2014年12月31日水曜日

極私的2010年代考(仮)……Thurston Moore『The Best Day』



「キムと別れたばかりで精神的にも追いつめられていたし、失意のどん底の中から、自分がまさに経験している状態について曲にしたためていったという。感情的にものすごくギリギリの状態というか、12弦のギターだけで大半の曲を書き上げてね。だからまあ、本当に、精神的にも感情的にもつらい時期だったよね……アルバムのタイトルを『Demolished Thoughts(※破壊された思索)』にしたのも、まさに当時の自分の精神状態を表しているというか(笑)、とにかくもう病んでいて、自分なんて壊れてなくなってしまいたいという願望が表れている(笑)」

今年の5月の終わり、TAICOCLUB'14に出演のため来日した際のインタヴューでそう話していたサーストン・ムーア。長年の盟友であるベックをプロデューサーに迎え、ジョン・フェイヒィやマイケル・チャップマンにルーツを引くフォーキィでソングオリエンテッドな作法が開放された2011年のソロ・アルバム『デモリッシュド・ソウツ』は高い評価を得たが、リリースから半年後にキム・ゴードンとの離婚を発表することになる渦中に行われたその制作作業は、ムーアにとって思い返しても過酷な体験だった。



アルバムのタイトル自体は、フガジのイアン・マッケイの弟アレックがやっていたハードコア・バンド、ザ・フェイスの曲から取られたものだったが、「あのアルバムを振り返って聴くのはいまだにつらいんだ……」と語るムーアの心中は――離婚原因の真相はさておき――察するに余りあるものがある。アルバム制作中は、ひたすら音楽に打ち込むことでその場を凌ぐような状況だったといい、ただ、それが結果的に「自分を癒すことに繋がってたって感じだよね」と語った言葉が印象に残った。



今でこそ当時を振り返ることができるようになったムーアだが、続くチェルシー・ライト・ムーヴィングの結成は、やはりそうした『デモリッシュド・ソウツ』をめぐる状況の反動という面も大きかったのだろう。『デモリッシュド・ソウツ』やその4年前の『トゥリーズ・アウトサイド・ジ・アカデミー』にも参加したサマラ・ルベルスキーやサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのジョン・モロニーら所謂“フリー・フォーク”人脈をメンバーに擁しながら、打って変わってハード・ロックやパンク、ヘヴィ・メタルといったアグレッシヴなスタイルを凝縮したようなサウンドについては言うまでもない。



また、同じ4人組の楽器構成ということもあり、当初はポスト・ソニック・ユース的な見立てもされたCLMだったが、あくまでメンバー間の民主的な関係性の上に成り立っていたソニック・ユースと、曲作りからすべてにおいてムーアがイニシアチヴを取ったCLMは、「バンド」として性格をまったく異にしていた。もっとも、ソニック・ユースが活動休止にあった状況下で「バンド」を組むことが何より意義のある選択だったことは間違いなく、「ベックが当時の自分の置かれた状況をものすごく繊細にくみ取ってくれてね」と語る制作現場ではベックに委ねる部分も多かったという『デモリッシュド・ソウツ』に対して、仮住まいのマサチューセッツ州ノーサンプトンにあるリハーサル・スペースにひとり籠って曲を書いたCLMの経緯は、ムーアにとってそれ相応に意を決した行動だったに違いない。それでいて、「サーストン・ムーア」という存在にスポットが当てられる躊躇いから、ソロ・アルバムとして自分の名前が作品に冠せられるのを拒んだというエピソードには、当時のムーアの複雑な心境が窺えて興味深い。


そのCLMの始動と前後してムーアが、活動の拠点をロンドンに移したことは既報の通りである。先日のイギリスのWEBマガジン「The Quietus」には、現在は新たなパートナーと暮らすロンドン北部のストーク・ニューイントンでの生活ぶりが、地元発行の雑誌「New Humanist」から抜粋する形で紹介されていた。その記事の中でムーアは、お気に入りの本屋や中古のレコード・ショップの話と共に、80年代の初頭にSPKの前座やイギー・ポップとの共演でソニック・ユースがロンドンでプレイした当時を回想しながら、自分がいかにイギリスの音楽、すなわち70~80年代のパンクやニュー・ウェイヴ/ポスト・パンクに魅せられてきたかについて言及している。



ソニック・ユースがその結成初期に、ニューヨーク・パンクよりもむしろパブリック・イメージ・リミテッドやポップ・グループ、レインコーツ、スリッツなどから強い影響を受けていたことは有名な話だが、ムーアは1977年にリリースされたバズコックスのファーストEP『スパイラル・スクラッチ』を挙げて、当時も今日においてもなお“最良のパンク・ロックの青写真”と称えてやまない。また、そうしたバンドに対する羨望から、ニューヨークを離れてロンドンに移住する願望を長い間抱えていたことを明かしている。ちなみに、現在居を構えるストーク・ニューイントンが、10代の頃のマーク・ボランが暮らし、セックス・ピストルズやジョイ・ディヴィジョンらブリティッシュ・パンクの第一世代のバンドがパブで演奏した場所であったことをムーアは後日知り、大いに感銘を受けたそうだ。

そして、ソロ名義のアルバムとしては3年ぶりとなる今回の『ザ・ベスト・デイ』は、慣れ親しんだニューヨークではなく、まさに新天地のロンドンでだからこそ作り得たレコードだと言っていい。それも、深い悲しみの中で制作された『デモリッシュド・ソウツ』とは異なり、ポジティヴな空気やエネルギーが本作の基調に流れている。

「次のアルバムは、新しい人生についてだったり、ポジティヴな感情や、新しい愛について、前向きな気持ちが表れている。それで『ザ・ベスト・デイ』っていうタイトルがついてるんだ」



『ザ・ベスト・デイ』の始まりは、ムーアがロンドンで最初に住んだ共同アパートの同じ住人だったギタリスト、ジェイムス・エドワーズとの出会いだった。ノウトやグアポといった先鋭的なロック・グループで活動する傍ら、子供たちにギターを教えていたというエドワーズだったが、その高いギターの演奏テクニックにムーアは感心し、また音楽の嗜好も近かった(※エドワーズはソニック・ユースのファンだった)ことから、ふたりは意気投合。すでにソロ用の曲を書き進めていたムーアは、早速エドワーズと共にデュオとしてロンドンで演奏を始めることになる。一方、ゆくゆくはバンドで音楽をやりたい構想を持っていた(※仮のバンド名は「Thurston Moore U.K.」だった)ムーアに、「うってつけの“完璧なベーシスト”がいる」とエドワーズが提案した名前が、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのデビー・グッギだったという。ソニック・ユースはMBVがデビューしたての頃にスコットランドで共演したことがあり、ムーアとグッギは一応面識があった。詳しい経緯は不明だが、MBVが再結成~新作ツアー終わりで活動を中断していたタイミングだったこともあり、グッギはムーアからのオファーを快諾。そこに、ソニック・ユースの活動休止後もコンタクトを取る機会のあったドラマーのスティーヴ・シェリーが合流して、『ザ・ベスト・デイ』の布陣は編成と相成った。


「まあ、ソニック・ユースから一皮むけたかな……ソニック・ユースよりもシリアスなんだけど、同時にアクセスしやすい感じだね」



そう『ザ・ベスト・デイ』のサウンドについて語ったムーア。本作の正式アナウンス前の今年1月に公開された“Detonation”こそ、CLMのモードと連続性も感じさせるタイトなポスト・パンク・ナンバーだが、アルバムを全編通じて印象に残るのは、がっちりと組まれたバンド・アンサンブルの重厚さ、ギター・サウンドのストロークスの深さや曲のストラクチャーの奥行きではないだろうか。それは、オープニングから8分を超える“Speak To The Wild”が雄弁に物語る通りである。あるいは、双璧をなす“Grace Lake”からは、ニール・ヤング・ウィズ・クレイジー・ホースも彷彿させる円熟味、ソニック・ユースのディスコグラフィで言えば2002年の『ムーレイ・ストリート』に通じる深遠で静謐なムードを感じられるかもしれない。




『デモリッシュド・ソウツ』に引き続きムーアが12ストリング・ギターを振るうアコースティック・バラードの“Tape”や“Vocabularies”が置かれた一方、表題曲の“The Best Day”や“Forevermore”は、まさに「ソニック・ユースから一皮むけた」とムーアが語った言葉通り、貫録と王道感を備えた2010年代のオルタナティヴ・ロックにふさわしい。ムーアは「Rolling Stone」の最新インタヴューに応えてこれが本当のロックンロールの魔法だと直感した、と初めて4人で音を合わせたときの興奮について語っている。ちなみに、“Detonation”と“Grace Lake”は、60年代の終わりに活動したイギリスの反体制テロ組織「Angry Brigade」に捧げられた曲だという。また、先のインタヴューによれば、最終曲の“Germs Burn”は、あのハードコア・バンドのジャームスとムーアの中では関連があるようだ。

『デモリッシュド・ソウツ』が「癒し」、CLMを「反動」とするならば、この『ザ・ベスト・デイ』には、新天地で迎えたキャリアの「再生」とでも言うべき新たな息吹を、その伸びやかなソングライティングや雄々しいサウンドから感じることができる。近年も相変わらず、ジョン・ゾーンやローレン・マザケイン・コーナーズらとの共演、また話題を呼んだブラック・メタル・バンドのトワイライトへの参加など、ライフワークのように音楽を作り続け数々のタイトルを発表してきたムーアだが、この『ザ・ベスト・デイ』こそが本当に作りたかった作品に違いない。アルバムのジャケットには、40年代にムーアの父親が撮影した、湖で犬を抱く母親の写真が使われているが、ここから醸し出されるイメージが、深いところで本作のインスピレーションになったとムーアは語っている。



