・ Zammuto/Zammuto
・ Mirrorring/Foreign Body
・ Lee Ranaldo/Between the Times & the Tides
・ Disappears/Pre Language
・ Best Coast/The Only Place
・ La Sera/Sees the Light
・ Frankie Rose/Interstellar
・ Tennis/Young & Old
・ Nite Jewel/One Second of Love
・ ホライズン山下宅配便/Hoca
・ Battles/Dross Glop
・ Simian Mobile Disco/Delicacies
・ Fabio Orsi/The Theft of a Rose
・ DORIS NORTON/RAPTUS
・ Josef Van Wissem and Jim Jarmush/Concerning the Entrance into Eternity
・ Death Grips/Exmilitary
・ Dunes/Noctiluca
・ Julia Holter/Ekstasis
・ Lucky Dragons/EXISTERS
・ Lucky Dragons/Relax in a Hurry
(※2012年の熟聴盤②)
(※2012年の熟聴盤①)
2012年3月26日月曜日
2012年3月25日日曜日
極私的2010年代考(仮)……ライヴ・インストゥルメンタル/エレクトロニクスの瑞々しいサンプル
「Lymbyc Systym」。この見慣れない綴りのバンド名は、医学/解剖学用語で「大脳辺縁系」を意味する「Limbic System」の、母音部分を「y」に置き換えたものなのだという。大脳辺縁系とは、大脳の表面を覆う大脳皮質の内側にあり、間脳や大脳基底核など脳幹を囲むように存在する脳の構造物の総称。快/不快、怒り/胸部etcをつかさどる扁桃体、記憶や学習能力をになう海馬などの部位が属し、人間が進化する以前の性質――つまり本能行動や情動に重要な役割をはたすとされる領域である。
そんな、一見エキセントリックな由来のバンド名をいただくアリゾナ出身の兄弟デュオ、リンビック・システム。そのネーミングと自分たちのサウンドとの関係性について、兄のマイケル・ベルは語る(以下、発言部分はすべてマイケル)。
「辺縁系というのは、音楽でいえばとても原始的な機能――たとえばリズムを追ったり、ビートにあわせて首を振ったりっていう、人間の本能的な部分をつかさどっているんだ。実際、バンドが今みたいな形になる以前の僕たちは、何時間も一緒に即興演奏をして、それが自発的にあるアイディアになり、結果的に曲になった。つまり僕たちは辺縁系をとおして、ある原始的かつ脳にかかわる水準において音楽と結びつけられているってことなんだよ」
ドラムやラップトップを操る兄のマイケルと、キーボード担当の弟のジャレドによってリンビック・システムが結成されたのは6年前の2001年。そして初めての音源となるEP『Carved By Glacier』をセルフ・リリースしたのが昨年。その結成からデビューまでの5年間の活動については、同郷のアルバム・リーフやマイス・パレードのライヴでオープニング・アクトを務めてきたこと以外、とくに記すべき情報は伝わっていない。マイケルの言葉から察するに、おそらく地道なライヴ活動と平行して、膨大な時間をふたりだけのセッションに費やしサウンドの探求に専念してきたのではないだろうか。
リンビック・システムの起源、すなわち兄弟にとっての“原始的かつ脳にかかわる”音楽体験の原点は、ふたりが幼少の頃にまでさかのぼる。
「僕たちと音楽との出会いはMCハマーとヴァニラ・アイスの時代に始まったんだよ。それで8歳と11歳のときに近所の連中とオールドスクールなラップ・グループを結成して。それから僕は学校でオーケストラを通じてドラムを始めて、ジャレドは音楽への内なる愛を通じてキーボードを選んだ。ジャレドは9歳のときに小さなカシオトーンでビートルズやドアーズを理解し始めた。本格的に一緒に音楽をやり始めたのはジャレドが12歳で、ローズ・ピアノを買ってもらったときだね。ローズは常にリンビック・システムのサウンドの基礎だったよ」
ふたりにとって初めての“音楽活動”がヒップホップだったというエピソードは、現在のリンビック・システムの音楽性からすると意外に映るかもしれないが、しかしマイケルが解説する音楽における「辺縁系」の機能とヒップホップの特性は、なるほど合致しているともいえる。また、彼らが昨年契約を結び、現在所属するレーベルが「Mush Records」(※ジェルやドーズワンなどアンチコン勢、先日エピタフからニュー・アルバムを発表したバスドライヴァーらを擁し、西海岸のアンダーグラウンドなヒップホップ・シーンを牽引するレーベル。近年ではハー・スペース・ホリデイやノーボディ&ミスティック・コーズ・オブ・メモリーの作品をリリースするなど、独自の“越境的”なカラーを打ち出している)であることを考えれば、彼らのその後を予告していたともいえなくない。加えてマイケルは「僕たちのサウンドに大きな足跡を残している」と感じるアーティストとして、マイス・パレード、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、トータス、フォー・テット、シガー・ロス、メデスキ・マーティン&ウッド、アーキテクチャー・イン・ヘルシンキの名前を挙げている。
そうした「辺縁系」に象徴される音楽的な哲学、ユニークなバックグラウンド、あるいは影響源の顔ぶれからうかがえる美学的な音楽観は、バンド結成から6年目に完成されたこのファースト・アルバム『ラヴ・ユア・アビューザー』に見事結実している。
「最も心がけたのは、オリジナルなサウンドにするってことと、最初から最後まで凝縮したものにするってこと。1ヶ月半もホーム・レコーディング・セッションをして大量に素材を録ったから、たくさんのアイディアを肉付けすることができたんだ。曲順の流れや、曲の繋ぎにも意識的だった。加えて、本物のレコーディング・スタジオの環境だったら時間がなくてできなかったような、普通じゃない録音技術を実験することができたんだ」
エレクトロニクスとライヴ・インストゥルメンタルの混交、デジタル(・プログラミング)とアナログ(・エフェクト)の境界を横断するようにさまざまな音色や肌触りの「音」を散りばめながら幾重ものレイヤーを施し、大胆かつ精緻に構成されたサウンドスケープ。そして、その全景をあざやかに彩り、音と音の隙間からあふれでるように空間を満たす美しく叙情的なメロディ。一音一音の響きが伝える豊かな感情表現と、ときにオブセッシヴな印象も与える複雑なテクスチャーが有機的に共存したそれは、ファースト・アルバムにして独自の音響的な概観を有することに成功している。先に名前の挙がった先達の意匠を受け継ぎつつ、ウォームな電子音とサイケデリックな色彩はボーズ・オブ・カナダの『ジオガディ』を、ノスタルジックなアトモスフィアと旋律はフェネズの「エンドレス・サマー」を(あるいは無垢な遊び心と、時おり不意に覗くメランコリックなトーンはエイフェックス・ツインの『リチャード・D・ジェイムス・アルバム』を)、そして多彩に脈打つリズム/ビートと“折衷的”なポップへの志向はワイ?などアンチコン勢やハー・スペース・ホリデイの近作のプロダクションを彷彿させる。そんなリンビック・システムの音世界は、インディ・ロックやポスト・ロック、エレクトロニカといった既成の領域を超越し、広くリスナーの心を魅了するに違いない。なお、本作のレコーディングには、同様に彼らに多大な影響を与えたであろうアルバム・リーフのジミー・ラヴェル、ディラン・グループ/マイス・パレードのディラン・クリスティが参加しているという。
ちなみに、本作のタイトル「ラヴ・ユア・アビューザー」について、マイケルはこう語っている。
