆発力を源泉とした狂騒的なグルーヴの一方、なるほど「Thrill Jockey」が見初めたのも頷ける、ジャズやファンクからアヴァンギャルドやマス・ロックまで昇華した多彩極まるサウンド構築や音響造形もそこには窺える。その両極端な特性は、彼らの作品を手掛けてきたJ・ロビンズ/クリス・コーディー両氏の背景(の違い)にも象徴的だが、もっともダン・ディーコンやポニーテイルなど周りを見渡せば、それはボルチモアの同世代のアーティストに共通した在り方なのかもしれない。ちなみに、ジェフリーとマイケルはインタヴューで「『ホワイト・アルバム』か『ペット・サウンズ』か?」という質問に、前者派と即答している。そこには、むしろ後者が圧倒的な影響力を及ぼしている現在のUSインディ・シーンにおける、彼ら独自の「サイケデリック(・ミュージック)」観のようなものも垣間見えるが、ともあれ、スウェル・マップスやディス・ヒートといったポスト・パンク~レコメン系からドッグ・フェイスド・ハーマンズのようなアナーコ・パンクとも比せられる彼らのサウンドは、メンバー個々のリスナー経験の蓄積という以上に、彼の地ならではの「磁場」がもたらした部分が大きいのではないかと想像できる。
本作を手掛けたのは、前2作とは異なり、クリス・コーディーとクリス・ムーア(TV・オン・ザ・レディオ、ヤー・ヤー・ヤーズ、フォールズetc)という布陣。エマニュエルをドラマーに迎えた初のスタジオ・アルバムであり、レコーディングにはムーグやハーモニカ、ハープや60年代製のヴィンテージ・オルガンなど新たな楽器も導入された。当初は前ドラマーのエルクの不在を埋めるため試行錯誤が続いたようだが、バトルスやミ・アミ等とのツアーやライヴを通じて練り上げてきたというサウンドは、先行のEP『Pathetic Magic』が予告した通り目覚ましい成果を披露している。
痙攣的なギターとタイトなドラムがユニゾンしながら、渾然一体とアンサンブルをドリフトさせる“Pathetic Magic”。魔笛のようなキーボードに導かれ、アモン・デュールも思わす秘祭めいた禍々しいジャムを展開する“Strange All”。サンキューらしい分裂的でトラッシーな“Continental Divide”。対して、ノー・エイジのようにストレートな疾走感溢れる“1-2-3 Bad”。あるいは、イーノやクラスターを連想させる未来的なエレクトロニクスの響きが印象的な“Birth Reunion”、コノノNO.1とも比せられるアフロ~トライバルなビートを叩く“Can't/Can”のようなナンバーもある。ちなみに、マイケルは事前のインタヴューで「リベラーチェ(※50年代初頭、奇抜なコスチュームで一世を風靡したアメリカ人ピアニスト/エンターテナー)のようなサウンドにしたい」と本作について語っていた。またジェフリーによれば、エマニュエルの加入によってバンドはより緊密でインタラクティヴなプレイが可能になったという。そして、前作『Terrible Two』は全編インストゥルメンタルで、ヴォーカルも効果音程度のさえずりだったのに対して、本作では“Birth Reunion”や“Can't/Can”をはじめ随所で歌唱やコーラスとして“歌っている”点も大きな特徴だろう。
なお、日本盤ボーナストラックとして、EP『Pathetic Magic』収録のダン・ディーコンによるリミックス、未発表曲の“The Whale”をコンパイル。また本作のリリースと併せて前作『Terrible Two』のデジタル・リリースも予定されている。才能ひしめくボルチモア・シーンの真打ち、いや、2010年代のUSインディ・シーンを騒がす個性派の一角として、その動向に注目したい。
(2010/12)
2011年12月27日火曜日
予定
来年からここで、ゆる~い感じのカセット・リリース専門のレヴューを始める予定。始めました。
140字未満でサクサクと書いていきたい。マチマチです。
誰か始めるかなー、と思ったけど誰もやる気がないみたいだし。海外では盛んですが。
スケジュールもゆる~い感じでいきますので、よろしくお願いします。わりとがんばってます。
あとそれと、日本の音楽についてもそろそろ本腰入れて書きたい。いやマジで。
自分のこの目で見たものを正確に記録したいと思う。がんばります。