ムーアはこの『ザ・ベスト・デイ』と前後して、前出のジョン・モロニーとのプロジェクト、コウト・オン・タップのデビュー・アルバム『フル・ブリード』のリリースも予定している。ただ、ファンにとって気がかりなのは、やはりソニック・ユースの今後についてだろう。今年に入って、『デイドリーム・ネイション』や『ザ・ホワイティ・アルバム』を手始めとしたリイシュー・シリーズがオフィシャル・サイトで発表されたが、肝心のバンドの活動はどうなるのか。最後に、ソニック・ユースに対する現在の見解を話してくれたムーアの言葉を紹介して、本稿の結びとしたい。

「自分の中ではいまだに健在というか、リイシューもそうだし、いろいろと細かなリリースが予定されてるしね。他にも作りかけの作品もあったり……結局、バンドがこの先どうなっていくかなんて誰にもわからないわけであってさ。ソニック・ユースは解散したって正式に発表したわけでもないし、ただ、しばらくは距離を置く必要があるっていう……お互いの関係のために今は距離を置く時期なんだっていう、それだけのことだよ。ソニック・ユースって、自分にとっては家族以外で自分の人生を決定づけるもので、それこそ20年代前半にソニック・ユースを始めて今は50代になるから、大人になってからの人生の大半をソニック・ユースとして過ごしてたことになる。ソニック・ユースのバンドの何がすごいかって、何て言うかな……徹底的に民主主義というか、すべてにおいて民主主義の姿勢が貫かれている。ソニック・ユースにおいては、分担作業ってものが存在しないというか、常に共同体として作業していく……まさに共同体って感じだよね。そこに、あのバンドの主義なりスタンスが貫かれていたと思う。しかも、いろんな音楽なりアイディアが構成要素としてあってさ。パンク・ロック以外にも、ジョン・ケージなんかの前衛音楽や、マイナーな音楽だったり、世界各国のフォーク・ミュージックだったり、いろんな音楽なりインスピレーションが織りなされたところに、一つのプロジェクトとして完成してるという……そんな感じのイメージかな。それと決して売れるためになびいたことがないっていう……その姿勢が大いに買われてるのかもね(笑)」



(2014/09)

※括弧部分のサーストン・ムーアの発言はすべて、WEBマガジン「Neol」で筆者が行なったインタヴューからの抜粋になる。

2014年の熟聴⑫

・ Jose Gonzalez/Vestiges & Claws
・ 昆虫キッズ/TOPIA
・ cero/Orphans / 夜去
・ D'Angelo and The Vanguard/Black Messiah
・ my letter/my letter
・ mmm/Safe Mode
・ 加藤りま/faintly lit
・ 豊田道倫/note
・ 吉田ヨウヘイgroup/Smart Citizen
・ Meshell Ndegeocello/Comet, Come To Me
・ Lewis Baloue/Romantic Times
・ Moon B/Lifeworld
・ ラッキーオールドサン/I'm so sorry, mom

2014年12月29日月曜日

告知⑮:Ty Segall & Purling Hiss

はい、〈Signs and Symptoms〉からは年内最後のリリース(記念すべき20作品目!)になります。


①TY SEGALL/SINGLES 2
http://diskunion.net/rock/ct/detail/AWY141202-TS1
2011年~のシングルやコンピ提供曲を集めたコンピ第2弾。
お馴染みのカヴァー曲はヴェルヴェット・アンダーグラウンドやグラウンドホッグスなど。
ソングライティングの成熟を見せる近作の流れを把握できるとともに、入門編にも最適なキャッチーさ。ぜひ。



②PURLING HISS/WEIRDON
http://diskunion.net/rock/ct/detail/AWY141202-PH1
フィラデルフィアのサイケ~ガレージ・ロック・トリオ。
名前に馴染みはなくても、地元の盟友カート・ヴァイルやザ・ウォー・オン・ドラッグスのアルバムへの参加で個々に注目を集める手練ども、と聞けば興味を持っていただけるかしら。
ちなみにアルバムのプロデュースは、元ノー・ネック・ブルース・バンドの敏腕。
推して知るべし、でしょう。



今年も〈S&S〉リリースの作品をご愛好いただきありがとうございました。
http://diskunion.net/rock/ct/list/0/0/72421
来年も魅力的な作品をお届けできるよう精進しますので、引き続きご贔屓のほどよろしくお願いいたします!


2014年12月26日金曜日

2014年12月のカセット・レヴュー(随時更新予定)

◎Violetpoison/Sovrastrutture
今年も〈Opal Tapes〉は緊張感を持続したまま走り抜けた。新鮮味こそ薄らいだが。イタリアのインダストリアル・ダブ。ビート寄りもシンセの比重が大きめ。というかビートはかなりアブストラクト。初期アシッドハウスの狂った感覚を現今のポスト・インダストリアル以降に流し込んだような。

◎Stress Waves/Orphic Ruin
今年も〈Tesla Tapes〉は……然り。オーストラリアの男子2人組。レーベル・カラーとはやや趣の異なる、なるほどデペッシュ・モード風というか80年代~初期〈4AD〉を彷彿させるダーク・シンセ・ポップ。リリース自体は提携レーベルの〈the OnO〉から。

◎Mongo Skato/I Don't Give It
〈1080p〉も今年を象徴する……は言わずもがなでしょう。「オンライン云々」以降の混沌とした文脈をいい意味で濾過し、けれどスタイリッシュ&フレッシュな作家性を発露させるローファイ・シンセ・ミュージック。衒いや隠し立ての一切ないダンス・フィールに南半球~ニュージーランドらしい大味な魅力が。一時期の〈100%Silk〉の役割を今の〈1080p〉は担っているよう。

◎Delicate Features/The Passenger
ある種の“旗艦”的な役割をゆっくりと終えつつあるような……近年の〈Not Not Fun〉に対する偽らざる印象はそれ。作品のクオリティが落ちていることはないが、テンションは停滞気味のような気も。LAのデュオによる仕業は、アンビエント&ダウンビートの彼方にシャーデーの唸りを召喚させるような瞬間も。

◎Klondike/AFRICA to MIDI
モントリオールの〈Jeunesse Cosmique〉と言えばCosì e Cosìの全裸ポートレイトジャケでお馴染みだけど、いまいち正体が掴みづらいレーベルのひとつ。タイトルが示す通り、非西洋音楽への何かしらの応答/参照が窺えるミニマルなエレクトロニック・ミュージックではあるが、リンガラ音楽っぽい節回しや打楽器/パーカッシヴな音色使いにそれらしさを窺わせつつも、トイトロニカからドリーミーっぽさやチャイルディッシュな感覚を抜いた至極アウトサイダーな空恐ろしさをたたえている。

◎Yves Malone/Ebony Sunrise
活発なリリースが続いた〈Orange Milk〉から。衒いのないロービットのシンセ・チューンだが、数年来例えば〈Death Waltz〉が進めてきたジョン・カーペンター映画のサントラ再発の延長線上にあることを意識させる意匠が随所に。周辺の動向には来年も引き続き注視が。

◎Nick Storring/Endless Conjecture
同じくオハイオの〈みかん牛乳〉より。ベルなどの生楽器も交えたアミニスティックなサウンドスケープはフリークフォークの匂いもそこはかとなく漂い、例えばアニマル・コレクティヴ『Campfire Songs』の陽炎のような揺らぎをフィールド・レコーディングスの上に影絵のように重ね写したような感覚。

◎FLUORESCENT HEIGHTS/RELAXING IN THE NEW WORLD
〈BEER ON THE RUG〉も粘り強くリリースを続けている「オンライン云々」以降のレーベルのひとつだろう。ここではビーチとニューエイジのイメージが重ね合わされている。つまり2010年代以降のインディ・ミュージックとオンライン・アンダーグラウンド・パンクの意匠が。とも。北欧ストックホルムで思い描かれたそれが。音自体はありふれたシンセ・アンビエントの域を出ていないけれども。

◎AU+/AU+ EMILY EP
イタリアの〈Minimal Trend〉から。初期のEMAやゾラ・ジーザスも彷彿させるインダストリアル&ポエトリー・リーディング風。ミニマル・テクノやインプロヴィゼーション~ノイズも織り交ぜつつ、たとえばPharmakonが突き抜け焼き払った荒地から仕切り直しをするような、不思議な瑞々しさも。

◎Magic Fades/Push Thru
ヴァンクーヴァーの〈1080p〉から。Mike GrabarekとJeremy Scotのデュオによる、t今年のベスト・リストの上位にを占めること必至の一本。玉石混交のプロダクティヴなインディR&B群の中に置かれても光り輝く才能を感じさせること間違いなく、官能的でメロドラマチック、Sci-Fiでアンビエント、何よりポップな……オンライン・ミュージック以降の文脈の集約点でありその美学的なイメージをヴィジュアライズさせたアートワークも素晴らしい。

