2013年2月14日木曜日
極私的2000年代考(仮)……イーノが未来を嘱望する気鋭、Three Trapped Tigers
「WARPレーベルの音楽、レディオヘッド、シガー・ロス、ナイン・インチ・ネイルズ、ジャズピアノ、それからミニマリズム音楽が大好きなヤツが、ファンクやメタル、そしてエレクトロニカ好きなロック・ギタリストとロック・ドラマーとバンドを組んだ。さて、どんなサウンドになるでしょう!?みたいな」
と語るのは、このバンドのメイン・ソングライターのトム・ロジャーソン(ピアノ、シンセ、ヴォーカル)。無邪気な言い回しながら、しかし、結論から言えば、このトムのコメントほど彼らスリー・トラップド・タイガーズ(以下TTT)のサウンドについて端的に言い表したものはないだろう。また同時に、たとえばクラクソンズやハドーケン!に象徴される、ニュー・レイヴ~ニュー・エキセントリックと呼ばれた近年の折衷主義的なシーンとも一線を画したポジションに彼らが立つことは、デビューEPとなる本作『Three Trapped Tigers』を聴けば明らかではないだろうか。
パンテラやスレイヤーに夢中なメタル少年として10代を過ごし、過去に5年ほどハードコア・バンドで活動していた経歴ももつアダム・ベッツ(ドラムス、エレクトロニクス)。『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』以前のレッド・ホット・チリ・ペッパーズやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのファンで、トム・モレロを憧れのギタリストに挙げる傍ら、スーパーサイレントやハムクラッシュといった北欧の実験的なエレクトロニック・ミュージックのリスナーでもあったマット・カルヴァート(シンセ、ギター)。そして、16歳までクラシックや現代音楽しか聴いたことがなく(「ドビュッシーは僕のヒーローの一人なんだ」)、その後、レディオヘッドやエイフェックス・ツインを通じてロックやダンス・ミュージックに目覚めていったトム。
現在はこの3人で活動するTTTだが、そのスタートにいたる経緯は、トムとアダムと別の2人のメンバーで結成された前身のバンド時代にさかのぼる。「すごく小さくて、かなり排他的だった」とトムが振り返るロンドンのジャズ/即興音楽シーンを拠点に、サックスやオルガン、ピアノを織り交ぜた「ライヴ・プロセッシングやサンプリングを全面的に押し出した、即興エレクトロ・アコースティックをやっていた」という彼らは、2000年代の半ば頃から1年ほど活動した後、メンバー・チェンジを機に「Three Trapped Tigers」とバンド名を改名。ベース、ドラム、サックスにピアノという編成で、インプロヴィゼーションとハードコアを掛け合わせた「超絶技巧で、フラストレーションから発生したような音」を鳴らし始めたが、「でも結局、それでは不誠実な感じがして、自分自身に正直でない感じがした」と試行錯誤が続き、ほどなくサックス奏者と入れ替わる形でマットの加入をへて(マットとトムは以前にエレクトロニック系のバンドで一緒に活動していたらしい)、現在の編成に定着した。
TTTを“再起動”させる際に彼らが目指したサウンドは、「ポスト・ロックやハードコア、エレクトロニカの中間で、それにインプロヴィゼーションの要素もあるというものだったんだ」。そのアイディアを得るためにトムは、スクウェアプッシャーやエイフェックス・ツイン、オウテカ、ナイン・インチ・ネイルズ、シガー・ロス、それにライトニング・ボルトやロカストなどのノイズ系バンドといった、メンバー3人が共通して好きなバンドの音をミックスしたようなサウンドを青写真として描いたのだという。そして、2007年3月に最初のデモ音源をレコーディングし、本格的に活動をスタート。いわば、その最初の成果といえるのが、本国では昨年11月にリリース(ロンドンの新興レーベル「blood and biscuits」から)されたデビューEP『Three Trapped Tigers』収録の楽曲ということになる。
まず、トムが楽曲のベースとなる部分を作り、それを3人で一度解体した上で、マットとアダムが自らのパートを加えつつ再構築していく。ソングライティングの要は「構成」であり、そのイメージを描きながらギター、ドラム、キーボード……と楽器を重ねていき、最後にメロディを乗せる。そうして創り上げられるTTTのサウンドは、細密なアレンジメントと立体的なバンド・アンサンブルに、メンバー個々の多彩な音楽的バックボーンを濃縮した、その圧倒的な演奏スキルと情報量で聴く者を魅了してやまない。