誰か始めるかなー、と思ったけど誰もやる気がないみたいだし。海外では盛んですが。
スケジュールも
あとそれと、日本の音楽についてもそろそろ本腰入れて書きたい。いやマジで。
自分のこの目で見たものを正確に記録したいと思う。がんばります。
2011年12月14日水曜日
2010年代の極私的“ビッチ”考……ビョーク『バイオフィリア』(※草稿)
ビョークのキャリアはこれまでも「リミックス」とともにあった。もっともビョークの場合の「リミックス」とは、世間一般でいう既存曲の再編集を意味するものから、それこそ毎回多彩なコラボレーターを招いて自身のアイディアを再構成していくアルバム制作のプロセス自体も指した、広義の解釈を含む。セカンド『ポスト』のリミックス・アルバム『テレグラム』のブックレットには、「彼らのミキシング・デスクのための材料になりえたことを、私と私の歌がいかに誇りに感じているか、リミキサーたちに伝えたいと思います」と彼女の言葉が記されていた。そうして音楽に限らずアートに関わる行為を、自己完結的な作業ではなく、他者を巻き込むダイアロジカルな機会として捉え直すことに価値を見出す姿勢は、映像やファッションの世界にも跨るすべてのクリエイションに一貫した彼女の哲学といえるものだろう。そこでは、ビョークというマルチタスクな才能と「リミックス」というバイラルなアート・フォームが相乗することで、「作品」は一回性に留め置かれることなく、多次創作的なヴァリエーションを潜在化したアート・ピースとして提示されていた。
ビョークの最新作『バイオフィリア』の最大のトピックは、それが特設のウェブサイトと連携したiPad/iPhone用アプリケーションとしてデジタル・リリースされたことだろう。「各アプリのコンテンツは次のようなものを含む:楽曲の科学的かつ音楽的な題材に基づいたインタラクティブなゲーム、楽曲のミュージカル・アニメーション、アニメーション化されたスコア、歌詞、そして学術論文など。ゲームはその楽曲の音楽的な要素を操ることによって自分のヴァージョンを創りながらさまざまな音楽的機能を学ぶことができる。ミュージカル・アニメーションとアニメーション化されたスコアは、伝統的な方法と革新的な方法で視覚的に音楽を描くことが出来る。学術論文は各楽曲、各アプリのテーマが音楽的にどのように実現したかを解説する」(『バイオフィリア』プレスシートより)。すなわち、リスナーは作品を「聴く」だけに留まらず、アプリを通じて『バイオフィリア』の世界を「学ぶ」機会を得られ、さらに楽曲の「(二次)創作」を体験することができる。過去にブライアン・イーノがアプリ用の作品を発表したり、レディオヘッドがリミックス素材をiTunesでリリースしたことはあったが、今回のビョークのような試みは例を見ない。『バイオフィリア』とは、いわばオープンソースなソフトウェアであり、一種の「リミックス・アルバム」であることをあらかじめ意図された構造を持つマルチメディア・プロジェクトと呼べるだろう。
ビョークはリリースに先立ちWIRED誌のインタヴューに応えて、『バイオフィリア』の出発点が「身体的な体験(physical experience)」を目的としたプロジェクトだったと語っている。映画『レナードの朝』の原著でも有名なオリヴァー・サックスが発表した音楽と神経学の関係に関する研究書『Musicophilia(音楽嗜好症)』に触発され、当初はアルバムとは別に、美術館のような巨大な施設で上映される3D IMAX版の映画として企画されたものだったという。結局、あまりに大掛かりな規模となるため映画化は断念されたが、その構想はタッチスクリーンという新たな直感的コントロール・デヴァイスの登場により、今回のアプリ版の開発・リリースというかたちへと受け継がれることとなった。その上でビョークは、今回のプロジェクトのテーマのひとつに「教育」を掲げていて、アプリを通じたインタラクションしかり、既報によればアルバムと連動した作曲や演奏のワークショップの開催も計画されているという。そうした展開も含めて『バイオフィリア』とは、まさに「体験学習」のプログラムといえそうだが、またビョーク自身にとっても今回の制作過程は、天体物理学から地域・比較文化論まで広範なリサーチを要する「学習期間」だったようだ。