◎B L A C K I E... All Caps, With Spaces/IMAGINE YOUR SELF IN A FREE AND NATURAL WORLD
ピッチフォークやTMTも唾をつけたヒューストン鬼才。乱暴に言えばフリー・ジャズとデス・グリップスの混交。あるいはラン・ザ・ジュエルズ・ミーツ・ジーズ? ラップ寄りだった前作『FUCK THE FALSE』も。

◎Ratkiller/On Emotional Surface
カリフォルニアのアンビエント作家。ベッドルーム音楽の夢想空想をミニマルなファンク・トーンに散りばめユーモアで糊塗した、30分弱にわたるブレイン・ウォッシング。エスノ趣味をオノマトペで微分したような惚け気味のガラクタ感が耳愉しい。

◎Khotin/Hello World
モントリオールが〈Arbutus〉ならヴァンクーヴァーは〈1080p〉。シルキーというよりアーバンという形容も相応しいシンセ・ハウス。本人はチャイルディッシュなベッドルーム・ポップを意識したそうだが、時折挿し込まれる子供の声やサンプリングを除けば、少なくともローファイとは無縁なくらい音色の隅々まで磨き込まれた印象を。

◎OOBE/Digitalisea
イタリアの電子音楽家。〈1080p〉のカラーから緩めのエレクトロを予想したら思いの外ハードな手触りで驚き。聞けば過去に〈Opal Tapes〉からのリリースもあるそうで、さもあり何というか。たとえばHuerco S.にも通じるインダストリアルな感覚、Sci-Fiなイメージとか、この界隈はまったくもう。

◎nima/bay connected
オークランドのベッドルーム・アンビエンス。サンプルとループで作り上げるタイニーな箱庭。毛布をかぶって取り交わされるひそひそ話のよう。できるだけヴォリュームを絞って。

◎SEEKERSINTERNATIONAL/Reconsiders The Vampire's Curse
新作かと思ったらリプレス。ダブ&スクラッチ&チョップ&サンプリング。たとえば最近のますます“本格派”然としていくサン・アロウとは対照的に、相変わらずどこかふざけた調子を醸し出すところがチャーミングポイント。フル・アルバムの新作が待ち遠しい。

◎PHORK/Psychic Biomes
〈NNA〉や〈Opal Tapes〉〈Noumenal Loom〉からのリリースでお馴染み。そっけないトラックリストよろしく、無機質にウェイヴするパルス音。インダストリアルでミニマルなアンビエンスの狭間に、しかしスクリューを効かせたダンスフィールを忍び込ませたりと、なかなか気を許させない。

◎Blackfire/The Pain and the Swarm
オーストラリアはメルボルンの〈rocket machine〉から。正統派のダーク・アンビエントというか、インダストリアルで、ほのかにゴシック。蝶や蛾の標本があしらわれたアートワークが気分。サイコ・ホラーな無調。

◎Mike Simonetti/At the Juncture of Dark & Light Vol​.​4
アトランタの〈 Harsh Riddims Blood Sucking Cassette Co.〉から。〈Opal Tapes〉からリリースされたシリーズ3作目に続く最新のミックステープ(?)。デムダイク・ステアにも通じるマカロニ・ホラー的なゴシック~インダストリアルが際立った前作に比べると、ギターの不協和音が通底するA面はどこかノー・ウェイヴ風。B面はニューエイジっぽいシンセ・アンビエントが荒涼と(けれどファンキーなベースがシンコペイトする摩訶不思議な)。




2014年11月のカセット・レヴュー)
2014年10月のカセット・レヴュー)
2014年9月のカセット・レヴュー)
2014年8月のカセット・レヴュー)
2014年7月のカセット・レヴュー)
2014年6月のカセット・レヴュー)
2014年5月のカセット・レヴュー)
2014年4月のカセット・レヴュー)
2014年3月のカセット・レヴュー)
2014年2月のカセット・レヴュー)
2014年1月のカセット・レヴュー)
2013年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2012年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2011年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+2))
極私的2010年代考(仮)……“カセット・カルチャー”について)


2014年11月30日日曜日

2014年の熟聴盤⑪

・ Taylor McFerrin/Early Riser
・ Run The Jewels/Run The Jewels 2
・ Dean Blunt/Black Metal
・ Mourn/Mourn
・ Angel 1/Allegra Bin 1
・ Magic Fades/Push Thru
・ D/P/I (GENESIS HULL)/Who Feels It, Knows It (Duppy Gun Mixtape)
・ Azealia Banks/Broke With Expensive Taste
・ Ought/Once More with Feeling EP
・ Perfect Pussy/Say Yes To Love
・ 18+/Trust
・ Future/Monster

2014年11月23日日曜日

告知⑮:Esben and the Witch & Lydia Ainsworth

告知が滞りすみません。
監修シリーズ〈Signs and Symptoms〉、最新作がふたつリリースされています。

①Esben and the Witch/A New Nature

UKの3人組、心機一転の自主リリース。
プロデュースがスティーヴ・アルビニ(例のシェラック・ジン用のインタヴュー、いつになったら答えてくれるのやら、、)
http://diskunion.net/rock/ct/detail/AWY141008-EW1

②Lydia Ainsworth/Right from Real

グライムスやトップスは輩出したカナダ・アンダーグラウンドの旗艦〈ARBUTUS〉が送り出す才媛。
これがデビュー・アルバム。すでにオーウェン・パレットの前座をこなしていることからも推して知るべし。
http://diskunion.net/rock/ct/detail/AWY141008-LA1

〈Signs and Symptoms〉としては今年中にあと2枚、作品がリリースされる予定です。
これまでのラインナップについては→http://diskunion.net/rock/ct/list/0/0/72421

どうぞ贔屓に。

2014年11月10日月曜日

2014年11月のカセット・レヴュー(随時更新予定)

◎DE TUINEN/MINOR FUNCTION
YYUの『ROOM MUSIC』に先駆けて〈BEER ON THE RUG〉からリリースされた一本。無愛想なモーター音の上で、シンセ音がゆっくりと絡み合い皮膜のようなアンビエンスを作り上げていくA面の序盤。OPNの初期作やDolphins Into the Futureにも例えられるが、インダストリアルやカット&ペーストではなく、コスミッシェな手触りの向こう側にやわらかなサイケデリアを作り上げていくのが流儀。オランダ出身。

◎Run Dust/Zeckenentferner
今年も〈Opal Tapes〉は休みなく働き続けた。まだ一年を振り返るのは早いかもしれないが。インダストリアルというより、もはや“ジョン・カーペンター的”とでも形容したい頽廃的Sci-Fiなサウンド。ウィルスのシルエットを思わせるアートワークが。

◎MAI MAI MAI/Δέλτα
イタリアでノイズ・バンドの一員としても活動する作家のインダストリアル~アンビエント・プロジェクト。自身が主宰するレーベル〈NO=FI Recordings〉という名前からは2000年代初頭のウルフ・アイズや Nautical Almanacら〈American Tapes〉〈No Fun〉周辺を連想させるが、当時のノイズやパワーエレクトロニクスの流れがディケイドを隔ててオンライン・アンダーグラウンドに雪崩れ込んできたという見方もさもありなん。

◎PSALM'N'LOCKER/Op. 01 Music For Dreamachine
同じくHeroin In TahitiやGerman Armyも擁する〈Yerevan Tapes〉から。イタリアはトリノでドローン・フォーク・コレクティヴの一員としても活動する作家のソロ作。ラ・モンテ・ヤングも彷彿させる電子オルガンで演奏された正統派のドローン・エクスペリメンタル。

◎Evvolves/Hang
「shoegaze」のタグ。アートワークからドゥームゲイザーの類かと思いきや、拍子抜けするほどにドリーミーで正統派。80年代〈4AD〉的な耽美さも備えつつ、時折引っ掻くようなギター・サウンドは90年代の西海岸に数多いたオルタナ勢を思い起こさせる。

◎Decimus/The Abduction of Kreiddylat Part 1
ノー・ネック・ブルース・バンドのPat Muranoによるエレクトロニクス・プロジェクト。〈Digitalis〉や〈NNA〉からではなく自主リリースの連作。フィールド・レーディングやドローンも織り交ぜた鎮痛でトリッピーなメディテーション音楽。ノー・ネックの意匠が随所に。

◎Multi-Surface/Magic Power of the Magnetic Tape
シカゴの〈Lillerne Tapes〉から日本人のエレクトロニクス作家。両手で三角形を作り、その間から目玉が覗いている。何やら暗示的なアートワークだが、細やかなシンセのレイヤー、やわらかなドローンがゆっくりと隆起しながら、羽音のように瞬く小さな音々をゆっくりと押し流していく。

◎Pal/Pal EP
UKの〈Birkhouse Recordings〉から。ジャケから窺える通りたぶん男女2人組。アルーナジョージが〈100%Silk〉からリリースしたような、、とかもっともらしいことを書こうと思ったがどうなのか。ほんのりSci-Fiでうっすらインダストリアルなシンセ・ハウス。

◎Ray Phaze Tropic/Motello Fish
米西海岸の〈Rotifer〉から。ヴェイパーウェイヴによる広告イメージの剽窃をさらに抽象化したような一連のアートワークが象徴的な同レーベル。幾何学柄に穴掘られた迷路を進むような模糊とした感覚が張り付くシンセ・アンビエント~スペイシー・ドローン。

