2013年3月1日金曜日
極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンド白書:Barn Owl
昨年、Pitchforkに「This Is Not a Mixtape」と題する記事が掲載された。内容は、ここ数年、アメリカのアンダーグラウンド・シーンで増えるカセット・リリースの作品に注目し、その周辺事情を紹介したレポート。関連する代表的なレーベルやアーティストを取り上げ、“カセット・リヴァイヴァル”と記事が呼ぶ現象と、その背景にあるアンダーグラウンド・シーンの現状について、当事者のコメントや簡単な時代考察を交えながら伝えている。
その記事で指摘されているのは――そもそも“リヴァイヴァル”とあるように、「SST」や「ROIR」のリリース作品に代表される80年代のオリジナル・ハードコアやノー・ウェイヴ、ダニエル・ジョンストンやハーフ・ジャパニーズから初期のベックらアンチ・フォーク勢も含む90年代のローファイ・ムーヴメントをへて、あるいは脈々と続くアヴァンギャルド~ノイズ・ミュージックの伝統の中に、アメリカのアンダーグラウンド・シーンとカセット・メディアが深い関係を築いてきた歴史。さらに、そうした歴史を裏付けるように、カセット・リリースの急増をひとつの兆候として、近年のアンダーグラウンド・シーンが著しい活況を呈しているという指摘だ。そして、具体的にその求心的な役割を果たしているのが、LAの「Not Not Fun」やアイオワの「Night People」、NYのウッズが主宰する「Woodsist」傘下の「Fuck It Tapes」といったレーベルや、そこから作品をリリースするアーティスト……サン・アロウ、ハイ・ウルフ、ブランク・ドッグス、エターナル・タペストリー、ウェット・ヘアー、ピーキング・ライツ、ダーティー・ビーチズ、解散したポカハウンテッドetc。記事では、カセットというオールドスクールなマテリアルならではの特性や魅力(宅録/多重録音的な圧縮された音像のモアレ、粒子やコントラストの粗いサイケデリックな音の歪み)がサウンドと親和性を見せている例として、チルウェイヴ/グローファイについても言及されている。
「それは、ノイズ・ミュージックと、現代性の欠如と行き着く果ての周縁性を志向する試みからカセットというフォーマットを選択したアーティストとともに、ゆっくりと前進してきた」(ミネアポリスの「Moon Glyph」主宰・スティーヴ・ロスロボ)。状況は、レポート時点の2010年から2011年にかけてさらに進んでおり、つまり、その「前進」がもたらしたもっともラディカルな達成を、現在のアメリカのアンダーグラウンド・シーンには見ることができる。
この度、本作『ロスト・イン・ザ・グレア』で日本デビューを飾るサンフランシスコのデュオ、バーン・オウル。彼らもまた、そんな現在のアメリカのアンダーグラウンド・シーンを象徴するグループのひとつである。
2006年に、サンフランシスコの大学で知り合ったエヴァン・カミニティとジョン・ポーラスの2人のギタリストによって結成。2007年に自主リリースされたCDR『Barn Owl』を皮切りに、「Not Not Fun」や「Important」「Foxglove」などアンダーグラウンド・シーンを代表する様々なレーベルを跨り作品を発表してきた。カセットの作品は、2008年にイギリスはノッティンガムの「Blackest Rainbow」からリリースされた『Smoke Loom Ceremony』のみだが(※2009年に「Digitalis」からリリースされたCD版の『From Our Mouths A Perpetual Light』には限定でライヴ音源のカセットが同封された)、前記のアーティストの多くとは地元サンフランシスコのコミュニティやレーベルの繋がりを背景に緩やかな連帯を見せ、ライヴやツアーでの共演を通して交流は深い。とりわけ「Not Not Fun」は、そのコミュニティにおける旗艦的なレーベルともいえ、同レーベルからリリースされた2枚のアルバム『Bridge To The Clouds』(2007年)『From Our Mouths A Perpetual Light』(2008年※アナログ版)は、彼らの名前をアンダーグラウンド・シーンに知らしめた初期の作品と言えるだろう。