ところで、ビョークは6年前に『拘束のドローング9』というアルバムを発表した。それは彼女も参加した現代美術家マシュー・バーニー――『ヴェスパタイン』のツアーで使用されたガラス製オルゴールの制作者、と説明したほうが通りはいいか――による同名の映像作品のサウンドトラックで、本編は日本を舞台に茶道や捕鯨を題材とした叙事詩的世界を、叙事詩的世界を、バーニーとビョーク演じる男女のラヴストーリーを軸に神話的なスケールで描いた作品だった。そのプロジェクト制作にあたり彼らが日本文化をリサーチした際、なかでも伊勢神宮の「システム」に興味を引かれたというエピソードが印象に残っている。そのシステムとは「式年遷宮」と呼ばれる飛鳥時代からの制度で、20年ごとに神宮の正殿・全社殿が造替再建されるという、物質的な新陳代謝を恒常的かつ定期的に行う特殊な建築儀式に関心を抱いたようだ。あるいはまた、作品に関連したインタヴューに答えてビョークが、日本の「神仏習合(※土着の信仰と外来の仏教信仰を折衷して、ひとつの信仰体系として再構築すること)」に共感を示す発言をしていたことを思い出す。
『拘束のドローイング』は、元フットボール選手で大学時代に医学を学んだバーニーの経験が反映された連作で、「ある抵抗下で身体が発達していく(筋肉トレーニング)」という生理学的な考察から、「負荷=拘束」を発達に不可欠なもの、すなわち創造性の媒体として提示したプロジェクトだった。9作目となる『拘束のドローング9』では、転じて、日本文化の伝統や儀式性が象徴する「拘束」からの解放のイメージが、バーニーとビョークの身体を通じて官能性やエロティシズムとともに表現されていた。ディティールは省くが、その、ある存在が確定的な状態を解かれて不確定な状態へと変化するサイクルにおいて新たなヴィジョンが更新されるというモデルこそ、バーニーが伊勢神宮の「式年遷宮」に見たものと相似形であることはいうまでもない。またそれとは、『拘束』と制作時期の重なる別のプロジェクト『クレマスター(※胎児期に男性性と女性性の分化を左右する組織)』で表現された、生物や存在の「変異・変容」をめぐるオブセッシヴな想像力の延長上に位置するものでもあった。そうした根底には、拘束と解放、秩序と衝突、あるいは身体とアートといった「ふたつの異なるものの間に存在するもの」「ふたつの異なるものの間の関係作用」に創造のダイナミズムを見るバーニーの強い動機が横たわっている。
「科学と自然の要素、そして音楽学を継ぎ目なく織り込みたかった」とビョークは『バイオフィリア』について語っている。そして「自然科学と感情の混合」というコンセプトは、たとえば閉所恐怖症を題材としたマシュー・バーニーと共作のダーク・オペラ“ホロウ”や、ウィルスとのラヴソングという“ヴァイラス”、水晶の結晶形やDNAの配列構造をトラックの複雑性に見立てた“クリスタライン”など、各楽曲に趣向を凝らして投影されている。もっとも、テクノロジーと自然、エレクトロニックとオーガニックなものの関係を寓話的なタッチで擬人化するような作風はこれまでもビョークの得意だが、加えて、前作『ヴォルタ』のツアーでお披露目したタッチスクリーン型コントロール・デヴァイス「Lemur」やiPadによって実現した身体性と同期した直感的な音の操作が、彼女のイマジネーションを飛躍させた。より感覚的なアイディアや演奏を反映したソングライティングが可能となり、鼻歌がそのままメロディに、散歩する足取りがそのままBPMやリズムに置き換えられ、さらにはプログラミング処理された自然界のアルゴリズムから曲のパターンを起こすなんて試みもアルバムでは行われている。
極めつけは、今回のレコーディングのために制作されたカスタムメイドの楽器群だ。MIDI対応のガムランとチェレスタの合体楽器「ガムレスト」、プレイステーションのコントローラーで操作する木製パイプオルガン、iPadが信号処理する重力アルゴリズムで制御された高さ3mの振り子状ハープ演奏機械「アルミニウム・ペンデュラム」など、いずれもアルバムの世界観/コンセプトを実装したオリジナルの発明品である。しかしそれらは、単なる最先端のテクノロジーとアコースティック楽器の融合といった代物ではない。今作のミュージック・ソフトウェア・プログラムを指揮したダミアン・テイラーは、その操作性を「脳と楽器をプラグで直結された演奏」「装置と対話しながら作曲できる感覚」と語っている。