◎​Lost Trail/.​.​. à séjourner dans cette chambre toujours
吹き曝しの倉庫の窓枠を切り取ったようなアートワーク。荒涼としたアンビエントの寒風。シンセやテープ・ループ、フィールドレコーディングス、各種生楽器を配したサウンドスケープは楽曲ごとに表情は違えどオーセンティックな佇まいで、しかしとても謎めいている。

◎Urotsukidōji/One
もういっぽんフロリダの〈Illuminated Paths〉から。たぶん碇シンジなジャケット。蒸気を吹くようなシンセのビート、モノローグ、ギターのアルペジオに電子音が旋回しながら巻き付き、どす黒いダーク・アンビエントを吐き出す。ジョン・カーペンターによる50年代のフィルム・ノワールのような。ところどころダーティ・ビーチズっぽい感じも。

◎MARRECK/MECHANISM
安定の〈Tesla Tapes〉。鉄粉吹きすさぶマシーン・テクノ。ファクトリー・フロアさえポップ・ソングに思えるハードコア。無機質。ロボトミックなDerek Rogers? 別名義で〈Opal Tapes〉からリリースしたこともあるそうで、この界隈は相も変わらず、、裏切らない。

◎VANISHING/RAMIFICATIONS
Gnod界隈も絡んだトリオ。なんというか、デビュー初期のスモッグがギターの替わりにシンセを手にしてインダストリアル~ダーク・アンビエントをやったとしたら、こんな感じになったのでは。パルス信号とリズム・マシーンに挟み込まれて、不穏なモノローグが上下しながらあてどなく漂う。やはり〈Tesla Tapes〉から。

◎RITES/Nadador del Alma
スペイン(人?)の電子作家によるソロ・プロジェクト。2000年代前半あたりのグローイングが今流のシンセ・アンビエントをやったかのような美しい浮遊感。ドローニッシュではなく、作品を通してリズミカルなフロウを感じさせる。

◎Jerry Paper/Big Pop For Chameleon World
今年各所で名を上げたブルックリンの作家。〈Orange Milk〉の顏はインパクト的にジャイアント・クロウに譲ったかも?な感もありますかしら。イーノがエスノなベッドルーム・ポップをやってるかのような、しかも歌いながら⁉みたいな煌めきを随所に。美しき脱臼。








2014年10月のカセット・レヴュー)
2014年9月のカセット・レヴュー)
2014年8月のカセット・レヴュー)
2014年7月のカセット・レヴュー)
2014年6月のカセット・レヴュー)
2014年5月のカセット・レヴュー)
2014年4月のカセット・レヴュー)
2014年3月のカセット・レヴュー)
2014年2月のカセット・レヴュー)
2014年1月のカセット・レヴュー)
2013年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2012年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2011年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+2))
極私的2010年代考(仮)……“カセット・カルチャー”について)


2014年11月9日日曜日

極私的2010年代考(仮)……Japandroids『Celebration Rock』



きっかけを一点に絞ることは難しいが、もっとも大きな象徴を挙げるとすれば2008年のノー・エイジのアルバム『ノウンズ』になるだろうか。2000年代の中盤辺りからアメリカのインディ・シーンで顕在化し始めたシューゲイザーやローファイの再評価。それはアニマル・コレクティヴ以降のサイケデリック・ポップと同調も見せながら、フリー・フォークやブルックリンの文化横断的な折衷主義とはねじれの位相のままUSアンダーグラウンドを侵食し始め、やがて「シットゲイズ」「ノーファイ」とサブジャンルで総称されるハードコア・パンクやガレージ・ロックとの合流を遂げた。その一連の流れの中にはディアハンターやアリエル・ピンクから、ポカハウンテッドやサイケデリック・ホースシット(※「シットゲイズ」とは彼らのEP、『Shitgaze Anthems』から取られたといわれている)が属す〈Not Not Fun〉〈Woodsist〉周辺のフリー/ノイズ系も含まれるだろうし、さらにその同心円/延長線上には、スミス・ウェスタンズやモーニング・ベンダーズ(改めポップ・エトセトラ)といったリヴァーヴ/ヴィンテージ・ポップ、あるいはウォッシュト・アウトやネオン・インディアンからジェイムズ・フェラーロまで括るチルウェイヴ/グローファイ~ヒプナゴジック・ポップの動きも含まれるかもしれない。細分化すれば事例はいくつも挙げられるが、ともかく、シューゲイザー/ローファイとハードコア・パンク/ガレージ・ロックの邂逅点として最大の象徴こそノー・エイジであり、その最大の達成が彼らのセカンド・アルバム『ノウンズ』であったという意見に異論は少ないだろう。



そして、ジャパンドロイズが登場し浮上した背景にあるものも、そうしたここ数年におけるUSインディ~アンダーグラウンドの動向と無縁ではない。


カナダのヴァンクーヴァーで、大学時代の友人同士――ブライアン・キング(G/Vo)とデヴィッド・ブラウズ(Dr/Vo)によってジャパンドロイズが結成されたのは2006年。以降、ライヴ活動をベースとしながら自主制作で2枚のEP『All Lies』(2007年)『Lullaby Death Jams』(2008年)をリリースするも、他都市のモントリオールやトロントに比べてサポートの薄い地元シーンで孤軍奮闘が続き、一時は解散の危機を迎えてしまう。その後、2008年秋に自主制作でファースト・アルバム『Post-Nothing』をリリースし地元のレーベル〈Unfamiliar〉と契約を結ぶが、プロモーションに関して十分な協力を得られず苦境が続く中、状況が好転の兆しを見せたのはPitchforkの記事がきっかけだった。Pitchforkは収録曲の“Young Hearts Spark Fire”を「Best New Track」に選出し、さらに『Post-Nothing』を「Best New Music」に選出(※そのレヴューでは“Young Hearts Spark Fire”について、LCDサウンドシステムの“All My Friends”の「裏面」――物憂げな回想と酔っぱらった反抗を、躍動するエレクトロと混沌としたガレージ・ロックを取引したような曲と評している)。そして同記事からほどなく、2009年の夏に〈PolyVinyl〉と契約を果たし、『Post-Nothing』がカナダ以外でもワールドワイド・リリースされると、ジャパンドロイズの名前と評判は世界中へと広まった。




かくして『Post-Nothing』は、“ローファイなハスカー・ドゥ”とも評される彼らのスタイルや嗜好が凝縮されたようなアルバムだった。ソニックスを青写真としたガレージ・ロックのプリミティヴなマナーと、フガジのDIY精神や母国のヴェテラン、コンスタンティンズの背中を追いかけたハードコア・パンクへのシンパシー。あるいは、ガンズの熱狂的なファンで子供の頃から「スラッシュになりたかった」というブライアンのハードロックのリフ/ディストーション。ユニゾンするワイルドなヴォーカル&スクリーム。そして、満足な設備もないスタジオでほとんど一発録りされた、実質ライヴ・アルバムのようなものだと語るひずんだ音質/音像。彼ら自身、「Live, Raw, Cheep」の3つの単語で形容する『Post-Nothing』は、いわゆるシューゲイザー的な音響的配慮は希薄だが、前述した昨今のUSインディ~アンダーグラウンドの動向と大枠で同期を示すものだろう。『Post-Nothing』には、同郷のファックド・アップを始め、それこそタイ・セガールやブラック・リップスのロックンロール、タイタス・アンドロニカスやソフト・パックのガレージ・パンク、ウェーヴスやタイムズ・ニュー・ヴァイキングのファズ・ポップ、そしてもちろんノー・エイジとレコード棚をシェアする同時代性がある。そのことは、一昨年リリースの『No Singles』にコンパイルされた初期の楽曲についても同様であり、さらにそこには、ライトニング・ボルトやヘラ、同郷のデス・フロム・アバヴ1979に代表される2000年代を通じたノイズ・ロックの系譜も重ねることが可能だし、デュオ編成という相似性も指摘できる(※結成当初はインストゥルメンタル・ユニットで、新たにヴォーカリストを迎えてトリオ編成にする構想もあったらしい)。そうしたいわばUSインディ~アンダーグラウンドの縦横が交わる場所に彼らは立つ存在であり、『Post-Nothing』はそのサンプルとして興味深い。



しかし、実際に彼らが『Post-Nothing』に託した意図は、そうした背景とは別にあった。いわく『Post-Nothing』というタイトルには、たとえば「ポスト・ロック」や「ポスト・ダブステップ」のように“Post”を始めとする安易な冠詞でジャンルの濫造/細分化を進めるような風潮への皮肉が込められている。それは過去の安易な引用についても同様で、つまりそうしてしまうことで音楽のラベリングを容認し、新しくオリジナルなものを生み出すことを放棄してしまうような態度、その無意味なさまを告発したタイトルだった(※当初は『Post-Everything』という案もあったらしい)。よって、むしろ昨今のサブ・ジャンルが乱立したUSインディ~アンダーグラウンドの傾向には否定的で、とくに「シットゲイズ」「ノーファイ」等のカテゴライズに対してはインタヴューで一笑に付している。彼らは前述した自分たちのサウンドの同時代性についておそらく自覚的だが、そこには同時にジレンマもあり、そのことが『Post-Nothing』を、単にバンドのブレイク・ポイントという以上に重要な作品として意味付けていることは間違いない。


さて、本作『セレブレイション・ロック』は、その『Post-Nothing』の自主リリースから数えると約3年半ぶりとなるセカンド・アルバムになる。『Post-Nothing』同様にセルフ・プロデュースで、引き続きジェシー・ガンダー(※地元ヴァンクーヴァーのD.B.S.というパンク・バンドでVo/Keyとしても活動)をレコーディング・スタッフに迎えて制作された。