「タイトルは、いろんな意味で『人生とは苦闘である』ということの抽象的な言い方なんだ。でも、もし人生が支配されていて、苦闘をコントロールしていると理解できるなら、それは本当の苦闘でもなんでもない。僕たちはまわりの世界をよくするために、ともに働かなければいけない。それに、このタイトルは少し荒々しい感じもするし、僕たちの音楽の瑞々しいサウンドへの皮肉のようなものなんだ」
日本盤のボーナストラックとして、冒頭で触れたツアー限定のデビューEP『Carved By Glacier』の5曲が完全収録されている。いずれの曲も、本編と遜色のない素晴らしい内容である。
また、現時点では未確定だが、初夏ごろに来日公演も計画中、とのこと。リンビック・システムの熱狂的なファンであるジミー・ラヴェルが「彼らはレコードもいいけど、ライヴがものすごいんだ」と語るように、作品での奥行きある音世界を凝縮し、静(=ジャレド)と動(=マイケル)をつかさどる異なる器官がダイレクトかつスポンテニアスに交感するようなパフォーマンスは、また彼らの魅力の新たな一面を伝えてくれる体験となるに違いない(その様子は彼らのMyspaceで見ることができる)。豪華共演バンドを迎えたツアー・プランも手配中らしく、一日も早い実現と正式なアナウンスを待ちたいところだ。
リンビック・システムにとって、「音楽」とはなによりも本能的で原始的なものとして実感されている。しかしそれは同時に、なによりも実験的で実践的な試みによって得られた音楽的叡知と創意によって計算され、考え抜かれた賜物でもある。だからこそ彼らの「音楽」は、マテリアリスティックなテクノロジーとも安易なロック・ミュージックのドラマとも無縁の場所で、聴き手の胸を打つ。はたしてリンビック・システムにとって「音楽」とはいかなる対象なのか。最後にマイケルのこの言葉をもって、本稿の結びとしたい。
「僕たちにとって音楽を作るうえで最も重要なことは、心地よく、それでいて際立って異質なサウンドにするということ。たとえばそれは、あるお馴染みのサウンドを思い出させるかもしれないし、特別な思い出を呼び起こすかもしれない。もしかしたら、とても悲しい気持ちやほろ苦い気分にさせるかもしれない。あるいは幸福感で満たすかもしれない。僕たちの曲にはヴォーカルがないから、そのぶんリスナーが自分の感情を増幅させる余地がたくさんあるんだよ」
(2007/02)
(※極私的2010年代考(仮)……The Books、ラスト・アルバム『ザ・ウェイ・アウト』 )
(※極私的2000年代考(仮)……電子音楽は“夏”に思いをはせる――フェネスとの対話)
そんな、一見エキセントリックな由来のバンド名をいただくアリゾナ出身の兄弟デュオ、リンビック・システム。そのネーミングと自分たちのサウンドとの関係性について、兄のマイケル・ベルは語る(以下、発言部分はすべてマイケル)。
「辺縁系というのは、音楽でいえばとても原始的な機能――たとえばリズムを追ったり、ビートにあわせて首を振ったりっていう、人間の本能的な部分をつかさどっているんだ。実際、バンドが今みたいな形になる以前の僕たちは、何時間も一緒に即興演奏をして、それが自発的にあるアイディアになり、結果的に曲になった。つまり僕たちは辺縁系をとおして、ある原始的かつ脳にかかわる水準において音楽と結びつけられているってことなんだよ」
ドラムやラップトップを操る兄のマイケルと、キーボード担当の弟のジャレドによってリンビック・システムが結成されたのは6年前の2001年。そして初めての音源となるEP『Carved By Glacier』をセルフ・リリースしたのが昨年。その結成からデビューまでの5年間の活動については、同郷のアルバム・リーフやマイス・パレードのライヴでオープニング・アクトを務めてきたこと以外、とくに記すべき情報は伝わっていない。マイケルの言葉から察するに、おそらく地道なライヴ活動と平行して、膨大な時間をふたりだけのセッションに費やしサウンドの探求に専念してきたのではないだろうか。
リンビック・システムの起源、すなわち兄弟にとっての“原始的かつ脳にかかわる”音楽体験の原点は、ふたりが幼少の頃にまでさかのぼる。
「僕たちと音楽との出会いはMCハマーとヴァニラ・アイスの時代に始まったんだよ。それで8歳と11歳のときに近所の連中とオールドスクールなラップ・グループを結成して。それから僕は学校でオーケストラを通じてドラムを始めて、ジャレドは音楽への内なる愛を通じてキーボードを選んだ。ジャレドは9歳のときに小さなカシオトーンでビートルズやドアーズを理解し始めた。本格的に一緒に音楽をやり始めたのはジャレドが12歳で、ローズ・ピアノを買ってもらったときだね。ローズは常にリンビック・システムのサウンドの基礎だったよ」
ふたりにとって初めての“音楽活動”がヒップホップだったというエピソードは、現在のリンビック・システムの音楽性からすると意外に映るかもしれないが、しかしマイケルが解説する音楽における「辺縁系」の機能とヒップホップの特性は、なるほど合致しているともいえる。また、彼らが昨年契約を結び、現在所属するレーベルが「Mush Records」(※ジェルやドーズワンなどアンチコン勢、先日エピタフからニュー・アルバムを発表したバスドライヴァーらを擁し、西海岸のアンダーグラウンドなヒップホップ・シーンを牽引するレーベル。近年ではハー・スペース・ホリデイやノーボディ&ミスティック・コーズ・オブ・メモリーの作品をリリースするなど、独自の“越境的”なカラーを打ち出している)であることを考えれば、彼らのその後を予告していたともいえなくない。加えてマイケルは「僕たちのサウンドに大きな足跡を残している」と感じるアーティストとして、マイス・パレード、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、トータス、フォー・テット、シガー・ロス、メデスキ・マーティン&ウッド、アーキテクチャー・イン・ヘルシンキの名前を挙げている。
そうした「辺縁系」に象徴される音楽的な哲学、ユニークなバックグラウンド、あるいは影響源の顔ぶれからうかがえる美学的な音楽観は、バンド結成から6年目に完成されたこのファースト・アルバム『ラヴ・ユア・アビューザー』に見事結実している。
「最も心がけたのは、オリジナルなサウンドにするってことと、最初から最後まで凝縮したものにするってこと。1ヶ月半もホーム・レコーディング・セッションをして大量に素材を録ったから、たくさんのアイディアを肉付けすることができたんだ。曲順の流れや、曲の繋ぎにも意識的だった。加えて、本物のレコーディング・スタジオの環境だったら時間がなくてできなかったような、普通じゃない録音技術を実験することができたんだ」
エレクトロニクスとライヴ・インストゥルメンタルの混交、デジタル(・プログラミング)とアナログ(・エフェクト)の境界を横断するようにさまざまな音色や肌触りの「音」を散りばめながら幾重ものレイヤーを施し、大胆かつ精緻に構成されたサウンドスケープ。そして、その全景をあざやかに彩り、音と音の隙間からあふれでるように空間を満たす美しく叙情的なメロディ。一音一音の響きが伝える豊かな感情表現と、ときにオブセッシヴな印象も与える複雑なテクスチャーが有機的に共存したそれは、ファースト・アルバムにして独自の音響的な概観を有することに成功している。先に名前の挙がった先達の意匠を受け継ぎつつ、ウォームな電子音とサイケデリックな色彩はボーズ・オブ・カナダの『ジオガディ』を、ノスタルジックなアトモスフィアと旋律はフェネズの「エンドレス・サマー」を(あるいは無垢な遊び心と、時おり不意に覗くメランコリックなトーンはエイフェックス・ツインの『リチャード・D・ジェイムス・アルバム』を)、そして多彩に脈打つリズム/ビートと“折衷的”なポップへの志向はワイ?などアンチコン勢やハー・スペース・ホリデイの近作のプロダクションを彷彿させる。そんなリンビック・システムの音世界は、インディ・ロックやポスト・ロック、エレクトロニカといった既成の領域を超越し、広くリスナーの心を魅了するに違いない。なお、本作のレコーディングには、同様に彼らに多大な影響を与えたであろうアルバム・リーフのジミー・ラヴェル、ディラン・グループ/マイス・パレードのディラン・クリスティが参加しているという。
ちなみに、本作のタイトル「ラヴ・ユア・アビューザー」について、マイケルはこう語っている。
