ファック・ボタンズの名前を久しぶりに聞いたのは昨年の夏。映画監督のダニー・ボイルが総合演出をしたロンドン・オリンピックの開会式で、ポール・マッカートニーやアークティック・モンキーズのライヴ・パフォーマンスとともに、彼らの音楽が世界中に向けて流されたことは嬉しいサプライズだった。音楽監督を務めたアンダーワールドのリック・スミスが彼らのファンだったことから声がかかり、ローリング・ストーンズやデヴィッド・ボウイ、セックス・ピストルズ、クラッシュ、ニュー・オーダーら英国を代表するアーティストの楽曲に交じって、彼らの“Surf Solar”と“Olympians”のリミックスがスミスのコントリビュートしたセレモニーのサウンドトラックとして使用された。さらに、片割れのベンジャミン・ジョン・パワーのソロ・プロジェクト、ブランク・マスがロンドン交響楽団と録音した“Sundowner”も披露。
かねてより音楽の目利きには定評のあるボイルとはいえ、気鋭が揃う英国のインディー・シーンでもレフトフィールドに位置する彼らの起用は異例と言えるだろう。実際、あのような国際的行事の場で自分たちの音楽が流れるというのは、彼らにとって光栄ながらもシュールな体験だったようだ。ともあれ、内外に少なからぬ驚きを残したその光景は、リリースが久しく途絶えていた(※シガー・ロスのヨンシーのリミックス“Tornado”などあったが)彼らの存在をあらためてクローズアップさせる機会となったに違いない。
2009年のセカンド・アルバム『タロット・スポート』から件のオリンピックを挟み、最新作となるサード・アルバムの本作『スロウ・フォーカス』までの約4年間。シングル・カットを除けばリリースの音沙汰はなかったが、もちろん、その間も彼らは活動の手を休めていたわけではない。まず、リリースから約2年半も続く長丁場となった『タロット・スポート』のツアー。さらに、それと並行して彼らは個々に新たなプロジェクトを始動させる。かたや、パワーは前述のブランク・マス名義で、モグワイが主宰する〈Rock Action〉からデビュー・アルバム『Blanck Mass』をリリース。かたや、相方のアンドリュー・ハンは、女性ヴォーカリストのクレア・イングリスとマルチ・インストゥルメンタル奏者のマシュー・ド・プルフォードを迎えたユニット、ドーン・ハンガーを結成。昨年、デビュー・12インチ『Stumbling Room / Billowed Wind』を自主リリースした。また、外仕事ではファック・ボタンズとして手がけたシガー・ロスのヨンシーのリミックス“Tornado”がある。そして、日本のファンにとっては、念願の初来日となった2011年2月の「I'll Be Your Mirror」でのステージが記憶に新しい。ちなみに、本作『スロウ・フォーカス』の曲作りは、前作『タロット・スポート』のツアーから戻り次第始めて約一年半に及んだそうだが、オリンピックの開会式の頃にはすでに作業を終えていたという。
前の2枚のアルバムで注目されたことのひとつに、サポートを務めた制作陣の存在が挙げられる。2008年のファースト・アルバム『ストリート・ホーシング』では、モグワイのギタリストのジョン・カミングスと、モグワイが主宰する〈Rock Action〉所属のパート・チンプのティム・セダーがレコーディング・エンジニアを、さらにスティーヴ・アルビニ率いるシェラックのボブ・ウェストンがマスタリングを担当。そして、2009年の前作『タロット・スポート』では、以前にリミックスを依頼したアンドリュー・ウェザオールをプロデューサーに起用。幾重ものシンセ・ノイズ/ドローンとトライバルなリズム、ディストーション・ヴォイスが絡み合うエクスペリメンタルなサイケデリック・サウンドを展開した前者に対し、そこにバレアリックなダンス・ビートを持ち込み、一転してミニマルな躍動感とトランシーな陶酔感をもたらした後者と、いずれもそのサウンドからは、制作をサポートした人脈の音楽的なバックグラウンドを反映した志向が強く窺えた。つまり、グローイングや〈Kranky〉周辺のアンダーグラウンドなアンビエント・ドローン、イエロー・スワンズやプルリエントのインダストリアルとの共振やシューゲイザー・リヴァイヴァルの流れも意識させたノイズ・ミュージックと、それこそ当初「ニュー・エキセントリック」という泡沫的なコピーでフォールズやジーズ・ニュー・ピューリタンズらとカテゴライズもされた折衷主義的なダンス・ミュージックの結節点といえた彼らのサウンドを、まさにモグワイに象徴される90年代後半~2000年代以降のパンクやハードコアを出自としたポスト・ロック/インストゥルメンタル・ロックの系譜に位置付け、さらにウェザオールがDJやリミキサー、セイバーズ・オブ・パラダイス/トゥー・ローン・スウォーズメンの活動を通じて歩んだエレクトロニック~UKクラブ・ミュージックの文脈へと接続を試みた筋書きが、その2枚のアルバムのプロダクションやトラックメイクからは透けて見える。また、その制作陣の起用に表れたアルバムごとのサウンドのベクトルは、そもそもパンク/ハードコアの厳格なマナーを信条に培われたパワーと、〈Warp〉や〈Leaf〉のアーティストに耽溺していたハンの、それぞれ個々のルーツを再確認するようなアプローチを示していて興味深い。