したがって、通常の楽器演奏とは勝手が違って思いがけない音が飛び出し、またそれに刺激されて新たなアイディアが湧くという連鎖反応が生まれる。つまりそれは、既存の電気楽器的な身体性を媒介としたテクノロジーのアウトプットではなく、テクノロジーを媒介とした身体性のアンプリファイという、演奏と音楽の関係を更新するまったく新たな体験ということだ。そこには、いわば“テクノロジーこそが新たな身体性(身体的表現)をもたらす”というビョークの確信が窺える。そしてその体験とは、アートと自然科学という異なる体系の折衷を試みた今作のコンセプトにふさわしい、まさに身体性とテクノロジーの「習合」と呼ぶべきものだろう。
そしてこのことに倣えば、『バイオフィリア』とはビョークとリスナーを「習合」するアルバム――ともいえるはずだ。『バイオフィリア』というプロジェクトにおいてビョークとリスナーは、アプリやワークショップを通じて直結された関係を築き、その学習や体験を促すプログラムによって対話的に営まれる新たな創造(多次創作)を可能性として孕んでいる。つまり極論すれば、そうすることでリスナーは「作り手」となり自分だけの『バイオフィリア』をカスタムメイドすることができ、ビョーク自身もまた「5000曲作ろうと思えばできるわ!」と語り、今作が“付け足す”という考えが中心に置かれた「進行中のプロジェクト」であることを示唆する(※リミックス音源が先行シングルだったことは象徴的だ)。そしていうまでもなく、そうした絶えざる変化と更新を創造的命題とした『バイオフィリア』の「システム」には、伊勢神宮の式年遷宮における新陳代謝のアナロジーを見ることができるだろう。そのことはたとえば、制作工程の実質90%は自身による編集作業だったという前作『ヴォルタ』の完結性とは対照的にも映る。つまりビョークは、不特定多数のリスナーまでもコラボレーターとして巻き込むことで「リミックス(・アルバムであること)」を(潜在的に)常態化し、アーティスト個々人の作家性という閉じた円環から「作品」を解放した。そうして「音楽家/聴衆」という従来の二項対立的な関係が書き換えられた結果、多中心的(N次的)に「作品」が創作される可能性を内在した『バイオフィリア』の展開は、音楽が「音楽」としてのみならず、作り手と受け手を媒介するコミュニケーション・ツールとして消費されるようなソーシャル・カルチャー以降の在り方も想起させるものだ。
もっとも、何よりビョークが掲げた「教育」こそ、バーニーが探求を続ける「拘束と発達」を具現化したテーマに他ならない。一連のプロジェクトを通じた教化・啓蒙への「リアクション」こそが新たな創造をもたらすことを、ビョークは期待している。そうした多様な音の繋がりが連鎖を生み、響きの波紋となって『バイオフィリア』の世界を拡張していく――。それは、これまでつねに他者と交わることで自身をアップデート(カスタムメイド)し続けてきたビョークにとって、ひとつの理論的帰結と呼べるものでもあるだろう。その『バイオフィリア』が描き出すであろう展望には、音楽やアートと、自然やテクノロジーと、そして私たちリスナーとビョークとの“豊かな出会い直し”を見ることができる。
(2011/11)
※『バイオフィリア』は初音ミク(的なソフト)なのかもしれない。
ビョークの最新作『バイオフィリア』の最大のトピックは、それが特設のウェブサイトと連携したiPad/iPhone用アプリケーションとしてデジタル・リリースされたことだろう。「各アプリのコンテンツは次のようなものを含む:楽曲の科学的かつ音楽的な題材に基づいたインタラクティブなゲーム、楽曲のミュージカル・アニメーション、アニメーション化されたスコア、歌詞、そして学術論文など。ゲームはその楽曲の音楽的な要素を操ることによって自分のヴァージョンを創りながらさまざまな音楽的機能を学ぶことができる。ミュージカル・アニメーションとアニメーション化されたスコアは、伝統的な方法と革新的な方法で視覚的に音楽を描くことが出来る。学術論文は各楽曲、各アプリのテーマが音楽的にどのように実現したかを解説する」(『バイオフィリア』プレスシートより)。すなわち、リスナーは作品を「聴く」だけに留まらず、アプリを通じて『バイオフィリア』の世界を「学ぶ」機会を得られ、さらに楽曲の「(二次)創作」を体験することができる。過去にブライアン・イーノがアプリ用の作品を発表したり、レディオヘッドがリミックス素材をiTunesでリリースしたことはあったが、今回のビョークのような試みは例を見ない。『バイオフィリア』とは、いわばオープンソースなソフトウェアであり、一種の「リミックス・アルバム」であることをあらかじめ意図された構造を持つマルチメディア・プロジェクトと呼べるだろう。
