2015年8月27日木曜日

USアンダーグラウンド白書 : Life Coach


本作『アルファウェイヴズ』は、トランズ・アムやファッキング・チャンプスでの活動で知られるギタリストのフィル・マンレイと、マーズ・ヴォルタや、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのザック・デ・ラ・ロッチャとのワン・デイ・アズ・ア・ライオンでドラムを叩いたジョン・セオドアが結成したプロジェクト、ライフ・コーチのデビュー・アルバムになる。ライフ・コーチというプロジェクト名は、フィルがリスペクトするジャズ・ドラマー、トニー・ウィリアムス(※マイルス・デイヴィスの「黄金クインテット」のメンバーだった)のアルバム『Life Time』にちなんで付けられたもので、そもそもは2年前のフィルのソロ・アルバムに冠せられたタイトルだった。なお、本作の海外でのリリースは、そのフィルの『Life Coach』もリリースした〈Thrill Jockey〉からとなる。


まずはフィルの経歴を簡単に整理する。

フィルにとって音楽キャリアの出発点となったのが、現在も〈Thrill Jockey〉の看板バンドとして活動を続けるトランズ・アムだ。80年代の終わりにワシントンDC近郊で結成され、90年代半ばのデビューからすでに20年近くがたつ。活動を始めた当初は、マイナー・スレットやガヴァメント・イシューらを輩出した土地柄かハードコア・バンドとして鳴らしたが、トータスのジョン・マッケンタイアがプロデュースした『Trans Am ‎』をへてリリースされたセカンド『Surrender To The Night ‎』('97)やサード『The Surveillance』('98)の頃には、後の代名詞となるプログレ~クラウト・ロックとニュー・ウェイヴとハード・ロックがミックスされたようなサウンドを確立。近年では、2007年の8枚目『Sex Change』が!!!やバトルスとも比せられる評価を得るなど、いわゆるポスト・ロックのオリジネイターとしても



一方、フィルはトランズ・アムと並行して、90年代初頭にオハイオの大学時代のルーム・メイトらと結成したゴールデンを始動。後にメイク・アップやウィアード・ウォーで活動するアレックス・ミノフを始めUSインディ・シーンの手練を揃え、フィッシュやメルヴィンズの影響を受けたディープなサイケデリック・ロックで評判を得る。さらに、2000年代の後半には、トランズ・アムとは合体名義(TransChamps /The Fucking Am)でアルバムをレコーディングするなどかねてより交流のあったサンフランシスコのインストゥルメンタル・メタル・バンド、ファッキング・チャンプスに代替メンバーとして加入。他にも、ブルックリン・シーンの重鎮オネイダのツアーにサポート・ギタリストとして帯同したり、〈Kranky〉や〈100% Silk〉からリリースするサンフランシスコのエレクトロニック・アーティスト、ジョナス・ラインハルトことジェシー・ライナーのバンド・メンバーを務めるなど、その活動は広範囲に及ぶ。

加えて、近年のフィルの活動でとくに注目すべきは、そのプロデューサー/エンジニアとしての仕事ぶりだろう。フィルがこれまで手がけたアーティストは、バーン・オウル、ウッデン・シップス、ムーン・デュオ、ミ・アミ、デート・パルムス、フレッシュ&オンリーズなど多数。中にはバーン・オウル『Lost In The Glare』やウッデン・シップス『West』といったキャリアを代表する作品も含まれており、その確かな手腕もさることながら、それらアーティストの顔ぶれからは、昨今の活況を呈するUSアンダーグラウンド・シーンにおいてフィルが支持を集め強い影響力を持ち続けていることが窺える。もっとも、現在のUSアンダーグラウンド・シーンにおいてデフォルトと化したクラウト・ロックのリヴァイヴァルは、さかのぼればトランズ・アムが促した部分もあったといえなくもない。バンド/ギタリストとしての活動しかり、その旺盛な創作ペースと様々な現場を渡り歩く多才ぶりは、なるほど評価と知名度を増すフィル個人の近況を物語るようだ。


そして、このライフ・コーチというプロジェクトにおいて鍵を握るのが、ジョン・セオドアの存在である。

冒頭でも触れたマーズ・ヴォルタやワン・デイ・アズ・ア・ライオンでの活動ぶりについては有名なところだろう。とくにバンドのダイナモとしてオマー・ロドリゲス・ロペスと渡り合う存在感を見せた前者における功績については、いくら強調してもし過ぎることはない。ジョンのドラミングがあの強靭無比なグルーヴを支えていたことは、ジョン在籍時と脱退後の作品を聴き比べればおのずと明らかだろう。