そして、この界隈を含む現在のアンダーグラウンド・シーンのアーティストの特徴として挙げられるのが、その課外活動の旺盛さ。本体と並行してソロや複数のユニットを掛け持ち、様々なレーベルを介して他のバンドとメンバーをシェアしながら、さらには音楽以外の活動も(レーベル、ギャラリーの運営etc)展開するなど、活動範囲は多岐にわたる。
それはバーン・オウルの場合も例外ではない。各自のソロを始め、2人にエターナル・タペストリーのディウェイ・マホッドとジェド・バインドマンを加えたガーデン・サウンド、あるいは「Digitalis」の創設者ブラッド&エデン・ヘミング・ローズ夫婦を迎えたハンギング・シーフ。また、エヴァンとリサ・マクギーの男女デュオのヒグマや、ジョンの別名義のプロジェクトであるエルム。加えてエヴァンはリトグラフの制作も行い、2009年のアルバム『The Conjurer』のアートワークも手がけたりしている。エヴァンによれば、それらの課外活動はバーン・オウルとは異なる領域をカヴァーするための試みであるといい、つまり、それぞれの活動が独立したプロジェクトであると同時に、互いが補完し合う関係と捉えるべきなのだろう。
一方、その活動の中心たるバーン・オウルのサウンドは、初期の作品においてからすでに確固たる世界観を感じさせる、重厚にして長大なものだ。
2人は、ラ・モンテ・ヤングやテリー・ライリー、ポポル・ヴーに灰野敬二/不失者やフライング・ソーサー・アタックからの影響を語り、またリスペクトするギタリストにローレン・マザケイン・コーナーズとサンディ・ブル、ジョン・フェイヒィの名前を挙げる。つまり、ミニマル~ドローンからニューエイジやクラウト・ロック、ノイズ・ミュージックとアメリカン・ルーツ・フォークやインディアン・ラーガを結ぶ彼らのサイケデリック・ロックは、その横断性と深遠性においてアメリカのアンダーグラウンド・シーンが誇る随一のものだろう。フリー・フォークとの連続性も感じさせる初期の『Barn Owl』『Bridge To The Clouds』から、アースとも比較されたドローン・アンビエントな『From Our Mouths A Perpetual Light』。“曲”が受け付けず、2年間タージマハル旅行団やトニー・コンラッドばかりを聴いていたという時期に制作された『The Conjurer』をへて、ジョンいわくアリス・コルトレーンやビル・フリーゼルといったフリー~スピリチュアル・ジャズに傾倒し、また“曲”や“ポップ”にも関心が向き始めたという2010年の前作『Ancestral Star』。あるいは、チェリストやストリングス奏者と共演しミスティックな弦楽(エレキ/アコギ、ダルシマー)アンサンブルを聴かせた「Barn Owl & The Infinite Strings Ensemble」名義の作品『The Headlands』もある。ディスコグラフィーを通じて通奏するトーンやベクトルがあるが、そのサウンドはなだらかに表情を変える海洋のように深化と拡張を続けてきた。レコーディングにおいてはライヴの再現こそが優先事項であるといい、常にモーダルでスポンテニアスな変化を求め、オーヴァープロデュースを禁じ、サウンドの構造を安易に定位させることを拒む。そして重要なのは、たとえばブラック・メタルとアンビエントといったように両極端な要素がサウンドの中で共存するバランスを意識し、エヴァンいわく「音楽の越境的な側面(the transcendental aspects of music)」を見誤らないこと、だという。
本作『ロスト・イン・ザ・グレア』は、前作『Ancestral Star』に続いてシカゴの「Thrill Jockey」からリリースされる2枚目のアルバムになる(通算では7作目)。6月に同レーベルからリリースされた12インチ『Shadowland』と同じくサンフランシスコのLucky Cat Studioで、トランズ・アムのギタリスト/エンジニアのフィル・マンレイを迎えて制作された。