ビョークはリリースに先立ちWIRED誌のインタヴューに応えて、『バイオフィリア』の出発点が「身体的な体験(physical experience)」を目的としたプロジェクトだったと語っている。映画『レナードの朝』の原著でも有名なオリヴァー・サックスが発表した音楽と神経学の関係に関する研究書『Musicophilia(音楽嗜好症)』に触発され、当初はアルバムとは別に、美術館のような巨大な施設で上映される3D IMAX版の映画として企画されたものだったという。結局、あまりに大掛かりな規模となるため映画化は断念されたが、その構想はタッチスクリーンという新たな直感的コントロール・デヴァイスの登場により、今回のアプリ版の開発・リリースというかたちへと受け継がれることとなった。その上でビョークは、今回のプロジェクトのテーマのひとつに「教育」を掲げていて、アプリを通じたインタラクションしかり、既報によればアルバムと連動した作曲や演奏のワークショップの開催も計画されているという。そうした展開も含めて『バイオフィリア』とは、まさに「体験学習」のプログラムといえそうだが、またビョーク自身にとっても今回の制作過程は、天体物理学から地域・比較文化論まで広範なリサーチを要する「学習期間」だったようだ。
ところで、ビョークは6年前に『拘束のドローング9』というアルバムを発表した。それは彼女も参加した現代美術家マシュー・バーニー――『ヴェスパタイン』のツアーで使用されたガラス製オルゴールの制作者、と説明したほうが通りはいいか――による同名の映像作品のサウンドトラックで、本編は日本を舞台に茶道や捕鯨を題材とした叙事詩的世界を、叙事詩的世界を、バーニーとビョーク演じる男女のラヴストーリーを軸に神話的なスケールで描いた作品だった。そのプロジェクト制作にあたり彼らが日本文化をリサーチした際、なかでも伊勢神宮の「システム」に興味を引かれたというエピソードが印象に残っている。そのシステムとは「式年遷宮」と呼ばれる飛鳥時代からの制度で、20年ごとに神宮の正殿・全社殿が造替再建されるという、物質的な新陳代謝を恒常的かつ定期的に行う特殊な建築儀式に関心を抱いたようだ。あるいはまた、作品に関連したインタヴューに答えてビョークが、日本の「神仏習合(※土着の信仰と外来の仏教信仰を折衷して、ひとつの信仰体系として再構築すること)」に共感を示す発言をしていたことを思い出す。
『拘束のドローイング』は、元フットボール選手で大学時代に医学を学んだバーニーの経験が反映された連作で、「ある抵抗下で身体が発達していく(筋肉トレーニング)」という生理学的な考察から、「負荷=拘束」を発達に不可欠なもの、すなわち創造性の媒体として提示したプロジェクトだった。9作目となる『拘束のドローング9』では、転じて、日本文化の伝統や儀式性が象徴する「拘束」からの解放のイメージが、バーニーとビョークの身体を通じて官能性やエロティシズムとともに表現されていた。ディティールは省くが、その、ある存在が確定的な状態を解かれて不確定な状態へと変化するサイクルにおいて新たなヴィジョンが更新されるというモデルこそ、バーニーが伊勢神宮の「式年遷宮」に見たものと相似形であることはいうまでもない。またそれとは、『拘束』と制作時期の重なる別のプロジェクト『クレマスター(※胎児期に男性性と女性性の分化を左右する組織)』で表現された、生物や存在の「変異・変容」をめぐるオブセッシヴな想像力の延長上に位置するものでもあった。そうした根底には、拘束と解放、秩序と衝突、あるいは身体とアートといった「ふたつの異なるものの間に存在するもの」「ふたつの異なるものの間の関係作用」に創造のダイナミズムを見るバーニーの強い動機が横たわっている。