「タイトルは、いろんな意味で『人生とは苦闘である』ということの抽象的な言い方なんだ。でも、もし人生が支配されていて、苦闘をコントロールしていると理解できるなら、それは本当の苦闘でもなんでもない。僕たちはまわりの世界をよくするために、ともに働かなければいけない。それに、このタイトルは少し荒々しい感じもするし、僕たちの音楽の瑞々しいサウンドへの皮肉のようなものなんだ」
日本盤のボーナストラックとして、冒頭で触れたツアー限定のデビューEP『Carved By Glacier』の5曲が完全収録されている。いずれの曲も、本編と遜色のない素晴らしい内容である。
また、現時点では未確定だが、初夏ごろに来日公演も計画中、とのこと。リンビック・システムの熱狂的なファンであるジミー・ラヴェルが「彼らはレコードもいいけど、ライヴがものすごいんだ」と語るように、作品での奥行きある音世界を凝縮し、静(=ジャレド)と動(=マイケル)をつかさどる異なる器官がダイレクトかつスポンテニアスに交感するようなパフォーマンスは、また彼らの魅力の新たな一面を伝えてくれる体験となるに違いない(その様子は彼らのMyspaceで見ることができる)。豪華共演バンドを迎えたツアー・プランも手配中らしく、一日も早い実現と正式なアナウンスを待ちたいところだ。
リンビック・システムにとって、「音楽」とはなによりも本能的で原始的なものとして実感されている。しかしそれは同時に、なによりも実験的で実践的な試みによって得られた音楽的叡知と創意によって計算され、考え抜かれた賜物でもある。だからこそ彼らの「音楽」は、マテリアリスティックなテクノロジーとも安易なロック・ミュージックのドラマとも無縁の場所で、聴き手の胸を打つ。はたしてリンビック・システムにとって「音楽」とはいかなる対象なのか。最後にマイケルのこの言葉をもって、本稿の結びとしたい。
「僕たちにとって音楽を作るうえで最も重要なことは、心地よく、それでいて際立って異質なサウンドにするということ。たとえばそれは、あるお馴染みのサウンドを思い出させるかもしれないし、特別な思い出を呼び起こすかもしれない。もしかしたら、とても悲しい気持ちやほろ苦い気分にさせるかもしれない。あるいは幸福感で満たすかもしれない。僕たちの曲にはヴォーカルがないから、そのぶんリスナーが自分の感情を増幅させる余地がたくさんあるんだよ」
(2007/02)
(※極私的2010年代考(仮)……The Books、ラスト・アルバム『ザ・ウェイ・アウト』 )
(※極私的2000年代考(仮)……電子音楽は“夏”に思いをはせる――フェネスとの対話)
2012年3月12日月曜日
極私的2010年代考(仮)……The Books、ラスト・アルバム『ザ・ウェイ・アウト』
サード・アルバムの前作『ロスト・アンド・セーフ』がリリースされたのが2005年。純然たるオリジナル・アルバムとしては、じつに約5年ぶりの作品になる。
ちなみに、ファースト・アルバム『ソウト・フォー・フード』とセカンド・アルバム『ザ・レモン・オブ・ピンク』の間が3年。前々作と前作の間が2年。つまり、今回はこれまでで最長のインターバルとなるわけだが、もちろん、その間も彼らは活動を休んでいたわけではない。
前作を受けて2006年に行われた本格的なツアー、「バイオスフィア2(※アメリカのアリゾナ州に建設された、閉鎖空間に自然生態系を模擬して実験を行う施設)」のドキュメンタリーのために制作されたサウンドトラック。ミュージック・ビデオと未発表曲で構成されたDVD『Play All』(2007年)。
そしてザ・ナショナルのアーロン&ブライス・デスナー兄弟監修のコンピレーション・アルバム『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』に提供された、ホセ・ゴンザレスとの共演によるニック・ドレイクのカヴァー“チェロ・ソング”。また、フェスや現代アートのミュージアム等で披露された、音楽と映像によるインスタレーション。あるいは、自身の作品ではないが、既発の音源をプレフューズ73がリミックスしたEP『Prefuse 73 Reads the Books EP』など、むしろ、彼らにとってこの5年間は、これまででもっとも多忙で充実した時間を過ごしていた感が強い。
もっとも、そもそも彼らの場合、その音作りのプロセスを考えれば、アルバムのリリースにある程度のインターバルが空いてしまうのは仕方ないことかもしれない。
よく知られている通り、彼らのサウンドは、自身の演奏に加えて、さまざまなソースからサンプリングされた音源をベースに出来上がっている。いわく、ほとんどライフワークのように足繁く通う方々のリサイクル・ショップで手に入れた古い(家庭用)ビデオやレコードから採取され、さまざまなカテゴラリーに分類して管理された膨大な音源の「ライブラリー」。それらを聴き込み、その中から使えそうな部分を選び出し、切って取り出して並べながらシークエンスを編集し、そこにアコギやチェロやバンジョー等の演奏パートやヴォーカルを重ねて組み合わせることで、あの美しく精緻な音のレイヤーは生み出される。ひとつのトラックを作るのに最低でも3週間か1ヶ月。音源の収集からコンポーズまで含めた一連の作業は、彼らにとって「何物にも代えがたい楽しみ」であると同時に、「瞑想的な実習(Meditative Exercise)」のような体験でもあると語り、その複雑で手間暇のかかるプロセスゆえ、アルバムの制作の進行はどうしてもゆっくりとしたものにならざるをえないという。
前作からの5年における活動で、彼らがアルバムの制作より重要として優先的に取り組んできたというのが、前記の音楽と映像によるインスタレーションだったようだ。インタヴュー等の記事によれば、それは実際の演奏とサンプリング、そしてスクリーンに映し出される映像のシンクロニティ――彼らいわく「共感覚体験(Synesthetic Experience)」をライヴ・パフォーマンスで披露する、というものらしく、彼らにとってはサウンドトラックとミュージック・ビデオの中間に位置付けられた「作品」だったという。
彼らのライヴに関していえば、当初はメンバーのニック・ツァームトとポール・デ・ヨングに加えて、ニックの弟のマイク、セカンド『ザ・レモン・オブ・ピンク』に参加した女性ヴォーカリストのアン・ドーナーを迎えた4人編成でセットが組まれ、その際にも映像は演出的に使われていたが、その後、2人だけでツアーを回るようになり、それに伴いステージ上で映像が果たす役割が大きくなった結果、現在の形へと発展していったという経緯がある。昨年、マサチューセッツ現代美術館や、シンシナティで開催のフェスティヴァル「Music Now」でそれは披露され、大きな評判を呼んだそうだ。
もっとも、ポールはザ・ブックスの結成以前から自宅でサンプリングした映像や音源を使って演奏する趣味の持ち主で、ニックも大学でヴィジュアル・アートを学んでいたという経歴を考えれば、そもそも彼らは映像と音楽の構成力/編集感覚に優れたアーティストだといえる。その意味で、そうした試みも、彼らにとってはこれまでの活動やディスコグラフィーの延長線上にあるパフォーマンスの一環といえるのだろう。
さて、今回の4作目のニュー・アルバムとなる『ザ・ウェイ・アウト』。2~3年にわたった本作のレコーディングもこれまでと同様、その膨大な音源/映像のアーカイヴを掘り起こすことから始まり、なんでも前作のツアー時に方々で収集したテープ素材の類は4000本近くに達したそうだ。
なかでも、彼らが今回の素材として特別な関心を寄せたのが、①自助グループや催眠療法のカセット②子供が声を変調させて遊ぶおもちゃのレコーダー「Talkboy」で録音されたテープ(※映画『ホームアローン2』でマコーレ・カルキンが使っていた)。あるいは、前記のライヴ・パフォーマンス用に集めた③サマーキャンプの実習ビデオだったという。①に関連して、彼らは今作のテーマを「ニュー・エイジ」だとも語っている。そして②に関していえば、この5年の間に彼ら2人ともが子供を授かって父親になったことも、大きく影響しているようだ。