そんなジョンとフィルの出会いは、前述のゴールデンの頃にさかのぼる。というのも、ジョンもまたゴールデンの元メンバーであり、つまりフィルとは大学の同窓生という関係だったわけだ。またゴールデン以外にも、ジョンはトランズ・アムのアルバムで叩いたり、The Fucking Am名義の作品に参加したりするなど、フィルとは20年来の友人であり音楽仲間だった。そうした縁もあり、その後もフィルがソロ・アルバム『Life Coach』に併せてライヴを行った際にジョンがサポート・ドラムを務めるという機会が何度かあったようで、その流れで今回のライフ・コーチの結成へと至ったらしい。なお、近年ではトゥールのメイナード・キーナンのサイド・プロジェクトであるプシファーやインキュバスのブランドン・ボイドのソロ・アルバムで叩いたり、そしてさらに来たるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのニュー・アルバムでもドラマーを務めるなど、その才能は相変わらず引く手あまたの状態だ。


ソロ・アルバム『Life Coach』は、曲作りや演奏からレコーディングまですべてフィルひとりでやり遂げた作品だった。ギター、ベース、シンセ、ドラムマシーンを駆使して組み上げられたサウンドは、フィルが愛聴したカンやクラフトワーク、クラスターといったクラウト・ロックからの影響、あるいはそれらの作品を手がけたコニー・プランクへのリスペクトが示された、DIYなサイケデリック・ミュージックだった。また、いくつかの曲で聴けるアコギの流麗なフィンガーピッキング・スタイルは、ブルーグラスやフォーク・ミュージックを聴いて育ったというフィルのルーツも窺わせた。


対して、本作『アルファウェイヴズ』では、ドラム・パートはもちろんすべてジョンが担当、しかもファースト・テイクのもののみが使われたという(※ジョンのドラムには一切何も手を加えることはなかったそうだ)。その他のギターやシンセなどのパートとドラムマシーンでフィルが曲作りした音源をジョンに送り、それにジョンがマリブに所有するガレージで録音したドラム・パートを加え、最終的にフィルが仕上げるというプロセスで制作は進められた。ちなみに、以前にフィルがアルバムのミックスを手がけたことがあるゴールデン・ヴォイドのイサイア・ミッチェルが、何曲かでリード・ギターとして参加している。


はたして、そのサウンドは、スタジオ・レコーディングとライヴ・レコーディングがミックスされたような奥行きある生々しい質感となった。タイトル・トラックの“Alphawaves”で聴ける、絡み合うフィルとイサイアのツイン・ギター&空間系のシンセと並走するタイトなドラムの相性の良さは、ジョンもまたハルモニアやクラウス・ディンガーをリスペクトするクラウト・ロックの熱心なリスナーであったことを窺わせるが、かたや“Into the Unknown”で叩く多彩でアヴァンギャルドなスタイルは、トータスやジューン・オブ・44周辺のポスト・ロック~ジャズ人脈が集結したヒム(HiM)でプレイしていたこともある経歴が反映されているようで興味深い。




ハード・ロックなギター・ソロが印象的な“Fireball”、さらにカンやアモン・デュールもかくやたるサイケデリックでブギーなバンド・アンサンブルを展開する“Mind’s Eye”は、フィルの表現力豊かなヴォーカルと相まって本作のハイライトと呼べるナンバーだろう。ちなみに、こうしたジョンのプリミティヴな身体感覚は、シュトックハウゼンのような現代音楽から、インドネシアのガムラン、北アフリカやヒンドゥーの民族音楽、メラネシアに伝わる聖歌、そしてもちろんフェラ・クティまで、国籍・時代・ジャンルを問わず聴取された音楽経験によって醸成されたものらしい。あるいは、ドゥーム/スラッジなギター・インストゥルメンタルで押し切る“Life Experience”、同じくドローニッシュなサウンド・エクスペリメント“Ohm”には、それこそバーン・オウルやエターナル・タペストリーらに代表される現在のUSアンダーグラウンド・シーンと共有するフィルの志向/嗜好を見て取ることができる。

フィル・マンレイとジョン・セオドア――両者がともに歩み、そこから枝分かれしてキャリアを積む過程でそれぞれに獲得した音楽的なルーツやバックグラウンドがまさに邂逅を遂げた成果こそが本作『アルファウェイヴズ』であり、ライフ・コーチの実像にほかならない。



アルバム完成後のインタヴューに答えたフィルによれば、ライフ・コーチとしての大々的なツアーは現時点で予定がなく、ひとまずは互いがそれぞれのプロジェクトに注力するという方向らしい。フィルはトランズ・アムのニュー・アルバムのレコーディングと、長年温めているというゴールデンの再始動に向けた調整。そしてジョンは、前述のクイーンズのアルバムに続き、マストドンのブレント・ヒンズとデリンジャー・エスケイプ・プランのベン・ワインマン、元ジェーンズ・アディクション/現在はナイン・インチ・ネイルズでベースを弾くエリック・アヴェリーと結成したジラフ・タン・オーケストラのデビュー・アルバムが控える。さらに、同じインタヴューに答えたジョンによれば、現在は活動を停止しているワン・デイ・アズ・ア・ライオンについても、フル・アルバムのリリースを含めて何らかの新たな動きを模索しているそうだ。
 

(2013/04)

0 件のコメント:

コメントを投稿