「科学と自然の要素、そして音楽学を継ぎ目なく織り込みたかった」とビョークは『バイオフィリア』について語っている。そして「自然科学と感情の混合」というコンセプトは、たとえば閉所恐怖症を題材としたマシュー・バーニーと共作のダーク・オペラ“ホロウ”や、ウィルスとのラヴソングという“ヴァイラス”、水晶の結晶形やDNAの配列構造をトラックの複雑性に見立てた“クリスタライン”など、各楽曲に趣向を凝らして投影されている。もっとも、テクノロジーと自然、エレクトロニックとオーガニックなものの関係を寓話的なタッチで擬人化するような作風はこれまでもビョークの得意だが、加えて、前作『ヴォルタ』のツアーでお披露目したタッチスクリーン型コントロール・デヴァイス「Lemur」やiPadによって実現した身体性と同期した直感的な音の操作が、彼女のイマジネーションを飛躍させた。より感覚的なアイディアや演奏を反映したソングライティングが可能となり、鼻歌がそのままメロディに、散歩する足取りがそのままBPMやリズムに置き換えられ、さらにはプログラミング処理された自然界のアルゴリズムから曲のパターンを起こすなんて試みもアルバムでは行われている。
極めつけは、今回のレコーディングのために制作されたカスタムメイドの楽器群だ。MIDI対応のガムランとチェレスタの合体楽器「ガムレスト」、プレイステーションのコントローラーで操作する木製パイプオルガン、iPadが信号処理する重力アルゴリズムで制御された高さ3mの振り子状ハープ演奏機械「アルミニウム・ペンデュラム」など、いずれもアルバムの世界観/コンセプトを実装したオリジナルの発明品である。しかしそれらは、単なる最先端のテクノロジーとアコースティック楽器の融合といった代物ではない。今作のミュージック・ソフトウェア・プログラムを指揮したダミアン・テイラーは、その操作性を「脳と楽器をプラグで直結された演奏」「装置と対話しながら作曲できる感覚」と語っている。したがって、通常の楽器演奏とは勝手が違って思いがけない音が飛び出し、またそれに刺激されて新たなアイディアが湧くという連鎖反応が生まれる。つまりそれは、既存の電気楽器的な身体性を媒介としたテクノロジーのアウトプットではなく、テクノロジーを媒介とした身体性のアンプリファイという、演奏と音楽の関係を更新するまったく新たな体験ということだ。そこには、いわば“テクノロジーこそが新たな身体性(身体的表現)をもたらす”というビョークの確信が窺える。そしてその体験とは、アートと自然科学という異なる体系の折衷を試みた今作のコンセプトにふさわしい、まさに身体性とテクノロジーの「習合」と呼ぶべきものだろう。
そしてこのことに倣えば、『バイオフィリア』とはビョークとリスナーを「習合」するアルバム――ともいえるはずだ。『バイオフィリア』というプロジェクトにおいてビョークとリスナーは、アプリやワークショップを通じて直結された関係を築き、その学習や体験を促すプログラムによって対話的に営まれる新たな創造(多次創作)を可能性として孕んでいる。つまり極論すれば、そうすることでリスナーは「作り手」となり自分だけの『バイオフィリア』をカスタムメイドすることができ、ビョーク自身もまた「5000曲作ろうと思えばできるわ!」と語り、今作が“付け足す”という考えが中心に置かれた「進行中のプロジェクト」であることを示唆する(※リミックス音源が先行シングルだったことは象徴的だ)。そしていうまでもなく、そうした絶えざる変化と更新を創造的命題とした『バイオフィリア』の「システム」には、伊勢神宮の式年遷宮における新陳代謝のアナロジーを見ることができるだろう。そのことはたとえば、制作工程の実質90%は自身による編集作業だったという前作『ヴォルタ』の完結性とは対照的にも映る。つまりビョークは、不特定多数のリスナーまでもコラボレーターとして巻き込むことで「リミックス(・アルバムであること)」を(潜在的に)常態化し、アーティスト個々人の作家性という閉じた円環から「作品」を解放した。そうして「音楽家/聴衆」という従来の二項対立的な関係が書き換えられた結果、多中心的(N次的)に「作品」が創作される可能性を内在した『バイオフィリア』の展開は、音楽が「音楽」としてのみならず、作り手と受け手を媒介するコミュニケーション・ツールとして消費されるようなソーシャル・カルチャー以降の在り方も想起させるものだ。