サウンドについては、事前のいくつかのインタヴューで、本作がこれまでのアルバムと比べて「more driven」なものになるだろうことが語られていた。その大きな要因のひとつとして彼らが挙げるのが、今回新たに導入されたローランドTR-808をはじめとするアナログ・シンセ。「賛美歌とユーロ・ディスコの融合」とニックが形容した“Beautiful People”は、本作における変化とその方向性を象徴する1曲だろう。他にも、エイフェックス・ツインやスクエアプッシャーからの影響を窺わすアシッドな“I Am Who I Am”、ダブステップにも通じるスモーキーなヴァイヴをたたえた“Chain of Missing Links”、タイトルからズバリな“The Story of Hip Hop”など、随所にビートの強調されたサウンド・メイクが際立つ。例の「Talkboy」が大活躍する“A Cold Freezin’ Night”も、トイポップ風のカートゥーン・ミュージックのようでおもしろい。
一方で、従来の“ザ・ブックスらしさ”は、まったく損なわれていない。
「こんにちは、そして新しい始まりへようこそ」という印象的なフレーズで幕を開ける“Group Autogenics 1”を筆頭に、ドゥルッティ・コラムの近作も連想させるフォークロアな“All You Need is A Wall”、スティーヴ・ライヒのミニマルなコンポジションを継いだ“Thity Incoming”など、いわゆるフォークトロニカやチェンバー・ミュージックといったジャンルとその関連性が指摘されてきた特徴は、本作においても彼らの音楽を形作る美観のひとつとなっている。あるいは、たとえばオーウェン・パレットやニコ・ミューリー、クロッグス等のアーティストに代表される「ポスト・クラシカル」と最近呼ばれるような新たな潮流にも位置付けられる作品として、本作はザ・ブックスの名前をあらためて広く知らせる契機となるのではないだろうか。
(※余談だが、本作が見せる、ある種のブラック・ミュージックの要素とサンプリング/コラージュ的なアプローチの折衷という側面は、フライング・ロータスの『コスモグランマ』にも通じる部分があるともいえそう)
以前、ある記事に掲載されたクロッグスとの対談の中で、これまで影響を受けた音楽について聞かれ、フォークやブルーグラスといったアメリカの伝統音楽――ヨーロッパの古典音楽やアフリカン・ミュージックなど非西欧音楽のアマルガムとして――と答えていたニック。対して、今回のアルバムは彼らにとって、「伝統的なポップやロックの『歴史』をさらに推し進めた形の音楽」だと、ポールはインタヴューで語っている。
本作をリリースした2か月後の9月には、映画監督のジム・ジャームッシュがキュレイターを務めるオール・トゥモローズ・パーティーズへの出演も控える。その後には、本作を引っ提げたツアーも予定されるかもしれない。そしてその道中では、また新たな音源や映像を求めてリサイクル・ショップを巡るだろう彼らの姿が思い浮かぶ。
その果てに彼らが、ふたたびどんな「歴史」を私達に見せてくれるのか、興味は尽きない。
(2010/06)
ちなみに、ファースト・アルバム『ソウト・フォー・フード』とセカンド・アルバム『ザ・レモン・オブ・ピンク』の間が3年。前々作と前作の間が2年。つまり、今回はこれまでで最長のインターバルとなるわけだが、もちろん、その間も彼らは活動を休んでいたわけではない。
前作を受けて2006年に行われた本格的なツアー、「バイオスフィア2(※アメリカのアリゾナ州に建設された、閉鎖空間に自然生態系を模擬して実験を行う施設)」のドキュメンタリーのために制作されたサウンドトラック。ミュージック・ビデオと未発表曲で構成されたDVD『Play All』(2007年)。
そしてザ・ナショナルのアーロン&ブライス・デスナー兄弟監修のコンピレーション・アルバム『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』に提供された、ホセ・ゴンザレスとの共演によるニック・ドレイクのカヴァー“チェロ・ソング”。また、フェスや現代アートのミュージアム等で披露された、音楽と映像によるインスタレーション。あるいは、自身の作品ではないが、既発の音源をプレフューズ73がリミックスしたEP『Prefuse 73 Reads the Books EP』など、むしろ、彼らにとってこの5年間は、これまででもっとも多忙で充実した時間を過ごしていた感が強い。
もっとも、そもそも彼らの場合、その音作りのプロセスを考えれば、アルバムのリリースにある程度のインターバルが空いてしまうのは仕方ないことかもしれない。
よく知られている通り、彼らのサウンドは、自身の演奏に加えて、さまざまなソースからサンプリングされた音源をベースに出来上がっている。いわく、ほとんどライフワークのように足繁く通う方々のリサイクル・ショップで手に入れた古い(家庭用)ビデオやレコードから採取され、さまざまなカテゴラリーに分類して管理された膨大な音源の「ライブラリー」。それらを聴き込み、その中から使えそうな部分を選び出し、切って取り出して並べながらシークエンスを編集し、そこにアコギやチェロやバンジョー等の演奏パートやヴォーカルを重ねて組み合わせることで、あの美しく精緻な音のレイヤーは生み出される。ひとつのトラックを作るのに最低でも3週間か1ヶ月。音源の収集からコンポーズまで含めた一連の作業は、彼らにとって「何物にも代えがたい楽しみ」であると同時に、「瞑想的な実習(Meditative Exercise)」のような体験でもあると語り、その複雑で手間暇のかかるプロセスゆえ、アルバムの制作の進行はどうしてもゆっくりとしたものにならざるをえないという。
前作からの5年における活動で、彼らがアルバムの制作より重要として優先的に取り組んできたというのが、前記の音楽と映像によるインスタレーションだったようだ。インタヴュー等の記事によれば、それは実際の演奏とサンプリング、そしてスクリーンに映し出される映像のシンクロニティ――彼らいわく「共感覚体験(Synesthetic Experience)」をライヴ・パフォーマンスで披露する、というものらしく、彼らにとってはサウンドトラックとミュージック・ビデオの中間に位置付けられた「作品」だったという。
彼らのライヴに関していえば、当初はメンバーのニック・ツァームトとポール・デ・ヨングに加えて、ニックの弟のマイク、セカンド『ザ・レモン・オブ・ピンク』に参加した女性ヴォーカリストのアン・ドーナーを迎えた4人編成でセットが組まれ、その際にも映像は演出的に使われていたが、その後、2人だけでツアーを回るようになり、それに伴いステージ上で映像が果たす役割が大きくなった結果、現在の形へと発展していったという経緯がある。昨年、マサチューセッツ現代美術館や、シンシナティで開催のフェスティヴァル「Music Now」でそれは披露され、大きな評判を呼んだそうだ。
もっとも、ポールはザ・ブックスの結成以前から自宅でサンプリングした映像や音源を使って演奏する趣味の持ち主で、ニックも大学でヴィジュアル・アートを学んでいたという経歴を考えれば、そもそも彼らは映像と音楽の構成力/編集感覚に優れたアーティストだといえる。その意味で、そうした試みも、彼らにとってはこれまでの活動やディスコグラフィーの延長線上にあるパフォーマンスの一環といえるのだろう。
さて、今回の4作目のニュー・アルバムとなる『ザ・ウェイ・アウト』。2~3年にわたった本作のレコーディングもこれまでと同様、その膨大な音源/映像のアーカイヴを掘り起こすことから始まり、なんでも前作のツアー時に方々で収集したテープ素材の類は4000本近くに達したそうだ。
なかでも、彼らが今回の素材として特別な関心を寄せたのが、①自助グループや催眠療法のカセット②子供が声を変調させて遊ぶおもちゃのレコーダー「Talkboy」で録音されたテープ(※映画『ホームアローン2』でマコーレ・カルキンが使っていた)。あるいは、前記のライヴ・パフォーマンス用に集めた③サマーキャンプの実習ビデオだったという。①に関連して、彼らは今作のテーマを「ニュー・エイジ」だとも語っている。そして②に関していえば、この5年の間に彼ら2人ともが子供を授かって父親になったことも、大きく影響しているようだ。