バーン・オウルの場合、互いがソロやプロジェクトを抱えていることもあり個々で音作りに費やす時間が多く、レコーディングの現場では、事前の話し合いはほとんどなしにそれぞれアイデアを持ち寄りジャムで練り上げていく(エヴァンはその作業を「宇宙の対話(cosmic dialogue)」と呼んでいる)、というのが基本のパターンのようだ。一方、実際にそれを作品化に向けて構築していく過程においては、彼ら2人の他にサポートで参加するゲスト・ミュージシャンの存在が、近作ではとくに大きな役割を果たしているという。初の本格的なスタジオ・アルバムとなった前作『Ancestral Star』では、シンセやパーカッション、ヴァイオリン奏者の客演がサウンドに奥行きをもたらしていたが、本作のレコーディングにも、バーニング・スター・コアことC・スペンサー・イーとの共演でも注目の即興シーンの気鋭ジェイコブ・フェリックス・ハウル(ドラム)、ジ・アルプスやデート・パームスといったサイケデリック/ドローン・アクトの作品で知られるマイケル・エルロッド(タンプーラ、ゴング)らが参加。その他にも、ビンテージ・シンセ(Juno60)やバスクラリネット、またジョンが弾くオルガン(※2人は基本ギタリストだが、楽曲によってピアノやドラム、ハーモニウムやトランペットなど多様な楽器を操る)など、様々な楽器が本作のサウンドを彩っている。
初期のタンジェリン・ドリームやアリス・コルトレーンにインスピレーションを得たという『Shadowland』、同様にドローン/アンビエント~ニューエイジ色が濃厚だった前作『Ancestral Star』に比べると、本作『ロスト・イン・ザ・グレア』は、より起伏に満ちた展開とアンサンブルを探求した作品と言えるかもしれない。アルバムの序盤こそ前作のムードを受け継いでいるが、スラッジーなギター・ノイズが隆起する中盤のM④「The Darkest Night Since 1683」あたりを境に、ジェイコブの叩くドラムやシンセを始め器楽は悠然と絡み合い、ジャムは強いうねりと推進力を見せ始める。M⑤「Temple of the Winds」で聴ける中近東~西アフリカ風のギター・インストゥルメンテーションも印象的だが、ニール・ヤングが手掛けた映画『デッド・マン』のサントラやアメリカの小説家コーマック・マッカーシーの作品(『ブラッド・メリディアン』『血と暴力の国』)をフェイバリットに挙げる彼らのデザート・サウンド/「砂漠」的な原風景への憧憬を、本作では随所に垣間見ることができ、その世界観はたとえば“砂漠のブルース”と称されるアフリカのマリ共和国のティナリウェンにも近い。そして、本編ラストの「Devotion II」では、大団円にふさわしい、悠然とそびえるウォール・オブ・ノイズ~渾然一体と化したサイケデリック・オーケストラを堪能できる。ミニマルな器楽構成とアンプリファイされた音響との共存、抽象(スピリチュアリズム)と深化を続ける演奏の肉体性との融合は、まさに彼らが言う「音楽の越境的な側面」を推し進めるものであり、本作は、その理想とする形にまたさらに一歩近づいた作品と言えるだろう。
ちなみに、本作のアルバム・タイトル『Lost in the Glare』とは、太陽との距離が近付き、その紅炎やコロナが放つ光に照らされて惑星が姿を見失う状態、あるいは太陽に惑星が呑み込まれる現象を指す言葉らしい。前作『Ancestral Star』には「先祖代々の記憶(Ancestral Memory)」というテーマがあったというが、本作のアルバム・タイトルにも、彼らが示唆する深い意味合いが込められているのかもしれない。
彼らにとって、すべての創作を貫く哲学・心得とは、「音楽による肉体からの精神の解放」、そして「現実の背後に隠された真実を暴くための道具として音楽を使う」という視点――だという。バーン・オウルは彼らにとって、そのプロセスをもっとも具現化したプロジェクトであり、本作『Lost in the Glare』が、そのもっとも真に迫った作品であることは間違いない。
(2011/07)
(※極私的2010年代考(仮)……USアンダーグラウンドからの証言:Barn Owl インタビュー)
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