2013年7月12日金曜日

極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:Disappears



本作『プリ・ランゲージ』は、シカゴの4ピース、ディサピアーズのサード・アルバムになる。今回が日本デビュー盤となり、本国では前作・前々作に引き続き地元の「Kranky」からリリースされた。また本作は、新メンバーとしてソニック・ユースのドラマー、スティーヴ・シェリーが参加したことでも話題の作品である。


ディサピアーズは2008年にシカゴで結成された。しかし、彼らを語るうえでまず触れるべきは、中心人物のブライアン・ケイス(Vo/G)の経歴についてだろう。というのも、ブライアンはディサピアーズを始める以前に、90デイ・メンとポニーズというふたつのバンドで活動していた過去を持つ。かたや90デイ・メンは、90年代半ばにセントルイスで結成され、その後シカゴに活動の拠点を移し、ヘルメットやドン・キャバレロ(※後のバトルスへと発展する)とも比較されたプログレッシヴ・ロック~マス・ロックの流れを汲む構築性の高いサウンドで評価を集めたバンド。かたやポニーズは、2000年代初めにシカゴで結成されたガレージ・パンク・バンドで、ジョイ・ディヴィジョンや初期キュアーからジーザス&メリー・チェインまで(広義の)ポスト・パンクの影響を受けたワイルドなギター・ロックは地元シーンで熱烈な支持を得た。

一見、異なる音楽志向とスタイルの両バンドだが、じつは重要な共通点があり、それはスティーヴ・アルビニと縁が深いという事実。前者は2004年のラスト・アルバム『Panda Park』がアルビニ所有のスタジオ「Electrical Audio」で録音(※同作品はトータスのジョン・マッケンタイア所有の「Soma」でも録音された。ちなみにエンジニアリングは昨年エクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイの最新作『テイク・ケア、テイク・ケア、テイク・ケア』やビッチ・マグネットの再発リマスターも手がけたジョン・コングルトン)、そして後者は、2007年に「Matador」からリリースされたサード・アルバム『ターン・ザ・ライツ・アウト』がアルビニのプロデュース作品だった。

というように、つまりディサピアーズとは、80年代後半のバストロやビッグ・ブラック~レイプマンといったポスト・ハードコア/USジャンクに始まり、90年代のトータス周辺や、キャップン・ジャズから派生したジョーン・オブ・アークやプロミス・リングに代表されるポスト・ロックからエモ/パンクの流れを含む――連綿たるシカゴのミュージック・シーンを大きな背景に登場したバンドだといえるだろう。ちなみに、ブライアンの他のメンバー、ジョナサン・ヴァン・ヘリック(G)とオリジナル・ドラマーのグラエム・ギブソンもディサピアーズ以前にボアスというバンドで活動していて、2003年リリースのアルバム『Mansion』にはトータスのジョン・ヘーンドンやエクスプローディング・スター・オーケストラのジョシュ・バーマンらシカゴの腕利きが参加、さらに前述の「Soma」で録音された経緯がある。またグラエムにいたっては、ディサピアーズと平行して「Sub Pop」所属のフルーツ・バッツというオルタナ・カントリー・バンドで活動する傍ら、JOAのティム・キンセラを始めタウン&カントリーやキャリフォン、U.S.メイプルのメンバーからなるコレクティヴを組み、元ミニストリーのクリス・コネリーのソロ・アルバム『Episodes』をサポートするなど、バンドを取り巻くシカゴ・シーンの交友関係は有機的で幅広い。


さて、そのような経緯をへて、ブライアンがポニーズのブレイク中にグラエムと始めたデモ制作をきっかけに、その後ジョナサンとデーモン・ジュリアン・カールエスコ(B)が加わり本格的に始動したディサピアーズ。デーモンを除けば個々にそれなりのキャリアを積んだミュージシャンの集まりだったが、ブライアンはバンド結成時に描いた音楽的な青写真についてインタヴューで語っている。それはちょうど90デイ・メンとポニーズの“橋渡し”的な位置付けというもので、いわく前者の「コンセプト」と後者の「ストラクチャー」を融合させたもの、だという。つまり、前者の複雑で構築性の高いサウンドと、後者の“シンプルで率直(simplicity and directness)”なソングライティングを兼ね備えたスタイルこそ、ブライアンの掲げたディサピアーズのヴィジョンだったようだ。


また、それとともに、ブライアンがディサピアーズの音楽的指標として挙げるのが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやノイ!の名前である。あるいはサウンドからはスペースメン3やスーサイド、フォールとの近似性も散見できるが、とりわけ重要なのがクラウト・ロックからの影響だったようだ。きっかけは90デイ・メン時代のバンドメイトだったロバート・A.A.・ロウ(※現在はリッチェンというノイズ/ドローン・プロジェクトで活動)の勧めでファウストを聴き、そしてカンの『エーゲ・バミヤージ』に衝撃を受け、そこからノイ!やクラスターからハルモニアやラ・デュッセルドルフへとハマっていったのだという。もっともプライヴェートでは古いR&Bやソウルやカントリーのレコードをよく聴いているそうだが、つまり、クラウト・ロックの反復するフレーズやリフ、グルーヴの推進力やミニマリズムを、ガレージ・パンクやサイケデリック・ロック~ドローンのテクスチャーと融合させるというのが、ディサピアーズのひとつのスタイルといえる。ちなみに余談だが、所属する「Kranky」は2000年代のUSアンダーグラウンドにおけるクラウト・ロック・リヴァイヴァルの震源地であり、『Cryptograms』期のディアハンターを始めクラウドランド・キャニオンやエメラルズのスティーヴ・ハウシルトらと彼らが同時代性を共有している点は重要な指摘だろう。