サウンドについては、事前のいくつかのインタヴューで、本作がこれまでのアルバムと比べて「more driven」なものになるだろうことが語られていた。その大きな要因のひとつとして彼らが挙げるのが、今回新たに導入されたローランドTR-808をはじめとするアナログ・シンセ。「賛美歌とユーロ・ディスコの融合」とニックが形容した“Beautiful People”は、本作における変化とその方向性を象徴する1曲だろう。他にも、エイフェックス・ツインやスクエアプッシャーからの影響を窺わすアシッドな“I Am Who I Am”、ダブステップにも通じるスモーキーなヴァイヴをたたえた“Chain of Missing Links”、タイトルからズバリな“The Story of Hip Hop”など、随所にビートの強調されたサウンド・メイクが際立つ。例の「Talkboy」が大活躍する“A Cold Freezin’ Night”も、トイポップ風のカートゥーン・ミュージックのようでおもしろい。
一方で、従来の“ザ・ブックスらしさ”は、まったく損なわれていない。
「こんにちは、そして新しい始まりへようこそ」という印象的なフレーズで幕を開ける“Group Autogenics 1”を筆頭に、ドゥルッティ・コラムの近作も連想させるフォークロアな“All You Need is A Wall”、スティーヴ・ライヒのミニマルなコンポジションを継いだ“Thity Incoming”など、いわゆるフォークトロニカやチェンバー・ミュージックといったジャンルとその関連性が指摘されてきた特徴は、本作においても彼らの音楽を形作る美観のひとつとなっている。あるいは、たとえばオーウェン・パレットやニコ・ミューリー、クロッグス等のアーティストに代表される「ポスト・クラシカル」と最近呼ばれるような新たな潮流にも位置付けられる作品として、本作はザ・ブックスの名前をあらためて広く知らせる契機となるのではないだろうか。
(※余談だが、本作が見せる、ある種のブラック・ミュージックの要素とサンプリング/コラージュ的なアプローチの折衷という側面は、フライング・ロータスの『コスモグランマ』にも通じる部分があるともいえそう)
以前、ある記事に掲載されたクロッグスとの対談の中で、これまで影響を受けた音楽について聞かれ、フォークやブルーグラスといったアメリカの伝統音楽――ヨーロッパの古典音楽やアフリカン・ミュージックなど非西欧音楽のアマルガムとして――と答えていたニック。対して、今回のアルバムは彼らにとって、「伝統的なポップやロックの『歴史』をさらに推し進めた形の音楽」だと、ポールはインタヴューで語っている。
本作をリリースした2か月後の9月には、映画監督のジム・ジャームッシュがキュレイターを務めるオール・トゥモローズ・パーティーズへの出演も控える。その後には、本作を引っ提げたツアーも予定されるかもしれない。そしてその道中では、また新たな音源や映像を求めてリサイクル・ショップを巡るだろう彼らの姿が思い浮かぶ。
その果てに彼らが、ふたたびどんな「歴史」を私達に見せてくれるのか、興味は尽きない。
(2010/06)
2012年3月7日水曜日
極私的2000年代考(仮)……ポートランドの、ほんの一例
あるときは天才シンガー・ソングライターをサポートする腕利きのドラマー。
またあるときはポップなチャームで魅了するエレクトロ・ユニットの片割れ。
音楽のみならず、映像やデザインもこなすDIYなマルチ・アーティストにして、ミッシー・エリオットやティンバランド、ジャスティン・ティンバーレイクやビヨンセがお気に入りで、かたや「最も影響を受けたアーティスト」はニルヴァーナと語るポップ・ミュージック愛好家――。
たとえばこうしたミュージシャンのプロフィールだけを聞かされたとして、はたしてあなたはどんな「サウンド」を想像するだろうか。おそらく容易にはそのイメージを掴むことはできないのではないか。
いや、じつはそのミュージシャンの正体こそ、このアルバムの制作者であり、しかしそう知らされたうえで実際にその「サウンド」に触れてみたところで、あなたはますます困惑してしまうかもしれない。
たとえば近年、アメリカに限らず汎アンダーグラウンドなレベルで活況を呈するアヴァン/フリーク・フォーク・シーン。その特筆すべきポイントはいくつかあるが、ひとつに、そこにかかわる個々のミュージシャンやバンドの多様な音楽的バックグラウンドを指摘することができる。
共にアニマル・コレクティヴの中核メンバーであり、かたやブラック・ダイスのエリック・コープランドと組んだテレストリアル・トーンズ名義で、かたやDJのスコット・ミューと組んだジェーン名義で、実験的なエレクトロニック・ミュージックを追求するエイヴィ・テアとパンダ・ベア。サンフランシスコのディスコ・ダブ・バンド、タッスルの元ベーシストであり、現在はデヴェンドラ・バンハートも関与するヴェティヴァーの活動に専念するアンディ・キャビック。プラグ・ラウンジ~コメッツ・オン・ファイアなどヘヴィ・サイケデリックなロック・バンドを渡り歩いてきたシックス・オルガンズ・オブ・アドミッタンスのベン・チャズニー。“メルヴィンズとソニック・ユースの中間的な音楽性”とも称されたシット・スパングルド・バナーを前身とするコレクティヴ、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マン。そのサンバーンドと並び“ポスト・ジャッキーO・マザーファッカー“との呼び声も高いウッデン・ワンド&ザ・ヴァニシング・ヴォイスにも参加しながら、サーストン・ムーアやJ・マスキスも虜にするコネチカットのエクスペリメンタル・ハードコア・トリオ、マジック・マーカーズを率いるピート・ノーラン……etc。他にも名前を挙げられるが、かようにアヴァン/フリーク・フォークの一部には、その背景や活動形態において、いわゆる「フォーク」に留まらず多岐の領域にまたがるケースが多く見られる。
で、そんなアヴァン/フリーク・フォークの面々と、ある意味で相似形の関係にあるといえるかもしれないのが、冒頭にそのプロフィールの一端を示した本稿の主役、Yacht(ヨット)ことJona Bechtoltである。デヴェンドラ・バンハートのバンドにドラム/パーカッションで参加し、また友人のKhaela Maricich嬢とエレポップ・デュオ、ザ・ブロウとして活動しながら(昨年オリンピアのK RecordsとドイツのTomlabから同時リリースされたアルバム『Paper Televisionn』の記憶も新しい)、Yachtを名乗りフリーフォームな創作を展開する自称「a Technological Multi Talent」。そのユニークなキャラクターとバックグラウンドは、まさに“アヴァンかつフリーク”と呼ぶのがふさわしい。
パンク・バンドをやるために13歳で家を飛び出し、兄と一緒にポートランドに移住(出身は同じオレゴン州のアストリア)。15歳のときに、その8歳上の兄と始めたバンドで全米をツアーで回るなど音楽活動に没頭した後、高卒の資格を得るも大学への進学を取りやめWebデザイン事務所で働き始める傍ら、「Yacht」を立ち上げたのが2002年。本人曰く「Yacht」とは、そもそもバンド/フリーランスのデザイン会社としてスタートしたプロジェクトだったという。
「Yachtっていう名前は『Young Americans Challenging High-Technology(ハイテクに挑戦するアメリカの若者たち)』の頭文字をとった略で、ポートランドの北にある子供たちのミーティングとかを提供していた、古いビルディングから取った名前なんだよ。多分アレは放課後に、マヌケな子供たちが集まるセンターみたいなものだったのかな。そのうちビルディングは寂れちゃって、白地に薄いグリーンで『Y.A.C.H.T.』って書いてある、大きい看板があってね。それがすごく気に入っちゃったんだ」