今回のリリースを受けて答えたPitchforkのインタヴューによれば、本作も制作状況は前作と基本的に変わらないようだ。前回と同じ地元のスタジオを借り、オーヴァーダブやダブルトラックは原則禁止で、ギターもドラムも基本ワンテイクで録音された。ただし、『Post-Nothing』のレコーディングではほとんど無計画に、ただスタジオに入ってライヴと同じように演奏していたのに対して、今回はより良いテイクをものにすることを心掛けていたという。その上でブライアンは今回のレコーディングを振り返って、本作『セレブレイション・ロック』が「自分たちのサウンドを精練する(refine)」機会になる予感があったと語り、その理由として『Post-Nothing』のリリース後、3年近く続いたライヴやツアーで得た手応えを挙げる。その過程でソングライターとしての自信を培い、セットではインプロヴィゼーションを組み込むなど演奏面を練り上げ、実際に本作の収録曲のいくつかは3年前から曲作りが行われライヴの場でも度々試されてきたという。そして、同インタヴューでブライアンは制作作業の様子について「曲が流れている間にオーディエンスはどう反応するか、ということを念頭において僕らはアルバムのサウンドを作り出そうとした」「まるで自分たちのライヴのオーディエンスのように、僕とデイヴはスタジオで叫んでいたんだ」と語っている。



はたして、本作『セレブレイション・ロック』は、祝砲のような花火の音で幕を開ける“ザ・ナイツ・オブ・ワイン・アンド・ローゼズ”からして象徴的なアルバムである。『Post-Nothing』とは対照的なアルバム・タイトルも印象的だが、まさにブライアンが語った言葉どおり、本作はオーディエンスとの一体感やシェアする感覚をイメージして制作されたアルバムなのだろう。その意味で、本作は明確に意図されたライヴ・アルバムといえるかもしれない。彼らが音楽的にやろうとしていることは前作と変わらない。しかし、彼らが今回のレコーディングでライヴのエネルギーやフィーリングをフィードバックさせようと意識的に取り組んできたことはサウンドから伝わってくるし、それこそ“イーヴルズ・スウェイ”や“ザ・ハウス・ザット・ヘヴン・ビルト”を聴けばオーディエンスのコールバックやシンガロングの光景がありありと思い浮かぶだろう。

一方、ガン・クラブのカヴァーである“フォー・ザ・ラヴ・オブ・アイヴィ”の、ハードコア・パンクというかサイコビリーをシューゲイズなギター・サウンドに溶かし込んだようなマナーは彼らの真骨頂だろうし、“ヤンガー・アス”のエピックなインストゥルメンタル・パートはまさしく精練された演奏面の極みを感じさせる。あるいは本編のラスト・ナンバー“コンティニュアス・サンダー”が聴かせるえもいわれぬ深みに、どこか円熟にも近い境地を見るリスナーもいるかもしれない。なお、今回の日本盤にはボーナス・トラックとして、2010年と今年に7インチのシリーズで発表されたアルバム未収録曲やヴァージョン違い、そしてカヴァー曲を収録。とくにニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズやPJハーヴェイ、ブラック・フラッグやXといったカヴァー曲のリストからは、前述のガン・クラブも含めて彼らの音楽的なルーツがあらためて窺い知れておもしろい。




ジャパンドロイズが結成されて6年。ブライアンとデヴィッドが大学で知り合ってからは今年で12年になる。前作『Post-Nothing』には、活動当初の思うようにならない日々が投影された地元ヴァンクーヴァーへの愛憎が滲んでいた。対して本作『セレブレイション・ロック』には、なるほど「酔っぱらった反抗」とはまさしくそのとおりだが、アルバム・タイトルが象徴する祝祭の感覚と、誰かと何かを分かち合おうとする連帯の意志がある。そこには、彼らがこの約3年半の間に得た新たな実感や、実際に見てきた光景が投影されているのかもしれない。あるいは、2000年代の終わりから2010年代にかけて彼らが当事者として直面したUSインディ~アンダーグラウンドに対するリアクションとしても、はたして読み取ることができるだろうか。“アドレナリン・ナイトシフト”のこのラインが胸を打つのは、つまりそういうことなんだろう。


「地元で孤軍奮闘するハリケーン
傷つき、弱まり
それでも俺たちの世代のかがり火が燃え上がるのを待ってたんだ
幾らかの金で力を増強したら
街で凄んでみせてやるよ
死は愛へのリスペクトがないし
若さは俺へのリスペクトがないからね」

(2012/04)

2014年10月30日木曜日

2014年の熟聴盤⑩

・ Bing & Ruth/Tomorrow Was The Golden Age
・ For Tracy Hyde/Born To Be Breathtaken - EP
・ Panda Bear/PBVSGR
・ Family Basik/A False Dawn And Posthumous Notoriety
・ Cakedog/Menace In The Phantom
・ Ariel Pink/pom pom
・ D/P/I/MN.ROY
・ Pharmakon/Bestial Burden
・ Ex Hex/Rips
・ 平賀さち枝とホームカミングス/白い光の朝に
・ may.e/スパンコール
・ Communions/Cobblestones EP
・ Giant Claw/22M Never Felt So Alone
・ Rome Fortune/Small VVorld

2014年10月21日火曜日

極私的2010年代考(仮)……Zammuto『Zammuto』

今年2012年の1月、ザ・ブックスの解散がメンバーのニック・ツァームトの口から伝えられた。デビュー・アルバム『Thought for Food』がリリースされた2002年から数えてちょうど10年。一昨年に4作目となる『The Way Out』を発表後、映画監督のジム・ジャームッシュがキュレーターを務めたオール・トゥモローズ・パーティーズへの出演を含む大規模な北米ツアーを敢行。昨年リイシューされた初期の3枚のアルバムの編集作業を終えて一段落し、タイミング的にはニュー・アルバムに向けた準備がそろそろ始まろうかという矢先の、それは唐突な出来事だった。



ニックは解散の報告に合せてPitchforkのインタヴューに答えている。その記事では、事前にニックと交わされたメールも引用しながら、解散に関するコメントが短く伝えられた。

実質的にラスト・アルバムとなった『The Way Out』は、前作『Lost & Safe』のリリースから5年のブランクを挟み、この先もザ・ブックスを続けていけるかどうかを確認するための、いわば楽観的な試みだった。そして、これ以上は前に進めないと悟ったときは、計り知れない苦痛を感じた。最後はザ・ブックスから「空気が抜けてしまった」ような感覚だった。それはまさに、アルバムのタイトルが暗示していたような結末(※Way Out=出口)を迎えてしまった、と。

しかし、核心となる解散の理由や経緯については、そこでも明かされることはなかった。「それは誰のためにもならない。自分の胸にしまっておいた方がいい」としながらも、そこには感情的なしこりのようなものも窺えた。ただ、「この先ふたたび一緒に何かをすることはないだろう」、そして「それは不幸なことだが、結果としてザ・ブックスという看板を下ろすことを意味していた」とだけ語り、解散についてのコメントは閉じられている。ちなみに、現時点で元相方のポール・デ・ヨングの側からは、今回の件に関してはまだ一切語られていない。

もっとも、『The Way Out』リリース時のインタヴューによれば、そもそもふたりが共同作業をするのは週に1度、それも2、3時間程度で、普段から個別に音作りを進め、顔を合わせた際に進捗状況を確認し互いの音素材を交換し合うといった、ほとんど分業制みたいなものだったという。それがどの時点からだったのか、それとも最初からだったのか、あるいは何か理由があったのか詳細は知らないが、ともあれ、ふたりがそれぞれ独自のヴィジョンや理念に基づき創作を行う音楽家であったことは間違いない。また、『The Way Out』前後の大きな変化として、互いに家庭を持ち、さらに子供を授かり、物理的にふたりの時間が取りにくくなった、という事情もあったかもしれない。しかし一方で、ふたりは2005年のサード・アルバム『Lost and Safe』直後に初めての本格的なツアーを行い、「共感覚体験(Synesthetic Experience)」をテーマに掲げて演奏とサンプリング、そしてビデオ・プロジェクターの映像とのシンクロニシティを実践したライヴ・パフォーマンスを披露するなど、ユニットとして新たな方向性を模索する途上にあったことは確かである。『The Way Out』のオープニングを飾る「こんにちは、そして新しい始まりへようこそ(Hello, greetings, and welcome. Welcome to a new beginning…)」というナレーションは、当時のふたりの真意でもあっただろうし、実際、『The Way Out』はそれまでのサンプリング/コラージュ的なスタイルに加えて、ニックいわくライヴの経験を踏まえた「energetic」で「more driven」な感覚を反映して制作されたアルバムだった。ただ、その上で「これ以上は前に進めない」と判断されてしまったということは、つまり『The Way Out』がザ・ブックスとしてやれることの到達点だった、ということなのだろう。



