グリズリー・ベアがアメリカのインディ・シーンで浮上した背景には、2000年代の中頃から台頭したネオ・フォーク/フリー(ク)・フォークの流れを指摘できる。フォークを主体とした折衷的な音楽性を特徴とするムーヴメントで、その界隈からは個性豊かなアーティストが数多く登場した。「Neo/Free(Freak)」とあるようにスタイルや趣向は様々で、デヴェンドラ・バンハートやジョアンナ・ニューサムに代表される伝統的素養や大衆性も備えたSSWから、ジャッキー・O・マザーファッカーやノー・ネック・ブルース・バンドといった不定形で実験性を志向する大所帯のコレクティヴまで、その顔ぶれは世代をまたがり多岐にわたる。なかには「New Weird America」と称されたラディカルな一群もあり、つまりはアメリカ音楽の新たな傾向としてそれは捉えられた。
もっとも、その流れにいたるさらなる背景としては、90年代の後半から2000年代にかけて「アメリカーナ」というタームとともにクローズアップされたアメリカン・ルーツ・ミュージックの再解釈の動きがあった。カントリーやフォークやブルースを、いわゆる音響派~ポスト・ロック以降の手法や感性で捉え直し再構築するオルタナティヴな潮流であり、その代表格にはウィルコやジム・オルーク(『Bad Timing』『Eureka』)、あるいはキャレキシコなども挙げられる。それはいわば、アメリカ音楽史の“驚くべき恩寵”に魅せられた一種の復興運動を思わせる静かなムーヴメントだった。そして、そこで憧憬の対象として再発見されたのが、ヴァン・ダイク・パークスやブライアン・ウィルソン、ジョン・フェイヒィやハリー・スミス編纂の『Anthology of American Folk Music』といった巨匠たちの意匠だった。
そうした一連の動向をへてアメリカのインディ・シーンが迎えた豊饒さを伝える作品が、2009年にリリースされたコンピレーション・アルバム『Dark Was The Night』だろう。ザ・ナショナルのアーロン&ブライス・デスナー兄弟が監修を務め、グリズリー・ベアをはじめダーティー・プロジェクターズやアーケイド・ファイア、キャット・パワー、ファイスト、そしてデヴィッド・バーンなど錚々たるアーティストが参加。興味深いのは、オリジナル曲に交じって収録されたカヴァー曲のセレクト。タイトルにも採られたブラインド・ワイリー・ジョンソンやボブ・ディランのブルース/フォークのクラシックス、あるいは、“Amazing Grace”など賛美歌や伝承歌……すなわち「アメリカの歌」を新たな手で歌い起こし、その相貌をアメリカのインディ・シーンの現在地図に重ね描く。その企みは、いわばアメリカン・ルーツ・ミュージックのリプレゼンテーションと呼ぶにふさわしく、「歌/声」の力を今の時代に立て直そうと する試みを感じさせるものだった。
さらに、同作品の参加アーティストの顔ぶれからは、グリズリー・ベアを取り巻くアメリカのインディ・シーンの縮図を俯瞰することができる。たとえばボン・イヴェールやアイアン&ワインに象徴されるモダン・アメリカーナの系譜。その系譜をシェアするスフィアン・スティーヴンスやアンドリュー・バードに加えて、ニコ・マーリーやベイルートを含むチェンバー・ミュージック~ポスト・クラシカルの流れ。あるいは、アントニー(&ザ・ジョンソンズ)が披露する圧倒的な「歌/声」。それらのトピックがグリズリー・ベアの周りを同心円状に広がり、かつレイヤー状に重なりながら現在のアメリカのインディ・シーンを形作っている――そんなイメージを描くことができるだろう。そして、その地図には、彼らと縁の深いフリート・フォクシーズやオーウェン・パレットなどの名前も当然含まれる。
もちろん、グリズリー・ベアが注目を集めたきっかけには、ブルックリンという地の利のアドバンテージも大きかっただろう。そして、前作『Veckatimest』と同時期にリリースされたアニマル・コレクティヴやダーティー・プロジェクターズのアルバムの批評的成功と一定の商業的成功を受けて、イギリスの音楽誌UNCUTが「アメリカのラディカルなアンダーグラウンドのインディ・ロックがメインストリームを侵略した年」と伝えた2009年から3年。インディ・シーンのさらなる活況を背景に、奇しくもその時のバンドが揃ってニュー・アルバムを発表するタイミングを迎えた。
はたして2012年は、アメリカの音楽史にどんな瞬間が刻まれる年になるのだろうか。
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