幾何学的なシンセ・ループとギター・リフのミニマルな応酬から、キーボードが彩る中間部を挟み、バトルスとも比せられる複雑巧緻なバンド・アンサンブルを展開するM①。ポスト・ロック/マス・ロックを下書きに、トムの流麗なピアノ&ヴォーカルとエレクトリック・ドラムが絡み合う、“『KID A』以降のレディオヘッド”的なスケールを秘めたM②。ベッツのドラム・サンプルを発展させ、ジャムとプログラミングに没頭し完成まで1年が費やされたという、彼らのエレクトロ嗜好(スクウェアプッシャー、スーパーサイレントetc)が如実に反映された“TTT流ブレイクコア”M③。一転、ブライアン・イーノのそれを彷彿させる静謐なピアノ演奏がイントロを飾り、次第に熱を帯び始めるように重厚なインストゥルメンテーションが隆起を見せ、やがてモグワイやシガー・ロスのようなアンセミックなサウンドスケープへと結実するM④。そして、「初期のエイフェックス・ツインの楽曲のピアノ・ヴァージョンみたいな」と語るスネアとのドラムンベース風の伴奏をへて、ノイジーなギター・リフを予兆に荒れ狂うインプロヴィゼーションへとなだれ込み、混沌の渦の中でクライマックスを迎える最終曲のM⑤――。「コンセプトと呼べるものはないんだ」とEPの内容について断るが、しかし、ここにはストーリーを紡ぐような美学的な“流れ”があり、何より演奏集団/ライヴ・バンドとしての類稀なエネルギーが凝縮されている。このわずか5曲のみで、彼らはその“大器の片鱗”を雄弁に示し得ていると言えるだろう。
「構成」を起点とするプログレッシヴな構築と、インプロヴィゼーションが持ち込む荒々しい解体。ハードコアとミニマリズムの止揚――。なるほど、多くの海外メディアがバトルスのそれに準え、あるいは同世代のイギリスのバンドの中ではフォールズに近いセンス(トム自身も認めるスティーヴ・ライヒの影響など)を感じさせるが、一方でトムは「僕らの音楽はもっとエモーショナル。僕らは人々とつながること、そして人々の心を動かすことを目指しているんだ」と語る。そのルーツやキャリアの出発点こそエクスペリメンタルで高踏的ながら、むしろそのマインドや感覚は、冒頭の発言からも窺えるようにピュアで屈託がない。ライトニング・ボルトのライヴのエネルギーとポジティヴな情熱、そしてディアフーフのDIY精神に共感とリスペクトを示す彼らは、「iPodをシャッフル・モードで聴いている時に、大体1日に一回くらい最高に良い曲の繋ぎに出くわす。それが僕(トム)に、音楽におけるコントラストのアイディアをたくさん教えてくれる」ともさらりと語り、いかなるシーンにも属さぬスタンスのまま自由で旺盛なサウンド・クリエイションを謳歌している。
なお、本作のプロデュースを務めたのは、ストロークスを手掛けて(ファースト&セカンド)名を上げたゴードン・ラファエル。トムの古いルームメイトがゴードンと顔見知りらしく、その縁で彼らのライヴを見に来た際に紹介され、プロデュースの話に至ったのだという。「ゴードンは明らかにその場(※ライヴは北ロンドンにあるトムの古い家で開かれたハウス・パーティーで行われた)にいた人たちと比べると、結構歳もいってるから、すごく奇妙な感じでね。『あのオッサン、ここで何してるんだろう?』って。その後、紹介を受けた時に、自分自身を愚かに感じたよ。それから、彼は僕らをベルリンのスタジオに連れて行ってくれたんだ。レコーディングは、すべて3日間で終わったよ」。
「バンドにとって大切なのは、何かとコミュニケートするってこと。それから、印象的なライヴをやることかな。ラップトップ上でプレイボタンを押すだけのライヴ、派手なライトショーをやっているエレクトロニカのアーティストが増えているけど、すべてライヴで演奏するという僕らのようなバンドにもチャンスはあると思うんだ。僕らは自分たちが求めているようなエレクトロニカ・サウンドをライヴでできなくても、もっと面白いものを創り出している。それは自由であるということだと思うし、他とは違うってことの美学でもある。可能性はいくらでもあるってことだよ」
目下、彼らは年内に2枚の新しいEPのリリースを計画中。そして、来年の2010年にはフル・アルバムのリリースを予定、とのこと。トムいわく「もっとプロデュースされて、もっと内容が練られたもの。もっとバンドそのものを実験的なものではなく、一貫性のあるものにしたいんだ」。彼らにとって、このデビューEPは“習作”であり、まだまだイントロダクションに過ぎない。はたして、ここからいかなる音楽的飛躍を遂げてみせるか。その報告が届けられる日を――来日公演の実現の報せと併せて、期待して待ちたい。
(2009/?)
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