もっとも、何よりビョークが掲げた「教育」こそ、バーニーが探求を続ける「拘束と発達」を具現化したテーマに他ならない。一連のプロジェクトを通じた教化・啓蒙への「リアクション」こそが新たな創造をもたらすことを、ビョークは期待している。そうした多様な音の繋がりが連鎖を生み、響きの波紋となって『バイオフィリア』の世界を拡張していく――。それは、これまでつねに他者と交わることで自身をアップデート(カスタムメイド)し続けてきたビョークにとって、ひとつの理論的帰結と呼べるものでもあるだろう。その『バイオフィリア』が描き出すであろう展望には、音楽やアートと、自然やテクノロジーと、そして私たちリスナーとビョークとの“豊かな出会い直し”を見ることができる。
(2011/11)
※『バイオフィリア』は初音ミク(的なソフト)なのかもしれない。
2011年12月8日木曜日
最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)⑪
・ Dustin Wong/Dreams Say, View, Create, Shadow Leads
・ muffin/LAST APPLE
・ ふくろ/tetra axis
・ テニスコーツ/Papa's Ear
・ ゑでぃまぁこん/残光ノ森
・ 福原希己江/笑門来福
・ Explosions In the Sky/Take Care, Take Care, Take Care
・ k. (Karla Schickele)/History Grows
・ Rihanna/Talk That Talk
・ Oval/OvalDNA
・ Amy Winehouse/Lioness: Hidden Treasures
・ Vladislav Delay/Vantaa
・ Mint Julep/Save Your Season
・ Ensemble Economique/Crossing The Pass, By Torchlight
・ The Men/Leave Home
・ The Amazing Births/Younger Moon
・ Co La/Daydream Repeater
・ Blues Control & Laraaji/FRKWYS Vol. 8
・ Ectoplasm Girls/TxN
・ DRC Music/Kinshasa One Two
・ Korallreven/An Album By Korallreven
・ Drake/Take Care
・ Glass Candy/Warm in the Winter EP
・ 200 Years/200 Years
・ Massive Attack vs Burial/Four Walls - Paradise Circus
・ Ayshay/Warn-U EP
・ High Wolf/Atlas Nation
・ Lydia Lunch & Big Sexy Noise/Trust The Witch
・ Thee Oh Sees/Carrion Crawler / The Dream
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)⑩)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)⑨)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)⑧)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)⑦)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)⑥)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)⑤)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)④)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)③)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...)②)
(※最近の熟聴盤(from 3.11 to ...))
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