その名前の由来となったエピソードからも窺えるように、Yachtについて語るうえで外せないのが、地元ポートランドのインディ・シーンの存在だ。近年、たとえば昨年リリースされた『Burn To Shine』(フガジのブレンダン・キャンディが監修を務めるDVDシリーズ)のポートランド編にも出演していたディセンバリスツやゴシップ、ザ・シンズといったバンドが顔役となり新たな注目を集めるポートランドの音楽シーンだが、一方、そうした裏側で地元レーベルやアーティスト間の交流を介して結ばれるパーソナルなコミュニティが、Yachtの重要なバックグラウンドとなっている。E*Rockやボビー・バードマン、パンサー、ザ・ブロウ(そもそもはKhaelaのソロ・ユニットだった)といったコラボレーターでもある友人ミュージシャン/バンド。その周りを取り巻く「State Rights Records」や「Slender Means Society」といった様々なレーベル同士によるレーベルの枠を越えた繋がり。そして、ジャッキーO・マザーファッカーとその分派的なユニット(ナッジ、ヴァレット、ワールドetc)を中心に広がるローカルなアヴァン/フリーク・フォーク・サークル……あるいはThe Portland Institute for Contemporary Art(PICA)などアートスクール等との交流も含め、ニューヨークや西海岸にも引けを取らないポートランドの豊かな音楽風景が、YachtことJona Bechtoltの創作に向かうモチヴェーションを絶えず刺激し続けてきたことはいうまでもない。
「ここの人はみんな協力的だし、シーンそのものがいろんな違うタイプの音楽で成り立っているからね。ライヴはものすごくラディカルだし、みんなでそれぞれの芸術を作り上げる手伝いをしている。アメリカでも僕の大好きな街だよ!」
本作『I Believe In You.Your Magic Is Real』は、『Super Warren MMIV』(2004)、『Mega 10”』(2005)に続く3枚目のアルバムとなる。
「僕は音をヴィジュアルとしてレイアウトしている」とも本人が語るとおり、まるでローファイなモーションピクチャーのようにガジェットな変幻自在をみせるサウンドは、きわめて視覚的で、もしくはそのゴツゴツした音の肌触りは造形的といってもいいかもしれない。アコースティック・ギターとドラムがトライバルに跳ねる“So Post All’ Em”で幕を開け、ニューウェイヴ、エレポップ/トイポップ、クラウトロック、ポリリズム、ヒップホップ、アヴァンギャルド、ハードコア……と多種多様なスタイルがこんがらがって入り乱れ、カットイン&カットアップを繰り返しながら展開するおもちゃ箱のようなポップ・ミュージック集。ここには、地元の先達スティーヴン・マルクマル~ペイヴメントや初期の頃のベックの無邪気な解体趣味もあれば、アニマル・コレクティヴやブルックリン周辺のサイケデリックな実験精神もあるし、あるいはワイ?などアンチコン一派やハー・スペース・ホリディなんかにも通じる越境的/横断的なポップ感覚もある。そんなウィアードで博覧強記の情報量を誇りながら、それでいてどこか垢抜けないハンドクラフト的な“ゆるさ”は、ポートランド産ならではの味なのかもしれない。これまでのアルバムやザ・ブロウからのフィードバックはもちろん、盟友ボビー・バードマンらのゲスト参加も含め、本作『I Believe In You.Your Magic Is Real』はまさに、ポートランドで育まれたYachtの音楽的なすべてが注ぎ込まれた――でも肩の力が抜けていて心地よくリラックスした――縮図的内容の作品といえるだろう。
本作を完成させた手応えを、「ようやく、本当に“ヨット”の気分だよね。入り江にある大きなパーティ・ボートって感じかな。友達たくさん乗せて!」と興奮と感慨交じりに話すYacht。ポートランドの慣れ親しんだ内海を飛び出し、いざポップ・ミュージックの大海へ。『I Believe In You.Your Magic Is Real』を携え、Yachtの本格的な航海がこれから始まる。
「アルバムを出した後は、ノンストップに近いツアーをする。まずは、5月にアメリカを回って、6月はヨーロッパ、7月か8月は日本!! このアルバムはオーストラリアでもリリースされるんだ。だから日本に行った後、そっちにも行けたらいいなあ。そしたら、秋にはまたアメリカに戻って・・・。その後は、多分しばらくは家に居ると思うよ。それで、またレコーディング、ツアーの繰り返し。僕はツアーがもの凄く好きなんだ」
(2007/03)
またあるときはポップなチャームで魅了するエレクトロ・ユニットの片割れ。
音楽のみならず、映像やデザインもこなすDIYなマルチ・アーティストにして、ミッシー・エリオットやティンバランド、ジャスティン・ティンバーレイクやビヨンセがお気に入りで、かたや「最も影響を受けたアーティスト」はニルヴァーナと語るポップ・ミュージック愛好家――。
たとえばこうしたミュージシャンのプロフィールだけを聞かされたとして、はたしてあなたはどんな「サウンド」を想像するだろうか。おそらく容易にはそのイメージを掴むことはできないのではないか。
いや、じつはそのミュージシャンの正体こそ、このアルバムの制作者であり、しかしそう知らされたうえで実際にその「サウンド」に触れてみたところで、あなたはますます困惑してしまうかもしれない。
たとえば近年、アメリカに限らず汎アンダーグラウンドなレベルで活況を呈するアヴァン/フリーク・フォーク・シーン。その特筆すべきポイントはいくつかあるが、ひとつに、そこにかかわる個々のミュージシャンやバンドの多様な音楽的バックグラウンドを指摘することができる。
共にアニマル・コレクティヴの中核メンバーであり、かたやブラック・ダイスのエリック・コープランドと組んだテレストリアル・トーンズ名義で、かたやDJのスコット・ミューと組んだジェーン名義で、実験的なエレクトロニック・ミュージックを追求するエイヴィ・テアとパンダ・ベア。サンフランシスコのディスコ・ダブ・バンド、タッスルの元ベーシストであり、現在はデヴェンドラ・バンハートも関与するヴェティヴァーの活動に専念するアンディ・キャビック。プラグ・ラウンジ~コメッツ・オン・ファイアなどヘヴィ・サイケデリックなロック・バンドを渡り歩いてきたシックス・オルガンズ・オブ・アドミッタンスのベン・チャズニー。“メルヴィンズとソニック・ユースの中間的な音楽性”とも称されたシット・スパングルド・バナーを前身とするコレクティヴ、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マン。そのサンバーンドと並び“ポスト・ジャッキーO・マザーファッカー“との呼び声も高いウッデン・ワンド&ザ・ヴァニシング・ヴォイスにも参加しながら、サーストン・ムーアやJ・マスキスも虜にするコネチカットのエクスペリメンタル・ハードコア・トリオ、マジック・マーカーズを率いるピート・ノーラン……etc。他にも名前を挙げられるが、かようにアヴァン/フリーク・フォークの一部には、その背景や活動形態において、いわゆる「フォーク」に留まらず多岐の領域にまたがるケースが多く見られる。
で、そんなアヴァン/フリーク・フォークの面々と、ある意味で相似形の関係にあるといえるかもしれないのが、冒頭にそのプロフィールの一端を示した本稿の主役、Yacht(ヨット)ことJona Bechtoltである。デヴェンドラ・バンハートのバンドにドラム/パーカッションで参加し、また友人のKhaela Maricich嬢とエレポップ・デュオ、ザ・ブロウとして活動しながら(昨年オリンピアのK RecordsとドイツのTomlabから同時リリースされたアルバム『Paper Televisionn』の記憶も新しい)、Yachtを名乗りフリーフォームな創作を展開する自称「a Technological Multi Talent」。そのユニークなキャラクターとバックグラウンドは、まさに“アヴァンかつフリーク”と呼ぶのがふさわしい。