ファースト・アルバム『Lux』がリリースされたのが2010年。制作自体は2008年にされたのだが、当初契約していた「Touch & Go」の閉鎖に伴い新たなレーベル交渉に手間取り、結果リリースまでに2年のブランクが空いてしまったのだという。しかし、そのブランクの間にバンドは新たな曲作りを済ませ、翌年の2011年にはセカンド・アルバム『Guider』がリリースされた。1曲目を除いてワンテイクで録音されたことでも話題を呼んだアルバムだが、なかでもバンドの重要な方向性を提示していたのが最後に収録された“Revisiting”だった。『Lux』同様にそもそも3分台か3分弱の楽曲が並ぶバンドのレパートリーに対して、約16分間というアルバム収録時間の半分を占めるこのロング・トラックは、いわばヴェルヴェット・アンダーグラウンドにおける“シスター・レイ”であり、つまり反復とミニマリズムとシンプリシティを追求し、さらにリヴァーヴ等の音響テクスチャーも含むディサピアーズのサウンド・デザインが最大限まで拡張された「実験」だった。曲作りは基本的にライヴで試しながら完成させていくスタイルらしく、“Revisiting”が開陳した深化の萌芽は、「『Lux』のオルタネイト・ヴァージョン」とブライアンが語る『Lux』収録曲のライヴ音源『Live Over The Rainbo』(※ディアハンターと周った初ツアーの際にCDR/カセットで限定リリースされた後、2011年に「Rococo」からアナログで再発された)でも確認できる。


その『Guider』をレコーディング直後にグラエムがバンドを脱退。そこで、以前に自分たちのライヴに招待するなど交流のあったスティーヴに相談し、実現したのがこの度の正式加入の経緯のようだ。
まず手始めにバンドとスティーヴは『Lux』と『Guider』の楽曲のリアレンジに取りかかり、その作業を参考に新たな曲作りをスタート。そしてデモを制作後、それをもとに『Guider』のリリース・ツアーを通じて曲を練り上げ、再度スタジオ・ワークをへて完成したのが本作『プリ・ランゲージ』になる。なお、本作のミキシングと共同プロデュースは前述の90デイ・メン『Panda Park』も手掛けたジョン・コングルトン、エンジニアリングはソニック・ユースの諸作でお馴染みのアーロン・ミュランが担当(※ちなみに、当初のデモ音源は『Live At Echo Canyon』というカセット/CDRとして『Guider』のツアーで限定リリースされた)。

果たして、本作『プリ・ランゲージ』は、『Lux』や『Guider』の粗削りなマナーと比べると、ある意味でとても洗練された印象を受ける。それは例えば、“Revisiting”が示した方向性の延長というよりは、アルバムの構成も均整が取れていて、よりタイトに凝縮されたイメージに近いかもしれない。スティーヴの安定感あるドラミングに新たな重心を置きながら、核である「4ピースのロック・バンド」としてサウンドをリデザインさせたような、とてもタフな手触りを受ける。そのうえで浮上したのが、それこそフォールやワイアーにも例えられそうな“Replicate”“Fear of Darkness”のアーリー・ポスト・パンクなテイストや、『GOO』や『ダーティ』といったソニック・ユースの90年代~オルタナティヴ期の作品も連想させる“Hibernation Sickness”“Brother Joliene”、さらに“All Gone White”“Joa”のポスト・ハードコアなUSジャンクのタッチといった、より削ぎ落とされたかたちで彼らに受け継がれたUSアンダーグラウンドの正統性のようなものだろう。“Love Drug”の終盤で見せるジャム・パートには“Revisiting”の反響を聴き取ることもできる。あるいは、前述の「90デイ・メンとポニーズの“橋渡し”的な位置付け」というブライアンによるディサピアーズの青写真と照らし合わせるなら、本作『プリ・ランゲージ』は後者に寄った内容とディスコグラフィー上の位置付けが可能かもしれない。


本作のリリースと前後して、バンドはアメリカとヨーロッパを周る大規模なツアーを敢行中。今回のスティーヴを迎えた編成が今後も継続されるのかどうなのか、確かなことは現時点で不明だが(※その辺りは現在活動を休止中のソニック・ユースの動向とも関わってくる問題かもしれない)、とりあえず最新のライヴ映像からは彼がドラムを叩いている姿を確認できる。あるいはすでに次回作用の曲作りを始めていて、それをライヴで試しているという可能性も、これまでの流れを踏まえれば十分にあり得る。新たな報告を期待して待ちたい。


(2012/05)



(※極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:The Psychic Paramount)
極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:Barn Owl インタビュー)
極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:Eternal Tapestry & Sun Araw)
極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンド白書:Wooden Shjips)

0 件のコメント:

コメントを投稿