そして、いうまでもなく、ニックにとってザ・ブックスの解散をポジティヴな方向に決断させたものこそ、今回のこの自身のラスト・ネームを冠したニュー・プロジェクト、ツァームトの結成にほかならない。ツァームトの始動は、ザ・ブックスの解散よりも先に昨年の6月、ニック自身のホームページ上で突然発表された。さらにそれは、3人か4人組のバンドであることが明かされ、同時に“Yay”という新曲がフリー・ダウンロードで公開された。もっとも、当初はよくあるサイド・プロジェクトの発表と受け止められたが、今にして思えばザ・ブックスの解散の伏線であり、何よりそれはニックにとって、ザ・ブックスでは思い描けなかった「その先」を想像し得るプロジェクトとして期待されていたことが理解できる。

メンバーは、ヴォーカルとギターを務めるニックの他に、ザ・ブックスのツアー・サポートを務めていたマルチ・インストゥルメンタル奏者(ギター、キーボード、ヴァイオリンetc)のジーン・バック、“a real scientist on the drums”の異名をとるショーン・ディクソン、そしてニックの弟のマイキーの4人。ニックは今回の件に関連してインタヴューに答えて、ツァームトが「バンド」であること、また自らはフロントマンではなく、その形態は「アンサンブル」という形容がもっともふさわしい、といった旨を強調している。ザ・ブックスとの最大の違いとしてニックは、「もうこれ以上、バック・トラックを用意してライヴをやるようなことはしたくない、本当のバンドと一緒に演奏がしたかった」と明かし、逆に以前のライヴではビデオ・プロジェクターがフロントマンのようなところがあったと振り返る。その上でツァームトの結成の動機としてはまず、「スタンディングのオーディエンスの前でライヴがやりたかった」というのが強くあったようで、バンドで創り上げるオーガニックなアンサンブルに注目してほしい、と語る。さらにニックは、自分たちはけっして「ロック・バンド」ではないが(※「リズムは4/4拍子じゃないし、“ロック”のアティチュードも持ち合わせていないし……」)、使われている楽器はまったくもって同じ類のものだ――と加える。

実際、ニックにとってツァームトにおける制作上の課題は、「バンド」として機能するために必要なレコーディング方法を学ぶことだった、という。つまり、サンプリングやカット・アップをベースにシークエンスを編集するザ・ブックスのコンセプチュアルなスタイルから、フル・バンド編成を敷き、ライヴ的な要素も盛り込みながらアンサンブルを組み立てていく――それこそ“ロック”なアプローチへの移行こそ、ツァームトのテーマであり、また醍醐味でもあった。結果、ツァームトのライヴでは、レコーディングされた音源の演奏はもちろん、たとえば“Yay”で聴けるような細密なヴォーカル・エフェクト/エディットも再現が可能だとニックは自負する。そして、前記のPitchforkのインタヴューに答えてニックは、ザ・ブックスの頃は自分が「ソングライター」だという感覚はまったくなかったが、ツァームトのレコーディングを通じて「声」が持つダイレクトな力を理解し始めたと、その意識や心境の変化を明かしている。


ファースト・アルバムとなるセルフ・タイトルの本作『ツァームト』は、そうしてザ・ブックスの解散と前後の試行錯誤のフェーズを潜り抜けて完成された作品であり、ニックにとっては文字通り「新しい始まり」を告げる作品といえる。




その予感は、本作のリード・トラックとなった昨年の“Yay”の時点ですでに十分に漂わせていたが、まずはツァームトのサウンドを特徴づける最大のポイントといえば、ショーン・ディクソンが叩くドラムの存在感に尽きる。“Yay”のヴォーカル・チョップとユニゾンするミニマルで微分的なフレージングもそうだが、“F U C-3PO”のフューチャリスティックなサウンド・エフェクトを支えるタイトなグルーヴ、あるいは“Zebra Butt”のブリーピーなエレクトロや “Weird Ceiling”のエディット感溢れたコンポジションに映えるパーカッシヴなプレイ。また“Groan Man, Don't Cry”のニューウェーヴィーなヴォコーダー・ファンクの始まりを飾るカウントなど、なるほど、楽曲のスタイル自体はいわゆる「ロック・バンド」とは異なるかもしれないが、その硬軟・緩急織り交ぜたドラムの出音のダイナミズムが、ツァームトにおいて心臓部となっていることが頷ける。



そして、ニックが自覚するとおり、ツァームトのユニークな個性となり得ているのが、彼の発する「声/歌」にほかならない。たとえば前記の“Groan Man, Don't Cry”や“Too Late To Topologize”のチップチューン風エレクトロ・ポップで披露されるヴォコーダー・ヴォイス、 “Harlequin”でアコースティック・ギターにのせて歌われるオブスキュアなヴォーカル・エフェクト。あるいは“Idiom Wind”や“Full Fading”のみずみずしいエコーや、それこそ“Yay”のヴォーカル・チョップ――ザ・ブックス時代に共演したプレフューズ73の影響も窺えるが――など、それはいたる場面で聴くことができるが、その様々なサウンド・スタイルに合せて変換され編集された「声/歌」のプレゼンスこそ、ニックがいうツァームトを前進させる「ダイレクトな力」なのだろう。

もっとも、ヴォーカル・トラックのアイディアそのものは、ザ・ブックスの頃から引き続き追究/援用されたアプローチであり、インタールード的に挟まれた“Crabbing”のスポークンワードのサンプリングもファンにはお馴染みのスタイルといえるかもしれない。また、ドラム・サウンドを導入したアンサンブルも、たとえば『The Way Out』収録の“I Didn’t Know That”や“Thirty Incoming”といったナンバーで聴くことができる。





同時に、本作『ツァームト』は、その豊富なサウンド・ヴォキャブラリーから様々な方面に参照可能なコンテクストや同時代性を確認できるだろう。それはたとえば、ボン・イヴェールやジェイムス・ブレイクとも共有する音響化されたヴォーカル・スタイルや、ポスタル・サーヴィスやザ・シンズも引き合いに出される――“The Shape of Things to Come“や“Idiom Wind”に顕著だが、エレクトロニカ~エレ・ポップ通過後のUSインディー・ロックのテクスチャー。あるいは“F U C-3PO”に特徴的な、それこそチルウェイヴ/グローファイやLAのLow End Theory周辺から、ハドソン・モホークやゴールデン・バンダなどのウォンキー~UKベース・ミュージックにも接続可能なセンス。さらに、“Yay”や“Weird Ceiling”からは、ザ・ブックスの遺産――すなわち初期エレクトロニカやポスト・クラシカルを経由したバトルス~マス・ロックへの応答までも聴き取ることができるかもしれない。ザ・ブックスは、その膨大なサンプリング・データの蒐集と編集に割かれた創作スタイルから、むしろ内に籠る性格のプロジェクトといえたが、ツァームトは対照的に、あらゆるチャンネルとベクトルに開かれたプロジェクトであり、本作『ツァームト』はまさにその最初の成果と呼ぶにふさわしい。


ニックはあるインタヴューに答えて、本作『ツァームト』の制作は「do-or-die situation」だったと振り返っている。10年以上続いたザ・ブックスが解散し、しかし家族を養っていかなければならず、はたして音楽を続けるべきか否か、失意のなかで様々な葛藤がニックにはあったようだ。ニックにとってそれはまさに「食うか、食われるか」の切羽詰まった状況だったという。また、別のインタヴューでは、それは「喪失感と癒しの過程(the grieving/healing process)」だった、と語っている。ザ・ブックスの創作は、いわば自分の外側にある世界を観察し採取(=サンプリング)するような作業だったが、ニックにとってツァームトの創作は、自分自身を見つめ直し考察をめぐらす、きわめてプライヴェートな体験だったのかもしれない。はたして、「新しい始まり」を迎えたニックが、この先もどんな音楽を送り届けてくれるのか――その行方を期待して見届けたいと思う。

(2012/04)

2014年10月12日日曜日

極私的2010年代考(仮)……Tennis『Young & Old』



イギリスの音楽誌UNCUTは2009年の最後の号で、アニマル・コレクティヴ『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』やグリズリー・ベア『ヴェッカーティメスト』、ダーティー・プロジェクターズ『ビッテ・オルカ』の批評的成功と(一定の)商業的成功を例に挙げて、その年を「アメリカのラディカルなアンダーグラウンドのインディ・ロックがメインストリームを侵略した年」と伝えた。そうして2000年代が終わり、迎えた2010年代――。替わりにアメリカのインディ・シーンで台頭を見せたのは、50年代や60年代の音楽への愛情と憧憬も滲ませたヴィンテージ・ポップやレトロ・サウンドだった。ロネッツやシャンテルズといったガールズ・ポップ。ビーチ・ボーイズのサーフ・ロックやウェストコースト・サウンド。フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンド……。それらの引用や参照は2000年代から続くトレンドのひとつでもあったが、その傾向がより前面に表れ始めたのが、この2010年代の初頭のインディ・シーンの一風景といえる。

そして、2010年にデビューを飾ったこのテニスもまた、そうした流れを追い風に注目を集めたグループのひとつだろう。ネオアコやアノラックのタッチも含むトゥイーなギター・サウンド。女性ヴォーカルとヴィンテージ・オルガンのブリージンなハーモニー。あるいはシューゲイザー~リヴァーヴ・ポップともリンクするドリーミーなポップネス。それらの魅力は、例えばドラムスやベスト・コースト、またリアル・エステイトやビーチ・ハウスといった名前とも同時代性を共有するものであり、さらにローファイなガレージ・ポップやチルウェイヴ/グローファイ等のベッドルーム・ポップとも隣接しながら、今のアメリカのインディ・シーンを輪郭づけている特徴でもある。もっとも、本国メディアでは“throwback(先祖返り) sound”と評されることもあり、括られた当事者たちは思うところもあるようだが……ともあれ、彼らのような新たな世代が近年のインディ・シーンの稀に見る活況を促していることは間違いない。