パンク・バンドをやるために13歳で家を飛び出し、兄と一緒にポートランドに移住(出身は同じオレゴン州のアストリア)。15歳のときに、その8歳上の兄と始めたバンドで全米をツアーで回るなど音楽活動に没頭した後、高卒の資格を得るも大学への進学を取りやめWebデザイン事務所で働き始める傍ら、「Yacht」を立ち上げたのが2002年。本人曰く「Yacht」とは、そもそもバンド/フリーランスのデザイン会社としてスタートしたプロジェクトだったという。
「Yachtっていう名前は『Young Americans Challenging High-Technology(ハイテクに挑戦するアメリカの若者たち)』の頭文字をとった略で、ポートランドの北にある子供たちのミーティングとかを提供していた、古いビルディングから取った名前なんだよ。多分アレは放課後に、マヌケな子供たちが集まるセンターみたいなものだったのかな。そのうちビルディングは寂れちゃって、白地に薄いグリーンで『Y.A.C.H.T.』って書いてある、大きい看板があってね。それがすごく気に入っちゃったんだ」
その名前の由来となったエピソードからも窺えるように、Yachtについて語るうえで外せないのが、地元ポートランドのインディ・シーンの存在だ。近年、たとえば昨年リリースされた『Burn To Shine』(フガジのブレンダン・キャンディが監修を務めるDVDシリーズ)のポートランド編にも出演していたディセンバリスツやゴシップ、ザ・シンズといったバンドが顔役となり新たな注目を集めるポートランドの音楽シーンだが、一方、そうした裏側で地元レーベルやアーティスト間の交流を介して結ばれるパーソナルなコミュニティが、Yachtの重要なバックグラウンドとなっている。E*Rockやボビー・バードマン、パンサー、ザ・ブロウ(そもそもはKhaelaのソロ・ユニットだった)といったコラボレーターでもある友人ミュージシャン/バンド。その周りを取り巻く「State Rights Records」や「Slender Means Society」といった様々なレーベル同士によるレーベルの枠を越えた繋がり。そして、ジャッキーO・マザーファッカーとその分派的なユニット(ナッジ、ヴァレット、ワールドetc)を中心に広がるローカルなアヴァン/フリーク・フォーク・サークル……あるいはThe Portland Institute for Contemporary Art(PICA)などアートスクール等との交流も含め、ニューヨークや西海岸にも引けを取らないポートランドの豊かな音楽風景が、YachtことJona Bechtoltの創作に向かうモチヴェーションを絶えず刺激し続けてきたことはいうまでもない。
「ここの人はみんな協力的だし、シーンそのものがいろんな違うタイプの音楽で成り立っているからね。ライヴはものすごくラディカルだし、みんなでそれぞれの芸術を作り上げる手伝いをしている。アメリカでも僕の大好きな街だよ!」
本作『I Believe In You.Your Magic Is Real』は、『Super Warren MMIV』(2004)、『Mega 10”』(2005)に続く3枚目のアルバムとなる。
「僕は音をヴィジュアルとしてレイアウトしている」とも本人が語るとおり、まるでローファイなモーションピクチャーのようにガジェットな変幻自在をみせるサウンドは、きわめて視覚的で、もしくはそのゴツゴツした音の肌触りは造形的といってもいいかもしれない。アコースティック・ギターとドラムがトライバルに跳ねる“So Post All’ Em”で幕を開け、ニューウェイヴ、エレポップ/トイポップ、クラウトロック、ポリリズム、ヒップホップ、アヴァンギャルド、ハードコア……と多種多様なスタイルがこんがらがって入り乱れ、カットイン&カットアップを繰り返しながら展開するおもちゃ箱のようなポップ・ミュージック集。ここには、地元の先達スティーヴン・マルクマル~ペイヴメントや初期の頃のベックの無邪気な解体趣味もあれば、アニマル・コレクティヴやブルックリン周辺のサイケデリックな実験精神もあるし、あるいはワイ?などアンチコン一派やハー・スペース・ホリディなんかにも通じる越境的/横断的なポップ感覚もある。そんなウィアードで博覧強記の情報量を誇りながら、それでいてどこか垢抜けないハンドクラフト的な“ゆるさ”は、ポートランド産ならではの味なのかもしれない。これまでのアルバムやザ・ブロウからのフィードバックはもちろん、盟友ボビー・バードマンらのゲスト参加も含め、本作『I Believe In You.Your Magic Is Real』はまさに、ポートランドで育まれたYachtの音楽的なすべてが注ぎ込まれた――でも肩の力が抜けていて心地よくリラックスした――縮図的内容の作品といえるだろう。
本作を完成させた手応えを、「ようやく、本当に“ヨット”の気分だよね。入り江にある大きなパーティ・ボートって感じかな。友達たくさん乗せて!」と興奮と感慨交じりに話すYacht。ポートランドの慣れ親しんだ内海を飛び出し、いざポップ・ミュージックの大海へ。『I Believe In You.Your Magic Is Real』を携え、Yachtの本格的な航海がこれから始まる。
「アルバムを出した後は、ノンストップに近いツアーをする。まずは、5月にアメリカを回って、6月はヨーロッパ、7月か8月は日本!! このアルバムはオーストラリアでもリリースされるんだ。だから日本に行った後、そっちにも行けたらいいなあ。そしたら、秋にはまたアメリカに戻って・・・。その後は、多分しばらくは家に居ると思うよ。それで、またレコーディング、ツアーの繰り返し。僕はツアーがもの凄く好きなんだ」
(2007/03)
2012年3月2日金曜日
2012年3月のカセット・レヴュー(随時更新予定)
イタリアから。ピンク・フロイドをローストしたような呪術的ジャム・セッション。地中海に隆起した砂丘。クラウト・ファンクというかドローン・ファンクというか。
◎Horzes/It’s About Apples
各自、別名義でも活動するTobias SchmittとDaniel Voigtによるデュオ。定番の電子インプロヴィゼーションでノイズ~ドローン~アンビエントを塗り重ね。または武満徹の怪奇映画音楽をデシタイズ?デジタライズ?したようなホラーなムードも。
ペンシルベニアの宅録ガレージ・シンガー・ロッカー。有り体に言えば初期のベック、あるいはWavvesやTy Seagullにも通じる放埓さ。THE・ローファイな試行錯誤が、懐かしくも微笑ましくもあり。
Sublime Frequenciesからのアンソロジーも記憶に新しい、ガールズ・サイケ・ガレージ・バンド。インドネシアのロネッツ? いや、まさか。ピーナッツとかゴーゴー~GS歌謡に近い、ユルくてハクい、いなたさが愛らしい。
◎Yohuna/Revery
ハタチのJohanne Swansonによるドリーム・ポップ・プロジェクト。流行りのシャーベット・カラー・シンセ・シューゲイズ。元Sleep ∞ Overが始めたBoy Friendとかヴィヴィアン・ガールズが好きな人はマスト。女子=宅録の親和性には男子のそれ以上にリアリティを感じるところが多い。ガールズ・ジンとか見てるとそう思います。
◎Wanda Group/Bass Urine
ソロともカルテットとも囁かれるロンドンのプロジェクト。
執拗なる具体音のコラージュ。愛嬌のないエリック・コープランドか。
シカゴのNeon Blossom Recordsからリリースの本名Sarah Lipstateというブルックリンの女性音楽家。なんとグレン・ブランカやライス・チャタムのギター楽団にも参加した強者で、映像作家としての顔も。鍵盤も鳴る典雅なアンビエントあり、ギター・ノイズを重ねたヒプノティックなループあり。ジェシカ・ライアンとの共演観たい。
◎Father Sound/Harpoon Pole Vault/Split
新興カセットレーベルGift Tapesから。前者はクラスターの意匠を継ぐレトロ未来なシンセ・アンビエント、対する後者は辺境節のマダラ模様なドローン・サイケ。どこを始点に聴き進めるかで作品全体の印象も変わるだろう、か?