対して、約4年ぶりとなるニュー・アルバムの本作『スロウ・フォーカス』が前の2枚のアルバムと異なるのは、それが初のセルフ・プロデュース作品である点だろう。そのきっかけとしては、彼らが自前のスタジオを手に入れたこと。本作はそのロンドンの「Space Mountain Studio」で制作された最初の作品になる。そして、彼らのインタヴューによれば、そうしてスタジオに入り浸り日常的に作業を続ける中で、レコーディングやプロダクションに関する発想というものが、じつは自分たちの曲作りのプロセスには自ずと組み込まれたものであると気付いたことが今回のセルフ・プロデュースに至った理由なのだという。彼らの曲作りは、ライヴと同じく互いが向き合う形に機材をセッティングして行われ、制作された楽曲は実際にライヴで試してみてスタジオと作業を往復しながら完成形に仕上げていくやり方がとられているのだが、その過程ではこれまでも、テクスチャーや音のコンビネーション、リズム・ストラクチャーのアレンジなどポスト・プロダクションも見据えたやり取りが同時進行で行われてきたとハンは語る。いわく、彼らにとってプロデューサー的な思考とは曲作りにおける考察や熟慮の一環であり、今回のセルフ・プロデュースについては自然かつ論理的なネクスト・ステップとして受け止めているようだ。ちなみに、本作の曲作りは、2年半も続く長丁場となった前作『タロット・スポート』のツアーから戻り次第始めて、期間は約一年半に及んだそうだが、オリンピックの開会式の頃にはすでに作業を終えていたという。
セルフ・プロデュースを受けて特別に意識しすることもなく、コンポジションのアプローチ自体はこれまでのアルバムと同じだという。ただ、曲作りからレコーディング、ミックスまで一括して同じスタジオで作業が行われた成果か、よりダイレクトでアグレッシヴなサウンドに仕上がったと自負する。ボアダムス・ライクのパーカッシヴなドラム・ビートが強烈な“Brainfreeze”に続き、反復するSci-Fiなシンセのアルペジオが、まるでジョルジオ・モロダーが映画『トロン』のサウンドトラックを手がけたイメージにふさわしい“Year Of The Dog” (※近年、ジョン・カーペンターの80年代のSF映画のサウンドトラックがUKの〈Death Walts〉から再発され、コズミック~Nu Discoの文脈で再評価されている流れも想起させる)。そして、最近ヒップホップにハマっていると話していたハンの趣向が反映されたと思しき、“The Red Wing”のブレイクビーツやファットなボトム・プロダクションは、本作のトピックとなる彼らの新機軸といえるだろう。ボルチモア・ブレイクスやゲットー・ベースも連想させる“Prince's Prize”のコンシャスなビートも新鮮かもしれない。対して、アシッド・ハウスのベース・ラインや複雑なビート・プログラミングを呑み込む“Sentients”や“Stalker”の重層的なシンセ・サウンドからは、パワーがブランク・マス名義で披露するよりドローニッシュでインダストリアルなノイズの影響も見て取れる。“Hidden Xs”の10分を超えるスペクタクルは、彼らがモグワイとエイフェックス・ツインの私生児として音楽的な青写真を描いた、その現段階での完成形を見るようで圧巻だ。
彼らにとっては、前の2枚のアルバムとの違いよりも連続性の方が意識されているそうだが、一方で「これまでの作品にはなかった感情が表現されている」とも語っていて、パワーは本作を「malevolence(※悪意、悪心)」という言葉で形容している。なお、本作のマスタリングは、『ストリート・ホーシング』以来となるボブ・ウェストンが担当(※エンジニアリングはLCDサウンドシステムやビッグ・ピンク、イズ・トロピカルの諸作を手がけたジミー・ロバートソン)。なるほど、前作『タロット・スポート』の〈KOMPAKT〉勢にも通じるバレアリックなサウンドと比較すると本作はソリッドな音像が際立つが、この辺りの人選も、本作のどこかダークで攻撃的なムードと関係があるのかもしれない。
今秋、彼らは本作を引っ提げて、主要都市を回る大規模なUK/USツアーを敢行。なかでも、デムダイク・ステアやレイムと並び昨今のインダストリアル・テクノ/ダーク・アンビエントを代表する〈Tri Angle〉の気鋭、ハクサン・クロークことボビー・ケリックを連れ立った前半のツアーは、本作が示す現在のファック・ボタンズの音楽的なボジションを象徴する格好の機会となるに違いない。そして、前作のツアーでは本作の楽曲がすでに披露されていたと明かすように、今回のツアーでも次回作に向けた新たな楽曲がいち早く披露されることになるのではないだろうか。あとは日本のファンとして、初来日となった2年前の「I'll Be Your Mirror」でのステージ以来となる来日公演の実現を切に願うばかりである。
(2013/08)
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