 
現在は夫婦であるテニスのふたり、パトリック・ライリー(ギター、ベース)とアライナ・ムーア(ヴォーカル、ピアノ、キーボード)が出会ったのは、コロラド大学で哲学を専攻していた学生時代にさかのぼる。その後、紆余曲折をへて――詳しくは後述するように――意気投合したふたりは、互いの音楽の趣味もじつはよく知らないまま、バンドを始めることを決意。きっかけは、ふたりで訪れたフロリダのモンローのあるバーでの出来事で、そこのバーテンダーがかけたシュレルズ(※50年代の黒人女性コーラス・グループ)の“Baby It's You”に聴き惚れたパトリックは、唐突にバンドの話を始めたという。そしてその場で、音楽の構想から使いたい楽器のリスト(50年代のテレキャスター、60年代のフェンダーのギター&ベース・アンプ、イタリアのファルフィッサ社製のヴィンテージ・オルガン、8トラックのテープ・レコーダーetc)まで、すべてのアイディアが一気に湧き出したそうだ。

結成から間もなく2010年の夏に2枚のシングル『Baltimore』『South Carolina』を相次いでリリース(※前者はリアル・エステイトやジュリアン・リンチもリリースするニュージャージーの「Underwater Peoples」から)。それと前後してふたりは初ライヴを地元デンヴァーで行うと、その模様がNY TimesやPitchforkでレポートされるなど評判を呼び、それを受けて恒例の「Daytrotter」セッションの収録も行われた。そして秋を迎えて、ウェーヴスやヤックらを擁する名門「Fat Possum」と契約を交わすと、レーベル・メイトのウォークメンの前座を含む大規模なUS/EUツアーを敢行。その最中になる翌年の2011年の1月、ファースト・アルバムとなる『ケイプ・ドリー』がリリースされた。




『ケイプ・ドリー』はまさに、前述した近年のUSインディ・シーンの音楽嗜好が凝縮された格好の作品といえたが、アルバムが話題を集めたのには他の理由もある。それは『ケイプ・ドリー』が“書かれた”背景であり、というのも先のシングル曲を含めてアルバムの収録曲は、パトリックとアライナがテニスを始める前にふたりで大西洋をセーリングした日々が綴られた、きわめてプライヴェートな記録だった。ふたりは身の回りのものを売り払ってボートを購入し、船上生活はじつに8か月近くに及んだという。いわば『ケイプ・ドリー』は当時の航海日誌のようなものであり、またふたりの間柄も手伝って、音楽とは別の部分でリスナーの関心を誘うものだったようだ。もっとも、実際は周囲が想像するようなロマンチックなものではなく、天候や波の状態によって常に不安に晒され、その日々は「危険で、手に負えない恐怖と隣り合わせだった」とアライアはインタヴューで語っている。例えばファンの間でラヴ・ソングとされている“ロング・ボート・パス”だが、これも実際は嵐の恐怖について書かれた曲で、「どこにも愛やロマンスはない」という。『ケイプ・ドリー』の楽曲は、あくまで個人的な体験とそれを通じた個人的な考察に根差した作品であり、セーリング用語やメタファーが散りばめられたドラマ性を持ちながらも、聞けば当初は世間に発表することも意図していなかったようなのだ。


さて、その『ケイプ・ドリー』に続くセカンド・アルバムとなる本作『ヤング・アンド・オールド』だが、まず前作との大きな違いとして、本作はドラマーを迎えたトリオ編成で制作されたアルバムになる。ドラマーを務めるのは、元モカシン/現在はTjutjunaというサイケデリック・ロック・バンドでも活動する地元デンヴァー・シーンのヴェテラン、ジェームス・バローネ(※Tjutjunaはテニスのシングル『South Carolina』もリリースした「Fire Talk」からアルバムをリリース)。そもそもジェームスは『ケイプ・ドリー』でサウンド・エンジニアを務める予定だったらしく、じつはレコーディングにもドラマーとして参加していたのだが、リリース後のアルバム・ツアーにサポート・メンバーとして帯同したのを機に正式加入を果たしたというのが経緯のようだ。そして今回の『ヤング・アンド・オールド』の楽曲は、そのツアーの間に曲作りが行われ、3人で試行錯誤を重ねながら練り上げられたものだという。

「私達は『ケイプ・ドリー』を何も意図せずに書いたの。そして10ヶ月もの間この10曲をプレイし続けて、ステージで毎晩自分達が何をプレイしたいのかがわかったの。私達は新しいアルバムをすぐに書きたいと思って、とても素早く書き上げることができた。自分達以外の人の為に曲を書き、それをプレイすることを目的として書いた曲が詰まった初めてのアルバムなの」。アライナがそう語る『ヤング・アンド・オールド』のレコーディングで彼らがサウンドに求めたのは、より感情的な深み(emotional depth)とヘヴィな質感。加えて、ライヴの空気を捉えたロックンロールのフィーリングだったという。実際に先のツアーでは、サウンドチェック時に考えついたアイディアがその場のライヴで試されたりと、プライヴェートで趣味的な作りだった『ケイプ・ドリー』とは対照的に、今回は実践的なプロセスを通じて曲の構想が練り上げられていったらしい。

そして、それらの実現に大きな功績を果たしたのが、本作のプロデュースを手がけたザ・ブラック・キーズのドラマー、パトリック・カーニーだろう。「一つのことをきちんとおこない、サウンド的にそれを拡大させたかった。ダーティーでブルージーなバックグラウンドを持った誰かとレコーディングをしたかったの。私達とは逆のサウンドを持っていて、私達の曲にエッジを与えられるような人とね。で、パトリック(カーニー)なら私達の曲を上手くハンドリング出来ると思ったの。実際にそうなったしね」。アライナが語るように、パトリック・カーニー=ザ・ブラック・キーズの音楽的背景が前記の彼らの狙いと合致していたのはいうまでもなく、加えて『ケイプ・ドリー』がセルフ・プロデュースだったのに対し、様々な場面でバンドに客観的なジャッジメントを下してくれる存在がいてくれたことが今回は特に大きかったようだ。レコーディングは昨年の夏にナッシュビルで9日間かけて行われ、そこではとにかくスタジオ内で起きること、体感したものを最優先に反映させようと心掛けていたという。


果たして、その成果は実際に楽曲を聴けば明白である。キャッチーなメロディやアライナの美しいヴォーカル&ハーモニーはそのままに、厚みのあるベース・ラインとオーガニックな演奏を堪能できる先行シングルの“オリジンズ”や“ペティション”。フックの効いたドラム・ビートが「ダーティーでブルージー」な“マイ・ベター・セルフ”や“ハイ・ロード”。あるいはドゥー・ワップ調のリズムが新鮮な“ロビン”。そして、オープニングを飾る“イット・オール・フィールズ・ザ・セイム”――タメの効いたミッドテンポのサンシャイン・ポップから、ステレオラブも連想させるドリーミーなサイケデリック・ミュージックへと展開する――を聴けば、彼らがポップ・ソングの形態を使いながら、新たな領域へと音楽的な舵を切りだしたことがわかるはずだ。ちなみにパトリックは新たなバンドの方向性について 「モータウンを経験したスティーヴィー・ニックス」と語っていて、また別のインタヴューではアライナが、本作の制作でインスピレーションを受けたアーティストとして、そのフリートウッド・マックやトッド・ラングレン、キング・クリムゾンなど挙げている。また、今回のレコーディングではピアノやベース・ギターなど新たな楽器も使われていて、サウンドに音色豊かな奥行きを与えている。




さらに加えて、エンジニアリングと一部ミキシングを手がけたロジャー・モウテノットの起用も、本作の見逃せないポイントだろう。ロジャー・モウテノットといえば特に盟友ヨ・ラ・テンゴの諸作で知られるが、彼の音響処理に長けたモダン・サイケデリアのタッチは、テニス独得の浮遊感あふれるサウンドと最良の相性を見せている。ロジャーのプロダクションは、いわば『ケイプ・ドリー』と本作の橋渡し的な効果をもたらしているようだ。

そして歌われている歌詞の内容も、『ケイプ・ドリー』があくまで個人的な体験や関心が描かれたものだったのに対して、『ヤング・アンド・オールド』は「人々が信頼し、あるいは不信を感じているイデオロギーや社会的な枠組み」がベースになっているとパトリックは語る。本作のタイトルは、『アシーンの放浪』などの代表作で知られるアイルランドの詩人/劇作家W.B.イエイツ(William Butler Yeats)の詩『A Woman Young and Old』から取られていて、“セクシャリティの視点を通した女性の生涯”というそのテーマに関連してアライナは「私はそれぞれの曲が独立した形にはなってほしくなかった。全ての曲が一塊になってほしかったの。過去何年もの変化を見つめながら、ツアー中にたくさんの反芻をしたように感じたの。各々の曲は描写のように感じる。幼少期から女性期までに繋がるおぼろげな感覚を持ったような」と語っている。またアライナの歌声も、今回のレコーディングでは自分の中の“強さ”を表に出すことを意識していたと語り、歌入れの際も編集に頼らず、1曲1曲歌い通すことを心掛けていたという。