◎Nachtbote/Nachtbote
SF Broadcastsから、身元(今のところ)不詳の電子音楽家。まるで太陽のフレア運動をシンセのゆらぎで模写デジタル化したようなニューエイジ・サイケ。今こそ私達は喜多郎を再聴・再評価すべき時かもしれない…
NNFからもリリースするミネアポリスの3人組。クラウト・ロックを滋養にアンビエントやダブ、アシッド・フォークからトライバルまで通過した、まあ、らしいといえばらしいセンス。しかしこの界隈の“総合商社”といえばやはりジャッキーOマザーファッカーなのだなあ、とあらためて。
◎Reedbeds/Swells On High
典雅、という形容も似合いそうな、慎ましくウォーミーなギター・ループが紡ぐアンビエント。ご存知、Motion Sickness Of Time Travelことレイチェル・エヴァンス の旦那グラント・エヴァンスakaNova Scotian Armsが運営するHooker Visionから。
◎Dolphins Into The Future/Plays Themes From Voyage
ジェームズ・フェラーロとも組むベルギー人Lieven Martensによるアンビエント・プロジェクト。海洋環境音&電子音を浮力にぷかぷかもあもあと漂うニューエイジ・ソノリティーはまさにNational Geographicの世界。無重力というより無気力感さえも。
ドイツ人作家Jens Paulyによるアンビエント・プロジェクト。Digitalisからもリリースする新手?で、同名のアメコミとは全く無関係の、ケレン味なきスクウェアなシンセ交響曲。
片割れはEmeraldsのジョン・エリオット。アナログ・シンセのコズミックなうねり、クラウト・ロック経由のメディテーションとは趣の異なる、やや大仰なオーケストレーションが魅せ場か。エモーショナルだがドリーミーというよりシネマティックで、内向性は皆無。またEmeraldsの近作とは異なり、アンビエントとチルウェイヴの相関性~順接関係に楔を打つ。
◎Softlight Reveries/Softlight Reveries
Thoughts On Air名義でもお馴染みのScott Johnsonによるプロジェクト。ビンテージのテープレコーダーで録音されたという、粗目のアンビエンス。一般的にエレクトロニック・ミュージックというものが機材の開発やテクノロジーの成長と共に変化・進展してきたとするなら、これは興味深い、一種の退行現象的な試みなのかもしれない。
カナダのエセ伊達男Bernardino Femminielli。DigitalisやHobo Cultからのリリース履歴が信じ難い、大マジな80sシンセ・ディスコ。例えば100%silk!が展開するアンビエント~ディスコ~ニューロマ/イタロの流れ・連続性とどう結ばれるのか、はたまた別物なのか、興味深いところかもしれない。
◎Digital Leather/Sponge
Fat Possumらしいというか、ジェイ・リタードとも交遊があったとかどうとか。玉石混交の2000年代ローファイ再興市場からフックアップされた4人組。2000年代ローファイ~シンセ・パンクを通過したガイデッド・バイ・ヴォイセズ――的な小気味よいフックが魅力。
◎Universal Studios Florida/Oceans Sunbirds
シアトルのデュオ。アニコレ以降のUSサイケ・ポップやシューゲイズ、トライバルからエレクトロニカやチルウェイヴまで。2000〜2010年代におけるUSインディーの命脈を網羅・圧縮した、若干早過ぎたサンプルかも。ファック・ボタンズがスペースマウンテンならコチラはスプラッシュマウンテン。フローティングでブリージン。
◎TRANSMUTEO/CYMAGLYPHS
「ニューエイジ」と「レトロフューチャー」。本来の語義的には相反するものなのでしょうが、そう考えるとこのデジタルテクノロジーの飽食の時代にカセットでリリースされるというのも、まあ奇妙な現象であるのかもしれない。エレクトロニクスと環境音がまったりと編まれた、“ゆらぎ”のインナーミュージック。
◎Air Sign/Our Galactic Covered Wagons to the Stars
ビンテージなプログレからシンセ・ディスコ、ニューエイジからバレアリックまで、意外や手数豊富に畳み込まれたきわめて今日的な電子音楽の一例。パイプオルガンやバグパイプのように鳴る管楽的なオーケストレーションは重厚感も。
現代エレクトロニック・ミュージックが提示するスタイル、あるいはそこに開ける「ゾーン」。多様にして、しかし反面、ジャンルとしての固定化=強化を促すある種の閉鎖性が、この界隈の多作ぶりを担保しているような気も。質が量を支えているのか、それとも量が質を支えているのか、まあよかれあしかれ……。フィラデルフィアのChris Madakによるプロジェクト。
◎Brother Raven/Timewinder
Jamie PotterとJason E Andersonの2人によるアンビエント・プロジェクト。起伏の乏しい、というか陰影の薄いたおやかなシンセ・ミュージック。電子音楽作家はカセットテープというオールドメディアに何を見ているのか。スキップが容易な他のメディアと異なり、スキップ不可=丸々の音楽聴取を半ば強いる、その体験性にひとつの醍醐味があるのは間違いないとしても……。
◎The Garment District:/Melody Elder
The Ladybug Transistorの創始メンバーによる、みずみずしく、愉しき箱庭音楽。レーベル色のアングラ感はなく、90年代アセンズ~エレファント6周辺も彷彿させるローファイ/初期エレクトロニカの牧歌性&アマチュアリズムは、前身たる出自が物語る通り。あるいはツジコノリコの初期作にも通じるドーリーな少女趣味に思わずほころぶ。元Television Personalities/Swell MapsのJowe Headが一曲ベースを弾いている。
ポスト311の、“想定外”という圏内を歌った…… ジャパニーズ・フォーク/サイケデリック・ロック。
◎TRANSCENDENTAL RODEO/vol 1
マット・ヴァレンタイン + エリカ・エルダーに参加する……と経歴を知り納得。バンジョーやハーブを交えながら奏でられる、美しく瞑想的なアコースティック。
◎Iasos/Jeweled Space
ギリシャ出身のパイオニア。拠点は米西海岸だがヒッピー臭いニューエイジとは画した、天上から降り注ぐスターライト・アンビエント。
◎Predator Vision/Ⅱ
リアル・エステイトのEtienne DugayやMatt Mondanile (ダックテイルズ)も参加するサイケデリック・ジャム・プロジェクト。いわゆるクラウト・ロック・マナーだが、空間系のギター・エフェクトはさもありなん、という感じか。
◎Piotr Kurek/Heat
名門Digitalisから。ワルシャワ出身のアンビエント/ドローン・エクスペリメンタル。オルガンやモジュラーシンセ、フェンダーローズや多彩な音色を操り、霊妙で儀式的なセッションを提示する。ほのかなオリエンタリズムは東欧由来なのか、はたまた雅楽風の典雅な趣さえ漂わす。エキセントリックなヴォイス・パフォーマンス、ダンサブルな展開も。
◎Neon Tongues/Big Kids
早い話がプレ・クラウド・ナッシングス。ディラン・バルディによる初期の数多ある?ローファイ・ガレージ・プロジェクトのひとつで、ベッドルーム・ミュージックらしい仕掛けもチャームポイント。アルビニ以降の現在とはかけ離れた音だが、天性のメロディー・メイカーとしての閃きは感じられる。
◎Heated Void/Mirror Cubes
Julian&JosephのGulyas兄弟によるアンビエント/ドローン・デュオ。モコモコとうねる視界不良の電磁層。モールス信号のようなパルス音が深みへ、深みへと誘う。
◎Lussuria/Silk and Honey
ゴシックというかホラー、恐怖というより悪夢的なドゥーム・インダストリアル・デュオ。スカムなジャケが何をか言わんや……
(※2012年1月のカセット・レヴュー(随時更新予定))
(※極私的2010年代考(仮)……“カセット・カルチャー”について)
(※2011年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+2))