なお、今回の『ヤング・アンド・オールド』の日本盤には、初回盤特典として『ケイプ・ドリー』の全曲が収録されるのと別に、日本盤ボーナストラックとして2曲が追加収録されている。そのうちの1曲“ティアーズ・イン・ザ・タイピング・プール”はアライナがリスペクトするブロードキャストのカヴァーで、彼女はあるインタヴューで聞かれて「トリッシュ・キーナン(※ヴォーカリスト、昨年他界)は私の愛するソングライターのひとりだった。彼女の声、彼女のスタイル、話し方、彼女の歌詞が大好きなの。ブロードキャストの音楽は私にとってインスピレーションの源であり続けている」と答えている。



本国では今年1月に『ヤング・アンド・オールド』をリリースした後、バンドはふたたび大規模なUSツアーを敢行。現在もその途上にある。以前『ケイプ・ドリー』のツアーが彼らに新たなインスピレーションをもたらしたように、今回もそのような実り多き機会となるのか。気が早いかもしれないが、次回作への期待が高まる。

「僕たちは常に前進しようと考えている。常に次の曲へと手を伸ばしている。ちょっと遠く感じる時もあるけど、努力すればするほどより近くに寄ってくる。僕たちのゴールは、常に新しい曲に到着し続けることなんだ」(パトリック・ライリー)

(2012/03)

2014年10月のカセット・レヴュー(随時更新予定)

◎Beachers/Pretend
UKのエレクトロニック音楽家Daryl Worthingtonによるプロジェクト。
シリアル番号が打たれたような無機質なトラック名が象徴的だが、しかし進むうちにダークなミニマル・テクノは流体のアンビエントへと色味と軟度をわずかに増していく模様。やはり彩度は低めだが、確かなグラデーションも感じられ、昨今のUKアンダーグラウンドのダウス・ミュージック勢と通底したコアな印象に同時代性を。

◎Yung AOL/Swim Team Kush
ブルックリンの〈Astro Nautico〉から。ポルノ・ヴィデオのサンプリングも忍ばせたダーティでドープなトラック集。高音のヴォーカル・チョップを聴くとPC Music周りを連想してしまうのは、ある意味で耳が毒されてしまっているからで、この確信犯的にオールドスクールな振る舞いも併せて、2000年代初頭あたりの西海岸のヒップホップ周りの音源を今一度再点検してもよさそうな。



◎LXV/Spectral Playmate
最近公開されたOPNのショーの映像を見て、やはりあのスクリーンに映る映像は圧巻だったなと。今ではOPNの名前を見かけるだけであのグロテスクな半獣半機(?)なクリーチャーを思い浮かべてしまうわけで、要は、このさき音楽はあの映像を喚起させることができるか。そういう意味では、LXVはかなりいい線行っていると思う。いや、かなりの線を。偏執的なデジタルシンセとサンプリング、木霊するヴォイスの断片とフィールド・レコーディングス、過度なプロセシングが澱のように鼓膜に堆積し、その重みが脳幹にも達して感じられそう。〈Sacred Phrases〉から。

◎ANDY BOAY/In The Light
ご存知Tonstartssbandhtの片割れ。同じく〈Arbutus〉の看板ショーン・ニコラス・サヴェージをさらに半音上げたような、強烈ファンキー&サイケ、なのにそこはかとなくブリージンなローテク・オペラ。薄っぺらなギターが唸り、不気味なアンビエンスが水蒸気のように漂う。

◎L.V. Morris/Southern Victoria
太っ腹Charlatanでお馴染みオーストラリアはメルボルンの〈Rocket Machine〉から。湖面を騒がす羽虫の音のようなフィールド・レーディングスから、刹那、不穏なドローンやハーシュ・ノイズがむんずとせり上がる。水質汚染、異常気象、ざわめく木々、、、まるで黒沢清の『カリスマ』を聴いているよう。



◎D. Tiffany/s/t
個人的にいまいちレーベルとしての嗜好が掴み難いヴァンクーヴァーの〈1080p〉から。序盤のローテクなシンセ・ディスコ~テクノに〈100% Silk〉的な懐かしさも覚えつつ、やおらインダストリアル~ダーク・アンビエントな趣向を増す中盤以降の展開に、へぇ~、っと。

◎Ter(r)a & Lazy Magnet/split
デトロイトとチャペル・ヒルのトラック・メイカー両名によるテクノ~ハウス・スプリット。 Lazy Magnetの、ヒス・ノイズの上から叩きつけるようなベース音がインダストリアルな意匠も滲ませて好印象。

◎Panabrite/Tracer EP
〈Bathetic〉からリリースされたカセット・セットの中の一本。量が質を生む。複数の名義を持つNorm Chambersもそんな一人に間違いなく、しかもこれだけテンションを維持しながらリリースを継続する姿勢に。トラック・タイトルに示されたコンセプチュアルな音の造形。




2014年9月のカセット・レヴュー)
2014年8月のカセット・レヴュー)
2014年7月のカセット・レヴュー)
2014年6月のカセット・レヴュー)
2014年5月のカセット・レヴュー)
2014年4月のカセット・レヴュー)
2014年3月のカセット・レヴュー)
2014年2月のカセット・レヴュー)
2014年1月のカセット・レヴュー)
2013年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2012年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2011年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+2))
極私的2010年代考(仮)……“カセット・カルチャー”について)

2014年9月29日月曜日

2014年の熟聴盤⑨

・ Lydia Ainsworth/Right from Real
・ Giant Claw/DARK WEB
・ Deerhoof/La Isla Bonita
・ 赤い公園/猛烈リトミック
・ Mai Mai Mai/Δέλτα
・ Arca/Xen
・ Shellac/Dude Incredible
・ Gazelle Twin/Unflesh
・ Holly Herndon/Home
・ Iceage/Plowing into the Field of Love
・ Manners/Facies
・ White Void/We're Falling
・ Thurston Moore/The Best Day
・ OGRE YOU ASSHOLE/ペーパークラフト
・ Helado Negro/Double Youth

2014年9月25日木曜日

本日、HAUNTED HEARTS、来日公演です!

今日です!
世界初の、ホーンテッド・ハーツとしてのライヴ。
https://www.alive.mu/event/detail/11
共演するミツメとの、一夜限りの合同演奏も!
ぜひ!

こちらに、来日直前のメール・インタヴューも掲載させていただいております!
http://www.advantageweb.me/?p=7881
ぜひ!!

http://junnosukeamai.blogspot.jp/2014/08/blog-post.html

2014年9月4日木曜日

2014年9月のカセット・レヴュー(随時更新予定)

◎Housefire/Ecstasy Of​.​.​.
レーベル〈Grovl Tapes〉の所在地はアメリカの南極観測地。なにそれ? 反復に次ぐ反復のミニマル・テクノ。恍惚はたった3分間では訪れてくれない。

◎Seth Graham/Goop
大注目の〈Noumenal Loom〉から。マスタリングを手がけるSean McCannのお株を奪うようなミュージック・コンクレート的手法をさらに煎じ詰めて、D/P/Iへの返答にも聴こえるミニマル&グリッチなパラダイムへと滑降。聴いた傍から音の記憶が薄れていくような速度感、希薄さ。

◎Uumans/FLIPPING OUT
ブルックリンのトラックメイカー。吐息のようなスロージャム。ステップイン/アウトの軽妙なフットワーク。

◎Elizabethan Collar/Elizabethan Collar
購買意欲をくすぐる、このスケスケボディ。ある意味、エイフェックスの新作を先駆けていたようにも思えるアートワーク。ひたすら無機質に、ときおりダークに、ときおりアシッディなうねりを見せるシンセ・テクノ。

◎Pinn'd/Pinn'd EP
メルボルンの2人組。ココロジー・ミーツ・ザ・ブロウ?ゴスっ娘テイストをダーク・ウェーヴ~トリップホップの手技で転がした佳作。そういえばトーク・ノーマルは何しているんだろう?

◎Vleese/Substance
フランス(?)のアンビエント・プロジェクト。「substance」というより「subconscious(意識下)」に訴えかけるようなシンセ・ウェイヴ。音量は可能な限り絞って。

◎Spires That In The Sunset Rise/Mirror Cave
Spires That In The Sunset Riseといえばご存知、フリーク・フォーク全盛期に名を馳せた数多のグループの中の一角。本作はイタリアの作家イタロ・カルヴィーノの作品に捧げられたコンセプト・アルバムで、アコースティック楽器を織り重ねたアミニスティックなサウンドは健在。

◎サイバー '98/Computer Dreams
サウンドもコンセプトもアートワークも、なんだかひたすら懐かしい。ノスタルジーとも違う、既視感。その時点である意味、目的は達成されているような気もする。完膚なきまでに。皮肉じゃないよ。

◎DIY▲PYЯΛMID/V O L U M Ξ T R I X X
フロリダの〈Illuminated Paths〉から。悪酔いしたホームレコーディング・ファンク。







2014年8月のカセット・レヴュー)
2014年7月のカセット・レヴュー)
2014年6月のカセット・レヴュー)
2014年5月のカセット・レヴュー)
2014年4月のカセット・レヴュー)
2014年3月のカセット・レヴュー)
2014年2月のカセット・レヴュー)
2014年1月のカセット・レヴュー)
2013年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2012年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+α))
2011年の熟聴盤(カセット・リリースBEST 30+2))
極私的2010年代考(仮)……“カセット・カルチャー”について)